夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第六章

第五話 "女の勘"

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 影人さんの謹慎が始まってから、一週間。
影人さんがいない学校は一日が48時間のように感じられるほど長く、退屈でしかない。

 去年の初夏頃も、影人さんが風邪で休むだの謹慎だの、しばらく休んでいた日はあったけれど。ここまで寂寥感を味わうことはなかった。
影人さんが唯一無二の大切な存在になってから楽しみは二倍になったけれど、その分悲しみや寂しさも二倍になっているような気さえしていた。


「なーにシケたツラしてんのよ、童貞」

 教科書で軽く頭を叩かれる。ボクの意識を呼び戻すように声をかけてきたのは、隣の席の黒葛原つづらはらさんだった。
その横には、黒葛原つづらはらさんの隣がすっかり馴染んだ窓雪さんがいる。

「そ、そんなに変な顔してます?」
「してたわよ、"影人さん、今頃どうしてるかなぁ。寂しいなぁ。会いたいなぁ。"って今にも口から出そうなくらい!」
「はい!?」
「あはは、随分具体的だなぁ美影みえちゃん。でも、分かるよ。黒崎君がいないと、不破君の隣ってすごく寂しいもん」

 窓雪さんが苦笑する。高校一年の頃から一緒にいたのだから当たり前かもしれないが、ボクと影人さんはすっかり二人セットのイメージが強いようだ。
それがボクにとっては嬉しくもあり、……こういう時は、寂しさが倍に感じられるようでもある。

 黒葛原つづらはらさんの言う「影人さん、今頃どうしてるかなぁ。寂しいなぁ。会いたいなぁ。」も、本音を言ってしまえばかなり図星だ。
そこまで分かりやすく見えるらしい自分が、なんだか恥ずかしい。そんな気さえしている。

「そうそう、不破君。昼休み、ちょっとツラ貸してくれる? しばらく黒崎も学校来れないし、どうせ今日もぼっち飯でしょ?」
「ぼっち飯とか言わないでくださいよ! ……まぁ、確かに今日も一人でお弁当食べる覚悟?はしてましたけど」

 黒葛原つづらはらさんの"ぼっち飯"という言葉が、随分と酷く胸に突き刺さる。
しかし影人さんが謹慎でいない今、他に一緒に食べる人がいないのも事実。黒葛原つづらはらさんも窓雪さんも普段は別の女子と一緒にご飯を食べていて、こうして特別なことでもない限り一緒にご飯を食べることはない。

 ……女子の中に男子のボクが割り込むわけにはいかないだろうし。

「まぁ、ならちょうどいい……っていうのも変な言い方だけど、不破君に話したいことがあるの。男の子一人で肩身が狭いとは思うけど、来てくれると助かるよ」

 にっこり、花が舞うような微笑みを浮かべる窓雪さん。いつもと変わらないほわほわした雰囲気に、少しだけ気持ちが和らぐ。

 しかし、「話したいこと」とはなんだろう。もしかして、影人さんのことだろうか。
早くお昼休みになれと心の中で祈りながら、次の移動教室の準備に取りかかった。



◇ ◇ ◇



 ――それから数時間後。
黒葛原つづらはらさんと約束していた昼休みの時間が訪れ、足早に階段を上る。

 窓雪さんと黒葛原つづらはらさんも一緒だけれど、さすが体育会系女子というべきか。ボクが少し肩で息をしている傍で、二人はけろっとした顔を浮かべている。

「階段上っただけでそんなに疲れるとか大丈夫? 貧弱すぎない?」
「ぼ、ボクは二人と運動量が違うんですよ……運動部に入ってるわけでもないし」
「あはは、今度一緒に走り込みでもする? 黒崎君も誘って」
「いや、あの人は絶対出てこないからやめたほうがいいと思いますよ……」

 そんな冗談を交えつつ、屋上の扉を開ける。柔らかな春の風が頬を撫でる、穏やかな空の下にボクらは集う。
本当なら四人でお弁当を食べて、行楽気分にでもなっていただろうに。状況が状況だ、とてもそんな気分にはなれない。

「……で、まぁ。不破君が授業中もそわそわしてたから、さっそく本題に入ろうかなと思うんだけど」
「え、ボクそんなにそわそわしてました?」
「してたわよ。ペンでノートはトントン叩くわ、窓の外をちょくちょく眺めるわ……分かりやすいっつーの」

 黒葛原つづらはらさんに、軽く頭をチョップされる。影人さんに普段やっていたことを、今はボクがやられている。
ただ、黒葛原つづらはらさんが察して本題にすぐ入ってくれるのは本当に助かる。なんの話をされるのだろうと、正直気になって授業に集中できなかったのだ。

「まぁとりあえず……。黒崎不在で不破君が死んでる間に、あたしとケイちゃんで全学年に当たってみたのよ。誰かやりそうな奴知らないかってね」
「なんか言い方にトゲがある気がしますけど……というか、そんなことしてるならなんで教えてくれなかったんですか?」
「そんなの決まってるじゃない。あんたに言ったら、絶対暴走すると思ってたからよ」

 お弁当を食べつつ、黒葛原つづらはらさんが話を始める。
それならボクも協力したのに、と思ってはいたけれど……黒葛原つづらはらさんの言うことも否めない。
影人さんのことを誰より大切に思うボクだ、黒葛原つづらはらさんはそれを見越して黙っていたのかもしれない。

「えぇと、それでね。一応色んな人に聞いてみたけど、誰もその現場を見てないみたいなの。気づいたら貼られてた、って感じみたいで」
「黒崎とむかーし関係があったっぽい女の子もちょこちょこいたけど、その子達も心当たりはないって。そういう子も色々疑ってみたけど、これといって確かな手がかりはなかったわ」

 あーあ、とため息をつく黒葛原つづらはらさん。窓雪さんも困ったように眉を下げてボクに謝罪をする。
何も聞かされていないとはいえ、ボクが色々と意気消沈しているあいだ、窓雪さんたちは影で頑張ってくれていた。嬉しくもあるけれど、その分申し訳なさも心の中でじわじわと膨れ上がる。

「まぁ、確かな証拠……っていうのはなかったけど。ちょっと怪しそうな奴ならいたわ」
「怪しそうな奴、ですか?」
「うん。私と美影みえちゃんの勘だから、確実……ってわけではないけど」

 弁当を食べ終え、蓋を閉じながら窓雪さんが語り始める。

 窓雪さんと黒葛原つづらはらさんが「怪しい」と睨んだ相手は同じ三年生の男子。優に180cmはありそうなくらい背が高く、顔立ちもかなり整っている方だったらしい。
切れ長の目つき、妖しく光る金色の瞳。そして、艶のある綺麗な黒髪。よほど男子をえり好みするでもなければ、大体の女子は見ただけで骨抜きにされそう……らしい。

「あたしは細くてなよっちい男は好きじゃないから、別に見惚れもしなかったけど。なーんか隠してそうな雰囲気はあったの。ね、ケイちゃん」
「うん。なんか、話してる時の雰囲気が……ね。他の人と違うなっていうか……とにかく、なんか怪しいな~って気がしちゃったの」

 ……なんとなく引っかかってしまう、ということだろうか。窓雪さんも黒葛原つづらはらさんも、随分その男子を気にしている様だった。

 ……そういえば、始業式の日にボクと影人さんの間に割り込んだ人も、似たような特徴をしていたかもしれない。
その人も背が高かったし、黒髪だったし、何より顔立ちも端正で……どこか、誰かに――


(……まさか、なぁ)


 まだ、確実にその人がクロなわけじゃない。そもそも、どこの誰とも知らない人を疑うのは失礼だろう。
影人さんとその人が何か関係があるのか、それとも全く無関係なのか。それだって、分からない。


 ――そうだと分かってはいても、何故だかボクの胸は不穏な色を塗り始めていた。
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