夜影の蛍火

黒野ユウマ

文字の大きさ
上 下
152 / 190
第六.五章 高校最後の夏休み

第七話 引かれた手の先

しおりを挟む
……手を引かれること、約10分。
彼に連れられて辿り着いたのは、人の気配が殆ど無い神社だった。
朱色の鳥居をくぐると、そこには石畳の階段。その先には、小さな社があるだけ。
お賽銭箱と手水舎はあるが、それだけで何とも殺風景な場所だ。

 薄暗い夕空が、その空間をより一層暗く感じさせる。

「ここが八桜神やさがみ神社ですか?」
「そう。事前に下調べしたから間違いはないよ」

 小銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼……忘れがちな礼儀作法を流れるようにこなし、千万ちよろずさんが目を閉じた。

 千万ちよろずさんの胸元で光る十字架のネックレスが、きらりと光る。
キリシタンなのかなと思ったけれど、神社に来てお祈りをするということは、実際はそこまで気にしてないのだろうか。

(……とりあえず、なんかお願いごとした方がいいかな)

 せっかく神社に来たんだし、とボクも小銭を入れる。彼の見よう見まねで作法をこなし、両手を合わせた。



 ……今願うことといえば、一つ。
将来への道が、少しでも定まりますように──それだけ。
それが、精一杯だ。

 息抜きに、と言われてここまで来たのに、ボクの中には未だにそのプレッシャーがある。
早く進路を決めて、叔父さんと叔母さんを安心させて。独り立ちをして、二人の手を借りなくてもいいような生活基盤を築き上げたい。
そんな焦りが、ボクの心の中にはある。


「……なんか願い事でもしたの?」
「え? あ……まぁ。将来のことを少し」
「ふうん……影人とのこと? 同棲とか、結婚とかさ」
「え? い、いえ、そこまでは……」

 突然影人さんの名を出され、どきりと心臓が鳴る。
もちろん、影人さんと将来の話をしたことはある……けれど、それも精々進路の話を軽くするくらいだ。
その後の話なんて、全くしたことがない。

 目の前の現実すらどうにも考えられないボクらなのだ。
同棲だの結婚だの……そんな話をするどころじゃない。

「あはは、別に詮索する気は無いよ。ただなんとなく、どんなことを願ってるかなって思っただけだからさ」
「そ、そうですか……」
「ただ、……いいよねぇ、影人は」

 冷たい風が吹き、ざわっと木々の葉が揺れる。


彰人クソヤローに振り回されたのも、母親が壊れたのも、生活のために援交を始めたのも、……みんな俺と同じはずなのに」

「どうして君が現れたのが、あいつの傍だったんだろうね」


 眉を下げ、切なそうな表情を浮かべる。
ボクに向けた金色の瞳は、僅かに揺れている気がした。

「……どういうことです?」
「そのままの意味だよ」

 ボクを見つめながら話す姿は、どこか悲しげだった。
切実なような、……いつもの軽い調子とは違う声色で語る。
普段とは違う雰囲気で話す彼の姿は……まるで別人のようで──……。

(なんだ……?)

 ただ、妙に胸騒ぎがした。
その予感の正体が分からないまま黙っていると、彼はふうっと短くため息をつく。
そして、一歩踏み出し――ボクを逃がすまいとするかのように、両腕を背に回した。

「ちょ、千万ちよろずさん……!」

 足を一歩後ろに踏み出してみたり、両手で体を押してみたり。
そうして離れようとしても、千万ちよろずさんの力は緩まない。

(ど、どうしてこんなことに……!?)

 腕の中でじたばたしてもびくともしないどころか、むしろ余計に強く抱き寄せられていく。抵抗しようとすればするほど強く締め付けてくる彼に、焦りを抱いていた。
対して千万ちよろずさんは、クスクスと笑みを浮かべている。ボクが必死に抵抗する様を面白がっているのだろうか、それとも何か思惑があっての行動か……?


「……俺だって、蛍君みたいにまっすぐ向き合ってくれる子がいて欲しかった」

「横に並んで「かわいそうだね」「私が傍にいるよ」なんて同情するだけの奴らより、良いところも悪いところもまっすぐ見つめてくれる子がいてくれたら……きっと、俺も少しは人生違った気がするんだよね」

「今となっちゃ全部たらればの話。そう言われたらそれまでだけど……幸せそうな影人を見てると、そう思ったりしちゃうんだよね」

 耳元に当たる吐息がくすぐったい。それに、なんだか顔の距離が近付いている気がする。
神社を照らす電灯の光を反射して光る金色の瞳が、見透かすようにボクをじっと見つめていた。その目つきが怖くて顔を逸らすも片手で顎をすくわれ、無理やり正面を向かされてしまう。

 ……金色の瞳が、ボクを捉えたまま。


「今は影人の恋人ものでも、いつかは――」


 "いつかは"――その先の言葉は、塞がれた唇と重なって消えてしまった。
しおりを挟む
執筆者Twitterはこちら→ @rukurono作品に対する感想や質問等、いつでも受け付けております!
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

学園の支配者

白鳩 唯斗
BL
主人公の性格に難ありです。

上司と俺のSM関係

雫@更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

処理中です...