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インターミッション
ちびセトカの日々①
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インターミッション ちびセトカの日々①
北方の国、神聖デコタンゴール王国の首都レプトティルサは、塔の多い街だった。
どの塔にも、同じ模様の色鮮やかな旗が掲げられている。それが一斉に風にはためく様子は、レプトティルサの風物詩になっていた。旗は季節ごとに細かく変わり、見上げる人々の目を楽しませた。
その旗が風を孕んでたなびく街を望む、小高い丘の上に、王立学校の校舎があった。身寄りのない子どもたちが集められて、勉学と訓練に励む全寮制の学校だ。
いま、その校舎の屋上を走るひとりの少女の姿があった。
「セトカ! やっぱりここにいたのね」
王立学校の制服を着た少女が、梯子を上りながら声をかけた。王立学校の屋上には、物見の塔があり、いつも梯子がかかっているのでだれでも上ることができた。
「ライム」
呼びかけられた少女が振り向いた。つややかな金髪に、アーモンドのような形の瞳。セトカは、王立学校の生徒たちのなかでも、ひときわかわいらしい少女だった。
だが、振り向いたその顔には青あざが広がっていて、擦り傷だらけ。頬もはれ上がっていた。
「あなた、またバレンシアに喧嘩売ったの? いい加減懲りればいいのに」
ライムは、年齢に不相応な大人びた口調と表情でため息をつくと、セトカの隣に座った。
2人は幼年学校からの幼馴染で、寮の部屋もずっと同じだった。今は、王立学校6年生のあひる組で机を並べて学ぶ仲でもある。
2人とも12歳。親はいない。魔王軍に殺されてしまった。そうして孤児となった子どもはみな、王立学校に入れられ、魔王軍と戦う兵士として育てられる。
そこには、本人の意思や希望は関係がない。そんな制度が、長い間続いていた。子どもたちも、そういうものとして受け入れていた。ほかに選択肢など、なかったからだ。
「もうちょっとだった」
セトカはぼそりと言って、ぷい、と前を向いてしまった。
「あの筋肉番長に勝てるわけないのに。まったくあんたは」
バレンシアは2つ年上の14歳。8年生だ。体が大きく、乱暴者で、みんな彼女を恐れていた。バレンシアが王立学校に入ってきたのは、セトカやライムのあとだった。それまでみんな仲良く集団生活を送っていたのに、新入りのバレンシアは、だれかれかまわず喧嘩を売りまくり、あっというまに全員をやっつけて番長に収まってしまった。
セトカはそれに納得がいかず、一人頑張って抵抗していたが、体力ではまったく歯が立たなかった。
武器の類は学校には持ち込めないので、セトカは修行と称して、自由時間や就寝前に体術を磨き、バレンシアに対抗すべく日夜努力をしていた。
それをずっとそばで見てきたライムは、半ば呆れ、半ば感心していた。体格差は一目瞭然で、毎回毎回、こてんぱんにやられるのに、よくもまあへこたれずに挑み続けられるものだ。
もっと小さいころは、バレンシアにやっつけられて、セトカは泣きながらライムに抱きついてきたものだった。
『うええあ。ぶえええ。わあああああん』
『よしよし。そうなのね。なに言ってるかわかんないけど』
そうして慰めるのがライムの役目だった。
セトカが12歳になった今では、喧嘩に負けてもライムに泣きつきに行くことはなくなり、代わりにこうして物見の塔でひとり佇んでいることが増えた。
ライムにはそれが少し寂しく思えた。
「見たことない旗があがってる」
セトカがぽつりと言った。王立学校は街で一番高い丘の上にあるので、レプトティルサの街並みが眼下に広がって見える。なかなかの良い眺めだ。その街並みのなかに、黄色と黒の綺麗な旗がたくさん見えた。
「ああ。今日は失政50周年のお祭りだからね」
「失政50周年?」
セトカは不思議そうにライムを見た。
「そう。前の前の王様が、隣の国から騙されて湿地帯を買っちゃってさ。それを教訓にしようって、失政記念行事とかって今でもやってんの。知らない? ジョン湿地王」
「ライムは物知りね」
「あなたが知らなすぎるだけよ」
ライムは少し照れているのか、そっけない。
目を凝らして良く見ると、街の様々なところに屋台が出ていて、人々が楽しそうに歩いている。
「お祭りかあ」
セトカがつぶやいた。
「ま、あたしたちには関係のない話ね」と、ライム。
王立学校の生徒たちには、街へ繰り出すような外出の自由はなかった。孤児となって国に拾われた時点で、市民権がないのだ。学校や寮などがある丘の上だけが、セトカたちの世界のすべてだった。
セトカやライムのように物心がつく前から学校にいる子どもたちは、街の暮らしの記憶自体がない。しかし大きくなってから孤児になって入ってきた子どもは、街の暮らしから切り離されてしまったことに、いら立ちや悲しみを覚えるのだった。
バレンシアの暴力的な言動も、行き場のないそうした感情の裏返しなのかも知れなかった。
とは言え、セトカやライムにも、街の暮らしへのあこがれはあった。街の記憶のある同級生や先輩たちから聞かされる、美味しそうな食べ物や綺麗な服。そして楽しい行事や遊び、おしゃれなお店。それらに、胸を躍らされた。そして、なにより、男子のこと。
王立学校は、男女が同じ場所で学ぶことを避けており、完全に分かれて生活をしていた。
セトカたちの知っている男性といえば、嫌みな先生や、嫌みな寮長、そして嫌みな売店のおじさんくらいだ。
王立学校の女子生徒は、まだ見ぬ男の子たちの話をして、想像を膨らませていた。
「でもあたし、いつか絶対、自由を手に入れてやるんだ」
街を見下ろしながら、ライムが言った。
王立学校は15歳、9年生で卒業となる。その後は、兵士としてどこかの軍に所属することになるのだ。そして、10年間真面目に勤め上げれば、晴れて子どもたちの市民権は回復され、除隊の自由が与えられる。そこではじめて、普通の人間として生きる権利が得られるのだ。もちろん、兵士を続け、軍のなかで出世していく道も残されている。だが、そんな人間はまれだった。
そもそも魔王軍との戦いを日夜繰り広げている間に、命を落とすものも多い。10年後に生き残っているのは、数人に一人だった。
「セトカ、あんたはさあ。夢ってないの」
ライムはふと、セトカの口から夢の話を、聞いたことがない気がした。
この一途で、頑固者で、天真爛漫な幼馴染が、どんな将来を夢見て生きているのか、知りたいと思った。
セトカは同性から見ても素敵な金色の髪の毛を、風になびかせながら、ライムを見た。
「私は、この街を守りたいの」
「は?」
セトカは目の前に広がる街並みに、両手を広げた。
「みんな笑ってる。楽しそうに生きてる。私は、この街を守りたい。私たちのような子どもを、もう出さないようにしたい」
ライムは驚いていた。あの、泣き虫で自分に泣きついてばかりだったセトカが、こんなことを考えていたなんて。
「そのために強くなりたいの。だれよりも。あのバレンシアよりも!」
「ふうん。そう」
ライムは自分の驚きを知られたくなくて、つまらなそうに答えた。
顔に青あざのある幼馴染は、そうして意気揚々と眼下の街並みを見回したあと、また手すりにもたれたかるようにして、腕に顎を乗せ、やがて物憂げな表情に戻った。
北方の国、神聖デコタンゴール王国の首都レプトティルサは、塔の多い街だった。
どの塔にも、同じ模様の色鮮やかな旗が掲げられている。それが一斉に風にはためく様子は、レプトティルサの風物詩になっていた。旗は季節ごとに細かく変わり、見上げる人々の目を楽しませた。
その旗が風を孕んでたなびく街を望む、小高い丘の上に、王立学校の校舎があった。身寄りのない子どもたちが集められて、勉学と訓練に励む全寮制の学校だ。
いま、その校舎の屋上を走るひとりの少女の姿があった。
「セトカ! やっぱりここにいたのね」
王立学校の制服を着た少女が、梯子を上りながら声をかけた。王立学校の屋上には、物見の塔があり、いつも梯子がかかっているのでだれでも上ることができた。
「ライム」
呼びかけられた少女が振り向いた。つややかな金髪に、アーモンドのような形の瞳。セトカは、王立学校の生徒たちのなかでも、ひときわかわいらしい少女だった。
だが、振り向いたその顔には青あざが広がっていて、擦り傷だらけ。頬もはれ上がっていた。
「あなた、またバレンシアに喧嘩売ったの? いい加減懲りればいいのに」
ライムは、年齢に不相応な大人びた口調と表情でため息をつくと、セトカの隣に座った。
2人は幼年学校からの幼馴染で、寮の部屋もずっと同じだった。今は、王立学校6年生のあひる組で机を並べて学ぶ仲でもある。
2人とも12歳。親はいない。魔王軍に殺されてしまった。そうして孤児となった子どもはみな、王立学校に入れられ、魔王軍と戦う兵士として育てられる。
そこには、本人の意思や希望は関係がない。そんな制度が、長い間続いていた。子どもたちも、そういうものとして受け入れていた。ほかに選択肢など、なかったからだ。
「もうちょっとだった」
セトカはぼそりと言って、ぷい、と前を向いてしまった。
「あの筋肉番長に勝てるわけないのに。まったくあんたは」
バレンシアは2つ年上の14歳。8年生だ。体が大きく、乱暴者で、みんな彼女を恐れていた。バレンシアが王立学校に入ってきたのは、セトカやライムのあとだった。それまでみんな仲良く集団生活を送っていたのに、新入りのバレンシアは、だれかれかまわず喧嘩を売りまくり、あっというまに全員をやっつけて番長に収まってしまった。
セトカはそれに納得がいかず、一人頑張って抵抗していたが、体力ではまったく歯が立たなかった。
武器の類は学校には持ち込めないので、セトカは修行と称して、自由時間や就寝前に体術を磨き、バレンシアに対抗すべく日夜努力をしていた。
それをずっとそばで見てきたライムは、半ば呆れ、半ば感心していた。体格差は一目瞭然で、毎回毎回、こてんぱんにやられるのに、よくもまあへこたれずに挑み続けられるものだ。
もっと小さいころは、バレンシアにやっつけられて、セトカは泣きながらライムに抱きついてきたものだった。
『うええあ。ぶえええ。わあああああん』
『よしよし。そうなのね。なに言ってるかわかんないけど』
そうして慰めるのがライムの役目だった。
セトカが12歳になった今では、喧嘩に負けてもライムに泣きつきに行くことはなくなり、代わりにこうして物見の塔でひとり佇んでいることが増えた。
ライムにはそれが少し寂しく思えた。
「見たことない旗があがってる」
セトカがぽつりと言った。王立学校は街で一番高い丘の上にあるので、レプトティルサの街並みが眼下に広がって見える。なかなかの良い眺めだ。その街並みのなかに、黄色と黒の綺麗な旗がたくさん見えた。
「ああ。今日は失政50周年のお祭りだからね」
「失政50周年?」
セトカは不思議そうにライムを見た。
「そう。前の前の王様が、隣の国から騙されて湿地帯を買っちゃってさ。それを教訓にしようって、失政記念行事とかって今でもやってんの。知らない? ジョン湿地王」
「ライムは物知りね」
「あなたが知らなすぎるだけよ」
ライムは少し照れているのか、そっけない。
目を凝らして良く見ると、街の様々なところに屋台が出ていて、人々が楽しそうに歩いている。
「お祭りかあ」
セトカがつぶやいた。
「ま、あたしたちには関係のない話ね」と、ライム。
王立学校の生徒たちには、街へ繰り出すような外出の自由はなかった。孤児となって国に拾われた時点で、市民権がないのだ。学校や寮などがある丘の上だけが、セトカたちの世界のすべてだった。
セトカやライムのように物心がつく前から学校にいる子どもたちは、街の暮らしの記憶自体がない。しかし大きくなってから孤児になって入ってきた子どもは、街の暮らしから切り離されてしまったことに、いら立ちや悲しみを覚えるのだった。
バレンシアの暴力的な言動も、行き場のないそうした感情の裏返しなのかも知れなかった。
とは言え、セトカやライムにも、街の暮らしへのあこがれはあった。街の記憶のある同級生や先輩たちから聞かされる、美味しそうな食べ物や綺麗な服。そして楽しい行事や遊び、おしゃれなお店。それらに、胸を躍らされた。そして、なにより、男子のこと。
王立学校は、男女が同じ場所で学ぶことを避けており、完全に分かれて生活をしていた。
セトカたちの知っている男性といえば、嫌みな先生や、嫌みな寮長、そして嫌みな売店のおじさんくらいだ。
王立学校の女子生徒は、まだ見ぬ男の子たちの話をして、想像を膨らませていた。
「でもあたし、いつか絶対、自由を手に入れてやるんだ」
街を見下ろしながら、ライムが言った。
王立学校は15歳、9年生で卒業となる。その後は、兵士としてどこかの軍に所属することになるのだ。そして、10年間真面目に勤め上げれば、晴れて子どもたちの市民権は回復され、除隊の自由が与えられる。そこではじめて、普通の人間として生きる権利が得られるのだ。もちろん、兵士を続け、軍のなかで出世していく道も残されている。だが、そんな人間はまれだった。
そもそも魔王軍との戦いを日夜繰り広げている間に、命を落とすものも多い。10年後に生き残っているのは、数人に一人だった。
「セトカ、あんたはさあ。夢ってないの」
ライムはふと、セトカの口から夢の話を、聞いたことがない気がした。
この一途で、頑固者で、天真爛漫な幼馴染が、どんな将来を夢見て生きているのか、知りたいと思った。
セトカは同性から見ても素敵な金色の髪の毛を、風になびかせながら、ライムを見た。
「私は、この街を守りたいの」
「は?」
セトカは目の前に広がる街並みに、両手を広げた。
「みんな笑ってる。楽しそうに生きてる。私は、この街を守りたい。私たちのような子どもを、もう出さないようにしたい」
ライムは驚いていた。あの、泣き虫で自分に泣きついてばかりだったセトカが、こんなことを考えていたなんて。
「そのために強くなりたいの。だれよりも。あのバレンシアよりも!」
「ふうん。そう」
ライムは自分の驚きを知られたくなくて、つまらなそうに答えた。
顔に青あざのある幼馴染は、そうして意気揚々と眼下の街並みを見回したあと、また手すりにもたれたかるようにして、腕に顎を乗せ、やがて物憂げな表情に戻った。
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