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初めてのお出かけです

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「今週末の休みさ、外出許可貰って市街地に遊びに行かない?」

いつものお昼休み、ふとユパがそんな提案をした。

「確かに、入学してから何かと忙しかったし、一回も外出てないもんねぇ」

ビォネが最後の一欠片のパンを飲み込む。俺が作った甘いソースは目ざとく見つけられ、すっかりそれをパンに乗せて食べるのがブームとなってしまった。

「そう!僕たちの魔法道具だって買い揃えないといけないし、サヅアのお菓子の材料だって買いたいし・・・」
「ユパ、お前それ目当てだろ」
「えへへ」

可愛い子ぶっても可愛くないぞ。
でも、市街地というのは気になる。孤児院にいた時は田舎に位置していたし、都市に行ったことはほとんどない。

「じゃあ、今週末出かけるか」
「やったー!私ね、欲しいものがいっぱいあるの!クラブで使うんだけど、蛇の舌とコウモリの右のツバサと、豚の胃とマムシの毒と・・・」

いきなり話が物騒になった。恐らく魔法動物の関連で作る魔法薬学に必要なのだろうけど、意気揚々と口にする単語ではないような気がする。
まぁ、ビォネが楽しそうだから良いか。





「一年の、サヅアくん、ユパ・ファテラドくん、ビォネ・ユージェスさんの三人ね。オッケー、行ってきていいよ」

外出許可というと堅苦しいが、結局はただの点呼のようなものだ。玄関に居る先生に報告すれば良いだけなので簡単に外出できる。

「ユパの本名、初めて聞いたかも」
「え!今まで知らなかったの?」
「うん。あんまりファミリーネームって使わないし」
「まぁ、それはそっか」

俺はファミリーネームが無いけど、それでなにか不便な事って無かったから特に重要だとは思えなかった。ユパは俺の答えに納得したようだった。

「転移魔法、私苦手なんだよね・・・」
「僕も」

二人とも転移魔法経験者か。俺はこの前のネルガさんので初めてだったな。皆経験しているものなのか?
学校からそこそこ離れた市街地に行くには転移魔法を用いる。しかし俺たちにはまだネルガさんのうように、その場から別の場所に転移することは出来ない。ならばどうするのかと言うと、

「えーっと、この魔法陣だね」

転移部屋と呼ばれる部屋に入り、あらかじめ描かれた別の場所に繋がる魔法陣の上に乗るのである。
これなら転移魔法の使えない人も、何回でも転移することが出来る。デメリットとしては普通の転移魔法のように、行先を好きなように決められず、一度繋げた場所にしか行けないこと。
それでも休日に出かける場所の限られる魔法学校の生徒ならば問題ない。

「よし、じゃあ詠唱しよ!」

ビォネの掛け声に渡せて三人で同時に詠唱する。

「「「<< junctio >>」」」

俺は次に来る衝撃に耐えるために目を瞑る。帰りもまたこれやるのか、と少し憂鬱になる。

「っ・・・」

今回は叫び声やら悲鳴を上げなかったことを褒めて欲しい。






三回目ともなれば慣れるかと思ったが、全くそんな事は無く、俺よりも回数をこなしているビォネとユパがケロッとしている中、俺は気分が悪くなりふらついていた。

「どっか座るところ探そう」

そう言ってユパがキョロキョロしだすが、しばらくじっとしてればなんとかなる、と断った。けれど、

「そんな青ざめた顔して何言ってんの!もう、私なんか飲み物買ってくるよ」

ビォネはプンスカと口をとがらせて街中へと歩いていき、ユパはウェイトの差と俺の力が入らないのをいい事に、近くの公園のベンチまで引きずられた。
そしてずっと俺の持っていたマジパではない、普通のバックの中にいたニアにクチバシで刺された。
ニアは金鵄きんしというタカ科の魔法動物である。
市街地に出かけるという話をなんとはなしにルハンにすると、子供だけでは危険だと言われ、我はこの森から離れる訳にはいかんので、こやつを連れて行け、と差し出された。
一見普通のトンビ類に見えるが金鵄は特別らしく、金色に輝くことが出来、強さもルハンには及ばないが強いらしい。ビォネが興奮して話していた。

「ニアは大人しいね」

ユパがニアを見つめながらそう言う。カバンの中に居ても騒がなかったし、今もどっかに飛んでいくこともなく黙ってベンチの腕をかける所に佇んでいる。

「僕は妖精さんとかの方が好きだけど、トンビっていうのも結構可愛いね」

ユパはデレデレしているが、ニアに触ろうと伸ばした手を思い切りつつかれている。それでもニヘラっと笑っているのには同情しがたい。
ニアという名前は俺がつけた。彼なりのこだわりがあるらしく、金鵄だから金ちゃんと言ったらツバサで殴られた。余程嫌だったようだ。

「あ、いたいた。近くで冷たい水買ったよー」
「ありがと・・・」

戻ってきたビォネから受け取った水を飲めば、しばらく安静にしていたのもあって、大分気分が良くなった。

「もう大丈夫。待たせてごめん」
「気にしないで」
「うん。じゃー、お買い物するぞーっ!!」

おー!と腕を掲げるビォネに、仕方なく俺も同じように拳を上げた。ニアはそんな俺たちをバカにしたようにそっぽを向いた。






「杖は欠かせないよね」のビォネの一言で一番最初に杖屋に向かうことにした。
杖屋は街の中心部の最も栄えている場所に位置している。つまりそれだけ需要があり、生活において大切ということだ。

「すごい、なんだかドキドキするね」
「僕もお父さんの付き添いでしか来たことないからね 」

俺たちと同じ考えなのか、一年生がちらほらいる。
どかんと大きな店構えで、ガラス窓から見える店内は所狭しと杖が置かれていて、奇妙な空間だった。
扉を開ければチリンとベルが鳴る。店内は広くルハンがギリギリ走れそうなくらいだ。実際そうしたら、店内の杖を折りまくってとんでもない被害額をたたき出しそうだが。

「あっ、これユヒュム先輩のに似てる!」
「これ持ち手にドクロが彫ってある!」

二人は並べられた杖に大喜びで、店内を思い思いに見て回っている。
俺はと言うと、正直杖の必要性は無く、買わなくても良いのでそこまで真剣に探し求めていない。何となく見て、凄く気に入ったものがあれば買おうかな、くらいの気持ちだ。

「・・・」

ニアは黙って肩の上に乗っている。時折首を振って商品を眺めていたりするので、全く関心がない訳では無いみたいだ。
ニアも強い魔法動物なので人の言葉を念話で話せるのだが、どうやら俺たちを下に見られているらしいので話さない、とルハンが言っていた。
めちゃくちゃ強い金鵄様からすれば、俺たちなんて塵のようなものなのでしょうよ、嫌味を込めて睨むと、伝わったのか羽で頭をはたかれた。
つくづく腹の立つやつだ。

「うーん、俺も杖見せかけでも買った方が良いのか?・・・どう思う?ニア」

しーん。
返事が来るとは思ってませんでしたけどね。ここまで微動だにしないのは悲しくなるな。

「でも俺が杖買っても意味ないからな。俺でも使える杖とかないのかな」

ニアが全く口を開かないので、俺が一人で喋る変なやつになってる。

「えへへ。俺結局麒麟の髭のかっこいいやつにしちゃった」
「え!それ凄い高いやつじゃん!さすがだね」

二人がわいわいと杖を手にして帰ってきた。ユパは高いと言っているだけあって、色が深い、ような気がする。

「私のはフェニックスが彫られてるの。持つとこにさりげなく。可愛くて一目惚れした!」
「そっか、良かったね」

指で彫られたフェニックスを何度もなぞっていて、本当に嬉しそうな様子を見るとこっちまで嬉しくなる。

「サヅアはいいの?」
「俺はいいかな。宝の持ち腐れになっちゃうしな」
「そうかなぁ・・・」

ユパは首を捻るけど、正しく使ってくれない俺よりは、他の人に使ってもらった方が杖も嬉しいと思う。

「ほら、ビォネは次どこ行きたいんだ?」
「あ、えっとね。取り敢えず学校で言った材料は絶対に買っときたいから・・・、珍奇堂に行こう!」

あの、コウモリのツバサだとかの物騒なやつか。あんまり見たくないな。でも魔法薬学に関わる上ではみなきゃいけないんだよな・・・。
何となく足が重かったが、着いた珍奇堂は外からでも気持ちのよい場所ではない事がわかった。
なんの躊躇もなく入店したビォネの後をつける。店内は薄暗く全体的に変な匂いがした。何の匂いなのかは知りたくない。

「すみません、魔法薬の材料を購入したいんですけれど」
「・・・あいよ」

店長一人で切り盛りしているのだろうか、他に客もいなく中心部から少し外れた場所なので薄気味悪い。

「・・・が必要なんですけど、在庫ありますか?」
「あるよ。今取ってくるから一刻ほど待ってくれ」

うん?今取ってくる?豚の胃とかなんやらを?
・・・。いや、慣れろ。それが魔法薬学というものなんだ。いずれ俺にも扱う時が来るんだ。

「一刻か・・・。私ここで待ってるから、その間二人は他に行きたいとこ行っててよ」
「あ、じゃあサヅアのお菓子の材料買いに行こうよ」
「そうしようか。集合場所は、・・・俺が休んだベンチにしよう」
「りょうかい~」

一刻とはだいたい40分ほど。時間も限られている訳だし、ここは二手に分かれるのが得策だ、と合意した。
ビォネと分かれ、珍奇堂を出た途端空気が美味しく感じた。あそこは鬱屈としていてよくない。

「材料はまた少し中心部に戻ったとこで買えるはず」

地図を把握しているユパのおかげで、俺はただ何も考えずユパを追うだけで目的地にたどり着ける。非常に楽だ。

「・・・」

結局ニアは一言も喋らず、大きく動かず、俺の肩でじっとしている。
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