上 下
3 / 92

第1章:不意打ちのメロディー(2)

しおりを挟む
「べ、別に!」
 反射的にスケッチブックを閉じる。
「絵を描いてたの? 見せて!」
「ちょっ!」
 返事をする隙もなく、女の子が僕の手からスケッチブックを奪い取った。

 いったい何のつもりだろう?
 新手のカツアゲとかだったらどうしよう……。
 そんな僕の心境にはお構いなく、女の子は、スケッチブックをめくっては一枚一枚を食い入るように見つめる。

 一旦抵抗を諦めた僕は、改めて目の前の女の子の姿を見てみた。
 うちじゃない学校の制服だ。上下ともに濃い紺地のセーラー服。襟元と袖口に白い線が三本ずつ。胸元には、光沢のある鮮やかな緑色のリボン。
 外側に軽くハネた肩ほどの長さの髪が、風に吹かれてふんわり揺れている。

「きれい!!」
 数ページめくったところで、女の子がぱーっと顔を明るくしながらそう言った。
「これ、全部君が描いたの?」
「えっと……はい。ただの暇つぶしですけ……」
「すごいね! すごいすごい!」
 飛び跳ねるような声で僕の言葉を遮りながら、次々とページをめくり、ときどき手を止めては顔を輝かせる。

「これめちゃくちゃいい!」
 女の子が、スケッチブックを僕の方に向けた。
 数日前に描いた花の絵だ。川岸に向かう途中で咲いていたアカツメクサ。
 たしかに、自分の中ではよく描けた方だと、僕も思う。
 だけど、
「別に、それくらい描ける人はいっぱいいますし」
「そうなんだー 絵の世界は厳しいんだね! でも……」
 アカツメクサの各部位をくるくる回っていた瞳が、ふいに僕の方に向けられた。
「私はすっごく好きだよ! この絵!」

 人に絵を見せた(というか見られた)のは、いつぶりだろうか。
 普段、自分が描いたものを人に褒められるという経験がなくて、反応に困る。

 女の子の視線が、僕からふたたびスケッチブックに戻った。
 僕はそのまま無言で、ぼーっと女の子の様子を観察した。
 ふと、セーラー服の胸ポケットのエンブレムが目に入る。金色の刺繍、盾型の枠の中に、厳粛な自体で『寅中』という文字。
 この子、寅中とらちゅうの生徒か。

 寅中こと寅島とらしま中学校は、僕が通う酉ヶ丘とりがおか中学から東にしばらく歩いたところにある。
 この河川敷まではたぶん徒歩三十分と少しの距離。僕の学校から河川敷までよりもやや遠いはず。
 あえてここまで来るってことは、この子も僕と同じで部活をサボってたりとかかな。
 ……もしかして、ヤンキーだったり?
 もし、「返してほしければタバコを買ってきて!」なんて言われたら、スケッチブックを見捨てて全速力で逃げよう。

 そんなことを考えていたら、一通り目を通したらしい女の子が、僕の顔を見た。
 オレンジの皮みたいに柔らかく曲がった二重まぶた。薄桃色の唇の奥で、今日の雲よりも白い歯がきれいに並んでいる。
「見せてくれてありがと! すごく素敵な絵を描くんだね!」
 そう言いながら、僕にスケッチブックを返してくれた。
 とりあえず、違法行為に巻き込むつもりはないようで、ほっとする。
 そのお礼に、「見せたんじゃなくて、あなたが勝手に見たんでしょう」というツッコミは口に出さないことにした。

「私、ひいらぎ遥奏はるか! その制服、君、酉中とりちゅうの人? 名前は?」
「あ、はい、酉中一年生の篠崎しのざき秀翔しゅうとです。よ、よろしくお願いします」
 緊張して、無駄に改まった自己紹介をしてしまう。
「秀翔ね! よろしく!」
 出会って数十秒。いきなり下の名前で呼ばれた。距離感の詰め方が、明らかにおかしい。

 でも、僕がほんとに面食らったのはここからだった。
「ねえ」
 柊さんが、かがんで僕の顔を覗き込んだ。
 大きな瞳の中に、僕のうろたえた顔が閉じ込められる。
 長い黒髪が前に揺れ、僕の頰をかすめた。

「今から私ここで歌うから、聴いててね!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...