20 / 92
第2章:胸の奥からクレッシェンド(8)
しおりを挟む
※ ※ ※
弟さんが去ったあと、僕は遥奏に連れられて駅から数分のドーナツ店に入り、テーブル席に腰を落ち着けていた。
知らないお店だった。たぶんチェーン店ではない。
弟さんとの一件で気力を使い果たしてしまっていた僕は、店内の席にたどり着くなり、へなへなと座り込んでしまった。
僕が動けないのを見て、遥奏が二名分のオーダーをしてきてくれた。
「ごめん、余計なことして」
遥奏からお釣りを受け取りながら、僕は謝る。
時間を巻き戻して、全部無かったことにしたい。
「いいのいいの! どのみち邪魔だったし!」
そう言って笑いながらブラックコーヒーをすする遥奏。
僕も、グラスにストローを差して、遥奏が注文してきてくれたオレンジジュースを一口飲む。
濃厚な果汁を体に入れると、少し気力が回復した。
「ここのドーナツめちゃくちゃおいしいからさ、早く食べてみて!」
チョコファッションを頬張りながら遥奏が言う。
僕は、グラスをトレーに置いて、遥奏が注文してきてくれたポン・デ・リングをかじってみた。
「うん、おいしい」
「でしょ! ここ、私のイチオシ!」
遥奏の言う通りだった。程よい甘さ、もちもちした感触が癖になる。
僕は普段ドーナツはほとんど食べないから他のお店との比較はできないけど、たしかにおいしかった。
「私さ、ドーナツ巡りが趣味なんだよね!」
「他にもいろいろ回ってるの?」
「ううん! 今のところは、こことミスター・ドーナツくらい!」
「なんだよそれ!」
思わずツッコミを入れる。
だって、「なんとか巡りが趣味」って聞くと、インスタに何百というお店のレビューを載せている人たちのことを思い浮かべるから。
「それ、趣味って言えるの?」
「言えるよ!」
思いの他真剣な声で言い返してくる遥奏。
射るような目で見られて、思わず上体を後ろに引く。
「私が趣味だと思ったら趣味なんだよ! これからいろいろ巡るんだし!」
そんな考え方もあるのか。
でもそれってやっぱり、ドーナツが好きで好きで、ドーナツのことなら何でも知ってますみたいな人からすると、失礼に感じるんじゃないかな。
「秀翔も一緒にいろんなとこ回ろうね!」
「あー、うん」
曖昧な返事を返す。「約束だよ!」と言って遥奏はニコッと笑った。
弟さんが去ったあと、僕は遥奏に連れられて駅から数分のドーナツ店に入り、テーブル席に腰を落ち着けていた。
知らないお店だった。たぶんチェーン店ではない。
弟さんとの一件で気力を使い果たしてしまっていた僕は、店内の席にたどり着くなり、へなへなと座り込んでしまった。
僕が動けないのを見て、遥奏が二名分のオーダーをしてきてくれた。
「ごめん、余計なことして」
遥奏からお釣りを受け取りながら、僕は謝る。
時間を巻き戻して、全部無かったことにしたい。
「いいのいいの! どのみち邪魔だったし!」
そう言って笑いながらブラックコーヒーをすする遥奏。
僕も、グラスにストローを差して、遥奏が注文してきてくれたオレンジジュースを一口飲む。
濃厚な果汁を体に入れると、少し気力が回復した。
「ここのドーナツめちゃくちゃおいしいからさ、早く食べてみて!」
チョコファッションを頬張りながら遥奏が言う。
僕は、グラスをトレーに置いて、遥奏が注文してきてくれたポン・デ・リングをかじってみた。
「うん、おいしい」
「でしょ! ここ、私のイチオシ!」
遥奏の言う通りだった。程よい甘さ、もちもちした感触が癖になる。
僕は普段ドーナツはほとんど食べないから他のお店との比較はできないけど、たしかにおいしかった。
「私さ、ドーナツ巡りが趣味なんだよね!」
「他にもいろいろ回ってるの?」
「ううん! 今のところは、こことミスター・ドーナツくらい!」
「なんだよそれ!」
思わずツッコミを入れる。
だって、「なんとか巡りが趣味」って聞くと、インスタに何百というお店のレビューを載せている人たちのことを思い浮かべるから。
「それ、趣味って言えるの?」
「言えるよ!」
思いの他真剣な声で言い返してくる遥奏。
射るような目で見られて、思わず上体を後ろに引く。
「私が趣味だと思ったら趣味なんだよ! これからいろいろ巡るんだし!」
そんな考え方もあるのか。
でもそれってやっぱり、ドーナツが好きで好きで、ドーナツのことなら何でも知ってますみたいな人からすると、失礼に感じるんじゃないかな。
「秀翔も一緒にいろんなとこ回ろうね!」
「あー、うん」
曖昧な返事を返す。「約束だよ!」と言って遥奏はニコッと笑った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
白黒とカラーの感じ取り方の違いのお話
たま、
エッセイ・ノンフィクション
色があると、色味に感覚が惑わされて明暗が違って見える。
赤、黄、肌色などの暖色系は実際の明度より明るく、青や緑などの寒色は暗く感じます。
その実例を自作のイラストを使って解説します。
絵の仕事では時々、カラーだった絵が白黒化されて再利用される時があります。白黒になって「あれぇ!💦」って事態は避けたい。
それに白黒にした時に変な絵はカラーでもちょっとダメだったりします。
バルールの感覚はけっこう大事かもですね。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
逢花(おうか)
真麻一花
ライト文芸
あの時、一面が薄桃色に染まった。
吹き抜けてゆく風は桜並木を揺らし、雪のように花が舞う。
薄桃色に彩られた春の雪――……。
切なくなるような既視感が切ない痛みを伴って胸をよぎる。
透哉は卒業式の日、桜吹雪の中にたたずむクラスメートに目を奪われた。
三年間まともに話した事もない彼女に、覚えのない懐かしさがこみ上げる。
彼女と話したい。けれど、卒業式のこの日が、彼女と話せる最後の機会……。
桜舞い散る木の下で、今度こそ、君と出会う――
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
【R15】メイド・イン・ヘブン
あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」
ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。
年の差カップルには、大きな秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる