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第三章 続 魔女と天使の腎臓

食欲の魔女と性欲の魔女

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『私は人付き合いが苦手な子供です。友達が出来た事は数えられるくらいしかないし、そんな数少ない友達も、今では皆んな私の側から離れて行ってしまいました。

 理由はわかっています。私は性格の悪い子で、口も悪いから。人を怒らせるような事を平気で言っちゃうから、それで私の友達は皆んな消えてしまいました。

 そんな私ですが、最近になって三年ぶりに新しい友達が出来ました。しつこくて、うざくて、何よりも頭の悪い馬鹿な友達です。

 私は今までの友達にそうして来たように、その子にも散々酷い事を言い続けて来ました。でも、その子はどんなに悪口を言われても、どんなに嘘を吐かれても、どんなに突き放されても、私の事を見捨ててはくれませんでした。

 そんなしつこい彼女だから、私はその子と友達になれたんだと思います。私が折れるまで突っかかって来るようなウザい子だから、私はその子と友達になれたんだと思います。まぁ、その子とはたったの数日で絶交する事になりましたが。

 ある日、その子が自殺をしようとしたと聞かされました。自殺の理由は、私に自分の心臓をあげようとしたからだそうです。本当に馬鹿なやつだと呆れました。その時は死ぬのが怖くなって死ぬのを諦めたそうですが、でも私はその子の性格をよく知っています。嫌と言うほど思い知らされています。

 今はまだ、死ぬ怖さの方が勝っているから自殺をしないで済んでいるんです。でもこれから先、私の体調が悪くなり続ければ、きっとその子の中で、私を助けたい気持ちが死ぬ怖さに勝ってしまうと思うんです。その子は本当に優しい子だから。

 だから私はその子の事を傷つけて、泣かせてやる事にしました。二度とそんな馬鹿な事を思いつかないように、その子が一番傷つく最低なやり方で、私の事を心の底から嫌いにさせました。そしたらあいつ、まんまと私の嘘に引っかかって私の事を嫌いになってくれたんです。それまでは毎日のようにお見舞いに来てくれたのに、あのクソガキ、遂に私のお見舞いに来なくなってやんの』

 途中まで敬語が続いていた文章に、突如汚らしい言葉遣いが紛れ込む。これもきっとこの子なりの強がりであろう事は、手に取るようにわかった。また、ここまでの流れで彼女が私に託そうとしている願いの内容も、なんとなくだが察する事も出来てしまった。このトヨリという子が私にして欲しい一生のお願いって、きっと……。

『レシピエントさん。この小説、クソつまらないですよね。私もそう思います。でも、こんなボロボロな小説だから、きっといつかは表紙もボロボロに破れて、中からこの手紙が出て来ると思うんです。そうなる事を祈ってこの手紙を書きました。

 今は令和何年ですか? それとも次の年号に変わっちゃいましたか? そんな長い時間この小説を大事にとっておいてくれたなら、きっとレシピエントさんはとても優しい人なんだと思います。レシピエントさんがそんな優しい人だと信じて、お願いしてもいいですか?

 お願いします。少しでも私の内臓で長生き出来て幸せだと思ってくれたのなら、どうか私の本当の気持ちを、もう一枚の手紙と一緒にその子に教えてあげてください。その子に謝れない事だけが、今の私の心残りです』

 彼女の願いは、やはり私の予想通りの物だった。私は手紙の朗読を一旦そこで中断し、本の中から落ちて来た二枚目の手紙の方に手を伸ばしてその中身を覗き見た。

「……」

 もう二枚目の手紙は、一枚目に比べて酷く簡素な内容だった。どうって事はない。この子の本性を知れた一枚目の手紙に比べれば、何の意外性も面白味もない、つまらない友情ごっこが綴られただけの普通の手紙である。この手紙に価値を見出せる人間は、きっとこの世界にたったの一人しか存在しない。私のドナーの友達であるその子の心にしか、この手紙が響く事はないのだ。

 二枚の手紙を読み比べて、なんとなくだけどドナーの人物像が掴めて来たような気がした。性格が悪く、口も悪い。人付き合いを避けながら生きていたと言うくせに、結局は友達が欲しいだけの寂しがり屋。そして何より面倒くさくて回りくどい、そんな性格の女の子。こんな回りくどい方法で友達に謝るくらいなら、生きている間に自分の口で直接謝れば良かったのに。そんな私の感想は。

『私から謝る事は出来ないです。私が生きている間に謝っちゃったら、折角私の事を嫌いにさせたのに、またあの子は私の事を好きになっちゃうから』

 彼女お得意の察しの良さで、先回りされてしまった。手紙を読んでて思うのだけれど、この子は些か察しが良過ぎるような気がする。まるで私の心を見透かされているような不快感さえ感じる程だ。手紙越しでさえこれなのだから、この子と現実で対面した人の不快感と来たら想像も絶する。そりゃあ友達も去っていくはずだ。

 私はそんなドナーの子に対して、直接謝るのが無理なら私じゃなくてその子相手に遺言でも残せばいいのに、とも思ったのだけれど。

『その子に手紙を残す事だって出来ません。私が死んですぐに手紙を渡されたら、その子はきっと私を見捨ててしまった事を深く傷ついてしまうから。だからこう言うやり方しか思い付きませんでした』

 と。やはり読心術にも近い察しの良さで、私の心を見透かしてくるのだった。

『この手紙が出てくる頃には、きっとその子も大人になっていると思います。もしかしたらおばさんになっているかも知れないし、お婆さんになっているかも知れません。でも、それでいいんです。私の事を忘れた頃に謝らないと、その子が悲しんじゃう。正直、この手紙が一生出て来ないままになるかも知れない不安もあるんですけど』

 そして、いよいよこの長ったらしいお願いも終わりを迎える。手紙が終わるまで、残りたったの五行だ。

 五。

『だからレシピエントさん。もしもあなたがこの手紙を見つけたのなら、どうか私の最後のお願いを叶えてください。この願いが叶わないと、私は永遠に天国に行く事が出来ません』

 四。

『レシピエントさんが私のお願いを聞いてくれる事を信じて、天使にでもなりながら、お空の上から見守っています。その子の名前は有生 みほり。東京の池袋に住んでいる事しかわかりませんが、どうかよろしくお願いします』

 三。


『令和X年 九月十七日』

 二。

『私の小説をずっと大事にしてくれた優しいレシピエントさんへ。佐藤 豊莉より』

 一。

『追伸。もしかして小説破ってこの手紙を見つけたりとかしてませんよね?』

「……」

 ゼロ。

 最後の最後まで私の心を見透かし続ける、不快な手紙の朗読がやっと終わりを告げた。でも、この子が見透かしていたのは私の心だけではない。この手紙が書かれていた日付に、その事がとてもわかりやすいくらい表れている。

 令和X年 九月十七日。それは私が移植を受ける、ちょうど一日前の日付だった。言ってしまえば彼女の命日である。そんな日にこの手紙を書くだなんて。この子は私の心以上に、自分の運命を見透かしていたのだろうか。だとしたらなんて皮肉な奴なんだろう。

 ……いや。

【イヴっち?】

 彼女以上に皮肉なのは、間違いなく私の方だ。何の脈絡もなく大爆笑を決め込む私を見ながら、ザンドが心配そうに訊ねて来た。

【どうしたの?】

「いや……、こんな事もあるんだなーって思ってさ」

【こんな事?】

「そう。ほら、見てよこれ」

 私は手紙の一文を指差して、ザンドに見せてあげる。私が指差した箇所とは、『その子の名前は有生 みほり。東京の池袋に住んでいる事しかわかりませんが』の部分である。

「最後の日付からして、この子が死んだのって先月の十七日だよね」

【うん】

「その日さ、私達も池袋に行ったじゃん」

【あ】

 そこまで言って、ようやくザンドも私が爆笑した理由を察したらしい。先月の十七日。それはアスタに天使のぬいぐるみを汚された腹いせとして、アスタのような自分一人の力では生きていけないポンコツ共を一気に処分しようと思い立ったあの日である。池袋から少し離れた場所にある、豊島区内のとある大病院を機能停止に陥らせたあの日なのだ。

「こいつ、多分私の被害者だ」

 だから私は笑いを止める事が出来なかった。私は再び一分間の爆笑タイムに陥った。勿論この予想が絶対とは限らないけれど、拡張型心筋症患者ならば大病院での長期的な入院は必須である。場所的な意味でもタイミング的な意味でも、このドナーがあの病院に入院していた可能性は極めて高い。

「やってくれたなこの野郎……っ! こんな物理的な置き土産なんか残して復讐するとかさ。あー……、おもしろ」

 腹筋の痙攣が次第に落ち着いた所で、私は大きく呼吸して一息入れた。

【それで? どうすんの?】

 落ち着きを取り戻した私にザンドが訊ねる。表情を持たないザンドではあるが、これから起きるであろう楽しい出来事に、胸を弾ませながら笑顔を浮かべている姿が容易に想像出来た。そんなに期待をされてしまっては、私も友人の期待を無碍にする事は出来ない。

「決まってるじゃん」

 だから。

「何が天使にでもなりながらお空の上から見守っていますだ。生意気なやつ」

 私は宙を見上げながら訊ねるのだ。天使になって、私の事を見守っているなどと言う馬鹿な妄想に囚われた彼女を想像し、宙に手を伸ばすのだ。

「トヨリちゃん。今もそこにいるの?」

 私は宙に伸ばした手のひらを握りしめた。当然、握りしめた手のひらは空を切る。そこには何もないし、誰もいない。78%の窒素と21%の酸素、そして1%未満のアルゴンや二酸化炭素が飛び交うだけの空気しか存在しない。天使なんてどこにもいるわけがない。

 でも、ここはそう言う事にしてあげよう。こんな手紙を残してまで唯一無二の親友に謝りたいと願うような子だもん。ここにいるって事にしてあげる。今もこの場でふわふわと宙を漂いながら、私の行動を見守っているのだと思ってあげる。

 だからトヨリちゃん。どうかそこから私の事を見ていてね。これから私が何をするのか。私という怪物を生かしたせいで、あなたの大切な友達がどうなるのか。……ううん、違う。見ているだけじゃない。トヨリちゃんも一緒にやるんだよ。だってトヨリちゃんがいるのは空中なんかじゃなくて、私の中だもん。内臓と変わり果てた事で、私と一つの存在になったんだもん。

「いるなら一緒にぶっ殺そうか。この有生みほりって子を」

 イライラを発散させる良い方法、見ーつけた。
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