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第六章
第十三話 どうして、
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「俺は千万 光、影人の兄だよ。
――腹違いの、ね」
ナイフのような鋭い眼光を向けながら、男――千万さんが笑う。その笑顔は、まるで悪魔のように不気味で恐ろしく見えた。
三栗谷先生からも影人さんからも聞いたことのない事実に、思わず言葉を失う。千万さんの言う通りなら、影人さんとこの人は血を分けた兄弟ということになる。
けれど、そんなことってあるんだろうか……? あまりに突拍子もない話に混乱する僕を見て、彼は笑みを崩さず続ける。
「驚いた? まぁ、無理もないよねぇ。俺も自分で言ってて反吐が出るくらいだからさ」
「……どういう、ことですか」
「君は影人から聞いてないの? 俺とあいつの親父が、どれだけのクソ野郎かってことをさ」
ぐい、と引き寄せられる。今度はボクがネクタイを掴まれていて、彼の顔が目の前に迫ってくる。
……変わらない。顔こそ笑っているけれど、ボクを見る目には殺意や憎しみにも似た感情が込められている気がした。
「普段は体良く「愛してるよ」だの「好き」だの言っておきながら、自分の機嫌や都合が悪けりゃ手を上げる──そうして人の心を勝手に壊していくような奴なんだよ、父親っていう人間は」
「…………」
「俺と母さんも同じさ。最初こそあいつは俺らの傍にいてくれたし”父親”をちゃんとやってくれてたけど──だんだんと、その本性を晒すようになった」
ははっ、と渇いた笑い声を上げたかと思うと、一転して低い声で彼は続ける。
「あいつが母さんに手を上げるたび、母さんも心に傷を負わされて続けて……。母さんはいつも俺の前では明るく振舞っていたけど、それも次第になくなっていった」
「…………」
「俺が高校に上がった頃、母さんは精神的に限界が来て仕事も辞めてね。クソ親父は金なんざ入れないから、俺らの生活は常にカツカツ。代わりに俺が朝も夜もバイトを入れまくって稼いでたけど、それでも学費と生活費を賄うのは難しかった」
そのお陰で留年もしてさ、と苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。ネクタイを握る力が強まると同時に首元の圧迫感が増し、思わず苦しげに息を漏らしてしまう。
けれど、そんなのお構いなしという風に彼は続けた。
「両方を賄えるくらいの金を稼ぐには、体を売るしかない──あとは、影人と同じ」
体を売るしかない──つまり彼は、影人さんと同じように援助交際をしていた、ということだろうか。
けれど、それにしたって不思議だ。父親が同じ…だとしても、なぜ彼は影人さんをそこまで知っているのだろう。
ボクが影人さんから聞いたのは、父親と母親のこと、そして三栗谷先生のことだけだ。腹違いの……なんて、「は」の字も聞いたことがない。
影人さんが自分のことを基本話さないにしても、あんなに深い所まで話し合えた仲なのだ。この学校に、実は腹違いの兄がいる……くらいは、どこかで話してくれても良かったんじゃないだろうか。
(……でも……)
ボクがこうして話しかけるより先に、影人さんが千万さんに会っている。けれど、その時だって影人さんは彼を知らないような素振りを見せていた。
影人さんは、ボクより嘘をつくのは上手かもしれない。けれど、不用意に嘘をつく人でもない。
……腹違いの兄がいるなんて事実は、別にボクらにとって不都合なことではないはずだ。
影人さんは知らない。きっと、関わったこともないのだろう。
だとしたら、なぜこの人は影人さんを知っているのか……?
「……この学校に黒崎って苗字の奴がいるって聞いた時は、身震いしたよ。ほら、あいつも金もらってあちこちの女とまぐわってただろ?」
ボクの思考を読んだかのように、彼は再び口を開く。先ほどまでの殺気立った表情とは打って変わって、今度は愉快そうに笑っていた。
まるで、面白いおもちゃを見つけた子供のような笑顔を浮かべている。
「あいつと寝たことがある金蔓を捕まえたらさ、みぃんなおしゃべりでね。色々聞かせてもらえたよ。セックスがめちゃくちゃ上手だとか、名前で呼んでくれないとか、聞きたくない話もあったけど」
「……っ!!!」
「あー、君としても聞きたくない話だった? ごめんねぇ。でもまあ、そういうことだよ。俺としては、色々聞かせてくれてありがとうって感じ」
ぐっ、とネクタイを握る力が更に強くなる。呼吸がしづらくなって、思わず目を瞑った。
けれど、そんなことを気にする様子もなく、彼はボクの首元を掴んだまま続ける。
「今は心底嬉しいんだ。──影人をいたぶる機会ができて、さ」
ボクの顔を覗き込むように見つめながら、楽しげに。本当に嬉しくてたまらないといった様子で。
──それは、ボクが今まで見た中でいちばん恐ろしかった彼の笑みだ。
……正直、苦しい。
ネクタイを掴まれて呼吸がしづらいだけじゃなく、眼前の彼から突き刺さる、憎しみと殺意にも似た感情が痛い。
彼の境遇が影人さんにとても似ていて、彼自身も苦労をした──それは、ボクにも理解出来る。
けれど、なぜそれが影人さんに対してこんなにも強い憎悪を抱いている理由になるのか。
そもそも、どうしてこの人がここまで影人さんを嫌うのかがわからない。
……確実な保証はないが、なんとなく確信を持てた気がした。
「証拠もないのに」なんて言っているけれど、一連の出来事はやっぱりこの人がやったんじゃないか?
「……千万、さん」
「ん~?」
「やっぱり、アナタが──」
──その瞬間、バタンと大きな音が響く。
気づいた時にはネクタイから千万さんの手が離れていて、息がしやすくなると同時にボクの視界の景色が変わった。
ボクの目の前にいるのは、千万さんではなく、
「蛍に何してんの……お前……」
──千万さんの胸ぐらを掴んだ、影人さんの背中だった。
――腹違いの、ね」
ナイフのような鋭い眼光を向けながら、男――千万さんが笑う。その笑顔は、まるで悪魔のように不気味で恐ろしく見えた。
三栗谷先生からも影人さんからも聞いたことのない事実に、思わず言葉を失う。千万さんの言う通りなら、影人さんとこの人は血を分けた兄弟ということになる。
けれど、そんなことってあるんだろうか……? あまりに突拍子もない話に混乱する僕を見て、彼は笑みを崩さず続ける。
「驚いた? まぁ、無理もないよねぇ。俺も自分で言ってて反吐が出るくらいだからさ」
「……どういう、ことですか」
「君は影人から聞いてないの? 俺とあいつの親父が、どれだけのクソ野郎かってことをさ」
ぐい、と引き寄せられる。今度はボクがネクタイを掴まれていて、彼の顔が目の前に迫ってくる。
……変わらない。顔こそ笑っているけれど、ボクを見る目には殺意や憎しみにも似た感情が込められている気がした。
「普段は体良く「愛してるよ」だの「好き」だの言っておきながら、自分の機嫌や都合が悪けりゃ手を上げる──そうして人の心を勝手に壊していくような奴なんだよ、父親っていう人間は」
「…………」
「俺と母さんも同じさ。最初こそあいつは俺らの傍にいてくれたし”父親”をちゃんとやってくれてたけど──だんだんと、その本性を晒すようになった」
ははっ、と渇いた笑い声を上げたかと思うと、一転して低い声で彼は続ける。
「あいつが母さんに手を上げるたび、母さんも心に傷を負わされて続けて……。母さんはいつも俺の前では明るく振舞っていたけど、それも次第になくなっていった」
「…………」
「俺が高校に上がった頃、母さんは精神的に限界が来て仕事も辞めてね。クソ親父は金なんざ入れないから、俺らの生活は常にカツカツ。代わりに俺が朝も夜もバイトを入れまくって稼いでたけど、それでも学費と生活費を賄うのは難しかった」
そのお陰で留年もしてさ、と苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。ネクタイを握る力が強まると同時に首元の圧迫感が増し、思わず苦しげに息を漏らしてしまう。
けれど、そんなのお構いなしという風に彼は続けた。
「両方を賄えるくらいの金を稼ぐには、体を売るしかない──あとは、影人と同じ」
体を売るしかない──つまり彼は、影人さんと同じように援助交際をしていた、ということだろうか。
けれど、それにしたって不思議だ。父親が同じ…だとしても、なぜ彼は影人さんをそこまで知っているのだろう。
ボクが影人さんから聞いたのは、父親と母親のこと、そして三栗谷先生のことだけだ。腹違いの……なんて、「は」の字も聞いたことがない。
影人さんが自分のことを基本話さないにしても、あんなに深い所まで話し合えた仲なのだ。この学校に、実は腹違いの兄がいる……くらいは、どこかで話してくれても良かったんじゃないだろうか。
(……でも……)
ボクがこうして話しかけるより先に、影人さんが千万さんに会っている。けれど、その時だって影人さんは彼を知らないような素振りを見せていた。
影人さんは、ボクより嘘をつくのは上手かもしれない。けれど、不用意に嘘をつく人でもない。
……腹違いの兄がいるなんて事実は、別にボクらにとって不都合なことではないはずだ。
影人さんは知らない。きっと、関わったこともないのだろう。
だとしたら、なぜこの人は影人さんを知っているのか……?
「……この学校に黒崎って苗字の奴がいるって聞いた時は、身震いしたよ。ほら、あいつも金もらってあちこちの女とまぐわってただろ?」
ボクの思考を読んだかのように、彼は再び口を開く。先ほどまでの殺気立った表情とは打って変わって、今度は愉快そうに笑っていた。
まるで、面白いおもちゃを見つけた子供のような笑顔を浮かべている。
「あいつと寝たことがある金蔓を捕まえたらさ、みぃんなおしゃべりでね。色々聞かせてもらえたよ。セックスがめちゃくちゃ上手だとか、名前で呼んでくれないとか、聞きたくない話もあったけど」
「……っ!!!」
「あー、君としても聞きたくない話だった? ごめんねぇ。でもまあ、そういうことだよ。俺としては、色々聞かせてくれてありがとうって感じ」
ぐっ、とネクタイを握る力が更に強くなる。呼吸がしづらくなって、思わず目を瞑った。
けれど、そんなことを気にする様子もなく、彼はボクの首元を掴んだまま続ける。
「今は心底嬉しいんだ。──影人をいたぶる機会ができて、さ」
ボクの顔を覗き込むように見つめながら、楽しげに。本当に嬉しくてたまらないといった様子で。
──それは、ボクが今まで見た中でいちばん恐ろしかった彼の笑みだ。
……正直、苦しい。
ネクタイを掴まれて呼吸がしづらいだけじゃなく、眼前の彼から突き刺さる、憎しみと殺意にも似た感情が痛い。
彼の境遇が影人さんにとても似ていて、彼自身も苦労をした──それは、ボクにも理解出来る。
けれど、なぜそれが影人さんに対してこんなにも強い憎悪を抱いている理由になるのか。
そもそも、どうしてこの人がここまで影人さんを嫌うのかがわからない。
……確実な保証はないが、なんとなく確信を持てた気がした。
「証拠もないのに」なんて言っているけれど、一連の出来事はやっぱりこの人がやったんじゃないか?
「……千万、さん」
「ん~?」
「やっぱり、アナタが──」
──その瞬間、バタンと大きな音が響く。
気づいた時にはネクタイから千万さんの手が離れていて、息がしやすくなると同時にボクの視界の景色が変わった。
ボクの目の前にいるのは、千万さんではなく、
「蛍に何してんの……お前……」
──千万さんの胸ぐらを掴んだ、影人さんの背中だった。
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