上 下
7 / 71
第1章 栄光への旅立ち編

第7話 もうらめ

しおりを挟む
第7話 もうらめ


 思わず心の声が外に出てしまった。

「あ、ごめん。なんでもねえ。でも話はわかったよ。そういうことだったのか。ボルトがね」

 レンジは驚きながらも、自分を納得させるようにうなづいた。
 身を乗り出していたセトカが、レンジとの顔の距離が近すぎることに気づいて、恥ずかしそうに姿勢を正した。

「……そうだ。我々は、使い鳩などを駆使して『雷を呼ぶ者』の行方をたどり、この国で彼がすでに亡くなっていたことと、その孫が同じ魔法、ボルトを使う、という情報を掴んで、急ぎここへやってきたのだ」

「ボルトなんて、じいちゃんがよく使ってたし、俺も使うから、この街じゃあそんな珍しい魔法だなんて、みんな思わなかったんだろうな」

 そんな貴重な古代魔法だなんて知っていたら、もっとみんな俺のことをチヤホヤしてくれただろうに。

 そう思うと、レンジは残念な気持ちになった。

「だいたい、魔物なんて基本、狭いダンジョンで出くわすもんだし、そんな遠くまで届くなんて思いもしねえよ。試したこともねえ」

 ぶつぶつとそう言う。

「いかに数が多くとも、しょせんはスライム。一体一体、すべてに範囲魔法を当てさえすれば、殲滅できる。そなたは見渡す限りのスライムの群れを一撃で全滅させられるのだ」

 セトカはキラキラと瞳を輝かせている。
 レンジもその自分の姿を想像した。
 大地を覆う、スライムの群れ。杖を構えて、雷魔法を放つレンジ。稲妻が先頭のスライムに命中するや、まるで水平方向に落雷が広がるように放射状にその電撃が拡散していく。凄まじい衝撃。充満する焼け焦げる匂い。スライムたちの阿鼻叫喚。ノート10冊分にも及ばんとする、面白断末魔コレクションの爆増。
 背後では、世界中の国の人々がレンジを称賛している。剣士シトラスや、これまでにレンジを振ったパーティの憎っくき面々が涙を流して許しを請う姿。盗賊ラウェニアが、ぷるんぷるんの胸をレンジに押し付けて「結婚して!」と懇願。
 凄い。凄すぎる。もう人生終わったと思っていたのに、まさかこんなかっこいい自分に出会えるなんて。

「あれ? 俺、超イケてる?」

「そうだ。そなたは魔王の野望を打ち砕く、我らの希望の光だ。引き受けてくれるな?」

 セトカは、テーブルの上の金貨の袋をガシリ、と掴んでレンジに突き出した。

 そうか。俺はこのために生まれてきたのか。
 どんなにくじけそうになっても、諦めずに冒険者を続けていたのもこの時のためだったんだ。

 レンジはゆっくりと首を縦に振った。

「感謝する」

 セトカが頭を下げた時、テーブルに料理が運ばれてきた。

「ほらよ。まずはヘンルーダ名物、蒸し鶏のスパイス包み。まだ出すからな」

店主が湯気の立つ皿を、次々と各テーブルに置いていく。

「まず腹ごしらえだ」

 女騎士たちは、目の前の料理に手を伸ばした。
 圧巻の食いっぷりだった。あっという間にその胃袋に収まっていく。彼女らはみな酒を断り、水で喉を潤している。
 店に入りきれない表の仲間たちも交代で食事をとっていった。
 そうして一通り出された料理を食べ終わると、団長セトカが代表して店主に礼を言った。

「では急ぐとしよう。我が国へ」

「え、今から? もう?」

 レンジが戸惑っていると、セトカはその肩を両手で掴んだ。力強い手だった。

「この瞬間にも、スライムたちの進軍は続いている。やつらの足は遅いが、この作戦にいたるまでに時間を空費しすぎた。もはや我々に残された時間はわずかなのだ」

 その迫力に押され、レンジはうなづくしかなかった。

「わ、わかったよ」

「ではさっそく戻ろう。カラマンダリン山脈へ」

「え? 今なんて?」

 レンジの背筋に、嫌な予感が走った。

「えーと。もしかして、西回りでも東回りでもなく、あんたたち、北から、あのカラマンダリン山脈のダンジョンを抜けてきたのか?」

「ああ。魔神回廊が、北から南へ渡る最速のルートであるゆえ」

「ほ、ほんとに魔神回廊を抜けたのか、あんたら!」

 かつて魔神回廊に挑んで死んでいった、数多くの名うての冒険者たちや、祖父オートーの姿が浮かんだ。

 セトカやバレンシア、ライムもマーコットもレンジの驚きぶりに、きょとんとしている。

「まじかよ。……あんたたち、いったいレベルいくつなの?」

 恐る恐る訊ねると、セトカからこんな言葉が返ってきた。

「我が聖白火騎士団は、全員がレベル50以上の者で構成されている」

「ご、ごじゅうぅぅ?」

 このヘンルーダの首都ネーブルで最強の冒険者はだれかと訊かれたら、みんな、剣士ギムレットと答えるだろう。
 人間を相手にすることを前提として訓練しているヘンルーダ公国の兵士など、人の力を超えた魔物相手に日夜死闘を繰り広げている冒険者の力の足元にも及ばない。
 その頂点であるギムレットが、レベル30なのだ。

 レベルは、キリのいい数字に壁があると言われている。例えばよく言われるのが、レベル10の壁だ。
 すいすいとレベルを上げていった若手の冒険者がぶち当たるのが、レベル10の壁で、ここでピタリと止まってしまうことが多いとされる。長年研鑽を積んでようやくレベル11に上がる者もいれば、まれにあっさりと抜けていく者もいる。そこは残酷なセンスの違いというやつなのだ。

 しかし、レベル10の壁を抜けた者が、次に引っかかるのがレベル20の壁であり、ほとんどの冒険者がここで完全に足止めを食らうことになる。
 それ以上、1レベルも上げることができないまま、引退するのだ。

 ギムレットはその20の壁を抜けた数少ない冒険者の1人であり、さらに『最後の壁』、レベル30に到達した生ける伝説ともいえる男なのだ。
 最初の壁である10にも到達できずに、レベル6で長らく止まっているレンジには、レベル30など想像もつかない世界だ。

 なのに、なんつった今。

「もっともレベル50くらいの子はまだ見習いだけどねぇ。今回ここへ来ている正規団員は全員レベル100以上だよ。ふひひ」

 ライムの根暗な声に、レンジは飛び上がった。

「ひゃ、ひゃくうぅぅぅぅぅッッッ?!!!」

 ありえない。ありえない。こんな、かわいいお嬢さんがたが?
 レベル100?
 意味がわからん。ていうか、そんな先までレベルってあるの?
 俺の持ってるレベル測定器、20までしか目盛りないんだけど。

「アタシは、レベル172だ」

 副団長バレンシアが言った。

「ひゃ、ひゃくななじゅうにいぃぃぃっっっっッッッ!!!???」

「私マーコットと、ライム魔術師長はレベル150であります!」

 マーコットは背筋を伸ばして報告した。

「そして、我らが騎士団長、セトカ様は我が国でも10人といない『到達者』、レベル200の剣士であられます!」

 マーコットの紹介に、セトカは照れ隠しのようにコホンと咳ばらいをした。

「ににに、にひゃくうううぅうぅぅぅっっっっっっッッッッッ!??!!!!!?? もうらめえええええええええぇぇぇぇ」

 ビクンビクン!

 レンジは痙攣して椅子から転がり落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

スキル【レベル転生】でダンジョン無双

世界るい
ファンタジー
 六年前、突如、異世界から魔王が来訪した。「暇だから我を愉しませろ」そう言って、地球上のありとあらゆる場所にダンジョンを作り、モンスターを放った。  そんな世界で十八歳となった獅堂辰巳は、ダンジョンに潜る者、ダンジョンモーラーとしての第一歩を踏み出し、ステータスを獲得する。だが、ステータスは最低値だし、パーティーを組むと経験値を獲得できない。スキルは【レベル転生】という特殊スキルが一つあるだけで、それもレベル100にならないと使えないときた。  そんな絶望的な状況下で、最弱のソロモーラーとしてダンジョンに挑み、天才的な戦闘センスを磨き続けるも、攻略は遅々として進まない。それでも諦めずチュートリアルダンジョンを攻略していたある日、一人の女性と出逢う。その運命的な出逢いによって辰巳のモーラー人生は一変していくのだが……それは本編で。 小説家になろう、カクヨムにて同時掲載 カクヨム ジャンル別ランキング【日間2位】【週間2位】 なろう ジャンル別ランキング【日間6位】【週間7位】

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...