宇宙のくじら

桜原コウタ

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第一幕/出立

[旅路]第6話-4

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 ぽつぽつと聞こえる談話の中、客室の前方からカツカツとヒールで階段を下りる音が聞こえてきた。マコトは音の聞こえた方向を見ると、そこには自分達を案内してくれた職員の女性が立っていた。女性は背筋をピンと伸ばし、客席全体を見渡す。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。此度、[JST]が企画致しました、海王星ツアーにご参加頂き、誠にありがとうございます。本機発射までもう少々お時間を戴きます。それまでの間、私、本機CAを務めさせていただきます〝桐城(きりしろ)ハルカ〟が、本機の特徴、本旅行での注意事項、並び全予定のご説明をさせていただきます。」
女性・・・桐城ハルカが深々と頭を下げると、彼女の背後からスクリーンが降りてきた。スクリーンに[JST]のロゴとシャトルの画像が映し出される。ハルカが頭を上げた。
「まずは本機、[JST]宇宙旅行用シャトル〔ハミングバード号〕ついてご説明致します。」
画像がシャトルの内装の映像へと切り替わる。
「本機は〝宇宙飛ぶホテル〟をコンセプトとしており、お客様に快適にお過ごしいただく為に、様々な設備や工夫が施されております。」
ハルカの客室やキッチン、シャワールームの説明を行われる度に、スクリーンの映像がそれに合わせる様に切り替わっていった。説明に集中していたマコトだが、少し気になったのか横に座っているノブヒトの顔を見る。先程までと同じ様に微笑みながら‐心なしか少しワクワクしている様子で‐、スクリーンの映像を見つつ、ハルカの説明を聞いていた。シャトルの内装の説明に区切りがついた所で、今度はシャトル外観の映像が流れ始める。
「ここらからは、本機に搭載されております動力部や装置、宇宙航行に関する様々な機能についてご説明致します。」
ハルカは一礼をして制服のポケットから赤外線ポインタを取り出し、それを起動させた。
「まずは、本機に搭載されている動力部に関しまして、他のシャトルの同様に推進剤を使用しておりますが、予備動力として技州国から提供されました新型動力、〔E動力〕を搭載しております。元々火星圏から地球まで往復1日程度で推進剤を切らさずに航行が出来る本機ではありますが、万が一に推進剤が切れた際、予備動力を使用しての航行が可能となっております。」
ポインタでエンジン部分の映像を指しながら、説明するハルカ。映像は再びシャトルの外観に切り替わり、ハルカはシャトルの外壁‐フレーム‐部分をポインタで指した
「シャトルの外壁であるフレームには技州国の新素材を使用しており、対衝撃、対G性能に優れ、さらに対光学コーティングも施されて堅牢な作りとなっております。
外部と内部フレームの間には、衝撃を和らげるクッションの様に、特殊な溶液がジェル状に流されており、外部のフレームと合わせて高い対G性能を発揮し、急激な加速中でもお客様が快適に過ごせるようになっております。さらにこの溶液には、外部フレームが損傷した際に、外へ流れ出し、損傷個所を塞ぐように硬化する性質を持ち合わせています。
窓は宇宙からの放射線を100%カットする、対放射線コーティングが施されておりますので、安心して機内から広大なる宇宙や惑星をご覧いただけます。有事の際には窓を覆うようにフレームが降りてきて、小型のデブリや隕石から皆様をお守り致しますのでご安心ください。」
さらに、客側でフレームの昇降が可能であること、小型のカメラがフレーム各所に内蔵しており、フレームが降りている状態でも外の様子が確かめられること等、フレームについてハルカの説明が終わったところで、スクリーンの映像が「箱のようなもの」を映し出した。
「本機搭載の機能に関しまして最大の機能とも言えます、ワープドライヴにつきましてご説明させて頂きます。」
スクリーンに映し出されている「箱のようなもの」・・・ワープドライヴが360°クルクルと回っている。
「このワープドライヴ技術は技州国前国家元首〝アイク・ローゼンバーグ〟が主導となって開発致しました。この技術がこれまでの宇宙空間での移動を飛躍的に向上させたといっても過言ではありません。本旅行に関しましても、ワープドライヴが主な移動手段となっております。」
映像が切り替わり、アニメ調のポップな画風で二つの惑星の間をワープドライヴが往復している。惑星のそばには人工衛星がふわふわと浮かんでいた。
「ワープドライヴは各宙域に配備されている独立衛星が観測した座標に、まさに〝跳ぶように〟して一瞬で移動できます。一度にワープできる距離は、搭載されているワープドライヴによって異なり、また一回の起動に対して数時間の冷却時間が必要となっており、本機に搭載されているワープドライヴは地球から火星までの距離を一回の起動で移動可能となっており、冷却時間は1~2時間程度要するものとなっております。その間に・・・」
ハルカがワープドライヴ説明をしている中、突然ゴンっと周囲に鈍い音が響き渡る。マコトが音の聞こえた方向を見ると、壁に頭をぶつけたのか、子どもが頭を擦っている。が、その顔は説明が難しく、退屈になったのかうつらうつらと眠たそうにしている。マコトが子どもの方を見たと同時に、ハルカはそれに気づき、速足で子どもが座っているシートに向かった。親が心配そうな表情をし、「大丈夫?」と声をかけている。
「大丈夫?ごめんね、難しい話ばかりで。もう少しで楽しい楽しい旅行が始まるから、ちょっとだけ我慢できるかな?」
子どもの傍でしゃがみ、ハルカはポインタを出したのとは反対側のポケットから飴を取り出した。
「はい、どうぞ。」
人を安心させる様な笑顔で子どもに飴を差し出す。子どもはまだ眠たそうにしながらも「ありがとう」と呟き、ハルカの手から飴を取り、包み紙を開けて口へ運ぶ。コロコロと口の中で飴を転がす様子を見たハルカは満足そうな笑みを見せ、その場から立ち上がった。隣に座っていた母親が「良かったね」と子どもの頭を撫でながら、ハルカにお礼を言う。
「いいえ、お礼なんて。お客様に対して当然のことをしたまでです。」
と、飴を渡した時の笑顔を崩さずハルカは立ち上がり、子どもに対して小さく手を振りながらスクリーンの前に戻って行った。その後、一定の室温を保ち続けられる機能や、一週間分の酸素が搭載されている以外に約一か月継続できる技州国の酸素循環・供給システムの‐先程の子どもに一件からか、少々簡潔に‐説明が行われ、ずっとスクリーンと説明に集中していたマコトは、目の疲れからか、時折目頭を押さえながら説明を聴いていた。前の席から欠伸、その後ワンテンポ遅れて「痛てっ」と、ユウヤの声が聞こえた。「脇・・・」とか細く呻いた声が聞こえてきたことから、スズネに欠伸を注意され脇を小突かれたのだろう。説明しているハルカも少々疲れたのか、ひと段落ついたタイミング息をふぅと吐いたが、直ぐさまに表情を先程までと変わらない笑顔に切り替えた。
「本機の機能については以上で終了となります。最後に、本機の航行予定とその他注意事項につきまして説明させて頂きます。」
スクリーンの映像が、太陽系と思われる燦然と輝く球体を中心とした惑星群を映し出した。中心から三つ目と四つ目球体がフォーカスアップされる。
「まずは本機の航行予定から。本機は私の説明が終わった後、十分程度で発射致します。大気圏外を出次第、ワープドライヴを使用し地球から火星へ。ワープドライヴの冷却が終わりましたら、次は木星、土星、天王星と冷却時間を挟みつつ移動します。ワープドライヴの冷却時間の間は、お客様には宇宙から見る星々の景色を堪能していただきたいと思います。天王星から最終目的地、且つ度の折り返し地点である太陽系最後の惑星、海王星へ移動しましたら、皆様とスタッフの休憩時間と致しまして4、5時間程お時間と取りたいと思っております。休憩時間が終わりましたら行きと同じルートを辿りまして地球へと帰還致します。各冷却、休憩時間ではお客様からご注文がございましたら、お飲み物やお食事、毛布と枕、映画の映像ディスク等の娯楽品をご用意致します。」
ハルカの説明に合わせ、球体間をフォーカスアップしていたスクリーンが、マコト達の座っているシートの画像を映し出した。
「次にその他の注意事項につきまして。シャトル発射時及びワープドライヴ起動時には必ずシートベルトをお締めになるようお気を付けください。各シートにセンサーが付いており、お客様が座っているシートのどれか一つでもシートベルトが締まっていないと、シャトルが発射、ワープドライヴの起動が出来ない仕組みになっております。発射と起動の際には私が一度お声がけと確認に参りますが、スムーズに発射・起動が行えるようシートベルトの締め忘れが無いよう、何卒ご協力お願い致します。」
協力を願う様に、ハルカが一礼する。
「そしてワープドライヴに関しまして。ワープドライヴ起動時の独特の感覚によって、お客様の気分が損なわれる可能性がございます。そういった際にはすぐさまお薬をご用意致しますので、私にお声をおかけください。他にも旅行中に急に気分が損なわれたり、発熱等がございましたら、用途に合わせたお薬を御用致しますのでお気軽にお声をおかけいただくよう、お願い致します。」
スクリーンが上へと格納されていく。どうやら説明が終わったらしい。集中して聴いていたマコトは再び目頭を押さえ小さくふぅっと息を吐いた。
「私からの説明事項に関しましては以上となります。長らくのご清聴ありがとうございました。では皆様出発までのもう暫しの時間、お待ちください。」
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