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頑張れネルガさんとニア

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「日本・・・ってなに?」

厳重に管理されていた物だから恐らく貴重な物であろう地図に書かれていた名称。国の形は同じなのに、表記のされ方が全く違う。

{にほん・・・。聞いた事があるような、無いような}
「ルハン、思い出して!絶対重要だから!」
{う、うむ・・・}

目を閉じて考え込むルハンだが、たっぷり時間をかけて数分後、

{全く思い出せんな!}

となぜだか堂々と宣言していた。

「ルハンが覚えてないと、どうにもならないぞ」
{仕方ないだろう。千年前の事だ。それに人と関わることは少なかったのだぞ}
「そりゃそうだけどさ・・・」

千年も生きているのは、余程の希少種の魔法動物か、一部の長命種のみだ。そんなポンポンとそのような生き物達に会える訳が無いし、これでは折角手に入れた情報も無駄になってしまう。

「どうしたものかな・・・」
{この地図には何も書かれてないのか。不自然じゃないか?}
「確かに」

ただ紙に四つの国の輪郭と山、湖、川の情報しか書かれていないものが、貴重だとは思えない。なにか秘密があるのだろうが、検討もつかない。

「もう調べるものもないし帰るか」

一応地図を元の箱の中にしまう。雄三(恐らく名前だろう。随分変わっているが)さんの手紙の通りに魔法族の人には見せないことにする。地図の謎も俺が解明したい。これは俺の予想だが、人間族への手がかりになりそうだ。

{しかしここは良いな}
「なにが?」

帰るにはルハンに乗せてもらうのが一番だが、またあれか、と憂鬱になる俺にルハンが呟く。

{人が入って来れない場所と分かっているからか安心するな。あそこは時々生徒やら先生やらが入ってきて揉め事を起こすのだ。それが面倒でな・・・}

ただのルハンの愚痴だ。だがその言葉のおかげで俺は閃いてしまった。

「・・・なあ、ルハンって転移魔法使えるよな?」
{当然だろう。人に出来て我に出来ぬことは無い}
「じゃあさ」

我ながら完璧なアイデアだ。

「ここを俺らの秘密基地にしようぜ!他に人が入って来れないから、人間族の調査も好き勝手できるし、フェニもルハンも生徒の目がないからのびのびできるだろ?」
{・・・}

物理的に人は入れない、人が使役が可能なレベルの魔法動物も入れない。誰にもバレてはいけない事をやるにはうってつけだろう。

「転移魔法を使っちゃえばバレずに移動もできる。・・・どうルハン、完璧だろ?」
{うぅむ・・・}

あとひと押しだ。だいぶ揺れかかっているルハンにダメ押しの一言を付け加える。

「人間族のプリンを作るのもこっちの方が便利だよなー」
{んぐっ。・・・良いだろう、好きにしろ}
「よっしゃ!」

本当はプリンを作るのに場所はさほど関係ないのだが、切り札として使わせてもらった。嘘も方便だ。

「帰りもルハンに乗らさせてもらうけど、行きより少しスピード落として欲しいんだけど。息できなくて死ぬかと思ったから」
{ふむ。我はあれでも落とした方なんだがな}
「ルハンの普通は人にとって死だからな」
{ほぅ・・・}

これから帰る旨を伝えるべく、念話カードを初めて使った。声を出さずとも脳内でネルガさんと会話をするのは不思議な感覚だった。耳に聞こえないだけで聞こえるという、説明しづらい感覚だ。
特に大した収穫は無かったと伝えると、「廃村などはそんなものだろう。俺達も安全確認が目的でもあるからな」と優しくフォローをいれてくれた。怪我はないな、と念話で尋ねるネルガさんに大丈夫です、と答える。
そういえば、ルハンが散々危険な場所だと忠告されていたのにも関わらず、一切危険な目にはあっていない。

「ルハン。ルハンはここを危険だって言ってたけど、特に何も無かったな」

大きな家を出て、来た道を確実に戻るために村の入り口まで歩きながら、ルハンに話しかけた。ルハンは不思議そうに辺りを見回す。

{ただならぬ気配はずっと感じていたのだがな。襲われる気配は全く無かったから、敵だと思われなかったのかもしれんな}
「え。待って。ただならぬ気配って何?」
{かなりの魔力量だな。我に匹敵するやもしれぬ}
「えっ!?」

声が裏返った。なんだそれ、聞いてないぞ。

「そういうのは早く言ってくれ!じゃあ、ずっとルハンと同じくらい強いかもしれないやつが傍に居たって事!?」
{あぁ}
「   」

言葉を失った。数分前にネルガさんの安否確認に心配性だな~と思っていたが、実際は俺が能天気だったということか。
それにしても、そんなヤバいやつが近くにいる状態で平穏を保てるルハンって凄いな。襲われても対処できる自信があるって事だよな?

「・・・」
{なんだこれは}
「安全対策」

スっとルハンに近づき、ルハンの体毛に埋もれるくらい密着する。今は二メートルほどあるルハンになら俺の体全部埋まるかもしれない。
最も安全な場所はルハンの横だと気がついた。
しかしその後ずっとそのただならぬ気配とやらに怯えていたが、何事も起こらず、ルハンは結局スピードを落とすことなく、俺はネルガさんとヤノプさんと再会する時に髪の毛が悲惨なことになっており笑われた。

「それでサヅア君。念話でも話は聞いていたが、何を見つけたんだ?」

ネルガさんの質問に、渡されたマジパからまずは何とか形の残った物を取り出して見せていく。

「変わった形のお椀や何かの道具です。それ以外は風化していたり、残っていなかったりで・・・」
「なるほどな。まぁそんなものだろう。そして本というのは?」
「これです」

マジパから三冊を取り出して順番に見せる。

「まずこれは辞書です」
「うげ。俺辞書って嫌いなんだよなー。見てると頭痛くなってくる」
「口を閉じてください」

ヤノプさんがうげ、と顔をしかめる。何か嫌な思い出がありそうだ。そんなに興味を持たれなかったようだ。それはそうだ。ただの辞書だと思っている訳だし、まさか人間族ならではの特殊な単語が山ほど載っているものとはつゆにも思わないだろう。
次は二冊同時に取り出す。念の為スイーツの方は後ろに重ねて表紙が見えないようにした。見たことも無い料理に関心を持たれたら厄介だからだ。

「ん?なんだこれは」

ネルガさんが一目で何の本か分からないのか首を捻る。まぁ、魔法使いには料理をするという概念すら無さそうだからな・・・。

「これは料理の手順を記した本です」
「料理、の手順?」
「はい」
「料理魔法の呪文を記した本では無くてか?」
「はい。材料を切って、焼いて、盛っての工程が載っています」

ネルガさんが奇妙なものを見るように顔を顰めた。元々無表情でむしろ強面に近いネルガさんがそれをやると怖い。かなり。

「えー!なんだそれ!ははははは!!」

と、無言のネルガさんとは逆にヤノプさんは大笑いしている。お腹を抱えてひーひー言う始末だ。

「そんなもん文字にして何になるんだよ!あははは、よっぽどひねくれたヤツだったんだな、その本の著者はよぉ。っくふふ、あーおっかし」
「笑い過ぎですよ。・・・だが、俺も不思議だ。料理魔法があるのだから必要無いだろう。変わった趣味だな」
「はははー、そうですよね・・・」

違う意味で興味を持たれてしまったようだ。役に立たない物過ぎて存在を疑問に思うとは、魔法使いの思考は魔力を持たなかった人間族とは全く異なるようだ。

「見つけたのはこれで全部です」
「ふーん、なるほどね。なぁんもなかったな」
「うっ」

ヤノプさんはなんてことなく素直な感想なのだろうが、何だか俺の胸にくる。隠し事をしてしまっていることに少し罪悪感も湧いてしまう。
だが、雄三さんと名乗る人の望みを叶えるという大義名分がある以上、多少の悪事も許してくれるはずだ。

「っまあ、でも取り敢えずフツーの廃村だよって言っときゃあ良いだろ。よし、サヅア少年、お疲れさん。ありがとね、助かったよ。
そんじゃ俺は魔法省のお偉いさんに報告してくっから、ネルガはサヅア少年を送ってってやれ」
「はい」
「えっと、あの、村から持ってきた物は・・・」
「要らね。大したもんじゃねーし。どっか捨てるなり、部屋に飾るなり、売って一儲けするなり好きにしな」
「えぇ・・・」

それで良いのか特例課よ。
だがそれは俺にとっては好都合だ。反論せずこの人間族の使用していた道具であろうものはネコババさせて頂く。

「あ、これ」

そこで借りたマジパの存在を思い出しヤノプさんを呼び止める。ヤノプさんは俺が手にしているマジパに、なんで呼び止められたのかを瞬時に理解し、面倒くさそうな顔をして、「それあげる」と言った。

「「ええっ」」

ネルガさんと声が被る。マジパってかなりの高額商品だったのでは、という俺の記憶は正しかったようだ。ヤノプさんに詰め寄るネルガさんの態度で確信する。

「何を言っているんですか!あれは上からの支給品で・・・」
「もういいよ面倒くさいし、俺が報告ついでに新しいの寄越せって言ってくっから」
「そういう問題では・・・!」

何やら大変そうだ。ネルガさん、大変な上司を持ったなぁ。
しばらくすると、ネルガさんの剣幕から逃れるようにヤノプさんが転移魔法を唱えた。ネルガさんは逃がしたことを悔しそうにしながら、「また会計に怒られる」と唸っていた。苦労人だと思った。
それでもしっかりと魔法学校まで送り返してくれるネルガさんになにか賞を送ってあげたい。がんばっているで賞、みたいな。

裏庭の森の前に着くと、すぐさま疲弊した様子のニアとニアの上に乗るフェニが飛んできた。
どうやらルハンに代わっての森の番が相当大変だったそうで、ニアは二度とやらねぇ!と怒っている。対するフェニはニアに構ってもらった事が嬉しかったらしく、上機嫌だった。
そして俺の脳裏には、ルハンというなんちゃって上司を持ってしまった苦労する後輩ニア、という先程見たばかりのような関係図がよぎった。
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