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第1章:不意打ちのメロディー(4)

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 ※ ※ ※

 それから遥奏はしばらくその場で歌っていた。ときどき水筒を取り出して水分補給したり、僕に話しかけたりしながら。

「あ、そうだ! 秀翔って漢字はどうやって書くの?」
 三曲ほど歌い上げたあと、遥奏が僕に近づいて尋ねてきた。
「えっと、『しゅう』は『秀才』の『秀』。『と』は、『羊』に『羽』」
「あ、『かける』って読むやつだね! かっこいい名前!」
 同年代には「翔」という漢字を知らない人も少なくない。結構勉強できるタイプなのかなと想像した。

「名前の由来は何?」
 遥奏が続けて質問してくる。
 小学校低学年の時、国語で自分の名前の由来についてスピーチする課題があって、なぜ僕が「秀翔」と名付けられたのか母さんに聞いた。
 そのときの記憶が蘇り、胸の中で灰色の煙が立ち込める。
「さあ、どうだったかな。あんまり聞いたことないや」
 答えたくなくて、はぐらかした。

「遥奏さん——遥奏は、なんて字書くの?」
 自分の名前についてこれ以上話さなくて済むように、質問を返した。
「『遥か彼方』の『遥』に、『奏でる』っていう字で『遥奏』だよ!」
 スラスラと答えが返ってくる。
「パパがジャズやっててね、大きな会場いっぱいに響く音楽みたいに、たくさんの人の心を温める人になってほしいなって思いでつけたんだって!」
 ついさっきまで聴いていた歌声のさわやかな後味が、両耳の鼓膜で蘇る。
「いい名前でしょ!」
「そうだね」
 彼女にぴったりな名前だと思った。
 それと同時に、自分の名前の由来について心から楽しそうに語る遥奏を見て、彼女には説明できない理由で、少し羨ましくなった。

 それから遥奏は、休憩を取りつつ六、七曲くらい歌った。
「はー、疲れた!」
 伸びをしたあと、ポケットからスマホを取り出して画面を点灯させる遥奏。
「こんな時間か! 私そろそろ帰らなくちゃ!」
 遥奏が、振り返って僕を見る。
「秀翔はまだいるの?」

 僕は、自分のスマホで時計を見てみた。
 十七時四十分。
 今帰るのは、まだ
「あと少しいるつもり」
「そうなんだ! じゃあ、また明日! ここで会おうね!」
 僕の意志を確認することなくそう言うと、遥奏は僕に力一杯手を振り、河川敷の外へ向かって歩き出した。
 僕は社交辞令的に手を振り返した。

 それから少し色塗りの続きをするうちに、やがて十八時ぴったりになった。
 これくらいの時間に河川敷を出ると、家に着くのは十八時十五分くらい。部活が終わって帰宅するという設定を演出するには、ちょうどいい時間だ。    
 スクールバッグに画材をしまい、腰を上げる。
 ふと、右斜め前の、遥奏が歌っていた場所に目を向けてみた。
 今は誰もいないその空白に、焦点を当てる。

 透明な空気が、温かな声色に染まっていた。
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