三二・七六八の響き

浅黄幻影

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穏やかではない日々

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 春になった。大学の三年ともなると講義は専門性が出てくるし、年度末には研究室に属して卒論の実験にかからなければならない。でもぼくは、そんな束縛よりも彼女と会うことを何よりも優先させて、日々の学業もアルバイトもがむしゃらにこなして、時間を作っていた。
 美衣子が重い病気だと聞かされたのはそんな頃だった。
 カレーの約束を取り付けていったぼくは、野菜を切っている最中にその話を聞かされた。刃物を手にして視線を向けられないときに切り出された話に、ぼくは手元が狂いそうになった。野菜と包丁を置いて彼女を見たが、彼女の視線はこちらを向いていなかった。玉ねぎの茶色い皮を剥いているところだった。
「多分、少し入院すると思うの」
「入院? 何の病気?」
「手術もするかもしれないんだって……」
「手術……ねえ、何の病気?」
 美衣子は答えてくれなかった。ただ、少し長くなるかもしれないと言った。
「来週には入院するんだけど」
「お見舞いにいくよ、どこの病院?」
「それが、お母さんが来るって言うの。ひとりで入院だと大変だろうって言って、断りきれなかった。確かに大変ではあるけどね。しばらくこの部屋に泊まって通うって」
 年の差のあるぼくらの交際はまだ周囲には秘密になっていた。ぼくは何にも言えなかった。スマホからメッセージも送るし電話もできるからと言った。それならそれで仕方ないとぼくは思い、早くよくなるよう美衣子を元気づけた。
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