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第2章:胸の奥からクレッシェンド(2)
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※ ※ ※
その日の三時間目。
終業のチャイムが鳴った。クラスメートが廊下に出たり談笑したりと各々の動きを始める。
僕は、日直の仕事に取り掛かるため、立ち上がって黒板の方へ向かった。
チョークの粉がかからないように、ブレザーの袖をまくる。
先生が書いた白い文字に黒板消しを当てようとした時、
「あ、篠崎くん」
右手の方から僕を呼ぶ声がした。
そこにいたのは、クラスメートの笹山さん。
前髪をきれいに切りそろえた黒髪ボブショート。キリッとした一重まぶたの目。
物静かで、どこか浮世離れした雰囲気。
「ササヤマ」と「シノザキ」は五十音で隣同士なので、僕らは日直のパートナーだ。
「さっきの休み時間も消してくれたよね、ありがと。今度は私やるから、いいよ」
「わかった、ありがとう」
一緒に消すという選択肢は、僕らの間にはない。
僕は黒板消しを置いて、席へ向かう。
クラスの女子とは事務連絡くらいしか言葉を交わさない僕。日直パートナーの笹山さんも例外ではない。
例外ではないどころか、言っちゃうと、僕は笹山さんのことが少し苦手だ。
中学校で同じクラスになって半年以上経つわけだけど、どう接したらよいのか、未だにうまくつかめない。
笹山さんが僕のことをどう思っているのかは知らないけど、とにかく、僕らは作業に必要な最低限のやり取りしかしなかった。
日直の仕事は、毎回完全分業だ。
仕事をする必要がなくなった僕は、自分の席に戻り、次の授業の準備を始める。
「数学に使うのって、この二冊で合ってるよね?」
この学校で初めて数学の授業を受ける水島くんが、机の上の教科書とノートを指差しながら聞いてきた。
「うん……あ、オレンジ色のワークも持ってる? あれもときどき使うんだよね」
「あ、たしかあった気がする」
水島くんが、カバンの中を漁る。つやつやした、ちょっと高そうなキャメルブラウンの革製トートバッグ。このアイテムがこんなに似合うのは、学校中探しても水島くんくらいだろう。
「これだね」
B5サイズのワークを取り出して、僕に見えるように掲げる。
「そう、それそれ」
水島くんの机の上に、必要な教材が一式揃った。
「ありがとう、篠崎くんが隣の席で良かったよ。 親切で、質問しやすいから」
整った歯並びを見せて上品に微笑む。
首元でピシッとネクタイを締めた姿は、中学生というよりはエリートビジネスパーソンのように見える。僕や周りのクラスメートと同じ服装なのに。
「あ、えっと、それはどうも」
水島くんと同じセットを机の上に出しながら言った。
褒められるのはまだ苦手だけど、以前よりは少しずつ、内容のあるリアクションを取れるようになってきた。
取れるようにならざるを得なかった。あのフォルテ女子のせいで。
「水島くん、物知りだね。先生の質問にどんどん答えられて」
水島くんは登校初日から大活躍だった。
三時間目の社会の授業では、教科書の範囲の問題だけでなく、先生が息抜きに出したマニアックな雑学クイズも、ひとりだけ全問正解していた。
「母がヨーロッパの歴史や美術が好きでね。その影響で、小さい頃から歴史の本を読んだり、美術館に行くのが趣味なんだ」
「そうなんだ。すごいなー」
ビジュツカン。
僕のような学のない一般庶民中学生には、生活実感を伴わない空虚な音として響く単語。
「よかったらさ、篠崎くんも今度一緒に美術館に行かないかい?」
「え?」
脳内でぷかぷかと浮かんでいた「ビジュツカン」という音が、突然密度を高める。
「きっと楽しめると思うんだ。土日の予定合うところで、どうかな?」
その日の三時間目。
終業のチャイムが鳴った。クラスメートが廊下に出たり談笑したりと各々の動きを始める。
僕は、日直の仕事に取り掛かるため、立ち上がって黒板の方へ向かった。
チョークの粉がかからないように、ブレザーの袖をまくる。
先生が書いた白い文字に黒板消しを当てようとした時、
「あ、篠崎くん」
右手の方から僕を呼ぶ声がした。
そこにいたのは、クラスメートの笹山さん。
前髪をきれいに切りそろえた黒髪ボブショート。キリッとした一重まぶたの目。
物静かで、どこか浮世離れした雰囲気。
「ササヤマ」と「シノザキ」は五十音で隣同士なので、僕らは日直のパートナーだ。
「さっきの休み時間も消してくれたよね、ありがと。今度は私やるから、いいよ」
「わかった、ありがとう」
一緒に消すという選択肢は、僕らの間にはない。
僕は黒板消しを置いて、席へ向かう。
クラスの女子とは事務連絡くらいしか言葉を交わさない僕。日直パートナーの笹山さんも例外ではない。
例外ではないどころか、言っちゃうと、僕は笹山さんのことが少し苦手だ。
中学校で同じクラスになって半年以上経つわけだけど、どう接したらよいのか、未だにうまくつかめない。
笹山さんが僕のことをどう思っているのかは知らないけど、とにかく、僕らは作業に必要な最低限のやり取りしかしなかった。
日直の仕事は、毎回完全分業だ。
仕事をする必要がなくなった僕は、自分の席に戻り、次の授業の準備を始める。
「数学に使うのって、この二冊で合ってるよね?」
この学校で初めて数学の授業を受ける水島くんが、机の上の教科書とノートを指差しながら聞いてきた。
「うん……あ、オレンジ色のワークも持ってる? あれもときどき使うんだよね」
「あ、たしかあった気がする」
水島くんが、カバンの中を漁る。つやつやした、ちょっと高そうなキャメルブラウンの革製トートバッグ。このアイテムがこんなに似合うのは、学校中探しても水島くんくらいだろう。
「これだね」
B5サイズのワークを取り出して、僕に見えるように掲げる。
「そう、それそれ」
水島くんの机の上に、必要な教材が一式揃った。
「ありがとう、篠崎くんが隣の席で良かったよ。 親切で、質問しやすいから」
整った歯並びを見せて上品に微笑む。
首元でピシッとネクタイを締めた姿は、中学生というよりはエリートビジネスパーソンのように見える。僕や周りのクラスメートと同じ服装なのに。
「あ、えっと、それはどうも」
水島くんと同じセットを机の上に出しながら言った。
褒められるのはまだ苦手だけど、以前よりは少しずつ、内容のあるリアクションを取れるようになってきた。
取れるようにならざるを得なかった。あのフォルテ女子のせいで。
「水島くん、物知りだね。先生の質問にどんどん答えられて」
水島くんは登校初日から大活躍だった。
三時間目の社会の授業では、教科書の範囲の問題だけでなく、先生が息抜きに出したマニアックな雑学クイズも、ひとりだけ全問正解していた。
「母がヨーロッパの歴史や美術が好きでね。その影響で、小さい頃から歴史の本を読んだり、美術館に行くのが趣味なんだ」
「そうなんだ。すごいなー」
ビジュツカン。
僕のような学のない一般庶民中学生には、生活実感を伴わない空虚な音として響く単語。
「よかったらさ、篠崎くんも今度一緒に美術館に行かないかい?」
「え?」
脳内でぷかぷかと浮かんでいた「ビジュツカン」という音が、突然密度を高める。
「きっと楽しめると思うんだ。土日の予定合うところで、どうかな?」
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