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第2章 魔神回廊攻略編
第11話 臆病の根っこ
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第11話 臆病の根っこ
『なあ、レンジ。俺たちでさあ。根っこ洞窟に行こうぜ』
15年前、13歳だったレンジにそう誘いをかけてきたのは、幼馴染で2つ年上のタンジェロだった。
ガキ大将気質だったタンジェロは、小さいころからよくレンジをいじめていたものだったが、最近知り合いの冒険者にくっついて近場のダンジョンの探索に身を入れはじめていた。
振り回されなくなって良かった、と思っていた矢先にそう言ってきたのだ。レンジは渋った。
たった一人の肉親だった祖父を亡くしたばかりで、ひとりぼっちになり、これからどうやって生きていこうと考えていたところだった。
『ああ、俺も行くよ』
考えた末、レンジはそう答えた。
祖父が有名な魔法使いだったこともあり、小さなころからいつも周りに冒険者がいる暮らしだった。祖父自身もレンジに秘伝の雷魔法を教えた。だから、レンジが冒険者の道に足を踏み入れるのは、必然の流れだった。
たとえ、祖父オートーを魔神回廊という名の恐ろしいダンジョンで亡くしていたとしてもだ。
根っこ洞窟は、ヘンルーダ公国の首都ネーブルの西にある、巨大な杉の木が入り口のまわりに根を張っているダンジョンだ。
街からわりと近くて、かつ奥行きがあり、探検されつくしていない有名なダンジョンだった。その分ライバルが多く、ベテラン冒険者たちが各々の縄張りを作っていた。だから、新米冒険者パーティがそこに割って入るというのは、なかなかに難しかった。
ところが、である。先日の街をあげた大作戦、『魔神回廊攻略戦』の失敗により、多くの実力派冒険者たちが命を落とすことになってしまった結果、根っこ洞窟のようなおいしいダンジョンが、ガラガラの状況になってしまっていた。
タンジェロはその隙間を狙って、仲間を募ったのだ。
『頼りにしてるからな。魔法使いレンジ!』
そう言ってガキ大将に肩を叩かれるのは、悪い気分じゃなかった。自分の生きる道を見つけた、と感じていた。
だが、その根拠のない自信や万能感も、すぐに打ち砕かれることになる。
13歳から15歳の5人の少年で構成されたタンジェロのパーティは、勇んで根っこ洞窟に挑んだのであったが、ある横穴に入り込んだところで唐突に冒険の終わりを迎えた。
レンジは最初、なにが起こったのかわからなかった。
松明を片手に、恐る恐る暗い洞窟の奥へと進んでいたのであるが、突然なにか大きなものが前方の闇から現れ、ぶつかってきたかと思うと、レンジは昏倒してしまった。
どれほど時間が経ったのかわからないが、後頭部に痛みを感じて手をやった。コブができている。
暗くて周囲の様子はよくわからない。前方からなにかペチャペチャという音がしている。
近くに松明が落ちているのが見えた。まだわずかに火が消えずに残っている。レンジはなんとか起き上がって、それを掴むと、前方の闇にかざした。
『タンジェロ!』
暗闇に、タンジェロの顔が浮かび上がった。タンジェロはうつろな目をしている。
『レンジ、レンジ……』
こちらを見て、そうつぶやいた。妙に抑揚のない声だった。
『レンジ……タスケテ……クレ……』
そのかすれた声を聴いたレンジは、松明を下に向けて、タンジェロの顔の下を照した。
そこには巨大なワーム状の生物がタンジェロの体を包むように巻き付いていて、トゲがたくさん飛び出ている口のような器官が、彼の腹部のあたりでペチャペチャと音を立てながらうごめいていた。
いつもレンジに威張り散らしていた幼馴染には、手も、足もなかった。
レンジは叫んだ。
それからどうやって逃げたのか、もう覚えていない。
その体験が、レンジを冒険者として致命的な臆病者にした。
明るい、開けた場所ならまだ良かった。一番恐ろしいのは、真っ暗で狭いダンジョンだ。その闇の先に、どんな恐ろしいものが待っているのか。
いつも想像のなかでは、その吸い込まれるような底なしの闇のなかに、うつろな目をしたタンジェロの顔が浮かび上がるのだ。
その想像は、レンジを臆病にし、混乱させ、卑怯者にした。
それが彼の根っこだった。
「……」
ぶるり、とレンジは体を震わせた。山に近づいていくと、寒さが増していく。
カラマンダリン山脈の北にあるデコタンゴール王国の聖白火騎士団から依頼を受け、スライムを倒す旅に出たレンジだったが、考えることは、その山の地下を通る恐ろしいダンジョン、魔神回廊のことばかりだった。
女性ばかりの騎士団に、魔法使いレンジと熟練冒険者ギムレットを加え、ネーブルを出た一行は、カラマンダリン山脈を目指して街道を北上していった。
その道中のはじめ、レンジは自分の魔法、ボルトでスライムたちを一網打尽にやっつけることを考えてワクワクしていた。
けれど、だんだんとそこへ至るまでに避けて通れない難所、魔神回廊のことが頭を離れなくなっていた。
なにしろ、レベル6の魔法使いという雑魚中の雑魚冒険者であるレンジが、安全に探索できるダンジョンなどないのだ。どんな洞窟にだって、レンジを頭からバリバリと食べることのできる魔物は生息している。
まして魔神回廊は、これまでに挑んだどんなダンジョンとも比較できない、最悪の魔窟だ。とんでもない数の、腕に覚えのある冒険者の命を奪ってきた迷宮なのだ。
近寄ることすら恐ろしい場所だった。
それを、である。潜るだけでなく、あの広大な山脈の地下をひたすら進んで、北側の土地まで抜けなければならないという。
あ、だめだ。考えちゃダメ。
レンジは首を振った。そして歩くことに集中する。
カラマンダリン山脈の山すそまでは、半日も歩けば到着する距離だったが、一行の歩くピッチが異常に速く、レンジは途中で息が上がりはじめた。
一行の列のちょうど真ん中にいるレンジの周りには、騎士団の6班のメンバー6人がいて、守りを固めている。
彼女たちはそれぞれ背中に食料品などかなりの重量の荷物を背負っているにもかかわらず、平然としている。
基礎体力が違い過ぎるのだろう。
「班長、それかっこイイナー」
「マジで、マジで。アタシもその紋章入れたい」
そんなおしゃべりをする余裕まであった。班員たちは班長であるマーコットのほっぺたをツンツンしている。
「えへへー」
マーコットは照れ笑いを浮かべて頭を掻いている。
それを見たレンジは、「あー、ごめんな、それ」と謝った。
「いえいえ。かっこいい紋章ができて、身が引き締まる思いであります」
ヘンルーダ公国の国鳥である、なんか変な名前の、変な顔の鳥の姿を頬に刻んで、マーコットは笑った。
「レンジ殿は、我々が必ずお守りしますゆえ、安心してついてきてください」
そう言って胸を張るマーコットを見ても、レベル150なんていう超絶ハイレベルの剣士には見えない。
レベル30が人類の最高到達点だと思っていたレンジは、そもそもレベル150の強さがどれほどのものなのか、未だによくわかっていなかった。
そんなやりとりをしながら歩いていると、まったく衰えない一行のペースに、さすがに息が続かなくなってきたレンジがギブアップしかけた。
すると、マーコットが「私がおんぶします」と言い出した。
疲れたからといって、年下の女の子に背負われる屈辱!
レンジは当然断ろうとした。しかし、それを受け入れるだけの、へし折られ踏みにじられつづけてきた誇りが、レンジにはあったのだ。
「おねがいします」
「お任せくださいであります」
背負いやすいように上半身の鎧を脱いで仲間に預けたマーコットは、軽々とレンジを背負った。
その細い背中から、途方もない力強さを感じて、レンジは驚いた。彼女は大の大人を一人背負ってなお、異常なハイペースで歩く強行軍に平然とついていっている。
信じられなかった。しかもこんな若くてかわいらしい女の子が!
レンジは、もんもんとしていた。
こんな、かわいい……。いい匂いの女の子が!
こんな……こんな……。
(やべえ。マーコットやべえ)
ていうか、もう、股間がやばい!
前のパーティでの遠征中、ラウェニアのエロい体に悶々とし続けていたレンジは、パーティを追放されたその帰宅後、そのまま飲んだくれて2日を過ごしていたので、まだそのあれを…………ね? わかるよね?
できてなかったの。
かーらーの、なのよ。
わかるよね? わかってくれるよね? 男の子のこの気持ち。
しかたがないんだよ。
かーらーの、でこれだから。
ね?
「あのぅ……」
マーコットがおずおずと口を開いた。
「短剣の柄かなにかが、背中に当たっているであります」
「えっ、あ、それはその」
「ズレて落としたらいけないので、しっかりと私にくっついてください」
「いや、あの。大丈夫。固く……固く結んでるから。だから固いけど。うん大丈夫」
レンジはモジモジとしながら、できるだけ腰を引いて頑張った。
なにか別のこと考えなきゃ。魔神回廊。うん。魔神回廊、やばい。魔神回廊やばすぎる。魔神回廊怖すぎる。魔神回廊すごすぎる。マーコットいい匂いすぎる!
一行は街道を一路北へと急いだ。
『なあ、レンジ。俺たちでさあ。根っこ洞窟に行こうぜ』
15年前、13歳だったレンジにそう誘いをかけてきたのは、幼馴染で2つ年上のタンジェロだった。
ガキ大将気質だったタンジェロは、小さいころからよくレンジをいじめていたものだったが、最近知り合いの冒険者にくっついて近場のダンジョンの探索に身を入れはじめていた。
振り回されなくなって良かった、と思っていた矢先にそう言ってきたのだ。レンジは渋った。
たった一人の肉親だった祖父を亡くしたばかりで、ひとりぼっちになり、これからどうやって生きていこうと考えていたところだった。
『ああ、俺も行くよ』
考えた末、レンジはそう答えた。
祖父が有名な魔法使いだったこともあり、小さなころからいつも周りに冒険者がいる暮らしだった。祖父自身もレンジに秘伝の雷魔法を教えた。だから、レンジが冒険者の道に足を踏み入れるのは、必然の流れだった。
たとえ、祖父オートーを魔神回廊という名の恐ろしいダンジョンで亡くしていたとしてもだ。
根っこ洞窟は、ヘンルーダ公国の首都ネーブルの西にある、巨大な杉の木が入り口のまわりに根を張っているダンジョンだ。
街からわりと近くて、かつ奥行きがあり、探検されつくしていない有名なダンジョンだった。その分ライバルが多く、ベテラン冒険者たちが各々の縄張りを作っていた。だから、新米冒険者パーティがそこに割って入るというのは、なかなかに難しかった。
ところが、である。先日の街をあげた大作戦、『魔神回廊攻略戦』の失敗により、多くの実力派冒険者たちが命を落とすことになってしまった結果、根っこ洞窟のようなおいしいダンジョンが、ガラガラの状況になってしまっていた。
タンジェロはその隙間を狙って、仲間を募ったのだ。
『頼りにしてるからな。魔法使いレンジ!』
そう言ってガキ大将に肩を叩かれるのは、悪い気分じゃなかった。自分の生きる道を見つけた、と感じていた。
だが、その根拠のない自信や万能感も、すぐに打ち砕かれることになる。
13歳から15歳の5人の少年で構成されたタンジェロのパーティは、勇んで根っこ洞窟に挑んだのであったが、ある横穴に入り込んだところで唐突に冒険の終わりを迎えた。
レンジは最初、なにが起こったのかわからなかった。
松明を片手に、恐る恐る暗い洞窟の奥へと進んでいたのであるが、突然なにか大きなものが前方の闇から現れ、ぶつかってきたかと思うと、レンジは昏倒してしまった。
どれほど時間が経ったのかわからないが、後頭部に痛みを感じて手をやった。コブができている。
暗くて周囲の様子はよくわからない。前方からなにかペチャペチャという音がしている。
近くに松明が落ちているのが見えた。まだわずかに火が消えずに残っている。レンジはなんとか起き上がって、それを掴むと、前方の闇にかざした。
『タンジェロ!』
暗闇に、タンジェロの顔が浮かび上がった。タンジェロはうつろな目をしている。
『レンジ、レンジ……』
こちらを見て、そうつぶやいた。妙に抑揚のない声だった。
『レンジ……タスケテ……クレ……』
そのかすれた声を聴いたレンジは、松明を下に向けて、タンジェロの顔の下を照した。
そこには巨大なワーム状の生物がタンジェロの体を包むように巻き付いていて、トゲがたくさん飛び出ている口のような器官が、彼の腹部のあたりでペチャペチャと音を立てながらうごめいていた。
いつもレンジに威張り散らしていた幼馴染には、手も、足もなかった。
レンジは叫んだ。
それからどうやって逃げたのか、もう覚えていない。
その体験が、レンジを冒険者として致命的な臆病者にした。
明るい、開けた場所ならまだ良かった。一番恐ろしいのは、真っ暗で狭いダンジョンだ。その闇の先に、どんな恐ろしいものが待っているのか。
いつも想像のなかでは、その吸い込まれるような底なしの闇のなかに、うつろな目をしたタンジェロの顔が浮かび上がるのだ。
その想像は、レンジを臆病にし、混乱させ、卑怯者にした。
それが彼の根っこだった。
「……」
ぶるり、とレンジは体を震わせた。山に近づいていくと、寒さが増していく。
カラマンダリン山脈の北にあるデコタンゴール王国の聖白火騎士団から依頼を受け、スライムを倒す旅に出たレンジだったが、考えることは、その山の地下を通る恐ろしいダンジョン、魔神回廊のことばかりだった。
女性ばかりの騎士団に、魔法使いレンジと熟練冒険者ギムレットを加え、ネーブルを出た一行は、カラマンダリン山脈を目指して街道を北上していった。
その道中のはじめ、レンジは自分の魔法、ボルトでスライムたちを一網打尽にやっつけることを考えてワクワクしていた。
けれど、だんだんとそこへ至るまでに避けて通れない難所、魔神回廊のことが頭を離れなくなっていた。
なにしろ、レベル6の魔法使いという雑魚中の雑魚冒険者であるレンジが、安全に探索できるダンジョンなどないのだ。どんな洞窟にだって、レンジを頭からバリバリと食べることのできる魔物は生息している。
まして魔神回廊は、これまでに挑んだどんなダンジョンとも比較できない、最悪の魔窟だ。とんでもない数の、腕に覚えのある冒険者の命を奪ってきた迷宮なのだ。
近寄ることすら恐ろしい場所だった。
それを、である。潜るだけでなく、あの広大な山脈の地下をひたすら進んで、北側の土地まで抜けなければならないという。
あ、だめだ。考えちゃダメ。
レンジは首を振った。そして歩くことに集中する。
カラマンダリン山脈の山すそまでは、半日も歩けば到着する距離だったが、一行の歩くピッチが異常に速く、レンジは途中で息が上がりはじめた。
一行の列のちょうど真ん中にいるレンジの周りには、騎士団の6班のメンバー6人がいて、守りを固めている。
彼女たちはそれぞれ背中に食料品などかなりの重量の荷物を背負っているにもかかわらず、平然としている。
基礎体力が違い過ぎるのだろう。
「班長、それかっこイイナー」
「マジで、マジで。アタシもその紋章入れたい」
そんなおしゃべりをする余裕まであった。班員たちは班長であるマーコットのほっぺたをツンツンしている。
「えへへー」
マーコットは照れ笑いを浮かべて頭を掻いている。
それを見たレンジは、「あー、ごめんな、それ」と謝った。
「いえいえ。かっこいい紋章ができて、身が引き締まる思いであります」
ヘンルーダ公国の国鳥である、なんか変な名前の、変な顔の鳥の姿を頬に刻んで、マーコットは笑った。
「レンジ殿は、我々が必ずお守りしますゆえ、安心してついてきてください」
そう言って胸を張るマーコットを見ても、レベル150なんていう超絶ハイレベルの剣士には見えない。
レベル30が人類の最高到達点だと思っていたレンジは、そもそもレベル150の強さがどれほどのものなのか、未だによくわかっていなかった。
そんなやりとりをしながら歩いていると、まったく衰えない一行のペースに、さすがに息が続かなくなってきたレンジがギブアップしかけた。
すると、マーコットが「私がおんぶします」と言い出した。
疲れたからといって、年下の女の子に背負われる屈辱!
レンジは当然断ろうとした。しかし、それを受け入れるだけの、へし折られ踏みにじられつづけてきた誇りが、レンジにはあったのだ。
「おねがいします」
「お任せくださいであります」
背負いやすいように上半身の鎧を脱いで仲間に預けたマーコットは、軽々とレンジを背負った。
その細い背中から、途方もない力強さを感じて、レンジは驚いた。彼女は大の大人を一人背負ってなお、異常なハイペースで歩く強行軍に平然とついていっている。
信じられなかった。しかもこんな若くてかわいらしい女の子が!
レンジは、もんもんとしていた。
こんな、かわいい……。いい匂いの女の子が!
こんな……こんな……。
(やべえ。マーコットやべえ)
ていうか、もう、股間がやばい!
前のパーティでの遠征中、ラウェニアのエロい体に悶々とし続けていたレンジは、パーティを追放されたその帰宅後、そのまま飲んだくれて2日を過ごしていたので、まだそのあれを…………ね? わかるよね?
できてなかったの。
かーらーの、なのよ。
わかるよね? わかってくれるよね? 男の子のこの気持ち。
しかたがないんだよ。
かーらーの、でこれだから。
ね?
「あのぅ……」
マーコットがおずおずと口を開いた。
「短剣の柄かなにかが、背中に当たっているであります」
「えっ、あ、それはその」
「ズレて落としたらいけないので、しっかりと私にくっついてください」
「いや、あの。大丈夫。固く……固く結んでるから。だから固いけど。うん大丈夫」
レンジはモジモジとしながら、できるだけ腰を引いて頑張った。
なにか別のこと考えなきゃ。魔神回廊。うん。魔神回廊、やばい。魔神回廊やばすぎる。魔神回廊怖すぎる。魔神回廊すごすぎる。マーコットいい匂いすぎる!
一行は街道を一路北へと急いだ。
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