上 下
14 / 92

第2章:胸の奥からクレッシェンド(2)

しおりを挟む
 ※ ※ ※

 その日の三時間目。
 終業のチャイムが鳴った。クラスメートが廊下に出たり談笑したりと各々の動きを始める。

 僕は、日直の仕事に取り掛かるため、立ち上がって黒板の方へ向かった。
 
 チョークの粉がかからないように、ブレザーの袖をまくる。
 先生が書いた白い文字に黒板消しを当てようとした時、
「あ、篠崎くん」
 右手の方から僕を呼ぶ声がした。

 そこにいたのは、クラスメートの笹山ささやまさん。
 前髪をきれいに切りそろえた黒髪ボブショート。キリッとした一重まぶたの目。
 物静かで、どこか浮世離れした雰囲気。
 
 「ササヤマ」と「シノザキ」は五十音で隣同士なので、僕らは日直のパートナーだ。
「さっきの休み時間も消してくれたよね、ありがと。今度は私やるから、いいよ」
「わかった、ありがとう」
 一緒に消すという選択肢は、僕らの間にはない。
 僕は黒板消しを置いて、席へ向かう。

 クラスの女子とは事務連絡くらいしか言葉を交わさない僕。日直パートナーの笹山さんも例外ではない。
 例外ではないどころか、言っちゃうと、僕は笹山さんのことが少し苦手だ。
 中学校で同じクラスになって半年以上経つわけだけど、どう接したらよいのか、未だにうまくつかめない。
 笹山さんが僕のことをどう思っているのかは知らないけど、とにかく、僕らは作業に必要な最低限のやり取りしかしなかった。
 日直の仕事は、毎回完全分業だ。

 仕事をする必要がなくなった僕は、自分の席に戻り、次の授業の準備を始める。
「数学に使うのって、この二冊で合ってるよね?」
 この学校で初めて数学の授業を受ける水島くんが、机の上の教科書とノートを指差しながら聞いてきた。
「うん……あ、オレンジ色のワークも持ってる? あれもときどき使うんだよね」
「あ、たしかあった気がする」
 水島くんが、カバンの中を漁る。つやつやした、ちょっと高そうなキャメルブラウンの革製トートバッグ。このアイテムがこんなに似合うのは、学校中探しても水島くんくらいだろう。

「これだね」
 B5サイズのワークを取り出して、僕に見えるように掲げる。
「そう、それそれ」
 水島くんの机の上に、必要な教材が一式揃った。
「ありがとう、篠崎くんが隣の席で良かったよ。 親切で、質問しやすいから」
 整った歯並びを見せて上品に微笑む。
 首元でピシッとネクタイを締めた姿は、中学生というよりはエリートビジネスパーソンのように見える。僕や周りのクラスメートと同じ服装なのに。

「あ、えっと、それはどうも」
 水島くんと同じセットを机の上に出しながら言った。
 褒められるのはまだ苦手だけど、以前よりは少しずつ、内容のあるリアクションを取れるようになってきた。
 取れるようにならざるを得なかった。あのフォルテ女子のせいで。

「水島くん、物知りだね。先生の質問にどんどん答えられて」
 水島くんは登校初日から大活躍だった。
 三時間目の社会の授業では、教科書の範囲の問題だけでなく、先生が息抜きに出したマニアックな雑学クイズも、ひとりだけ全問正解していた。

「母がヨーロッパの歴史や美術が好きでね。その影響で、小さい頃から歴史の本を読んだり、美術館に行くのが趣味なんだ」
「そうなんだ。すごいなー」
 ビジュツカン。
 僕のような学のない一般庶民中学生には、生活実感を伴わない空虚な音として響く単語。

「よかったらさ、篠崎くんも今度一緒に美術館に行かないかい?」
「え?」
 脳内でぷかぷかと浮かんでいた「ビジュツカン」という音が、突然密度を高める。
「きっと楽しめると思うんだ。土日の予定合うところで、どうかな?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

白黒とカラーの感じ取り方の違いのお話

たま、
エッセイ・ノンフィクション
色があると、色味に感覚が惑わされて明暗が違って見える。 赤、黄、肌色などの暖色系は実際の明度より明るく、青や緑などの寒色は暗く感じます。 その実例を自作のイラストを使って解説します。 絵の仕事では時々、カラーだった絵が白黒化されて再利用される時があります。白黒になって「あれぇ!💦」って事態は避けたい。 それに白黒にした時に変な絵はカラーでもちょっとダメだったりします。 バルールの感覚はけっこう大事かもですね。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

逢花(おうか)

真麻一花
ライト文芸
あの時、一面が薄桃色に染まった。  吹き抜けてゆく風は桜並木を揺らし、雪のように花が舞う。  薄桃色に彩られた春の雪――……。  切なくなるような既視感が切ない痛みを伴って胸をよぎる。  透哉は卒業式の日、桜吹雪の中にたたずむクラスメートに目を奪われた。  三年間まともに話した事もない彼女に、覚えのない懐かしさがこみ上げる。  彼女と話したい。けれど、卒業式のこの日が、彼女と話せる最後の機会……。  桜舞い散る木の下で、今度こそ、君と出会う――

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

【R15】メイド・イン・ヘブン

あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」 ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。 年の差カップルには、大きな秘密があった。

処理中です...