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第三章 続 魔女と天使の腎臓

ステゴザウルスの脳

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『んあーっ! また失敗!』

 ロボットを作り始めて三ヶ月。私の前に新たな壁が立ちはだかる。私は魔法で改造したVRゴーグルを思わず壁に叩きつけてしまいそうになったものの。

『……』

 しかし元々は家電量販店で手に入れたそこそこ値の張る品物だった事を思い出し、間一髪のところでその衝動を抑え込んだ。

『いいや。また盗めば』

 でもよく考えれば魔法でいつでも盗む事は可能だったから、結局私はそのVRゴーグルを叩き壊した。

【気が立ってるねー。生理?】

 そんな私を茶化すようにザンドが茶々を入れてくる。

『……』

 私は思わずそんなザンドを掴み上げ、そして。

『……っ、あははははーっ!』

 爆笑した。

『せ、正解。わかるんだ? そういうの』

【長い付き合いだしね】

『長いって。ザンドの人生からしたら十ヶ月なんてあっという間でしょ?』

 これがそんじょそこらの人間だったら構わずぶち殺していたのだろうが、しかしザンドに対して怒りは湧いて来ない。喧嘩するほど仲が良いと言う言葉があるけれど、あれは嘘っぱちだ。本当の仲良しなら、そもそも喧嘩なんて起こらない。親しき仲にも礼儀ありという言葉も嘘っぱち。何を言われても頭に来なくて、何をされても冗談として受け止められるからこそ仲が良いのだ。私はそんな気の合う友人を抱きしめながら、背中からベッドに飛び込んだ。

【どうする? 気晴らしに誰かぶっ殺しに行く? うちらもう一週間くらい殺してなくね?】

『うーん……。いや、やっぱいい。なんかあとちょっとでコツが掴めそうなんだよね。殺しは失敗の気晴らしじゃなくて、成功した時のご褒美に取っておきたいかも』

 しかしザンドに言われるまで実感がわかなかった。かつてはほぼ毎日続けていた人殺しも、ロボットを作り始めてからは急激にそのペースが落ちて行き、今となっては一週間に一人殺す事もなくなっていただなんて。

 別に殺しに飽きたわけではない。かつてのような胸のトキメキを感じる事こそなくなったけど、それでもムカつく奴を野放しにするのと殺すのとでは心の持ちようが違う。ドキドキやワクワクは感じずとも、それでもムカつく奴が死んだ時はスッキリするものだ。

 にも関わらず殺しを控えるようになったのは、ロボット作りに専念したいから。魔女の魔法と言うのはどうしても出力が低いし、一日に使える弾数というのも限られている。規模の小さな魔法で三十発、規模の大きな魔法で五~十発と言った所だ。私はその限られたリソースを、将来の楽しみの為にロボットに割くようにしているだけである。

 ロボットの大きさは、三ヶ月が経った現在全長一メートルにギリ満たないと言った所。とは言え三ヶ月でそれっぽっちだなんて言わせたりはしない。何故ならこうしている今も私の魔法の実力は着々と成長しているからだ。それに比例してロボットの成長も早まるだろうし、どうか将来に期待して欲しい。

 しかし、そうなって来ると問題になるのはロボットの置き場所だ。今の段階でも相当目立つのに、最終目標の100メートルともなると、流石に地上のどこにも置き場所なんてないだろう。だから私は空中をロボットの置き場所にする事にした。

 空を飛ぶ魔法と透明化の魔法。まさか魔法を実感する為に早くから練習していたこれらの魔法が、こんな形で役に立つとは。透明化したロボットは、今も東京の上空で成長を続けている。成長中のロボットにたまたまカラスが激突して地上に落ちた時は通行人が軽いパニックを起こしていたっけ。あれは中々面白かった。二、三年後、巨大化したロボットに飛行機なんかが激突すればもっと面白いだろうから、壁抜けの魔法をかけるのはやめる事にした。

 とまぁ、これが今の私の主な魔法の使い道だ。ロボットを巨大化させる魔法を使う。質量が増えると空中での維持や透明化にもボロが出て来る為、空を飛ぶ魔法と透明化の魔法の重ね掛けも忘れてはならない。不完全な魔法ならまだしも、完全な空中浮遊と完全な透明化は現時点では三時間が限界。三時間起きに重ね掛けする必要があるのだから、ここ最近は連続した睡眠も取れない日々の繰り返しだ。

 でも、悪くない。私はこの苦労が嫌いじゃない。この苦労の果てにやってくる、巨大ロボットの暴走。その未来を思うだけで、胸が高鳴って破裂しそうになる。

 ザンドと出会って気づいた事がある。どうも私は努力する事が好きで大好きでたまらないらしい。魔法には私をそうさせるだけの魅力があった。

 魔法とは自分の力で実現出来る事程成功しやすい。故に私自身のスキルアップは、そのまま魔法の成果に直結する。魔法を使える私にとって、勉強というのは武器なのだ。勉強をすれば知識が増える。知識が増えればやれる事も増えるし、やれる事が増えると自信までついて来る。それに比例して魔法の成功率が上がるのが、楽しくて楽しくてたまらない。解剖学から続いている医学の勉強がまさにそうだ。「へー、人ってこうすると死ぬんだ」と理解するのがたまらなく快感なのだ。

 それまでただ死なないように生きていただけの私に、努力の素晴らしさを教えてくれたザンド。こんな素晴らしい友を、どうすれば嫌えると言うのだろう。ザンドの軽口も、煽りも、茶々も、意地悪も。全てが愛おしいと思えてしまう。

 私は努力が好きだと理解した。だから今現在私が直面しているこの壁も、絶対努力で乗り越えてみせる。……とは言えだ。

『でも何がいけないんだろう……』

 ロボットを操縦した事のない私にとって、この壁は今までぶつかったどの壁よりも高い壁である事に違いはなかった。

 魔法で改造したVRゴーグルで試していたのは未来のシミュレーションである。全長100メートルのロボットを操縦するシミュレーション。

 そのロボットは人体をイメージして作り上げている。これは医学を勉強する中で、特に生理学や生化学を学びながら知った事なのだけれど、生き物が生きる仕組みというのは小さな視点で見れば見るほどロボットのようなのだ。

 例えば呼吸の仕組み、消化の仕組み、免疫の仕組み、繁殖の仕組みのような組織学及び生理学的な視点でも十分機械的な働きをこなしていると言えるのだけど、しかしATPの生成過程、脂質やタンパク質の代謝過程、筋収縮の仕組み、DNAの複製過程のような生化学的な視点ともなると、本当にロボットのようだとしか言いようがない。

 それらの知識はロボットを作る上でとても参考になるものだった。だから私が作っているロボットは、ロボットと言うより機械の巨人と言った方が正しいのかも知れない。そんな人体を模したロボットの操縦方法は、私の神経と直接繋げ合わせる事。私自身が脳となる事で自分の手足を動かすようにロボットを操れる、……そういうイメージをしていたのだけれど。

 VR上で何度シミュレーションを繰り返しても、私の作り上げたロボットはまともに操縦する事が出来なかった。出来て単純な歩行のみ。その歩行でさえ、ほんの僅かでも気を抜くと簡単に転倒してしまう。体が思うように動いてくれないのだ。魔法を使って操り人形のようにロボットを動かす手もあるにはあるけれど、しかし全長100メートルにも及ぶ質量を魔法で支えるともなると、恐らくその日は他の魔法が使えなくなる。折角の巨大ロボットなのに歩かせて終わりとか、そう言うのはなんかなー……。

 一体原因はなんだろう。歩行運動は随意運動と不随意運動の組み合わせだ。大脳に当たる部位に問題があるとは思えない。人間の脳疾患においても大脳の障害程度では正常に歩行出来るケースが多いからだ。だから問題があるとしたら、恐らく歩行運動の制御機序が存在する脳幹に当たる部位か……。じゃなければ感覚入力からの情報を分析し、その結果によって抑制機能と促進機能を組み合わせながら人体の姿勢と運動の調節を行う小脳に当たる部位。……のはずだけど。

『あー……っ! むしゃくしゃするぅ……っ!』

 考えても考えても辿り着けない疑問に纏わりつかれ、憂さ晴らしでもするように頭を掻きむしった。

【ちっこい人間をベースに巨大ロボを作ろうとするのがそもそも間違いなんじゃない? 最初から大きな動物をベースに作ったらどうかな。クジラとか】

『えー……。そんなの作ったって海でしか暴れられないじゃん』

【なら陸上の巨大生物は? キリンとか】

『全長100メートルのキリン型ロボって緊張感なくない……? 見た目もダサいし』

【じゃあゴジラ!】

『フィクションじゃん。参考にしようがないよ』

【じゃあ恐竜!】

『絶滅してるじゃ…………』

 ……恐竜?

【イヴっち?】

『それだ!』

 私は思わずザンドを強く抱きしめてしまった。もう数ヶ月は悩む事になったかも知れないこの問題の突破口が、まさかこんな所から出て来るなんて。

『恐竜だよ恐竜! ステゴザウルス!』

【ステテコ……何?】

『違う! ステゴザウルス! 頭と腰に脳を持つって言われていた恐竜の事! まぁ、正確には腰の脳は神経節って言う神経の塊なんだけどね。昔は頭部の脳で上半身を動かして、腰部の脳で下半身を動かしていたって言われていたんだ』

【昔は?】

『うん。今はその説は否定されていて、腰にあったのは脳じゃなくて、栄養を貯蓄する為の場所だったって説が有力視されているみたい。でも脳を増やして役割を分担するって言うのは良いヒントになったかも。脳の役目を私一人で担っているから、あの巨体の操縦に処理が追いつかないんだ。もう一つ脳を用意すれば、もっとスムーズな動きが出来るようになるはずだよ』

【えー、マジー? だってそれって否定された説っしょ?】

『確かにステゴザウルスはそうだね。でも例えばタコとかも本体の脳の他にそれぞれの足に一つずつ、計九つの脳を持っているって言われているの。足の一本一本がそれぞれの脳で精密に制御されているんだよ。あれだけうねうね動いても足が全く絡まない理由がそれ。だから試すだけ試してみようよ。脳みそをもう一つ準備してさ』

【準備って……どうやって? どっかから人でも攫って来る気?】

『まさか。見ず知らずの他人と連携しながら操縦とか冗談じゃない。私が欲しいのは同じ脳みそだよ。私と全く同じ事を考えてくれる都合の良い脳みそ』

【それは……。やめとかない? 自分の分身を作る魔法とか上級魔女でも中々出来るもんじゃないよ? 今のイヴっちじゃ99.99999%失敗】

『ねぇ、ザンド』

 私はザンドの言葉を遮るように言葉を続けた。

『クローンって知ってる?』

 ザンドはしばらく考えた後、嬉しそうに微笑みながら答えた。

【知ってる!】

 やはり私とザンドはどこまでも気の合う友人なのだと、より深く自覚してしまう。ここまで価値観の合う友人なんて早々見つかるものじゃない。

『じゃあクローン動物の作り方は?』

【えーっと。クローンを作りたい猫Aがいたとして、まずはこの猫Aの適当な細胞から核を取り出すんでしょ? 次に猫Bから卵子を採取した後、その卵子から細胞核を取り除く。この卵子に猫Aの細胞から取り出した細胞核を移植して発生した胚を猫Cの子宮に移植する。あとは普通の妊娠と同じ経過を辿って、最終的に産まれて来た猫Cの赤ちゃんが、猫Aと同一の遺伝子を持ったクローンになるんだっけ?】

『正解。科学的に実現可能な技術なら、私くらいの魔法の腕でも成功する見込みはあるよね?』

【だね! じゃあ早速適当な女拉致って卵子ゲットだ!】

『あー、それはいいよ』

 張り切りを見せるザンドには悪いけど、ザンドのその提案は却下させてもらった。

【何で? 卵子がないとクローンは作れないよ?】

『大丈夫。卵子ならあるじゃん』

【どこに?】

『ここに』

 私は自分のお腹を指差しながら答えた。

『知ってる? 猫のクローンってさ、オリジナルと同一の遺伝子を持ってるくせに毛並みも性格もオリジナルとはかけ離れた子が産まれてくるんだって。不思議だよね? でもふと思ったの。猫Aと猫Bと猫Cが、全部同一の個体だったとしてもオリジナルとかけ離れたクローンが産まれて来るのかな? って』

【……おいおい】

 初めてだった。初めてザンドが引き攣ったような笑みを漏らしたような気がした。十ヶ月の付き合いで初めて目にした友の表情が面白おかしい。いつもどこか余裕を持ったザンドだ。そんなザンドを引かせる事が出来ただけでも、この提案をするだけの価値は十分にあった。

『流石に全部同一の個体なら、オリジナルとの誤差がゼロの完全なクローンが生まれて来る気がしない?』

【イヴっち、自分が何を言ってるのかわかってる?】

『うん』

【自分で自分を妊娠して産む気?】

『だねー。面白そうでしょ?』

【……】

『いひひ』

 私の卵子に、私の細胞核を移植して、私が産む。世界中の学者が大金を叩いてでも参加したくなるような世紀の大実験が幕を開ける。
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