モノクロの世界に君の声色をのせて

雫倉紗凡

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第1章:不意打ちのメロディー(6)

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 秀翔しゅうと、という名前をつけたのは、父さんだと聞いた。
 僕の父——篠崎邦彦くにひこは、小学校から大学まで十数年間サッカーを続けた筋金入りの体育会系。
 部活で培ったタフな精神や礼儀正しさから就職活動も首尾よく進み、総合商社の内定を難なく勝ち取った。
 入社後も順調に出世ルートを歩んで、四十代を迎えた今は大きめの部署で事業部長を勤めているらしい。

 そんな父さんが、息子を立派なサッカー少年に育てたいと思ってつけた名前が、秀翔シュート
 第一子が男の子だと知った時の父さんは、一緒にボール遊びができると思って大喜びだったそうだ。
 でも、父さんの期待は実現しなかった。
 肝心の長男が、まったく運動に興味を示さなかったからだ。

 四歳の時。公園にて。
「ほら、秀翔、パパにボールをパス!」
 父さんが、胸の前で両手を構え、笑顔で僕のパスを待ち構えていた。
 僕はそれを無視してその場にボールを投げ捨てる。
 代わりに、そこらへんに落ちていたちょうどいい長さの木の枝を拾って、砂場に動物の絵を描き始めた。
 
「お絵かきならお家でもできるでしょ?」
 駆け寄ってくる父さんは、頑張って明るい声色を作っているようだった。
 けれど、そこから滲み出た苦い感情を、僕は子供ながらに読み取った。
 小学校の高学年になって「失望」という単語を習った僕は、あの時の父さんの声色から滲み出ていたのは、紛れもない「失望」の感情だったと解釈した。

 小学三年生の時。
 周りの男の子たちが、野球部やサッカー部に入り始めた時期だった。
 そうした情報を聞きつけたのか、父さんが地元のサッカークラブに僕を連れていった。
 無理やり連行される形でグラウンドまで行き、とりあえず見よう見まねでやってみた。
 コーチのおじさんは親切に指導してくれたけど、あまりにも足が自在に動かない僕に、お手上げ状態。

 練習三日目の土曜日、「行きたくない」と言って家で大泣きした。
 「せめて一ヶ月続けてみろ」という父さん。
 無理やり僕を車に乗せようとする父さんを、母さんが「もういいんじゃない」とたしなめてくれた。
 おかげでなんとか、二度とサッカーシューズを履かずに済んだ。

 中学校に上がった時。
 相変わらず貧弱な僕の様子を見かねた父さんが「何でもいいから運動部に入りなさい」と声をかけてきた。
 それで、僕がしぶしぶ入ったのが、卓球部。
 卓球を真剣にしている人たちには申し訳ないながら、サッカーや野球、バスケとかよりは僕でもついていけそうだと考えた。いわゆる消去法ってやつだ。

 いざ活動が始まってわかったのは、僕の考えが甘かったということ。
 学校ではどうしてもサッカー部や野球部の方が目立ってて華型はながたって感じだけど、卓球は卓球でかなりハードなスポーツだ。体力テストの持久走で毎回ひとりだけ二週遅れしている僕がついていける世界ではない。

 一年生の何人かは小学校の頃からの経験者。初心者の子達も全員僕よりはセンスがあって、常に置いてけぼりだった。
 どうやったって僕だけラリーが続かないし、ランニングや筋トレでも僕だけがすぐにバテる。
 二人組のメニューでは、僕のペアになった子だけ全然練習にならなくて。
 みんな優しいから口には出さないけど、僕が部の中でお荷物になっていることは明らかだった。
 家で自主練とかすれば多少変わったのかもしれないけど、そんなやる気があればここまで困ってない。

 ほんとうは、両親や片桐先生に正直に「辞めたい」と伝えて、正式に退部するのが筋なんだと思う。
 でも、「辞めたい」って言ったら父さんがどんな反応するかは、火を見るより明らかだ。
 ——こんなことでへこたれてるようじゃ、将来立派な社会人になれないぞ。
 ——お前も大人になったらわかるよ。スポーツで得られるものの価値がな。
 頭ごなしに説教する父さんの顔が、どんな写実絵画よりもリアルに脳内で浮かぶ。
 退部を聞き入れてくれないどころか、怒鳴られて終わりだろうと思うと、なかなか言い出せなかった。
 そういうわけで、両親と片桐先生に別々の嘘をつき部活を休む日々が続いている。
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