上 下
34 / 71
第3章 スライム5兆匹と戦う男編

第30話 無責任な男

しおりを挟む
第30話 無責任な男


 背負われたまま悶々としている男の後ろから、ライムが声をかけてきた。

「おはよう。遅いお目覚めね。ひひ」

「酷いじゃねえか。いきなり五感奪うとか。どこの暗黒魔術師だよ。これからはライム様って呼ぼうと思ってたけど、やっぱやめるわ」

「はあ? なによそれ。ライムでいいわよ気持ち悪い」

「いやでも、すげえ魔法だった!」

 レンジは興奮がよみがえってきていた。

「第10階梯魔法なんて、ホントにあるんだって思って、感動した!」

「あら。素直ね。私の凄さがわかってもらえて嬉しいわ」

「正直、比べる物差しがしょぼすぎて、どのくらい凄いのかよくわからないくらいだけどな」

 そこでレンジは急に黙った。なにか考え込んでいるようだった。

「なによ。どうかした?」

「いや……。ちょっと魔法でな。気になってることがあって」

「言ってみなさいよ。あなたよりたいていの魔法は詳しいわぁ。あら、ちょっと奥ゆかしすぎたかなあ」

 レンジは、ゆっくりと口を開いた。

「最後、あの扉のとこで、俺の護衛だった子たちがさ……。ほかの子もそうだけど。死霊魔術っての? 魔神が使ってたやつ。燃えて炭みたいになっちまった人間の手が動いて、俺に剣を刺そうとしてきたんだ。あんな状態になってまで。ゾッとしたよ。本当に死者の意思なんて関係ないんだなって思って。あれって、死者の意思を、じゃなくて、要するに死体を好き勝手に操る魔法なんだろう?」

「そうよ。死霊魔術は近代魔法協定で禁忌(タブー)指定されてるから、今じゃまともな魔法使いは使わないわね」

「でも魔神はそんなの関係ないから、容赦なく使ってきた」

「まあ、もう倒したんだから大丈夫よぉ。魔神の死体も燃やしたしね」

 不安がってるらしいレンジのふくらはぎを、ライムはポンと叩いた。なにしろ2メートルのバレンシアに背負われているので、背伸びしてもレンジの肩には届かない。

 そのレンジはなにか言いたげに黙っている。

「どうしたの。なにが気になるの」

「いや、山脈を抜けたらさ。俺がいよいよ古代の超範囲魔法・ボルトで、5兆匹のスライムを倒しにいくわけじゃん」

「そうよぉ。とうとうあなたの出番ってわけ。金貨千枚分の働きはしてもらうわよ」

「魔王軍の連中だってさ、そんな、人間たちが勝手に作った近代魔法協定なんて守る気ないだろ。もし、俺が倒したスライムたちを、倒した先からどんどん死霊魔術で復活させられちまったら、って思ってさ」

「ふうん。あなたも一応ちゃんとシミュレーションしてるのねぇ。でも大丈夫よ。スライムは体のほとんどが水分でできているから、雷系の魔法を食らうと、熱で蒸発してカスみたいな残骸しか残らない」

「あ、そうか。そうだった。その状態だと死霊魔術がきかないのか」

 レンジはホッとして息を吐いた。

「それにしても、あの河童雷神太鼓って、すげえ魔法だな。東方魔術なんてどうやって習ったんだよ」

「そんなの企業秘密に決まってるでしょ。でもまあ、私のお師匠様がそっちの出身だったからねぇ」

「ふうん。でもあれさあ。実質防御不能だろ。相手はあのとんでもない威力の雷魔法を連発で食らうわけじゃん」

「まあね」

 ライムは、マントの下の薄い胸を心なしか反らして答えた。

「あれ、魔王も倒せるんじゃないの」

「魔王を?」

 ライムは目を見開いた。

「やってみなきゃわからない、って言いたいところだけどぉ。まあ無理でしょうね」

「どうして」

「魔王は強力な魔法を使うそうよ。スライムもそうだけど、配下にいるとんでもない数の魔物を、その魔力で支配してるのよ。魔法使いとして、はるかに格上の存在だわ。勝てるとは思えないわねぇ」

「そもそも魔王とまともに戦ったやつって、今までにいるの?」

「いるわよ。私が生まれるはるか前の話だから、半分伝説みたいなものだけどぉ。西の国の魔術師ギルド、灰の夜明けのグランドマスター、キノットと魔王セベリニアの千日戦争って、有名な戦いがあるわ」

「レベル200とかいう魔法使いか。どっちが勝ったんだ」

「引き分けね。決着がつかなかったらしい。西方諸国はそれ以来、魔王軍との本格的な戦闘は避けているという話よ」

「ていうか、そのキノットとかいうジイさんがすげえ」

「あなた、壁越えの魔法使い舐めてるわねぇ。この大天才の私がレベル150の壁で止まってるのよ。魔法使いのレベル200なんて、どんな化け物なのか、あなたも魔法使いなら想像できるはずよ」

 そう言われても、万年レベル6のレンジには天上界の話過ぎて、さっぱりわからなかった。

「そもそも、伝説の大魔法使いキノットだからこそ、魔王とのタイマンに持ち込めたのよ。説明したでしょお。1か月前の魔王城襲撃作戦。北方諸国の精鋭が奇襲をかけたのに、魔王にたどり着くこともできなかった」

 それを聞いて、レンジは考え込んだ。今、なにか引っかかるものがあったからだ。

「もし、だよ。もしライムが魔王の前に立てたら、河童雷神太鼓で倒すこともできるかも知れないんじゃないか」

「あのね、話聞いてた? その魔王の前にたどり着くのがまず至難の技なんだって」

「魔王はずっと魔王城にいるのか」

「そうよ。出てこないわ」

「仮に、スライム5兆匹丸焦げ作戦がうまくいってさ。本当に全滅させられたらさ。魔王はどうするかな」

「どうするって……」

「5兆匹のスライムだぜ。どうやったって人間が勝てるわけがない。押しつぶされていくのを待ってるだけでいいはずなのに。急にそのスライムが全滅した。魔王はどうする? 気になるよな。どうしてスライムが全滅したのか」

 ライムはハッとした。そして、一言ひとこと、確かめるように言った。

「気になって、様子を、見にくる……?」

「と、思うんだよな。そこに、身を隠していた聖白火騎士団が突如姿を現して奇襲をかける。騎士たちが特攻して、ライムは後方から必中の極悪東方魔術をぶっぱなす」

「おいおい。アタシら特攻役かよ」

 背中でレンジが勝手なことを言っているのを聞きとがめて、バレンシアが口を挟んだ。

「でも、ちょっと、それ、アリかも」

 ライムは真剣な表情になり、親指の爪を噛んだ。無意識の癖らしい。
 そして、おもむろに顔を上げ、レンジに言った。

「私たちは目の前に迫ってるスライムのことしか考えられなかった。あなたの無責任な発想が、本当の意味で私たちを救うなんてことが、あるのかも知れないわね」

 バレンシアの背中で揺られながら、レンジは言った。

「無責任は余計だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...