宇宙のくじら

桜原コウタ

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幕間・1

【出航前夜】第2話

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 会見から二日後。カール夫妻が来客の準備をしている中、家のチャイムが鳴る。カールは時計を見たが、予定の時刻よりも10分程早かった。マーガレットはお出迎えしようと急いで玄関へ向かう。玄関を開けると大柄の男性が一人。ガブリエルだ。アロハシャツにジーパンと随分ラフな出で立ちだが、テレビで見たよりも身長が高く、より威圧感を感じた。肩にビジネスバッグ、左手に色とりどりの花束、右手には小包を持っている。ガブリエルはニコリと白い歯を見せて笑う。
「こんにちは!海岸沿いに立つ白い家。うーん、風情があって実に良いご自宅だ。」
ガブリエルが感動していると、準備が終わったのかリビングの扉からカールが姿を現し、「どうも」と軽く挨拶をしながら二人に合流した。
「立ち話もなんですし、どうぞ上がってください。」
「では、お邪魔します。」
マーガレットの言葉にとユングヴィ宅に上がったガブリエルは両手の荷物を思い出し、「おっと」と荷物をマーガレットに差し出した。
「良い景色で少し忘れてしまったが、こちらは自分からのプレゼントです。」
再び白い歯を見せてニコっと笑うガブリエル。マーガレットは少し引きつつもプレゼントを受け取った。
「自分は毎回誰かのお宅へ伺う際に、必ずと言っていいほどプレゼントに花束を渡すことを信条としておりますが、弟が花束だけではダメだろうと難癖付けてきましてね。もう片方の小包は弟が選んだコーヒーです。」
「ありがとうございます」と小さく頭を下げるマーガレット。「では、こちらへ」とカールはガブリエルをリビングへ案内した。
木目調の廊下を歩いてリビングへ入った3人。マーガレットは受け取った花束を花瓶に移そうとキッチンの方へ歩いていく。カールとガブリエルは、中央に鎮座しているテーブルへと向かう。空いている窓から穏やかなそよ風。ガブリエルはそれを感じ「うーん、言い風だ」と感想を漏らしながら椅子に座った。マーガレットが花瓶に花を入れ終えた後、事前に準備しておいたティーカップにお湯を注ぎ紅茶入れる。それをトレイに乗せて持ちながらテーブルに向かい、それぞれの目の前にティーカップに置いた後、夫妻並んで椅子に座った。
「まず、お二人に謝らなければ。会見の時、交渉もまだなのに勝手に名前を出してしまい、本当に申し訳ない。」
ガブリエルは申し訳なさそうに項垂れながら謝罪の言葉を口にする。「いや、別にそこまで・・・」と、カールは手を振りながら顔を上げる様に促す。ガブリエルは顔を上げ、姿勢を正し改めて二人と向かい合った。
「色々と前倒しになってしまったが、改めて交渉させてくれ。お二人には是非ともこのプロジェクトに参加して欲しい。」
ガブリエルは肩に掛けてあったビジネスバッグを降ろし、中から数冊の冊子・・・太陽系外探査プロジェクトの資料をテーブルの上に広げた。その中から一冊をカールに手渡す。
「これは私がお二人用に用意したプロジェクトの資料だ。半分は会見の内容とほぼ一緒だが、大分噛み砕いた内容になっていて、知識のないお二人にも分かりやすいはずだ。」
カールは冊子を捲り、その内容に目を通す。技州国中央宇宙基地の探査艇発射台を使い、宇宙へと上がる。地球からヘリオポーズにはワープドライヴを使って一か月かけて移動。艇内の時間は技州国基準に合わせる。研究員は自室に研究スペースが付属。探査期間中は自由に研究して良い。何かあれば同乗の[UNSDB]職員に頼めば大方対応する。初めて聞く情報もあったが大筋は会見で話していた通りの内容だ。唸りながらカールは冊子を閉じ、マーガレットの方を向く。マーガレットは首を横に振った。考えていることは同じらしい。
「私達には難しいですね。そもそも海洋学者である私達が参加したところで、有益な成果を得られるとは思えないのですが・・・それに、宇宙空間なんて体験したことが無いし・・・不安が大きすぎる。」
難色を示す夫妻にガブリエルは頷く。
「お二人が不安になるのは当然です。しかし、安全面に関してはご存じの通り、現状誰もが訓練なしに宇宙に出られるようになりましたし、成果はお二人の知見から小さなことでも発見があればそれで充分かと思っています。」
「それに・・・」と付け加え、ガブリエルは身を乗り出し夫妻に顔を近づけて、
「参加してくださった暁には、向こう数年の研究費を負担しますが、いかがでしょう?」
と、小声で言いつつ、懐から具体的な金額が書かれた小さな紙を取り出し、夫妻に見せた。確かに、学会等であまり成果等を上げていない夫婦は裕福とは言えず、研究費用も生活費から何とか捻出するような状態で、それなり魅力的な条件だ。だが・・・
「申し訳ないが、やはり私達には難しい話です。技術の進歩によって訓練なしで宇宙に出られても、宇宙に慣れていない私達にとっては、危険な事には変わりない。幾ら金額を積まれようが、身を危険に晒したくはないんだ。しかも、行先は太陽系外だ。なにか予想外の事があってもおかしくはない。それに、せめて一定の成果を上げなければ・・・それが、無名だがせめてもの学者としての矜持だ。申し訳ないが、参加は辞退させていただきます。」
カールの参加を断る返答に、ガブリエルは何か言おうとしたが、夫妻の意思は固いと見ると非常に残念そうな表情をしながら俯き、がっくりと肩を落とす。
「お二人が本当に無理であるのであれば仕方ない。確かに何も知識のないお二人に、突然宇宙に上がって欲しいなんて、そんなの不安に思うに決まっている。それで何とかして参加してもらおうと金で釣ろうとして・・・逆にお二人の学者としてのプライドを傷つけてしまった。本当に申し訳ない。ただ、本当に参加して欲しいという気持ちで偽りではないんだ。そこは信じて欲しい。」
「では、私は帰らせていただきます。」と、ガブリエルは机に広げた資料を纏めビジネスバッグにしまうと、静かに椅子から立ち上がる。
「最後に一ついいですか?何故、私達を?」
ガブリエルの、玄関先で見せた元気な姿とは真逆の酷く落ち込んだ様子に少し可哀そうになったカールは、一つ気になっていた疑問を投げかけた。
「それは・・・会見で言った通り、海洋学者としての知見がプロジェクトに必要だと思ったのと・・・いや、最初は展示会でお二人が撮った写真を見た時ですね。」
「写真?」
カールは聞き返す。
「そうです、鯨の写真。太陽系外探査メンバーの選出が難航していた時に、息抜きがてら海中写真の展示会に言った際、拝見しましてね。海中を悠々と泳ぐ鯨の姿を、あそこまで美しく撮るなんて・・・私は一目でその写真の虜になった。その時この写真を撮ったお二人と一緒なら、外宇宙で何か発見があるはず感じ、そして、美しい写真を撮ったその目で、宇宙を見て欲しい。そう思ったからです。]
ガブリエルは夫妻に向かって微笑んだ後、廊下への扉へ進み、そのドアノブに手を掛けた。
「本当に、何も訓練なしで宇宙に上がれるんですね?」
カールは溜め息を吐いた後、ガブリエルに問う。ガブリエルは振り返った。
「私達の宇宙の知識は皆無だ。絶対に役には立たない。それでもいいですか?」
カールの言葉を聞き、ガブリエルは笑顔で「参加してくれるだけで十分。」と答えた。
「分かった・・・。では、研究資金を何割か上乗せしてください。そうしたら・・・参加する。」
「あなた・・・」とマーガレットは不安そうにカールを見る。カールは妻を安心させるために「大丈夫だ」と、マーガレットの肩を優しく叩いた。
「お安い御用だ。他に何かあれば何でも言ってください。」
ガブリエルはドアノブから手を離し、自分が座っていた椅子へ戻る。こうして、ユングヴィ夫妻は太陽系外探索チームに参加する事となった。
 
 現在。時計の針は1時を回ろうとしていた。ベッドに入ったカールは天井をじっと見つめる。出航は今日の12時。当初はああ言ったものも、やはり目前にすると不安で目が冴えて眠れない。
「眠れないの?」
[隣に寝ているマーガレットはカールの方に寝返りを打つ。]
「いや、本当に参加して良かったのだろうかと思って。君にも負担を掛けてしまったし・・・。」
不安を漏らすカールにマーガレットは小さく笑い、
「貴方が決めたんでしょ?」
と、カールの頬を優しく撫でた。
「少し戸惑ったけど・・・私は後悔してないし、貴方と一緒なら何処でもやっていけるわ。」
「マーガレット・・・」
カールは目を閉じて手から妻の温もりを感じ撮る。
「一か月前のあの時、お人好しで大学時代に様々な頼み事を断り切れずに、あたふたしていた貴方の姿を思い出したわ。」
再びクスっと、マーガレットは小さく笑った。
「そんな貴方だから、私は愛したのよ。」
カールは、頬を撫でるマーガレットの手を優しく握った。
「そうか・・・こんな僕に付き合ってくれて、ありがとう。」
マーガレットは微笑み、カールの頬から手を離す。
「そろそろ寝なきゃ。初めての宇宙なんだもの。もう準備は終わったけど、早めに起きてもう一回ちゃんと見直さなきゃね。」
「じゃ、お休みなさい。」とマーガレットは反対方向に寝返りを打った。
「うん、お休み。」
カールはそう言い、今度はゆっくり眠れるだろうと、再び天井に身体を向けるとゆっくりと目を閉じた。
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