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第六.五章 高校最後の夏休み
第五話 太陽の下、のんびりと
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──青い空、白い雲。穏やかに寄せては返す波の音。
どこもかしこも同じように夏休みなのか、海辺には思った以上に人影が多い気がした。
家族連れから恋人同士であろう人たち、そして若者のグループやソロできた人まで。
この時期の海は、本当に色々な人が来るんだなぁ……と感心してしまう。
「人が多いですねぇ……」
「酔いそう」
海で張り切って遊んでいる水着姿の窓雪さんと黒葛原さん、それを見守っているラフな服装の三栗谷先生。アウトドアな彼らと対照に、ボクらインドア派はパラソルの下で寛いでいた。
さんさんと輝く太陽の光が暑い中、喉を通るスポーツドリンクのなんと美味しいことか。
控えめな甘みと程よい冷たさが、火照った身体を癒してくれる。
(それにしても……)
ちら、と海にいる女性たちに視線を向けてみる。可愛い系の子から綺麗めな美人さんまで、様々なタイプの女性がいる。
彼氏と来たであろう人以外……つまり、友達グループらしき人たちやソロで来たであろう人たち。彼女らの視線は、決まって影人さんと千万さんに向けられていた。
(まあ、二人ともかっこいいし……見ちゃうよなぁ)
昔のボクであれば「イケメンはいいなあ」なんて思ったものだが、今はそんな気持ちもない。
何せ、影人さんと千万さんは規格外のイケメンだ。テレビに出たっておかしくないレベルのルックスを見て釘付けにならないわけがないのだ。
影人さんに至っては……誰より一番近くで見てるボクですら、飽きない。今だって、その切れ長の瞳で見つめられたら心臓の鼓動が早くなってしまうくらいだ。
……よくよく思えば、こんな素敵な人がボクの恋人であることが不思議なくらいだ。
「……何?」
「え、あ……ええと……」
じぃ、と見ていたのがバレたのか。夕焼けのような赤い目がボクを見つめて、どぎまぎする。
顔がいいって、こういう時本当に卑怯だなぁと思う。ただでさえ恋心のせいで心拍数が上がるというのに、その顔立ちの良さが余計に意識させてくるのだから困りものだ。
恥ずかしがるボクを見て面白がっているのか、ピアスで飾られた唇がゆっくりと三日月のように形を変えて微笑む。その微笑みがまたボクの心臓を大きく跳ねさせる要因となるのだ。
(うぅ……なんだか負けたような気分になる……)
別に勝負事をしているわけではないけれど、少しだけ悔しくなって目を逸らすように海へと目を向けた。
視界に広がる青い海に映るのは、たくさんの海水浴客と――
「不破君! 避けて!!」
――何かと尋ねる間もなく飛んできた、一つの球体。
色鮮やかなオレンジと白と緑の縞模様。ビーチボールであることは明らかだった。
ともかく避ける間もなく顔面にぶち当たったボクは「ごふっ!?」と声を上げてそのまま後ろにひっくり返ってしまった。
「あぁー……ごめんね不破君、大丈夫?」
「見事に顔面ストレートね、ケイちゃん……ある種の才能だわ」
慌てて駆け寄ってきた窓雪さん、若干感心したようにため息をつく黒葛原さん。窓雪さんと同じように心配そうな表情を浮かべる三栗谷先生に、苦笑を浮かべる千万さん。
思わぬ形で全員集合したこの図に、ボクはぽかんとするばかりだ。そもそもビーチボールが急に飛んできたことに対して頭が追いついていない。
「本当にごめんね! 美影ちゃんと二人でビーチバレーやってたんだけど、アタック決めようとしたら間違えて不破君のとこに飛んでいっちゃって……!!」
「まったく明後日の方向にいる俺らのとこに飛んでくるって…お前どんだけコントロールクソなの」
「コントロールクソは余計よクソ崎」
「あ~、それにしても可愛い顔がちょっと赤くなっちゃったね、蛍君」
少し口角を上げた表情で覗き込んできた千万さんのその一言を聞き、自分の鼻から赤い液体がたらたら流れ出てきていることに気が付いた。
あんな柔らかなボールなのに、顔面にぶつかって鼻血が出るとは……窓雪さん、もしかして女子にしては相当の力持ちなのだろうか……?
――いや、それどころじゃない。血がどんどん流れ出てきている。
「大丈夫じゃ、不破。わしの言うとおりに動けばじきに落ち着く。……影人、あそこの救護室からティッシュと脱脂綿を借りてきてくれんかの」
「……分かった」
三栗谷先生の指示通り、影人さんが救護室へ走る。三栗谷先生はあやすように僕の背をさすりながら、僕に指示を出した。
まずは落ち着いて、座った状態で少しだけ俯く。口を半開きにして、鼻翼をつまむ。走って戻ってきた影人さんが手にした脱脂綿を鼻に詰め、口から出てきた血は飲まずにティッシュに吐き出す。
そうして処置すること数分――鼻血もようやく治まり、窓雪さんたちもほっと安堵する姿を見せた。
「すみません、お騒がせしました……」
「うむ。治まって何よりじゃが……しばらくは安静にするとよか。今日は入浴も控え、シャワー程度で済ませるように」
「分かりました」
微笑みながら言う三栗谷先生の姿に、安心感を覚える。
普段ボク自身が保健室でお世話になったことはないけれど、こうして優しく頼もしい姿に学校じゅうの生徒が好感を抱いているのだろう。
「窓雪たちはまだ遊ぶかの?」
「そうですね、せっかくですし……あ、でもビーチバレーはもうやめます! また誰かにぶつけちゃったら大変なので」
「そうね。ちょっと泳ぎに行こっか、ケイちゃん」
普段、こうして海に来ることはないからだろう。ボクに「本当にごめんね」と謝った後、窓雪さんたちは海へと駆けていく。
まさかビーチボールで鼻血を出すなんて思いもしなかったけれど、窓雪さんに悪気はない。笑顔で「大丈夫ですよ」と応えることにした。
三栗谷先生は海で遊ぶ二人に危険がないか、ちょっと近くで見守ってくるらしい。そもそも女子二人で悪い男に捕まるようなことでもあったらおおごとだ、先生の警護くらいは必要だろう。
……そして、残されたのはボクと影人さん、そして千万さんの三人になったわけだが。
「蛍君は安静、って言ってたよね。それじゃあ俺もここでのんびりしようかな~」
「え?」
ボクの横に寝転がり、にやにやと笑みを浮かべた。
千万さんがボクの頭に手を伸ばそうとした瞬間――ぱしん、という音が響く。
「蛍に触らないでくれる?」
――親の仇を見るような、そんな視線が千万さんに突き刺さる。
敵意を向けられた千万さんは怯むことなく、楽しそうに笑って「え~」と軽く答えるだけだ。
(……この旅行、本当に大丈夫かなぁ……)
そんな不安を抱えつつ、ボクは視線を窓雪さんたちに逃がすのであった……。
どこもかしこも同じように夏休みなのか、海辺には思った以上に人影が多い気がした。
家族連れから恋人同士であろう人たち、そして若者のグループやソロできた人まで。
この時期の海は、本当に色々な人が来るんだなぁ……と感心してしまう。
「人が多いですねぇ……」
「酔いそう」
海で張り切って遊んでいる水着姿の窓雪さんと黒葛原さん、それを見守っているラフな服装の三栗谷先生。アウトドアな彼らと対照に、ボクらインドア派はパラソルの下で寛いでいた。
さんさんと輝く太陽の光が暑い中、喉を通るスポーツドリンクのなんと美味しいことか。
控えめな甘みと程よい冷たさが、火照った身体を癒してくれる。
(それにしても……)
ちら、と海にいる女性たちに視線を向けてみる。可愛い系の子から綺麗めな美人さんまで、様々なタイプの女性がいる。
彼氏と来たであろう人以外……つまり、友達グループらしき人たちやソロで来たであろう人たち。彼女らの視線は、決まって影人さんと千万さんに向けられていた。
(まあ、二人ともかっこいいし……見ちゃうよなぁ)
昔のボクであれば「イケメンはいいなあ」なんて思ったものだが、今はそんな気持ちもない。
何せ、影人さんと千万さんは規格外のイケメンだ。テレビに出たっておかしくないレベルのルックスを見て釘付けにならないわけがないのだ。
影人さんに至っては……誰より一番近くで見てるボクですら、飽きない。今だって、その切れ長の瞳で見つめられたら心臓の鼓動が早くなってしまうくらいだ。
……よくよく思えば、こんな素敵な人がボクの恋人であることが不思議なくらいだ。
「……何?」
「え、あ……ええと……」
じぃ、と見ていたのがバレたのか。夕焼けのような赤い目がボクを見つめて、どぎまぎする。
顔がいいって、こういう時本当に卑怯だなぁと思う。ただでさえ恋心のせいで心拍数が上がるというのに、その顔立ちの良さが余計に意識させてくるのだから困りものだ。
恥ずかしがるボクを見て面白がっているのか、ピアスで飾られた唇がゆっくりと三日月のように形を変えて微笑む。その微笑みがまたボクの心臓を大きく跳ねさせる要因となるのだ。
(うぅ……なんだか負けたような気分になる……)
別に勝負事をしているわけではないけれど、少しだけ悔しくなって目を逸らすように海へと目を向けた。
視界に広がる青い海に映るのは、たくさんの海水浴客と――
「不破君! 避けて!!」
――何かと尋ねる間もなく飛んできた、一つの球体。
色鮮やかなオレンジと白と緑の縞模様。ビーチボールであることは明らかだった。
ともかく避ける間もなく顔面にぶち当たったボクは「ごふっ!?」と声を上げてそのまま後ろにひっくり返ってしまった。
「あぁー……ごめんね不破君、大丈夫?」
「見事に顔面ストレートね、ケイちゃん……ある種の才能だわ」
慌てて駆け寄ってきた窓雪さん、若干感心したようにため息をつく黒葛原さん。窓雪さんと同じように心配そうな表情を浮かべる三栗谷先生に、苦笑を浮かべる千万さん。
思わぬ形で全員集合したこの図に、ボクはぽかんとするばかりだ。そもそもビーチボールが急に飛んできたことに対して頭が追いついていない。
「本当にごめんね! 美影ちゃんと二人でビーチバレーやってたんだけど、アタック決めようとしたら間違えて不破君のとこに飛んでいっちゃって……!!」
「まったく明後日の方向にいる俺らのとこに飛んでくるって…お前どんだけコントロールクソなの」
「コントロールクソは余計よクソ崎」
「あ~、それにしても可愛い顔がちょっと赤くなっちゃったね、蛍君」
少し口角を上げた表情で覗き込んできた千万さんのその一言を聞き、自分の鼻から赤い液体がたらたら流れ出てきていることに気が付いた。
あんな柔らかなボールなのに、顔面にぶつかって鼻血が出るとは……窓雪さん、もしかして女子にしては相当の力持ちなのだろうか……?
――いや、それどころじゃない。血がどんどん流れ出てきている。
「大丈夫じゃ、不破。わしの言うとおりに動けばじきに落ち着く。……影人、あそこの救護室からティッシュと脱脂綿を借りてきてくれんかの」
「……分かった」
三栗谷先生の指示通り、影人さんが救護室へ走る。三栗谷先生はあやすように僕の背をさすりながら、僕に指示を出した。
まずは落ち着いて、座った状態で少しだけ俯く。口を半開きにして、鼻翼をつまむ。走って戻ってきた影人さんが手にした脱脂綿を鼻に詰め、口から出てきた血は飲まずにティッシュに吐き出す。
そうして処置すること数分――鼻血もようやく治まり、窓雪さんたちもほっと安堵する姿を見せた。
「すみません、お騒がせしました……」
「うむ。治まって何よりじゃが……しばらくは安静にするとよか。今日は入浴も控え、シャワー程度で済ませるように」
「分かりました」
微笑みながら言う三栗谷先生の姿に、安心感を覚える。
普段ボク自身が保健室でお世話になったことはないけれど、こうして優しく頼もしい姿に学校じゅうの生徒が好感を抱いているのだろう。
「窓雪たちはまだ遊ぶかの?」
「そうですね、せっかくですし……あ、でもビーチバレーはもうやめます! また誰かにぶつけちゃったら大変なので」
「そうね。ちょっと泳ぎに行こっか、ケイちゃん」
普段、こうして海に来ることはないからだろう。ボクに「本当にごめんね」と謝った後、窓雪さんたちは海へと駆けていく。
まさかビーチボールで鼻血を出すなんて思いもしなかったけれど、窓雪さんに悪気はない。笑顔で「大丈夫ですよ」と応えることにした。
三栗谷先生は海で遊ぶ二人に危険がないか、ちょっと近くで見守ってくるらしい。そもそも女子二人で悪い男に捕まるようなことでもあったらおおごとだ、先生の警護くらいは必要だろう。
……そして、残されたのはボクと影人さん、そして千万さんの三人になったわけだが。
「蛍君は安静、って言ってたよね。それじゃあ俺もここでのんびりしようかな~」
「え?」
ボクの横に寝転がり、にやにやと笑みを浮かべた。
千万さんがボクの頭に手を伸ばそうとした瞬間――ぱしん、という音が響く。
「蛍に触らないでくれる?」
――親の仇を見るような、そんな視線が千万さんに突き刺さる。
敵意を向けられた千万さんは怯むことなく、楽しそうに笑って「え~」と軽く答えるだけだ。
(……この旅行、本当に大丈夫かなぁ……)
そんな不安を抱えつつ、ボクは視線を窓雪さんたちに逃がすのであった……。
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