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第六.五章 高校最後の夏休み
第七話 引かれた手の先
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……手を引かれること、約10分。
彼に連れられて辿り着いたのは、人の気配が殆ど無い神社だった。
朱色の鳥居をくぐると、そこには石畳の階段。その先には、小さな社があるだけ。
お賽銭箱と手水舎はあるが、それだけで何とも殺風景な場所だ。
薄暗い夕空が、その空間をより一層暗く感じさせる。
「ここが八桜神神社ですか?」
「そう。事前に下調べしたから間違いはないよ」
小銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼……忘れがちな礼儀作法を流れるようにこなし、千万さんが目を閉じた。
千万さんの胸元で光る十字架のネックレスが、きらりと光る。
キリシタンなのかなと思ったけれど、神社に来てお祈りをするということは、実際はそこまで気にしてないのだろうか。
(……とりあえず、なんかお願いごとした方がいいかな)
せっかく神社に来たんだし、とボクも小銭を入れる。彼の見よう見まねで作法をこなし、両手を合わせた。
……今願うことといえば、一つ。
将来への道が、少しでも定まりますように──それだけ。
それが、精一杯だ。
息抜きに、と言われてここまで来たのに、ボクの中には未だにそのプレッシャーがある。
早く進路を決めて、叔父さんと叔母さんを安心させて。独り立ちをして、二人の手を借りなくてもいいような生活基盤を築き上げたい。
そんな焦りが、ボクの心の中にはある。
「……なんか願い事でもしたの?」
「え? あ……まぁ。将来のことを少し」
「ふうん……影人とのこと? 同棲とか、結婚とかさ」
「え? い、いえ、そこまでは……」
突然影人さんの名を出され、どきりと心臓が鳴る。
もちろん、影人さんと将来の話をしたことはある……けれど、それも精々進路の話を軽くするくらいだ。
その後の話なんて、全くしたことがない。
目の前の現実すらどうにも考えられないボクらなのだ。
同棲だの結婚だの……そんな話をするどころじゃない。
「あはは、別に詮索する気は無いよ。ただなんとなく、どんなことを願ってるかなって思っただけだからさ」
「そ、そうですか……」
「ただ、……いいよねぇ、影人は」
冷たい風が吹き、ざわっと木々の葉が揺れる。
「彰人に振り回されたのも、母親が壊れたのも、生活のために援交を始めたのも、……みんな俺と同じはずなのに」
「どうして君が現れたのが、あいつの傍だったんだろうね」
眉を下げ、切なそうな表情を浮かべる。
ボクに向けた金色の瞳は、僅かに揺れている気がした。
「……どういうことです?」
「そのままの意味だよ」
ボクを見つめながら話す姿は、どこか悲しげだった。
切実なような、……いつもの軽い調子とは違う声色で語る。
普段とは違う雰囲気で話す彼の姿は……まるで別人のようで──……。
(なんだ……?)
ただ、妙に胸騒ぎがした。
その予感の正体が分からないまま黙っていると、彼はふうっと短くため息をつく。
そして、一歩踏み出し――ボクを逃がすまいとするかのように、両腕を背に回した。
「ちょ、千万さん……!」
足を一歩後ろに踏み出してみたり、両手で体を押してみたり。
そうして離れようとしても、千万さんの力は緩まない。
(ど、どうしてこんなことに……!?)
腕の中でじたばたしてもびくともしないどころか、むしろ余計に強く抱き寄せられていく。抵抗しようとすればするほど強く締め付けてくる彼に、焦りを抱いていた。
対して千万さんは、クスクスと笑みを浮かべている。ボクが必死に抵抗する様を面白がっているのだろうか、それとも何か思惑があっての行動か……?
「……俺だって、蛍君みたいにまっすぐ向き合ってくれる子がいて欲しかった」
「横に並んで「かわいそうだね」「私が傍にいるよ」なんて同情するだけの奴らより、良いところも悪いところもまっすぐ見つめてくれる子がいてくれたら……きっと、俺も少しは人生違った気がするんだよね」
「今となっちゃ全部たらればの話。そう言われたらそれまでだけど……幸せそうな影人を見てると、そう思ったりしちゃうんだよね」
耳元に当たる吐息がくすぐったい。それに、なんだか顔の距離が近付いている気がする。
神社を照らす電灯の光を反射して光る金色の瞳が、見透かすようにボクをじっと見つめていた。その目つきが怖くて顔を逸らすも片手で顎をすくわれ、無理やり正面を向かされてしまう。
……金色の瞳が、ボクを捉えたまま。
「今は影人の恋人でも、いつかは――」
"いつかは"――その先の言葉は、塞がれた唇と重なって消えてしまった。
彼に連れられて辿り着いたのは、人の気配が殆ど無い神社だった。
朱色の鳥居をくぐると、そこには石畳の階段。その先には、小さな社があるだけ。
お賽銭箱と手水舎はあるが、それだけで何とも殺風景な場所だ。
薄暗い夕空が、その空間をより一層暗く感じさせる。
「ここが八桜神神社ですか?」
「そう。事前に下調べしたから間違いはないよ」
小銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼……忘れがちな礼儀作法を流れるようにこなし、千万さんが目を閉じた。
千万さんの胸元で光る十字架のネックレスが、きらりと光る。
キリシタンなのかなと思ったけれど、神社に来てお祈りをするということは、実際はそこまで気にしてないのだろうか。
(……とりあえず、なんかお願いごとした方がいいかな)
せっかく神社に来たんだし、とボクも小銭を入れる。彼の見よう見まねで作法をこなし、両手を合わせた。
……今願うことといえば、一つ。
将来への道が、少しでも定まりますように──それだけ。
それが、精一杯だ。
息抜きに、と言われてここまで来たのに、ボクの中には未だにそのプレッシャーがある。
早く進路を決めて、叔父さんと叔母さんを安心させて。独り立ちをして、二人の手を借りなくてもいいような生活基盤を築き上げたい。
そんな焦りが、ボクの心の中にはある。
「……なんか願い事でもしたの?」
「え? あ……まぁ。将来のことを少し」
「ふうん……影人とのこと? 同棲とか、結婚とかさ」
「え? い、いえ、そこまでは……」
突然影人さんの名を出され、どきりと心臓が鳴る。
もちろん、影人さんと将来の話をしたことはある……けれど、それも精々進路の話を軽くするくらいだ。
その後の話なんて、全くしたことがない。
目の前の現実すらどうにも考えられないボクらなのだ。
同棲だの結婚だの……そんな話をするどころじゃない。
「あはは、別に詮索する気は無いよ。ただなんとなく、どんなことを願ってるかなって思っただけだからさ」
「そ、そうですか……」
「ただ、……いいよねぇ、影人は」
冷たい風が吹き、ざわっと木々の葉が揺れる。
「彰人に振り回されたのも、母親が壊れたのも、生活のために援交を始めたのも、……みんな俺と同じはずなのに」
「どうして君が現れたのが、あいつの傍だったんだろうね」
眉を下げ、切なそうな表情を浮かべる。
ボクに向けた金色の瞳は、僅かに揺れている気がした。
「……どういうことです?」
「そのままの意味だよ」
ボクを見つめながら話す姿は、どこか悲しげだった。
切実なような、……いつもの軽い調子とは違う声色で語る。
普段とは違う雰囲気で話す彼の姿は……まるで別人のようで──……。
(なんだ……?)
ただ、妙に胸騒ぎがした。
その予感の正体が分からないまま黙っていると、彼はふうっと短くため息をつく。
そして、一歩踏み出し――ボクを逃がすまいとするかのように、両腕を背に回した。
「ちょ、千万さん……!」
足を一歩後ろに踏み出してみたり、両手で体を押してみたり。
そうして離れようとしても、千万さんの力は緩まない。
(ど、どうしてこんなことに……!?)
腕の中でじたばたしてもびくともしないどころか、むしろ余計に強く抱き寄せられていく。抵抗しようとすればするほど強く締め付けてくる彼に、焦りを抱いていた。
対して千万さんは、クスクスと笑みを浮かべている。ボクが必死に抵抗する様を面白がっているのだろうか、それとも何か思惑があっての行動か……?
「……俺だって、蛍君みたいにまっすぐ向き合ってくれる子がいて欲しかった」
「横に並んで「かわいそうだね」「私が傍にいるよ」なんて同情するだけの奴らより、良いところも悪いところもまっすぐ見つめてくれる子がいてくれたら……きっと、俺も少しは人生違った気がするんだよね」
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耳元に当たる吐息がくすぐったい。それに、なんだか顔の距離が近付いている気がする。
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……金色の瞳が、ボクを捉えたまま。
「今は影人の恋人でも、いつかは――」
"いつかは"――その先の言葉は、塞がれた唇と重なって消えてしまった。
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