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第2章:胸の奥からクレッシェンド(8)

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 ※ ※ ※

 弟さんが去ったあと、僕は遥奏に連れられて駅から数分のドーナツ店に入り、テーブル席に腰を落ち着けていた。
 知らないお店だった。たぶんチェーン店ではない。

 弟さんとの一件で気力を使い果たしてしまっていた僕は、店内の席にたどり着くなり、へなへなと座り込んでしまった。
 僕が動けないのを見て、遥奏が二名分のオーダーをしてきてくれた。

「ごめん、余計なことして」
 遥奏からお釣りを受け取りながら、僕は謝る。
 時間を巻き戻して、全部無かったことにしたい。

「いいのいいの! どのみち邪魔だったし!」
 そう言って笑いながらブラックコーヒーをすする遥奏。
 僕も、グラスにストローを差して、遥奏が注文してきてくれたオレンジジュースを一口飲む。
 濃厚な果汁を体に入れると、少し気力が回復した。

「ここのドーナツめちゃくちゃおいしいからさ、早く食べてみて!」
 チョコファッションを頬張りながら遥奏が言う。
 僕は、グラスをトレーに置いて、遥奏が注文してきてくれたポン・デ・リングをかじってみた。
「うん、おいしい」
「でしょ! ここ、私のイチオシ!」
 遥奏の言う通りだった。程よい甘さ、もちもちした感触が癖になる。
 僕は普段ドーナツはほとんど食べないから他のお店との比較はできないけど、たしかにおいしかった。

「私さ、ドーナツ巡りが趣味なんだよね!」
「他にもいろいろ回ってるの?」
「ううん! 今のところは、こことミスター・ドーナツくらい!」
「なんだよそれ!」
 思わずツッコミを入れる。
 だって、「なんとか巡りが趣味」って聞くと、インスタに何百というお店のレビューを載せている人たちのことを思い浮かべるから。

「それ、趣味って言えるの?」
「言えるよ!」
 思いの他真剣な声で言い返してくる遥奏。
 射るような目で見られて、思わず上体を後ろに引く。

「私が趣味だと思ったら趣味なんだよ! これからいろいろ巡るんだし!」
 そんな考え方もあるのか。
 でもそれってやっぱり、ドーナツが好きで好きで、ドーナツのことなら何でも知ってますみたいな人からすると、失礼に感じるんじゃないかな。

「秀翔も一緒にいろんなとこ回ろうね!」
「あー、うん」
 曖昧な返事を返す。「約束だよ!」と言って遥奏はニコッと笑った。
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