上 下
124 / 236
第三章 魔女と天使の心臓

今のプロローグ

しおりを挟む
 その地では遥か昔、わがままな大名同士の啀み合いというくだらない理由から大合戦が起きた。そんな大名同士のくだらない争いに巻き込まれた死者の数は千を優に超え、無残に散っていった落武者達の魂は二十一世紀の今もまだ彷徨い続けている。




 その地は戦時中、防空壕として使われていた。しかし大空襲による爆撃は想定の遥か上を行っており、防空壕はあっけなく崩壊。多くの避難者が生き埋めにされたそうな。頭巾を被った避難者の霊は、今宵もまた無念の悲鳴を叫んでいる。




 とある電信柱に、一人の少女が左耳をくっつけていた。毎日のようにそんな光景を見ていた一人の青年が、ある日ふと訊ねる。

『君はどうしていつも耳をくっつけているんだい? 電信柱の中から何か聞こえるのかな?』

 すると少女は電信柱から顔を離して答えた。

『ううん、違うよ。これは音を聞いているんじゃなくて、顔の左側を隠してるの。だって私、顔が半分ないもん』

 その場所で昔、一人の少女が電信柱と居眠り運転の車の間に板挟みに合う事故があったと青年が知ったのは、それからしばらく経ってからの話。




 人は死ぬと幽霊になる。合戦の跡地に落武者の霊。崩れてしまったかつての防空壕に頭巾姿の避難者の霊。交通事故の発生場所に被害者の霊。男に裏切られて身を投げた女の霊、虐待の末に衰弱死した子供の霊、家族に借金を残すまいと自殺を選んだ父の霊、医療ミスの隠蔽を企てるヤブ医者に激怒した患者の霊、妊娠と堕胎の繰り返しによって赤子が集合した水子の霊。そして、幸せな人生を全うし、最後は多くの家族に看取られ、その後は子孫を守護する守り神となった老人の霊。

 様々な霊の噂話を聞きながら私が思ったこと。それは霊の姿というものは、人間が死んだ際の姿がそのまま反映されるんだということ。老人が死ねばその霊体は老人のまま。子供が死ねばその霊体は子供のまま。患者が死ねばその霊体は検査衣や病衣を纏い、事故死や他殺などによって死ねば霊体にも相応の傷が宿り、墓地に出てくる霊のほとんどは葬式の際の白装束を身に纏っている。

 霊の姿というのは、即ち人間が死んだ際の姿。人間は死んだ時の姿のまま永遠の幽霊生活を送るんだ。そんな自分なりの答えにたどり着いた時、私の心は一種の満足感に浸された。私はとても幸せ者だ。何故なら私は若い。人生において最も輝かしい姿で死ねるのだ。

 未来への無限の可能性秘めながら、可能性に向かって前進する力も備えている少女という名のこの体。私は死後、こんな輝かしい姿のまま幽霊に……ううん。天使になれる。だから私は世界一の幸せ者なんだ。

「……」

 病室のベットから体を起こし、冬の冷気によって白く染まった窓をゴシゴシと拭く。窓の外に広がるのは、院外に広がる都会の夜景。そして窓そのものに写るのは、暗闇に反射した私の姿。こうして手を広げてみると、まるで天の人になった私が街を抱きしめているようだ。一足早い天使の体験に思わず笑みがこぼれた。

 もしも私が病気を患わなかったら。仮に患ったとしても、臓器移植ではなく普通の治療で根治出来る程度の病気だったなら。私は一体どんな大人になっていたんだろう。お医者さんになって沢山の人を救ったのかな。先生になって子供達の笑顔を守っていたのかな。或いは何者にもなれないまま自堕落な生活を送り続け、持ち前の容姿の良さだけで適当な男を捕まえて結婚していた可能性だってある。

 可能性。そう、可能性。私は可能性を残したままこの世を去る。可能性を残したままゼロになって、そして永遠になる。私は永遠になるんだ。

「……今日も天使になれなかったなー」

 私はベットに戻って布団を被った。擬似的な永遠を味わう事が出来る睡眠を求めて。

 私は寝る事が好き。だって寝たらまた起きれるもの。私は毎朝起きる度に感じるんだ。あぁ、今日はまた体が衰えているって。一歩一歩着実に近づくその死の感覚だけど、私には天国の階段を上っているように感じられてしまう。

 人は高い山を登り続けると低酸素の影響で体が参ってしまう。私の体が日々弱っていくのも、きっと同じような理屈なんだ。この体の衰弱は私が天に近づいている何よりの証拠。

「……明日は天使になれるかなー」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

嫌われ者の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
両親に似ていないから、と母親からも、兄たち姉たちから嫌われたシーアは、歳の近い皇族の子どもたちにいじめられ、使用人からも蔑まれ、と酷い扱いをうけていました。それも、叔父である皇帝シオンによって、環境は整えられ、最低限の皇族並の扱いをされるようになったが、まだ、皇族の儀式を通過していないシーアは、使用人の子どもと取り換えられたのでは、と影で悪く言われていた。 家族からも、同じ皇族からも蔑まされたシーアは、皇族の儀式を受けた時、その運命は動き出すこととなります。 なろう、では、皇族姫という話の一つとして更新しています。設定が、なろうで出たものが多いので、初読みではわかりにくいところがあります。

処理中です...