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第三章 続 魔女と天使の腎臓

妊婦を殺す病気

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 なーんてね。

 そんなのはただの戯言だ。恋のキューピット? 馬鹿馬鹿しい。今日の私はただ憂さ晴らしをしたいだけ。昨日の鬱憤とか、限界に到達しかけている現状への不満とか、そう言うのをまとめて何処かの誰かにぶつけているだけに過ぎない。

 最後に人を殺したのはいつだろう。中三になってすぐにロボット作りに専念したせいで、今年度は数えるくらいしか殺していない。002号を殺したのは私だよね。直接的な死因は野生動物に襲われた事だけど、そうなるように仕向けたのは他でもない私だし。でもそれ以降はと言うと……、んー。思い出せない。多分誰も殺していないはず……、なんだけど。

 だから今日は特別中の特別なんだ。私から私へのクリスマスプレゼント。今日はロボット作りのリソースを、私の趣味の為に割こうと思う。丁度良い機会だ。ロボット作りに専念しようと見逃し続けたこいつの事も、これを機にぶっ殺してしまおうと思った。

『いった……っ! ……ねえ』

『あっ、……ご、ごめん!』

 私の腕に透析の為の針を刺す、今年入ったばかりの看護師さんを見ながらそう思った。

『……ううん。いいよ別に。医療保険のおかげで格安で治療を受けている身だし、看護師さんの腕が上達する為の実験動物にくらいなってあげなきゃね』

『も、もっと他に言い方ないかな……』

 困り顔で笑う看護師さん。今年の夏からやって来た人で、注射の腕はお世辞にも良いとは言えない。採血にせよ透析にせよ点滴にせよ、体に針を刺す行為を行うからには、やはり看護師さんはベテランのおばさんであって欲しいものだ。そりゃあベテラン看護師さんでも痛い時はあるけれど、その頻度は若い看護師さんと比べると一目瞭然。長年の経験による自信が顔にも表れていて、受ける側としてもとても安心感を覚える。

 それに比べてこの看護師さんと来たら……。経験不足なのは仕方ないにしても、二回に一回は痛い思いをさせられるし、五回に一回は激痛にも近い痛みを味わっているんだよね。血管を内側から針で押された時とかどれだけイライラした事だろう。

 何かないかな。普通に殺すんじゃなくて、もっと彼女に相応しい凝った殺し方というか。

『でも看護師さんも偉いよね。クリスマスの日にもお仕事だもん。もしかして三が日もシフト入ってる?』

『んー……。まぁ、一応』

『へー。じゃあお正月は透析サボらなきゃ』

『だからごめんってばー……! ちゃんと上達するように頑張るから……』

『冗談』

 私は笑顔で看護師さんに返した。

『看護師さんって彼氏とかいないの? クリスマスもお正月もお仕事だと恋愛って大変じゃない?』

『あー、まぁね。でも仕事に関しては結構理解してくれるし、上手くは行っている方かな?』

『……ふーん。いるんだ、彼氏』

 私は食い入るように看護師さんの瞳を見つめながら、一つの質問を彼女へ投げてみた。

『じゃあ昨日セックスした?』

『そりゃあイヴだし、って……え⁉︎』

 ワンテンポ遅れて驚く看護師さん。

『冗談だよ冗談。いひー』

 そんな彼女の反応を見て、私は彼女に相応しい処刑方法を思いついた。




『ザンド』

 クリスマスも終わろうかと言う二十五日の午後二十三時。仕事終わりの看護師さんを尾行してたどり着いた場所は、一つの古いマンションだった。古いマンションだったからこそ、このやり方を実行するにはうってつけだった。

 マンションへの水道水供給方式には、大きく分けて直結給水方式と貯水槽方式の二種類が存在する。直結給水方式は、地下の水道管から該当する部屋の水道へ直接水を送る方法。対して貯水槽方式は、マンションの屋上に設置した貯水槽に大量の水を溜め込んだ後、該当する部屋の水道へ水を送る方法だ。

 直結給水方式は重力に逆らいながら各部屋へ水を送る為、マンションの高層階になればなる程、水道から出てくる水の勢いが衰えてしまう。対して貯水槽方式は、マンション屋上の貯水槽から降り注ぐように各部屋へ水を送る為、最上階だろうが一階だろうが、水道から水が出てくる勢いは均一だ。

 しかし貯水槽方式は水を溜め込む性質上、お世辞にも衛生的とは言えず、マンションの管理者には年に一回か二回の水質検査を行う義務が発生する。対して直結給水方式は、近代化が進むに連れて質の良い加圧ポンプが開発され、現在では最上階へ水を送っても水道の勢いはほぼ衰えない。故に近年建築されたマンションの殆どは、この直結給水方式を用いて水道水を供給しているのだ。貯水槽方式を採用しているマンションなんて、今となっては私の目の前にあるような古いマンションばかり。でも、だからこそ色々と細工がしやすい。

 今年も残すところ後一週間。迫る新年に備え、多くのマンションでは水質検査を済ませた事だろう。次に水質検査が行われるのは果たして半年先か、一年先か。私は魔法で貯水槽の中へ瞬間移動させたカドミウムの粉塵粒子を見届けながら、今日から日々弱って行くであろう看護師さんの未来を思い、心をときめかせた。

 人は多量のカドミウムに曝されると、真っ先に腎臓に甚大な被害が行く。すると腎不全手前だった頃の私の腎臓のように、体に残さなければならない栄養素まで尿へ送り、排泄してしまうのだ。カドミウム中毒においては、特に骨の形成に必要不可欠なカルシウムとリンが尿へと送られ、体から枯渇して行く。すると骨の形成は困難になり、骨は軟化したりスカスカの穴だらけになったりして、ゆくゆくはくしゃみ程度の衝撃にも耐えきれずに骨折してしまうわけだ。俗に言うイタイイタイ病の発症である。

 このイタイイタイ病という病気は、面白い事に男よりも女の人、特に妊婦で多く発症する傾向が見られる。妊婦は母乳の栄養素としてカルシウムが消費される為、カルシウムの絶対数が元々少ないからだ。

 とは言えあの看護師は妊婦じゃない。でも、きっと近いうちに妊婦になると思うな。だってあいつ、この古いマンションで彼氏と同棲しているんだもん。いやしい女だ。彼女がクリスマスや三が日を恋人と過ごせない事に、ほんの少しでも同情してしまった自分が馬鹿みたいじゃないか。

『そんな中学生相手にムキになんなってー』

『中学生とか関係ないよ! あの患者本当ムカつく……。見ていてわかるもん、心の中で私を見下している事くらい。もう言動の一つ一つが本当気持ち悪いの。どうせ私の命は長くないからー、みたいな? 悟ってる感じ? 仏にでもなった気でいるんだよ。気持ち悪い通り越して痛い……。中二病だよ中二病。あーあ、さっさと病気進行して死んでくれないかなー』

『お前それ看護師が言っていいセリフじゃねえから!』

 笑い声が鳴り止まない彼女達の会話を盗み聞きしていると、尚更そう思う事が出来た。

『仏って』

 それは私の中で彼女に対する明確な殺意が芽生えた瞬間でもあった。

『天使だっつうの』

 やっぱ人のプライベートって盗み見る物じゃないね。病院ではおどおどしていて人畜無害そうな顔をしているくせに、家の中ではこんな感じなんだ。こんな事ならもっと早くに実行していればよかったよ。私はマンションのゴミ捨て場を見ながらそう思う。

 精子の寿命は個体によって多種多様。射精するまでもなく死んでしまう精子もいれば、射精後子宮に入らなくとも30時間以上生存出来る精子だっている。これからはちょくちょく看護師さんの出したゴミとか漁ってみよう。使い捨てた避妊具なんかが見つかれば、その都度中の精子を彼女の子宮へ瞬間移動だ。そうして彼女が妊娠したあかつきには、精一杯の笑顔で彼女の事を祝福してあげようと、そう思った。

 仕事もろくに出来ないくせに彼氏とはイチャイチャとは良いご身分である。そんな彼女に私の腎臓の嘆きをほんの少しでも分け与えられるこの病気は、とても都合がいい。当然こんな魔法を使えば、同じ水道水を利用する他の住人にも被害は出るだろうけど。まぁ、別にいいや。あんな女と同じ屋根の下で暮らしているなら、それはもう同罪と言っても過言じゃないよ。
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