黒乃の短編集

投影少年と私

　好きになった相手は投影少年だった。私を抱きしめてくれる腕も、とくとくと音を鳴らす心臓も、存在しない。
あたかも生きているかのように見えるその身体には、肉体というものが存在しない。
小さな投影機の上でだけで生きるその半透明な命は、永遠に続くもので――同時に、永遠の孤独を映し出す。

『この間、君がお風呂に入ってる間にやってたアニメで見たんだ。恋愛もののアニメでさ。男の人が、女の人をぎゅっと腕の中に閉じ込めてた。すごく幸せそうだったよ』
「へぇ、いいシーンだったんだ」
『数秒間、ずっと二人は離れなかった。大好きだ、ずっと一緒にいようって。人の肌に触れる感触って、どんなものなんだろうね』

　目を細めて言う。誰よりも綺麗な笑みで、――けれど、どこか寂しそうな雰囲気で。
誰かに触れる、というのは彼にとって一生叶わないものだった。彼が手を伸ばしたところで、何もかもすり抜けてしまう。
胸が痛む。どうあがいても叶わないことを、どうやって説明したらいいのだろう。

「……えーと……こう、温かいって感じるもの……？」
『ははは。温かいがまず分からないよ、俺は』
「あ、そ、そうだよね……ごめん」
『いいよ、君を困らせるようなこと言った俺が悪いんだから』

　ごめん、と言いながら笑う。撫でるように私の頭上に右手を滑らせるけれど、そこに感触はおろか手の気配すらなくて。
自分でやってみても悲しくなったのか、手を下ろした瞬間少しだけ切なそうな顔を浮かべていた。