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特例課と人間族について

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「うっ、うぇ・・・」
「平気か。これ、飲むか?」
「う、すみません・・・」

差し出された水筒の水を遠慮なく飲む。
転移魔法で着いたのは人が数人しかいないオフィスのような場所だった。戸棚がズラリと並び、今いる人数の数倍ある机の上には山のように書類が積まれている。
異質だったのは無人の机の上で、羽根ペンや紙が独りでに動いて事務作業をこなしていることだ。

「おーおー、そいつが例のぼっちゃんか」
「はい。連れてまいりました。転移魔法にまだ酔っているようです」

奥から俺たちの姿を見つけやってきたのは、隣にいる人とはかけ離れたくたびれたおっさんだった。
着ているのはシャツだけで、そのシャツもくたくたでよれていて髪の毛もぼさぼさ、おまけに近づいてきただけで分かるほどの煙草の匂い。
それでも横の人が敬語を使っているのだから、立場は上のはず。・・・見えない。

「ははは、初めてなら仕方ねぇ。俺も初めてん時ゃ気持ち悪くなって吐きそうになったね」
「いいからさっさとしてください」
「おーこわ。ネルガに怒られちった」
「ヤノプさん!!」

ネルガさんにヤノプさん。二人の関係性が今のやり取りで大体分かったな・・・。とりあえずネルガさんは苦労してそうだ。

「んじゃ、サヅア君、であってるよな?こっちのソファに座ってくれ」

奥の方に区切られた空間があり、そこにあるソファに案内されるがまま座る。
小さなローテーブルを挟んで向かい側のソファには、ヤノプさんが座った。ネルガさんはソファに座らずにその傍に立っている。
座れや、というヤノプさんに、いえ結構です、と答えていたので本人の意志によるものらしい。

「まぁ、聞きてぇことっつーのはな。お前さんも分かっちゃいると思うが、ヘル・ハウンドのことについてだ」

あぁ、やっぱり。
さすがに魔法省も警戒するよね。あのヘル・ハウンドが、成人の儀を終えたとしてもまだ子供のたくさんいる魔法学校に現れたのだから。

「校長から昨日新しい従魔契約についての情報が入ってな。その信憑性を高めるために色々と聞いていたら、ヘル・ハウンドが言ってたと来たもんだ。びっくりしたよ、ははは」

あぁそうか。昨日の校長の常識が変わるぞ発言、つまり教科書に載っている情報が誤りだったとされるんだから、教育部のある魔法省が動いたのか。

「そんで、詳しくは君に聞けって言うんもんだから、今こうしてお話させてもらってるってわけ」
「大体話は分かりました。俺が知ってることを言えば良いんですよね?」

そして魔力を持たないが故に、イプキと友達になり、ヘル・ハウンドに出会った事をできる限り簡潔に伝えた。
二人は妖精がどうのより、俺が魔力を持たないことに一番驚いていた。

「魔力が無いなんて信じらんねぇなぁ」
「私も初めて聞きました」

ルハン曰く千年がどうたらのニンゲンゾクって物らしいし、50年も生きてないヤノプさん達が知ってるはずが無い。

「あー、魔力が無くて大丈夫なのか?もしあれなら、多分申請すれば補助金が受けられるぞ。それに、魔法学校ってのも厳しいだろ。なんなら退学しても俺たちで職を見つけて・・・」
「必要ないです」
「いや、しかし、」
「大丈夫ですから」
「そ、それならいいんだが・・・」

善意の言葉だから余計心にくる。
まぁもう今更嘆くつもりは無いけど。

「ヘル・ハウンドが言っていたのか・・・。それで教育課の奴らが納得するかねぇ」
「今のいいかげんな説明よりよっぽど辻褄があってると思いますけどね」

今のって「魔法動物のきまぐれ」ってやつか。たしかにちょっと雑な気がする。
ネルガさんとヤノプさんでしばらく言葉をかわすと、時間取らせて悪かったな、とヤノプさんが腰をあげる。

「ネルガ、送ってやれ」
「はい」

俺の方に歩み寄り、同じように手を差し出すネルガさん。俺はまたあれをやるのかとゲッソリする。

「じゃーな。転移魔法の酔いは慣れだ慣れ」
「はい・・・」

カカカと笑うヤノプさん。あれに慣れるまで何回経験すればいいんだ。出来れば二度とやりたくないんだが。

「それじゃ行くぞ。<< junctio >>」
「あ、ネルガ、あれサヅア君に渡しといて」
「はい」

あれ?あれってなん・・・。

「ひぃんっ」

二回目でありながら情けない悲鳴をあげて、魔法学校の裏庭、元いた場所に帰ってきた。
そしてやっぱり気分が悪くなった。

「今回はありがとう。時間取らせて悪かった」
「いえ・・・」

ネルガさんはケロッとしているが、あれに慣れる日は来るのだろうか。
気持ち悪くてうずくまる俺を気遣いながら、ネルガさんがコートの裏ポケットから小さな透明のカードを取りだした。

「俺とヤノプさんの念話カードだ。何かあったらこのカードを割れば念話が繋がる。使うのに遠慮は必要ない」
「ありがとうございます・・・」

受け取ってまじまじと観察する。光に透かしてみると白く、ヤノプ・ロデッサー、ネルガ・ロドフと書いてある。
念話カードは高価なものだったはずだが、魔法省から支給でもされているんだろう。なにかの役に立ちそうなので、ありがたく頂戴しておく。

「あっ!サヅアくーーん!!」

遠くからユパくんが走ってくる。それを横目で確認すると、人に見られることを好む職種では無いので、と転移魔法を唱えた。
魔法陣が浮かぶのを確認して、ネルガさんはこちらを向いた。

「何だか君とはまた会う気がする。色々とあると思うが、まぁ、頑張れ」
「はい、ありがとうございます」

そして光に包まれて姿が見えなくなった。
その言葉も念話カードも、魔力のない俺を心配してのことなんだろう。特例課を良く先生は言っていなかったが、二人とも悪い人では無さそうだ。

「サヅアくん!無事に帰ってきて良かったぁ」
「うん」

ユパ君が心配そうな表情を浮かべているが、俺はあのことを忘れていない。あの連れていかれそうな俺の身より、イプキ達とのお菓子パーティーを案じていたことを。

「大丈夫だった?何の用だったの?」
「ただ昨日のルハンのことを聞かれただけだよ」
「ふーん」

言葉と表情は完璧なのだが、その左手に持ってあるお菓子で台無しだ。
結局妖精さんが大事なんかい!!






「へー、サヅア君のお菓子って凄いんだねぇ」
「すごいの!おいしい!」
「あれはたまんないぜ!」

約束してしまったし、お菓子を買ってきてしまっていたしで、きちんとお菓子パーティーをすることにした。
ユパ君はイプキ達との会話に目をハートマークにしていて、イプキ達はユパ君の買ってきたお菓子に目をハートマークにしている。
そして俺はルハンにニンゲンゾクについての話を聞かせてもらっていた。

「ニンゲンゾクって何なの?」
{あぁ、その話か・・・。多分千年くらい前だったかな。この世にはお前のように魔力のない人間族というものがいたんだ}
「えぇ、ほんとに?俺みたいなのが!?」

というか、まるで実際に見たみたいな話口だけど、ルハンって何歳なんだろう・・・。

{ああ。たくさんいたぞ。さすがに魔法族の方が多かったけどな}
「マホウゾク?」
{魔法使いの種族を当時は魔法族と呼んでいたのだ。人間族の絶滅によってその呼び名も消えたようだがな}
「絶滅!?なんで?」
{さぁ、人の争いは我には関係ないのでな。理由は分からんが、魔法族が人間族を根絶やしにしたようだな。魔法の使えない人間族などに勝ち目は無い。それから一切人間族の話は聞かなくなったな}
「・・・」

一体どういうことなんだ?
その、人間族は魔法族と戦争をして、負けて殺されたって事?なんで、そんなこと・・・。

{我が知っているのはこれで全てだ。我は森を住処にしているのでな、人の噂話など入ってこないのだ}
「いや、うん。それでも助かるよ。もしかしたら俺って人間族なのかもしれないんだな」
{恐らくそうだろう。人間族の生き残りが居たのかもしれぬな}

俺は孤児で両親の顔を知らない。
俺も赤子の時に孤児院の前に置かれていたのを、オバさんが見つけたと言っていたのだし、両親が人間族の可能性もありそうだ。

(まさか、今になってそんな大事なことを知ることになるとは・・・)

何も知らなかった時は、俺の両親や出生などどうでもいいって思っていたけど、少しでも知ってしまうと知りたくなってしまう。
俺は何者なのか。人間族と魔法族には何があったのか。
思っていたよりも謎は大きい。

「えっ、プリンさん、あの幻の妖精ボハト様に会ったことあるんですか!?」
「うん、サヅアにあうまえに」
「本当にボハト様って七色の虹の羽を持っているんですか!?」
「うん、もってるよ」
「な、なんだと・・・!!」

あの四人は気楽そうだな。俺はとんでもない事を知ってしまったのかもしれないというのに。

「あ、サヅアくん。そう言えば君があの男の人にどっか連れてかれた間に、変わった女の子に話しかけられたよ」
「うん?」

サヅア君に女の子が話しかけるなんて良くあることじゃないか、と思いながらベンチに座るユパ君の隣に腰掛ける。

「なんか、ルハンさんの話が聞きたいんだって。すっごく鼻息が荒くて怖かった」
「ふーん・・・」

初めてイプキ達を見た時のユパ君もそんな感じだったよ、とは口に出さない。

ルハンの話が聞きたい女の子、か。
どんな人だろう。でも、話を聞いただけだとユパ君と同類タイプな感じがする。好きな物への愛が凄まじいような。
あれ、これってカリナさんにも当てはまりそう。好きな物への愛が凄まじい・・・。
類は友を呼ぶ、って言うし、俺もそういう特性があるのか?
・・・なんか、やだ。
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