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第二章 魔女とタバコを吸う少年

レアカードを求めて

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 そんなやり取りから一時間が経った。いやー、あれは大変だった。サチのやつ、急に反抗期反抗期言いながら泣き出すんだから。十万円と言う大金はプレッシャーと罪悪感がエグいから受け取れないけど、だからと言ってちんけな額しか貰えないのはもっと嫌。私の罪悪感が働かない範囲で、尚且つそこそこ満足の行く額のお小遣いを交渉しながらサチを宥めるのは大変だった。私絶対交渉の才能あるわ。

 でも、おかげでこうして私は一万円のお小遣いを手に入れる事が出来た。正直、万札ってのも相当罪悪感に蝕まれる額な事に違いはない。本当は三千円か、もう少し踏み込んで五千円くらいに留めて置くつもりだった。でも欲には勝てなかったんだから仕方ない。仕方ないし、それにもう貰っちゃったんだからこの話はこれで終わりだ。

 とにかく、私はもう二度と無駄遣いなんかしない。サチからの善意を、サチからの愛情を焼き鳥機とか流しそうめん機とかかき氷機なんかに使ってたまるもんか。このお金は私の為になるよう大切に使うって心に決めたんだ。私の長い人生におけるかけがえのない財産になるよう気をつけて。自分を律して。そして。

「ありがとうございましたー」

 私はコンビニで五千円分の課金をした。今、原神で開催されている推しキャラのピックアップが三日後に終わっちまうからな。今引かなきゃここまで使った石の分が無駄になっちまう。この使い方は間違いなく私の人生においてかけがえのない財産になる事だろう。ありがとう、サチ。大好きだよ。

【カス】

 メリムは家に帰ってから殺す事にした。

 さて、こうして目当ての品は買ったはいいけど、なんて言うかな。折角コンビニに入ったのに買ったもんがiTunesカードだけってのもなんか悪い気がしてしまう。iTunesカードって実質現金と同じ価値を持った紙だし、こんなのを買ってもコンビニ側の売り上げには全く貢献していないと思うんだ。

 んー。二週間前までの私ならこんな事を考えたりもしなかったんだけどな。やっぱ無駄遣い癖、抜けてないのかな。でもまぁ軽くおやつを買うくらい別にいいよな? そう思い立ち、私は店内を物色する事に。そして。

「ありがとうございましたー」

 私はポケモンカードを買った。レジの隣に最後の一パックがポツンと寂しく置かれていたんだ。

 正直、カードゲームなんて生まれてこの方やった試しがない。でも興味自体は持っていた。よく見るYouTuberが頻繁に動画をあげてるし、ネットニュースを見ればポケモンカードを目当てに大量の転売ヤーが店先に行列を作ると言った話題だって何度もあったしな。そんなに大人気だって言われると、それまでは何とも思っていなくても気になっちまうのは仕方がねえよ。そんな買うのも困難なポケカが一パックだけ残ってるってなったら、手を出しちまうのも仕方がないってもんだ。

 私は初めて買うトレーディングカードとやらを開封する。世のガキ共はこんなもんのどこに熱中しているのかわかったもんじゃないが、カードの中身を見るこの行為はソシャゲのガシャにも通ずるものがあって少しだけ胸が高鳴った。

「ほーん」

 ま、思わず漏れてしまったその声から察する事も出来るだろうが、私が初のポケモンカードに抱いた感想というのはその程度のもんだった。よくも悪くも普通のカード。確かにイラストは可愛いけど、ポケモン本編をやればこんなのよりもっと可愛く動くキャラやポケモンを見る事が出来る。ちょっとした興味で買ったはいいけど、なんか損した気分だな。

 そう思えたのは、カードを扇状に開いて全貌を確認するまでの事。

「え」

 なんか一枚、混ざっていた。他の四枚のカードとは異なる異質なデザインのカードが一枚だけ。輝いている。なんか一枚だけ圧倒的な光をキンキラキンキンキンに解き放っている。震える指先でそのカードを手に取ってみると、それは私の知っているキャラだった。

 アセロラだ。サンタからSwitchを貰うまでは3DSをやってたからな。私はこのキャラをよく知っている。3DSのポケモンサンムーンに出てきたアセロラだよこいつ。サンムーンで一番好きなキャラだったんだもん。

 でも何でこんな光ってんの? 光り過ぎじゃね? カードのデザインも他のと違って、カード全体にイラストが描かれているしさ。なんなん? マジでお前なんなん? そんないいやつなん?

 私は思わずスマホを取り出しメルカリを起動する。メルカリでアセロラと検索すると、出るわ出るわ私の持ってる奴と同じデザインのアセロラが。……で。

「一万円……?」

 出品値段にこそ差はあった。主に誰かに買われているやつは六千円ちょいの値段だったけど、他のやつは七千円代や八千円代も多数。中には強気の一万円代で出品してるやつもいるじゃないか。仮に六千円ちょいで売ったとしても今の課金分が丸々返ってくるわけだし……。

「……」

 思わずゴクリと固唾を飲んでしまう。そして考えるよりも先に足が動いていた。近くにあるコンビニに手当たり次第入店してしまった。

 ない、ない、ない。ここにもない。クソっ、どうやら私が買えたこの一パックはマジで奇跡の一パックだったらしいな。私一人が探し切れるエリアにも限りがあるし……こうなりゃ仕方ない。都合の良い親友に手伝わせるか。

『もしもし』

「タロウ! ポケカだ! お前んちの近くのコンビニを手当たり次第捜索してポケカを探すんだ! いいな⁉︎」

 こうして私とタロウのポケカ探しの夏が始まるのだった。

「なーんでどこにもないんだよーっ!」

 私とタロウのポケカ探しの夏は三時間で終わった。公園のベンチに二人並んで腰を下ろして反省会を開く。といっても反省すべき点なんかない。

「ふざけんなよマジで。こんな暑い中街中歩き回ったってのに……」

 まだ六月に入ったばかりだと言うのに、熱を吸い込むアスファルトに囲まれた東京というジャングルは既に熱気に満ちている。六月の時点でこれなのにまだまだ夏は本領発揮していないと言うんだからこの国の夏は嫌いだ。

「お、気が利くじゃん」

 せめて服の内側にこもった熱気だけでも取り払おうと胸元や両足を大きくパタパタと動かしていると、タロウが充電式の小型扇風機を取り出して私に風を浴びせてくれた。親友としてしっかり教育されてて私は嬉しいよ。

「お父さんが言っていた。『みほりちゃんは女の子の割に下品な所があるし、無防備にしていたらそれとなく気を遣ってあげなさい』って」

「お前それ本人の前で言ってんじゃねえよ、今度会う時気まずくなるじゃねえかよ……」

 とは言え私の事を思っての発言である事に違いはないだろうから、素直に胸元と両足の動きは止める事にした。

 来年までこの世界に滞在出来るとわかったあの日から、タロウとの交流は頻繁に行っている。学校の行きや帰りは一緒だし、タロウとは頻繁に遊んでいるし、あとタロウのおっさんとサチを含めた四人で晩飯を食いに行った事もあったっけな。タロウのおっさんとサチはお互い魔界の事情を知る人間同士だって事もあって、楽しそうに愚痴を交えながら話していたのを覚えている。あのおっさんの目には私が下品な女に写っていたんだな。

 一体私の何を見て下品って思ったんだろ。公園で対ダイチ戦を想定してプロレスごっこをした時、私の知るすべての関節技をスカートのままタロウで試して高笑いしていた時か? それとも焼肉を食いに行った時に、肉が焼き上がった側から我先に肉を掬い取って独り占めした時か? もしくはタン塩をレモン汁じゃなくて甘ダレで食べた時? はたまた焼肉のタレをご飯にぶっかけて食べた時とか? あ、興味半分でユッケを焼いて食った時かもしれない。クソっ、心当たりしかねえや。

「ってかタロウ、お前マジでちゃんと探したんだろうな?」

「探した」

「お前の足なら私の三倍はコンビニを巡れたと思うんだけど」

「八倍は巡った」

「それで本当にポケカは一パックもなかったわけ?」

「あった」

「そっか……」

 まぁそうだよな。人気だもんな。いくら街中のコンビニを回った所でそんな簡単に見つかるはず

「おいタロウ、てめえ今なんつった?」

「あったって言った」

「あ?」

 私は思わずタロウに詰め寄り、その胸ぐらを掴んでしまう。

「ポケカ、あったの?」

「あった」

「何パック?」

「一パック」

「それどうした?」

「どうもしてない」

「何で?」

「見つけたから」

「うん、どゆこと?」

「みほりちゃんはポケカを探して欲しいって僕に言った。だから僕は街中のコンビニを探した。そして見つけた」

「それで?」

「終わり」

「何で終わり?」

「見つけたから」

「見つけたなら何で買ってねえの?」

「買えって言われてないから」

「何で見つけた時に私に教えなかった?」

「教えてって言われてないから」

「あぁ、そっか」

「そう」

 私は掴んだタロウの胸ぐらを背中に回して背負い投げをしようとしたが、地面にキスをしていたのは私の方だった。暴力を振るわれたら抵抗する約束、ちゃんと守れてるじゃねえか……。とはいえ。

「お前ふざけんなよマジでええええええええええ!」

 なーんて駄々をこねてみるも、そんな物に意味がないのは知っている。駄々なんて時間を浪費する以外の何者でもない。私はすぐさま起き上がり、タロウの背中に乗った。俗に言うおんぶというやつだ。

「タロウ、その店まで案内しろ! ダッシュだダッシュ! 人外だってバレないレベルのスピードでダッシュしろ!」

「わかった」

 こうして私達はタロウがポケカを見つけたらしいコンビニまで赴いたわけだけど。

「ぢぐじょうっ……! ぢっぐじょう……っ!」

 もちろんそんなお宝が長時間無事でいるはずもない。全身から噴きこぼれる汗の一粒一粒がまるで私の涙のようだった。

「なぁ。私さ、貴重な休日の四時間をポケカ探しに費やしたわけだよ」

「僕もだけど」

「ここで諦めたら私の四時間は全部無駄になる。そんなの我慢出来るかよ。絶対に見つけてやる……、せめて一パック、絶対にこの手に……! タロウ! デカい店に行くぞ!」

 そして私達は電車に乗ってイオンへ向かう事になる。子供だけで学区外に出てはいけないとか言うクソみたいな校則なんて、知ったこっちゃなかった。
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