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第二章 魔女とタバコを吸う少年
最後の親不孝
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「ちわーっす」
退院するまでにそう時間は掛からなかった。なんせ俺の怪我は全身の打撲のみ。あちこちに痣は残れど、普通に歩く事も出来れば普通に走る事だって出来る。
……。
いや、走れるのは嘘だ。流石に激しい運動ともなると全身が軋んで悲鳴が漏れる。とは言っても運動さえしなければ日常生活にはこれと言った支障もなく、俺は病院で目を覚ましてからたったの三日で退院する事となった。
つってもあまり休めた気のしない三日間だったな。午前から昼にかけては警察からの事情聴取が続いたし、夕方になれば担任がクラスメイト数人を引き連れて見舞いにも来てくれた。教頭や校長とも話したっけ。どいつもこいつも言う事は同じだったな。妹を助けたのは立派だ、だけど無茶はいけない。みーんなそればかりだ。真にそれを言ってやるべき相手は、俺の他にいるって言うのに。
そういえば肝心のそいつとは、結局あれ以来まともに話していない。担任に連れて来られたクラスメイトの中にそいつもいたけど、あいつは学校じゃただのぼっちだから。他の連中の話に混じれず俺とクラスメイトの会話を一歩離れた場所で聞いているだけの、そんな置物だった。俺はそんな三日間を過ごした。……そんな三日間を過ごして。
「おいダイチ! 大丈夫かお前?」
元気になった姿を友人に見せるべく、いつもの溜まり場にやってきた。とは言っても、メンバーまではいつも通りとはいかないようだけど。
治療の痕跡が残る俺の肌を見て、タクちゃんが真っ先に駆け寄ってくれる。本来ならカイトさんとヨウイチさんもいるはずなのに、ここにカイトさんの姿はなかった。
まぁ、そんな気はしていた。あの人、LINEグループからも追い出されていたからな。なんせ一人だけ親父から逃走して無傷のまま済んだんだ。当人が居づらくなって去って行ったのか、それともその件をきっかけにタクちゃん達から拒絶されてしまったのかはわからない。それを聞き出せるような雰囲気でもない。それでもこれから先、俺たちの間でカイトさんの名前が二度と出てくる事はないんだろうなという事実だけは、やけにリアルに実感する事が出来た。
俺はのび太の悲鳴を聞きながらタクちゃんの問いに答えた。
「まぁ絶好調ってわけでもないけどさ。でも普通に生活する分には問題ないっぽい。むしろタクちゃんの方が重症じゃん?」
ギブスを嵌めたタクちゃんの肘に視線を向ける。そしてのび太の悲鳴を聞きながら、タクちゃんよりも分厚いギブスを腕に嵌めたヨウイチさんにも視線を向けた。
「あの。ヨウイチさんもどうっすか?」
そんな質問、わざわざするまでもないのは既に分かりきっているんだけど。一生物の障害が残りかねないのがタクちゃんで、間違いなく一生物の障害が残ると断言されたのがヨウイチさんだ。俺は確かに見た。百九十を超える親父の巨体に踏み潰されたヨウイチさんの手のひらを。せんべいのように平べったく潰され、伸ばされた手のひらを。果たしてあのギブスの中に手首より上があるのかさえ怪しいよ。
「……あ? 見てわかんだろ。最悪だよ」
ヨウイチさんは俺とは視線を合わさずに言葉を返した。ヨウイチさんの視線は俺ではなく、亀のように蹲るのび太に夢中だったのだ。言うまでもなく、溜まり場に響く悲鳴の音源はのび太だった。ヨウイチさんは利き手が使えない。利き手で誰かを殴る事は二度と出来ない。でも、利き手が使えないくらいで暴力衝動を抑えられるような人でないのは、他でもない俺たちがよーーーーく理解していた。ヨウイチさんはのび太を踏みつける。
「お前の巻き添えでこっちにもマッポが来てよぉ」
ヨウイチさんはもう一度のび太を踏みつける。
「あのクソジジイに撮られた画像も見られてよぉ」
親父された事を再現するように。のび太を親父に見立てているようにヨウイチさんはのび太を踏みつけた。のび太を見る度に本当に情けない奴だと思う。デブで、ノロマで、コミュ障で、オタクで。まさに生まれ持ってのいじめられ気質。
親父との一件で、人と人との喧嘩で最も重要なのはデカさよりも重さである事を知った。その点で言えば脂肪と筋肉の差はあれど、のび太とヨウイチさんの間に体重的なハンデは見られない。仮にのび太が全力でタックルでもしようものならそれなりの威力は見込めるだろうし、ちょっかい出したらキレ出す奴だと認識されればヨウイチさんの目につく事だってなかったのかもしれない。なんなら片腕を潰された今のヨウイチさん相手なら間違いなくのび太の方が勝つと思う。いくらヨウイチさんでも、片腕を庇いながらのび太の体重に押し勝つ術はないだろう。
でものび太はそうしない。負け犬根性が染み付いているんだ。こんな一生物の怪我を負ったヨウイチさん相手に、抵抗もせずにただただ黙って蹴られ続けて。
「なぁ、ダイチ」
そこでようやくヨウイチさんの足が止まった。この溜まり場に来てから二分と言った所か。やっとヨウイチさんの視線が俺に向けられた。そして。
「お前、あいつが自分の親父だって隠してたろ?」
ヨウイチさんの敵意も俺に向けられた。俺はヘラヘラ笑いながら誤魔化すしかなかった。
「何笑ってんだ?」
「……いや、ほら。今日からまた皆と遊べるようになったのが嬉しくて」
「あ?」
「また一緒にモンハンやりましょうよ。俺今めっちゃモンハンのモチベ高いんすよ。マジで学校帰ってから夜中までずっとやり続けたいくらい。だから……ね? 付き合ってくださいよ、可愛い弟分の為に」
「何言ってんのお前」
「……いや、だからなんていうか」
俺は背中に背負ったリュックの中から木製バットを取り出す。この為にわざわざ家から持って来たんだ。適度に重く、適度に固く、金属バットほどの威力は望めずとも人一人を殺すには十分過ぎる条件を揃えていて、なおかつ俺のようなガキが持ち運んでもなんら違和感のない凶器にもなるスポーツ用具。俺はそんな凶器を握りしめ、そしてヨウイチさんの目の前に放り投げた。
「のび太虐めんの、飽きました」
投げ捨てられたバットがコロコロと地面を転がり、ヨウイチさんのつま先と接触した事で動きを止める。
「どうっすか? ヨウイチさん。一緒にモンハンしてくれません?」
「意味わかんねえんだけど」
「言ってる通りですよ。ヨウイチさんもいい加減いじめばっか飽きません? ここいらで新しいチャレンジとかしてみましょうよ。例えばほら、俺たちでモンハンYouTuberユニットを結成してみるとか。絶対に楽しいっすよ? 字幕付けも動画の編集も最年少の俺が全部やりますし。……あ、でもちょっとパソコン手放す事になっちゃったんでパソコンだけは貸してください」
「……」
「お願いします!」
俺はヨウイチさんの目の前まで歩み寄り、深々と頭を下げた。俺達三人でYouTuberユニットを結成したい気持ちに嘘はない。炎上しそうで即刻消したとは言え、前にもカイトさん含めた四人で動画を撮ったりもしていたじゃないか。あの時に感じた楽しさを俺は今でも覚えている。ヨウイチさんの事は苦手だけど、こういう形での付き合いなら全然いいとも思っている。……でも。
「ふざけてんのか?」
やっぱりそうなるよな。
「まさか。俺今までヨウイチさん相手にふざけた事ってありました? 一回もないでしょ。だってヨウイチさん、下っ端の俺がふざけたら殴ってくるし。本気ですよ本気。本気で誘ってるんです」
「あ、そう。ちなみにそれ断ったら、お前どうすんの?」
「そりゃあ……ほら。無理矢理にでも従わせるしかなくないっすか?」
「どうやって?」
「喧嘩とか」
「……」
ヨウイチさんが足元のバットを拾い上げる。その姿はまさに鬼に金棒。片手しか使えないヨウイチさんが、その凶器を持った瞬間にただの怪我人から鬼へと成り果てるのを感じた。
「これ、使えって事だよな?」
「もちろん。だって今のヨウイチさん、俺でも勝てるくらい雑魚じゃないですか。腕だけ狙ってりゃ絶対俺が勝つし、なんならこれでもハンデが足りないと思ってます。だから……」
それは数日前の光景を再現するようだった。床に膝をついて正座する。でもそれは決して相手に屈した意思表示なんかではなく、表情だけは堂々と。相手が俺の顔を覗き込んで来るように、こっちも敵意を包み隠さずに相手の顔を覗き込む。俺より小さい有生はそうしていた。俺より弱い有生はもっと堂々としていた。あいつに出来て、俺に出来ないなんて事があってたまるか。
「五分間、好きなだけ殴れよ。それで俺達は対等だ」
ポケットからスマホを取り出し、五分間のタイマーをセットした。
デジタルの数字がカウントダウンを始め、みるみるとゼロに近づいていく。しかし三十秒が経過してもなお、ヨウイチさんは俺に殴りかかろうとはしなかった。ヨウイチさんが殴って来ない理由はいくつか考えられた。
「おいダイチ! 何アホな事言ってんだよ、やめろ!」
タクちゃんがそんな事を言いながら間に入って来ているのも理由の一つだろう。俺はヨウイチさんが殴りかからない理由を他にも色々と想像し、その中で最も可能性の高そうな一つの仮説を口にした。
「殴らないんすか?」
「……」
「あー、そういやヨウイチさんギリ捕まる年齢ですもんね」
「……」
「捕まんのが怖いとか? でももう一分経ちますよ。わかってんすか?」
「……」
「残り四分で俺を殺せなきゃお前が死ぬぞ」
「……」
「ビビってんのか? このタコ」
「……いや」
次の瞬間、俺のこめかみに手加減無用の強烈な一撃が叩き込まれた。
「お前の死体をどうしようか考えてた」
……で。
退院するまでにそう時間は掛からなかった。なんせ俺の怪我は全身の打撲のみ。あちこちに痣は残れど、普通に歩く事も出来れば普通に走る事だって出来る。
……。
いや、走れるのは嘘だ。流石に激しい運動ともなると全身が軋んで悲鳴が漏れる。とは言っても運動さえしなければ日常生活にはこれと言った支障もなく、俺は病院で目を覚ましてからたったの三日で退院する事となった。
つってもあまり休めた気のしない三日間だったな。午前から昼にかけては警察からの事情聴取が続いたし、夕方になれば担任がクラスメイト数人を引き連れて見舞いにも来てくれた。教頭や校長とも話したっけ。どいつもこいつも言う事は同じだったな。妹を助けたのは立派だ、だけど無茶はいけない。みーんなそればかりだ。真にそれを言ってやるべき相手は、俺の他にいるって言うのに。
そういえば肝心のそいつとは、結局あれ以来まともに話していない。担任に連れて来られたクラスメイトの中にそいつもいたけど、あいつは学校じゃただのぼっちだから。他の連中の話に混じれず俺とクラスメイトの会話を一歩離れた場所で聞いているだけの、そんな置物だった。俺はそんな三日間を過ごした。……そんな三日間を過ごして。
「おいダイチ! 大丈夫かお前?」
元気になった姿を友人に見せるべく、いつもの溜まり場にやってきた。とは言っても、メンバーまではいつも通りとはいかないようだけど。
治療の痕跡が残る俺の肌を見て、タクちゃんが真っ先に駆け寄ってくれる。本来ならカイトさんとヨウイチさんもいるはずなのに、ここにカイトさんの姿はなかった。
まぁ、そんな気はしていた。あの人、LINEグループからも追い出されていたからな。なんせ一人だけ親父から逃走して無傷のまま済んだんだ。当人が居づらくなって去って行ったのか、それともその件をきっかけにタクちゃん達から拒絶されてしまったのかはわからない。それを聞き出せるような雰囲気でもない。それでもこれから先、俺たちの間でカイトさんの名前が二度と出てくる事はないんだろうなという事実だけは、やけにリアルに実感する事が出来た。
俺はのび太の悲鳴を聞きながらタクちゃんの問いに答えた。
「まぁ絶好調ってわけでもないけどさ。でも普通に生活する分には問題ないっぽい。むしろタクちゃんの方が重症じゃん?」
ギブスを嵌めたタクちゃんの肘に視線を向ける。そしてのび太の悲鳴を聞きながら、タクちゃんよりも分厚いギブスを腕に嵌めたヨウイチさんにも視線を向けた。
「あの。ヨウイチさんもどうっすか?」
そんな質問、わざわざするまでもないのは既に分かりきっているんだけど。一生物の障害が残りかねないのがタクちゃんで、間違いなく一生物の障害が残ると断言されたのがヨウイチさんだ。俺は確かに見た。百九十を超える親父の巨体に踏み潰されたヨウイチさんの手のひらを。せんべいのように平べったく潰され、伸ばされた手のひらを。果たしてあのギブスの中に手首より上があるのかさえ怪しいよ。
「……あ? 見てわかんだろ。最悪だよ」
ヨウイチさんは俺とは視線を合わさずに言葉を返した。ヨウイチさんの視線は俺ではなく、亀のように蹲るのび太に夢中だったのだ。言うまでもなく、溜まり場に響く悲鳴の音源はのび太だった。ヨウイチさんは利き手が使えない。利き手で誰かを殴る事は二度と出来ない。でも、利き手が使えないくらいで暴力衝動を抑えられるような人でないのは、他でもない俺たちがよーーーーく理解していた。ヨウイチさんはのび太を踏みつける。
「お前の巻き添えでこっちにもマッポが来てよぉ」
ヨウイチさんはもう一度のび太を踏みつける。
「あのクソジジイに撮られた画像も見られてよぉ」
親父された事を再現するように。のび太を親父に見立てているようにヨウイチさんはのび太を踏みつけた。のび太を見る度に本当に情けない奴だと思う。デブで、ノロマで、コミュ障で、オタクで。まさに生まれ持ってのいじめられ気質。
親父との一件で、人と人との喧嘩で最も重要なのはデカさよりも重さである事を知った。その点で言えば脂肪と筋肉の差はあれど、のび太とヨウイチさんの間に体重的なハンデは見られない。仮にのび太が全力でタックルでもしようものならそれなりの威力は見込めるだろうし、ちょっかい出したらキレ出す奴だと認識されればヨウイチさんの目につく事だってなかったのかもしれない。なんなら片腕を潰された今のヨウイチさん相手なら間違いなくのび太の方が勝つと思う。いくらヨウイチさんでも、片腕を庇いながらのび太の体重に押し勝つ術はないだろう。
でものび太はそうしない。負け犬根性が染み付いているんだ。こんな一生物の怪我を負ったヨウイチさん相手に、抵抗もせずにただただ黙って蹴られ続けて。
「なぁ、ダイチ」
そこでようやくヨウイチさんの足が止まった。この溜まり場に来てから二分と言った所か。やっとヨウイチさんの視線が俺に向けられた。そして。
「お前、あいつが自分の親父だって隠してたろ?」
ヨウイチさんの敵意も俺に向けられた。俺はヘラヘラ笑いながら誤魔化すしかなかった。
「何笑ってんだ?」
「……いや、ほら。今日からまた皆と遊べるようになったのが嬉しくて」
「あ?」
「また一緒にモンハンやりましょうよ。俺今めっちゃモンハンのモチベ高いんすよ。マジで学校帰ってから夜中までずっとやり続けたいくらい。だから……ね? 付き合ってくださいよ、可愛い弟分の為に」
「何言ってんのお前」
「……いや、だからなんていうか」
俺は背中に背負ったリュックの中から木製バットを取り出す。この為にわざわざ家から持って来たんだ。適度に重く、適度に固く、金属バットほどの威力は望めずとも人一人を殺すには十分過ぎる条件を揃えていて、なおかつ俺のようなガキが持ち運んでもなんら違和感のない凶器にもなるスポーツ用具。俺はそんな凶器を握りしめ、そしてヨウイチさんの目の前に放り投げた。
「のび太虐めんの、飽きました」
投げ捨てられたバットがコロコロと地面を転がり、ヨウイチさんのつま先と接触した事で動きを止める。
「どうっすか? ヨウイチさん。一緒にモンハンしてくれません?」
「意味わかんねえんだけど」
「言ってる通りですよ。ヨウイチさんもいい加減いじめばっか飽きません? ここいらで新しいチャレンジとかしてみましょうよ。例えばほら、俺たちでモンハンYouTuberユニットを結成してみるとか。絶対に楽しいっすよ? 字幕付けも動画の編集も最年少の俺が全部やりますし。……あ、でもちょっとパソコン手放す事になっちゃったんでパソコンだけは貸してください」
「……」
「お願いします!」
俺はヨウイチさんの目の前まで歩み寄り、深々と頭を下げた。俺達三人でYouTuberユニットを結成したい気持ちに嘘はない。炎上しそうで即刻消したとは言え、前にもカイトさん含めた四人で動画を撮ったりもしていたじゃないか。あの時に感じた楽しさを俺は今でも覚えている。ヨウイチさんの事は苦手だけど、こういう形での付き合いなら全然いいとも思っている。……でも。
「ふざけてんのか?」
やっぱりそうなるよな。
「まさか。俺今までヨウイチさん相手にふざけた事ってありました? 一回もないでしょ。だってヨウイチさん、下っ端の俺がふざけたら殴ってくるし。本気ですよ本気。本気で誘ってるんです」
「あ、そう。ちなみにそれ断ったら、お前どうすんの?」
「そりゃあ……ほら。無理矢理にでも従わせるしかなくないっすか?」
「どうやって?」
「喧嘩とか」
「……」
ヨウイチさんが足元のバットを拾い上げる。その姿はまさに鬼に金棒。片手しか使えないヨウイチさんが、その凶器を持った瞬間にただの怪我人から鬼へと成り果てるのを感じた。
「これ、使えって事だよな?」
「もちろん。だって今のヨウイチさん、俺でも勝てるくらい雑魚じゃないですか。腕だけ狙ってりゃ絶対俺が勝つし、なんならこれでもハンデが足りないと思ってます。だから……」
それは数日前の光景を再現するようだった。床に膝をついて正座する。でもそれは決して相手に屈した意思表示なんかではなく、表情だけは堂々と。相手が俺の顔を覗き込んで来るように、こっちも敵意を包み隠さずに相手の顔を覗き込む。俺より小さい有生はそうしていた。俺より弱い有生はもっと堂々としていた。あいつに出来て、俺に出来ないなんて事があってたまるか。
「五分間、好きなだけ殴れよ。それで俺達は対等だ」
ポケットからスマホを取り出し、五分間のタイマーをセットした。
デジタルの数字がカウントダウンを始め、みるみるとゼロに近づいていく。しかし三十秒が経過してもなお、ヨウイチさんは俺に殴りかかろうとはしなかった。ヨウイチさんが殴って来ない理由はいくつか考えられた。
「おいダイチ! 何アホな事言ってんだよ、やめろ!」
タクちゃんがそんな事を言いながら間に入って来ているのも理由の一つだろう。俺はヨウイチさんが殴りかからない理由を他にも色々と想像し、その中で最も可能性の高そうな一つの仮説を口にした。
「殴らないんすか?」
「……」
「あー、そういやヨウイチさんギリ捕まる年齢ですもんね」
「……」
「捕まんのが怖いとか? でももう一分経ちますよ。わかってんすか?」
「……」
「残り四分で俺を殺せなきゃお前が死ぬぞ」
「……」
「ビビってんのか? このタコ」
「……いや」
次の瞬間、俺のこめかみに手加減無用の強烈な一撃が叩き込まれた。
「お前の死体をどうしようか考えてた」
……で。
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