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第六章
第七話 慟哭
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ホームルームの終わりを告げるチャイムが校舎内に鳴り響く。
今日のボクにとってこれは、試合前のゴングだ。これから手紙の主に会うんだという、戦いの幕開け。
……まぁ、戦いというには変な話なのだが。
「……蛍も行くんでしょ?」
「えぇ……でも、まだ時間があるのでここで待ってます。なんか知らないんですけど、時間指定されてたもので……」
「あぁ、そう……」
影人さんが気怠そうに立ち上がる。まぁ当然のことだけれど、やっぱり行きたくないのだろう。
……ボクとしても、行かせたくなさはあるけれど。
でも、信じている。たとえどれだけ可愛い女の子や美人な方が告白したとしても、影人さんならバッサリ断ってくれると。
ボクだって、そうするつもりだ。影人さんほどバッサリストレートに切れるかは分からないけれど、それでも応じるつもりはない。
……現在の時刻、16:05。まだ、20分弱も時間がある。この微妙な待たされ具合が、余計に緊張を呼び寄せる。
(面倒くさいタイプの変な女の子じゃないといいな……)
それこそ、影人さんをストーカーしたような粘着質な子とかじゃなければ――緊張や不安から呼び起こされた変な想像を胸に、ボクの視線は時計とスマホの画面をひたすら往復していた。
◇ ◇ ◇
殆どの生徒がいなくなった教室。時計の音しか聞こえなくなった静寂がボクを包み込む。
時計とスマホの画面を往復し続け、ようやく長い20分が終わりを告げた。
16:25――約束の時間の5分前。そろそろ屋上に向かわなければ。
両頬をぱんっと叩き、気を引き締める。ネクタイを締め直して、髪の毛も少し整えて。
女の子に会う前、というより、入学試験の面接に臨むような気持ちだ。今も、緊張で心臓がどくんどくんと鼓動を鳴らしている。
一歩、二歩、……早足で屋上へ向かう。きっと、手紙の主はもう屋上に着いているはずだ。
影人さんが未だに帰って来ないのは、少し気になるけれど……。
踊り場を過ぎ、階段を上り――そして、屋上前に辿り着く。
この先に何があるかは分からない。宛名のない手紙だ、どこの誰がいるのかも分からない。
深呼吸を一つ、二つ。少しだけ緊張を解し、屋上へと足を踏み入れた。
(手紙の主はどこに……)
少しばかり涼やかな風が、そっと頬を撫でる。陽が傾き始めて来た空の下、手紙の主の姿を探す。
窓雪さんのように緩やかな雰囲気の子なのか、黒葛原さんのように元気はつらつな子なのか。それとも、絵に描いたようなギャルなのか……。
とりあえずどこかに女の子がいるだろう。そう思いながら辺りを見渡していると――
(……え……)
持っていたスマホが、カタンと音を立てて落下する。驚いたなんて言葉じゃ生ぬるいぐらいの衝撃が、ぐわっと全身を駆け巡った。
目にしたのが影人さんの告白現場なら、どれだけ良かったことだろう。 ボクの目の前には、高身長の黒髪の男性。その向こうに、影人さんがいる。どこかで見たことのあるその姿は、少し屈んで影人さんの頬に手を添えていて……
(……影人さんが……ボク以外、と……)
──キスを、していた。
唇を重ねる二人の姿に、ボクの世界が凍てつくように停止していく。
なんで? どうして? そんな感情が渦巻きながらも、自分の身体がまるで石になってしまったかのように動かない。
「……あー、見られちゃった?」
黒髪の男性が、影人さんから離れてこちらを振り向く。
影人さんと遜色ないほどに整ったその顔には、にやりと意地の悪い笑みが浮かべられていた。
弧を描いた口元、三日月型に歪めた目──まるでボクを挑発するかのような態度。
影人さんはというと……目を見開いたまま、何も言わない。ただ、呆然と立ち尽くしている。
否定の言葉も、肯定の言葉も、何もない。マスクから露出された唇は、何も語らずぽかんと開けられているだけだった。
「…………か、かげ、ひとさ、ん…………」
震える声で、影人さんの名前を呼ぶ。風が吹く音と運動部員の掛け声だけが響く屋上に、ボクの声はよく響いた。
……影人さんは何も答えず、何も喋らない。微動だにせず、ただ、ボクを見ているだけだった。
「──ッ!!」
落ちたスマホを拾い上げ、そのまま屋上を離れる。ただ必死に階段を降りて、廊下を走って、……下駄箱に辿り着いたところで、ようやく足を止める。
……胸が痛い。肺が、心臓が、張り裂けそうだ。
(……見間違い、見間違いだ)
(影人さんが、ボク以外の人と……しかも、男の人と? キス……?)
……違う、違う。影人さんはそんなことはしない。
色んな人に触れることを許していたのは、お金を稼ぐために援助交際をしていたあの時だけだ。あれだって、もう昔の話なのだ。
今はボクだけを見てくれている。……そう、ボクを愛してくれている。
張り裂けそうな胸を抑えて、必死に言い聞かせる。けれど、頭から離れない。
知らない女と寝ている影人さんの写真が。あの黒髪の男性と唇を重ねていた影人さんの姿が。
一体、何がどういうことなのだろう。ボクらは、手紙の主に会いに来ただけなのに。
受けた衝撃が大きすぎても、もう何もわからない。ただ、今わかるのは、
「…………影人さんが、他の人と…………」
──その事実だけで十分だった。
あんなにも、愛してくれてると思っていたのに。
信じられない。信じたくない。あれが夢か幻覚であったなら、まだ、こんなにも苦しい思いをしなくて済んだのに。
「うっ…………ぅ…………ぐすっ…………」
…………気付いた時には、涙が溢れていた。
声を押し殺し、嗚咽を漏らしながら、泣き続けて。
涙も感情も溢れて、溢れて、……止まらない。
「……不破君?」
──そうして一人うずくまっていたところに、聴き慣れた女子の声が耳を掠めた。
今日のボクにとってこれは、試合前のゴングだ。これから手紙の主に会うんだという、戦いの幕開け。
……まぁ、戦いというには変な話なのだが。
「……蛍も行くんでしょ?」
「えぇ……でも、まだ時間があるのでここで待ってます。なんか知らないんですけど、時間指定されてたもので……」
「あぁ、そう……」
影人さんが気怠そうに立ち上がる。まぁ当然のことだけれど、やっぱり行きたくないのだろう。
……ボクとしても、行かせたくなさはあるけれど。
でも、信じている。たとえどれだけ可愛い女の子や美人な方が告白したとしても、影人さんならバッサリ断ってくれると。
ボクだって、そうするつもりだ。影人さんほどバッサリストレートに切れるかは分からないけれど、それでも応じるつもりはない。
……現在の時刻、16:05。まだ、20分弱も時間がある。この微妙な待たされ具合が、余計に緊張を呼び寄せる。
(面倒くさいタイプの変な女の子じゃないといいな……)
それこそ、影人さんをストーカーしたような粘着質な子とかじゃなければ――緊張や不安から呼び起こされた変な想像を胸に、ボクの視線は時計とスマホの画面をひたすら往復していた。
◇ ◇ ◇
殆どの生徒がいなくなった教室。時計の音しか聞こえなくなった静寂がボクを包み込む。
時計とスマホの画面を往復し続け、ようやく長い20分が終わりを告げた。
16:25――約束の時間の5分前。そろそろ屋上に向かわなければ。
両頬をぱんっと叩き、気を引き締める。ネクタイを締め直して、髪の毛も少し整えて。
女の子に会う前、というより、入学試験の面接に臨むような気持ちだ。今も、緊張で心臓がどくんどくんと鼓動を鳴らしている。
一歩、二歩、……早足で屋上へ向かう。きっと、手紙の主はもう屋上に着いているはずだ。
影人さんが未だに帰って来ないのは、少し気になるけれど……。
踊り場を過ぎ、階段を上り――そして、屋上前に辿り着く。
この先に何があるかは分からない。宛名のない手紙だ、どこの誰がいるのかも分からない。
深呼吸を一つ、二つ。少しだけ緊張を解し、屋上へと足を踏み入れた。
(手紙の主はどこに……)
少しばかり涼やかな風が、そっと頬を撫でる。陽が傾き始めて来た空の下、手紙の主の姿を探す。
窓雪さんのように緩やかな雰囲気の子なのか、黒葛原さんのように元気はつらつな子なのか。それとも、絵に描いたようなギャルなのか……。
とりあえずどこかに女の子がいるだろう。そう思いながら辺りを見渡していると――
(……え……)
持っていたスマホが、カタンと音を立てて落下する。驚いたなんて言葉じゃ生ぬるいぐらいの衝撃が、ぐわっと全身を駆け巡った。
目にしたのが影人さんの告白現場なら、どれだけ良かったことだろう。 ボクの目の前には、高身長の黒髪の男性。その向こうに、影人さんがいる。どこかで見たことのあるその姿は、少し屈んで影人さんの頬に手を添えていて……
(……影人さんが……ボク以外、と……)
──キスを、していた。
唇を重ねる二人の姿に、ボクの世界が凍てつくように停止していく。
なんで? どうして? そんな感情が渦巻きながらも、自分の身体がまるで石になってしまったかのように動かない。
「……あー、見られちゃった?」
黒髪の男性が、影人さんから離れてこちらを振り向く。
影人さんと遜色ないほどに整ったその顔には、にやりと意地の悪い笑みが浮かべられていた。
弧を描いた口元、三日月型に歪めた目──まるでボクを挑発するかのような態度。
影人さんはというと……目を見開いたまま、何も言わない。ただ、呆然と立ち尽くしている。
否定の言葉も、肯定の言葉も、何もない。マスクから露出された唇は、何も語らずぽかんと開けられているだけだった。
「…………か、かげ、ひとさ、ん…………」
震える声で、影人さんの名前を呼ぶ。風が吹く音と運動部員の掛け声だけが響く屋上に、ボクの声はよく響いた。
……影人さんは何も答えず、何も喋らない。微動だにせず、ただ、ボクを見ているだけだった。
「──ッ!!」
落ちたスマホを拾い上げ、そのまま屋上を離れる。ただ必死に階段を降りて、廊下を走って、……下駄箱に辿り着いたところで、ようやく足を止める。
……胸が痛い。肺が、心臓が、張り裂けそうだ。
(……見間違い、見間違いだ)
(影人さんが、ボク以外の人と……しかも、男の人と? キス……?)
……違う、違う。影人さんはそんなことはしない。
色んな人に触れることを許していたのは、お金を稼ぐために援助交際をしていたあの時だけだ。あれだって、もう昔の話なのだ。
今はボクだけを見てくれている。……そう、ボクを愛してくれている。
張り裂けそうな胸を抑えて、必死に言い聞かせる。けれど、頭から離れない。
知らない女と寝ている影人さんの写真が。あの黒髪の男性と唇を重ねていた影人さんの姿が。
一体、何がどういうことなのだろう。ボクらは、手紙の主に会いに来ただけなのに。
受けた衝撃が大きすぎても、もう何もわからない。ただ、今わかるのは、
「…………影人さんが、他の人と…………」
──その事実だけで十分だった。
あんなにも、愛してくれてると思っていたのに。
信じられない。信じたくない。あれが夢か幻覚であったなら、まだ、こんなにも苦しい思いをしなくて済んだのに。
「うっ…………ぅ…………ぐすっ…………」
…………気付いた時には、涙が溢れていた。
声を押し殺し、嗚咽を漏らしながら、泣き続けて。
涙も感情も溢れて、溢れて、……止まらない。
「……不破君?」
──そうして一人うずくまっていたところに、聴き慣れた女子の声が耳を掠めた。
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