宇宙のくじら

桜原コウタ

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第一幕/出立

[家出]第2話‐5

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「サーイエスサー!ワープ開始まで3・・・2・・・1・・・」
オペレーターが言い終えてからワンテンポおいて、ラファエルの身体にワープの独特な感覚が襲う。まるで、自分が細分化され、微粒子となって空間に溶け込み、境界線が曖昧になる感覚。自分が座っているのか立っているのかも分からない。どこまでが自分でどこまでが他人や空間か。全てが混ざり合い、一つになっていく。ただ一つ、何故か〝自分〟というものは確かに存在しているという確信だけが感じらとれる。目を閉じているから視覚からの情報は無いものも、やはりワープドライヴの感覚は気持ちの良いものではない。何分経ったのだろうか?時間の感覚さえ曖昧になっている。そう思った次の瞬間指先と頭頂部‐だと思われる箇所‐から少しずつ形を取り戻していくのが分かった。頭、手、足、首、腕、脹脛、胸、肩、太腿、腹部、腰。全身の感覚が取り戻されたのを感じ、ラファエルはゆっくりと瞼を開けた。メインモニターには赤い星。火星だ。無事にワープアウトできたらしい。ラファエルはディスプレイの角に表示されている時計を見る。ワープ開始前に時刻を確認していたが、そこから分数は変わらずに秒数だけが2、3秒経過した程度だった。
「みんな、大丈夫か?」
ラファエルは視線を時計から艦橋全体に移す。少しぐったりしているスタッフがちらほらいるたが、皆「なんとか」や「大丈夫です」と返答を返してきてくれている。
「後方からワープアウト反応。」
オペレーターの一人が返答の代わりにラファエルに報告しつつ、素早くキーボードを操作してメインモニターを艦の後方の映像に切り替えた。光の粒子と共に、無人機達が姿を現す。
「やっぱり追いかけてきたか。」
「もしかしたらと追ってこないのでは」と、少し期待していたラファエルは苦々しそうに顔をしかめた。無人機達はカメラを動かし、周囲を確認する。座標、障害物、脅威。そして〝獲物〟を確認すると、嬉々として一直線に飛び掛かっていく。それと同時に、艦橋全体に警告音が鳴り響いた。
「キーキー、キーキー・・・全く五月蠅いな。」
‐艦内の安否確認をしている暇はないな‐
ラファエルはまだ具合が悪そうにしながらも、悪態を吐く。恐らく艦橋だけではなく艦内全体に無人機が発する警告音は鳴り響いているだろう。だが、五月蠅く鳴いていられるのも今の内だ。
「各砲門開け!対象は無人機全機。一気に殲滅するぞ!」
「!待ってください!・・・え?嘘・・・なんで?こんな近くに?」
動揺した様子でわなわなと震えながらオペレーターの一人がラファエルの方を向いた。
「本艦左舷斜め下方Ⅰ㎞に、民間の旅行用シャトルが!」
一転攻勢出られると確信し、口元に小さく笑みを浮かべていたラファエルの表情が、驚愕の色へ変化した。
‐そんな馬鹿な‐
搬入作業中、何回も各国の宇宙関連のフライトスケジュールを何回も目を通していたが、出発時刻前後に宇宙へ出るシャトル等は一機も無かったはずだ。スケジュールは、ラファエルだけではなく艦橋のスタッフ全員が目を通しているから、見落とすはずなど無い。ラファエルはデスクに格納していた端末を抜き出し、急いでフライトスケジュールを開く。やはり、今の時間で火星行き、若しくは経由するシャトルの情報は載っていなかった。
‐何故だ‐
「シャトルの所属は[JST]。日本の宇宙旅行会社です。」
オペレーターの報告も、ラファエルの耳に入っていない。いや、正確には耳に入っているのだが、気にしている余裕はなかった。
何故、スケジュールのシャトルの情報が載っていなかったのか。旅行会社の登録ミスだろうか。それとも、こちらが持っているスケジュールの情報が最新のものではなかったのか。いや、理由を考えている暇は無い。何か手を打たないと。今すぐ最大船速で火星を離脱。いや、無人機との距離も近いから引き離すまで時間が掛かる。では、もう一度ワープドライヴを使用するか。それでは、スタッフの心身に負担が掛かる。どちらにせよ。〝目標〟が居るかもしれない手前でそれは避けるべきなのだろうか。駄目だ、決められない。だが、このままでは・・・。
爆発音と共に艦橋に軽い衝撃が襲い、艦橋から悲鳴が上がった。
「損傷は!?」
ラファエルは狼狽えず、直ぐにオペレーターに問う。
「左翼噴出光に被弾。損傷なし。小規模のE同士による接触爆発です。」
「クソ・・・」
ラファエルは吐き捨てる様に呟く。モニターでは、無人機達が[ストレリチア]の周囲を‐主に翼の辺りを‐縦横無尽に飛び回っている。完全に喰いつかれた。動こうにも、高速で動き回る無人機に接触して爆発でもしたら、[ストレリチア]は無事でもシャトルに被害が及ぶ。攻めても退いてもシャトルに影響が出てしまう状況。ラファエルは自分の判断の鈍さに苛ついた。それでも何とかしないと、技州国からの援軍が来てしまう。再び対策に思慮を巡らそうとした時、着信音と共に通信用のボタンがピカピカと光り始めた。ディスプレイには「CALL」の文字と[アキレア・ローゼンバーグ]と表記されている。「こんな時に」と思いつつも、ラファエルはボタンを押下した。
「艦長、ミハイルから聞いたわ。状況は芳しくない様ね。」
「あのファッカーが・・・」
ミハイルの名前を聞いたラファエルの罵るような呟きに、困った笑みを浮かべ肩を竦める。
「後で注意しておくわ。けど彼のハッキングなければ、こうして通信してこなかったのだから、今回は許して頂戴。」
「分かりました」と、ラファエルは小さく溜め息を吐く。
「ところで無人機なのだけれども。用はシャトルに被害を出さずに無力化すればいいのよね?では、答えは簡単よ。」
アキレアの言葉にラファエルは眉を顰める。[ストレリチア]の武装では、流れ弾や無人機の爆発でシャトルに被害が出る。[ストレリチア]に武装を使わず、器用に無人機を無力化する方法。いや、待てよ・・・
「[パペット]を使うのですか。」
「ご明察」と笑顔で両手を叩くアキレア。
「そう、[パペット]を使うの。丁度、宇宙用の装備に換装済みだから全機で対応可能ね。よし、全機使いましょう。」
アキレアが見出した答えにラファエルは顔をしかめる。
‐確かに有用な手段ではあるが、技州国最大の戦力、しかも全機を一般人が居る手前で使っていいものなのだろうか。AI制御というのも信用性が薄く、間違ってシャトルを誤射してしまわないだろうか。そもそもAI制御というのが気に入らない‐
ラファエルの不満を察したかの様に、アキレアは溜息を吐いた後、諭すように語り掛ける。
「艦長。この事態を解決するにはどうしても[パペット]の力が必要よ。一般人の目の前だからと言って使用を渋るのは、この戦闘に巻き込まれた一般人の命を見捨てるのと同義だと私は思うわ。これは私達の障害を取り除くのと同時に、人命救助でもあるの。それに[パペット]存在は、メディア露出が少ないだけで別に極秘と言うわけでもないし。その面については安心して。」
アキレアの説得に、ラファエルはそれしかないと自分を納得させて、「分かりました」と返事を絞り出した。
「けれども、AIに任せっきりだと無力化するのになかなか時間が掛かってしまうから、[ブレインルーム]からの指示が必要になるわよね。だから、そちらに入室権限を持っているアーシムを向かわせたわ。そろそろ到着するはずよ。」
アキレアが言い終わると同時にラファエルの後方の自動ドアが開く。ラファエルを含む艦橋のスタッフ達は振り返ると、そこに黒いスーツを着た褐色の肌の青年が、無重力の中を器用に浮いていた。
アーシム。穏やかな笑みを浮かべている彼はアキレアとリリィの専属のSPで、彼女たちの護衛という立場から、ラファエルとは施設で行われた会議で度々顔を合わせている。ただ、彼とは一度も話したことはなく、「中東出身である」以外の情報は知り得ていなかった。
「アーシム、後は任せたわ。では艦長、私はこれで失礼するわね。」
ディスプレイから消えゆくアキレアに向かってアーシムはお辞儀をした後、流れる様にラファエルの横を通り過ぎようとする。その様子を観察していたラファエルは、不意にアーシムと目が合う。端正な顔立ちに余裕そうな笑み。「フッ」と鼻で笑ったような、小さく息を吐く音に聞こえた。まるで「能無しは邪魔だから下がっていろ」と小馬鹿に・・・いや見下しているかの様な態度。いけ好かない。アーシムは艦長席に前にある階段を通り抜け、[ブレインルーム]のドアの前に器用に着地をすると、慣れた様子でドア横に設置してある指紋と虹彩認証機に目と手を合わせた。
「お手並み拝見と行こうじゃないか。」
認証を終えて[ブレインルーム]の中に消えゆくアーシムを確認したラファエルは、そう呟きながらフンっと鼻を鳴らした。
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