夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第六章

番外編 夕暮れ時の秘め事(※)

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楽しそうな声が聞こえる。知らない誰かが知らない歌を歌っている。
友達同士と、家族と、はたまた一人で気まぐれに。ここは、本来そういう場所であるはずなのに。

「……っ、はぁ……」

 ボクらが奏でているのは、明らかにこの場に相応しくない音だった。
無意識に漏れ出る熱い吐息、互いに唾液を交換しあう水音――こんな場所で聞こえるはずのない、淫靡な響きの合奏だ。

 いつもすました表情ばかり浮かべている綺麗な顔が、ボクの下で乱れていく様を見るたびに、心の奥底からふつふつと熱いものが込み上げてくる。

 影人さんが好きだ。誰にも取られたくないし、誰にも触れられたくない。
そんな感情に支配されてもうどうしようもないくらい、ボクは彼が愛おしくて仕方がないのだ。

「……んぅ……」

 長い口付けを終えて唇を離す。つぅ……と、銀色の糸が引いてぷつりと切れた。
頬を赤く染めながら肩で息をする彼の姿はなんとも艶めかしくて、このまま食べてしまいたい衝動に駆られる。

「っ……!」

 服をはだけさせて、首筋に噛みつくようにキスを落とす。すると彼はビクリと体を震わせて身を捩った。
今まで彼に抱かれてきた女どもは、彼のこんな姿を見たことはあっただろうか。彼も、こんな姿を見せようなどと思ったことはあっただろうか。

「……ねぇ、影人さん」
「なに……」
「……ボクも、つけていいですか。ここに」

 首筋をゆっくりと指でなぞる。ぴく、と反応する様子は少し面白いけれど、同時に可愛らしくもある。
肩で息をしつつ、影人さんは小さく首を縦に振って答えてくれた。

「……蛍なら」
「はい?」
「蛍なら……いくらでも、つけていいよ」

 首元を大きく晒してみせる影人さん。まるで、自ら「つけてください」とでも言うかのように。
そんな風に言われてしまったら、遠慮なんてできるわけがなかった。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 首筋、胸元、脇腹……服で隠れるであろう場所に、強く吸い付いて痕をつける。その度にピクッと体が跳ねて、「うっ……」とか「あっ……」という小さな喘ぎ声が聞こえてきて。

「可愛い」

 思わず本音が口から零れ出た。普段クールな彼がこんなにも余裕のない顔をしているんだと思うだけでゾクゾクしてしまう。もっと色々いじめたくなってきてしまうじゃないか、なんて。

 そうして見下ろしていると、彼が顔を背ける。

「……あんま見ないでほしいんだけど……」
「なんでです? 影人さん、いつもボクのこと見てるくせに」

「……抱かれる側に回るの、初めてだからさ……なんていうか、……」

 恥ずかしいんだってば。消え入りそうな声で呟いたあと、腕で顔を隠す影人さん。
そんなことを言われたら余計に見たくなってしまう。ボクの手でこうなっている彼を、他の誰よりも近くで見ていたくなる。

「ね、影人さん」
「……何?」
「好きです」

 そうしてもう一度唇を重ねれば、応えるように舌を差し出される。それを絡め取ってやると、鼻にかかったような甘い声が漏れた。
舌を絡め合わせたまま、傷だらけの肌に指を這わせる。傷跡に触れた瞬間、ビクンっと一際大きく体が震えた。

「痛かったですか?」

 慌てて手を離すと、彼はふるりと首を横に振る。

「違う……」
「じゃあ、なんです……?」
「……今、蛍が触ったとこ……結構、気持ちよくて……」

 はぁ……と艶めかしい吐息を漏らしながら、影人さんが告げる。
誰もが振り返るであろう綺麗な顔が、上気して赤く染まった頬で快楽に蕩けている様は、なんとも淫猥だ。
この人はどうしてこんなにもボクの心を乱してくるのだろう。

「……そうですか」

 それなら、もっと刻み込んでやろうか。なんてことを考えながら、影人さんの体に残された傷跡に舌を這わせる。

 一つ一つ丁寧に舐めて、時折軽く歯を立てて。
そうしていくうちに、影人さんの声はどんどん甘くなっていった。

「あっ、んんっ、……ッ!」

 どうもこの様子だと、傷跡は随分敏感なようだ。触れるたびにびくびくと震え、背中を仰け反らせる様子がとてもいじらしい。

 ふと思い立って、一番大きな傷跡に爪を立てるようにして引っ掻いてみる。すると影人さんは今までで一番激しく体を震わせた。どうやらここが一番弱いところだったみたいだ。
なんだか嬉しくなって、執拗にそこばかりを攻め立ててみた。

「ほた、る……ッ」

 蕩けた顔に、涙が滲む。艶めかしい吐息と上気した頬も相まって、ボクの理性はもう限界を迎えていた。

 ―――ああ、この人をめちゃくちゃにしてやりたい。

 後孔に指を挿し入れる。やはり痛いのか、影人さんの顔が少しだけ苦しそうに歪んだ。
こういう時、確か影人さんは……。自分が今までされてきたことを少しばかり思い出し、耳に舌を這わせてみる。

「ふっ……!!」

 すると、今度はまた違った反応が返ってきた。耳も感じるタイプなのだろうか。そのまま耳を責めつつ、中を解すように指を動かす。 
先ほどより影人さんの表情が和らぎ、熱い吐息も幾分楽になったように感じられた。

 そろそろいいかと指を引き抜くと、影人さんが小さく息を飲む。
自分のモノを取り出し、先端を彼の後孔に押し当てる。そしてゆっくりと腰を進めていった。
ボクを受け入れるそこはひどく狭く、熱くて。少し動かすだけでも持っていかれそうになる。

「ッ……!!」

 影人さんはというと、少し苦悶の表情を浮かべながらも必死に耐えているようだった。眉間にしわが寄り、額には汗が浮かぶ。

「……痛い、ですか?」

 思わず動きを止めた。まだ全部は入り切っていないけれど、影人さんに無理強いするつもりはない。
しかし、彼はゆるりと首を振って答えた。

「……いいよ、蛍」

 腰に手を添えられ、ぐっと引き寄せられる。


「──俺の事、ぐちゃぐちゃにして」


 熱の篭った赤い瞳が、じっとボクを見つめてくる。その瞬間、プツンと何かが切れてしまったような気がした。
ぐちゃぐちゃにして、だなんて。この人は、どこまでボクを煽る気なのだろう。

 衝動のまま、一気に奥まで押し進める。狭くて熱いナカがぎゅうぎゅう締め付けてきて、それだけで意識が飛んでしまいそうだ。

「……動いて、いいよ」
「大丈夫ですか?」
「うん……」

「蛍をちょうだい」

 ──カッ、と体が一気に熱くなる。
そんな殺し文句を言われてしまうと、本当に止まれなくなってしまうじゃないか。

 影人さんの足を持ち上げ、抽送を開始する。最初はゆっくり、段々と速く、強く。
そうするたびに影人さんは甘い声を上げて、もっとと言うかのように腕を伸ばしてきた。不意に腕を首に回してくる。

「んッ……」

 前のめりになった勢いで、唇を重ねる。どちらからともなく舌を差し出しては、また水音を立てて室内を満たそうとする。

 キスを交わしながら、何度も奥へと打ち付けた。
次第に結合部から聞こえる音が大きくなり、影人さんの声にも余裕が無くなっていく。
それが愛おしくて堪らない。

(──影人さん)

 ……影人さんが好きだ。この人が、好きで好きで仕方がない。
こうして肌と肌を重ね合わせていると、余計にその想いが膨らんで止まらない。
全部、ボクのものにしたい。普段の影人さんも、今ボクの下で乱れている影人さんも……。

「影人、さ……ッ!」
「……ッ、蛍……っ!!」

 離さないといわんばかりに絡みつく影人さんのナカに、ボクはもう我慢の限界だった。
影人さんの最奥に、己を突き立てる。同時に、影人さんは一際大きく体を跳ねさせた。

 ドクッ、と脈打つ感覚と同時に、温かいものが注がれていく。それを感じ取ったのか、影人さんはまた小さく喘いだ。

 ──ボクの中から出てきたものが、影人さんを満たす。
まるで、影人さんをボクの色に染め上げているようで、たまらない。
ボクはこんなにも独占欲の強い人間だったのだろうか。

 ……でも、この人のことに関してはそうなってしまうのかもしれない。

「……蛍……」
「……なんですか?」

 荒くなった息を整えながら、影人さんを見つめる。蕩けきったその顔は、すごく扇情的で。まだ足りないと思ってしまうあたり、ボクはかなり重症なのかもしれない。

 首に回された腕の力が、少しだけ強くなる。影人さんに引き寄せられるままに唇が重なり、また熱が上がっていく。

「……まだ、足りない……」

 ゼロ距離で囁かれれば、それはもう誘われているのと同じことだ。返事の代わりにまた深く口づけると、応えるようにして影人さんの舌が伸びてくる。
止まっていた腰の動きも再開させ、影人さんの弱いところを重点的に攻めていく。そうすると影人さんもまた、快楽を求めて自ら良いところに導こうと動き始める。


 ──店員から終了10分前の連絡が来るまで、ボクらはお互いを求め続けていた。
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