131 / 190
第六章
第二話 厭悪
しおりを挟む始業式から三日後。
新学期の興奮が少しだけ落ち着いたこの日、学校中が異様な空気を纏っていた。
「ねぇ、あれ……」
「ちょっと、やめなよ。話しかけられたらどうすんの」
得体の知れない生物を見たかのように眉を顰める周囲の生徒達。その視線は、玄関前まで来たボクと影人さんに集中している。
「あの人でしょ?」「あー、なんか噂は聞いたことあるけどさぁ」……ざわざわとした空気の中聞こえてくるひそひそ話。そうして話している人たちの視線も、ボクらに一点集中だ。
「何なんですかね……ボクら、何かしましたっけ?」
「さぁ……」
もっと悪く表現するなら、犯罪者を見るかのようだ。何もしてないはずなのに、本当に悪いことをしたかのような錯覚に陥りそうで。
もしかしたら影人さんと誰かがまた揉めたのかとも一瞬考えたけれど、新学期始まってから三日間彼はずっとボクと一緒だ。
ボクのいないところで誰かと不穏な空気を漂わせた様子は見ていない。
(なんか居心地悪いな……)
ボクらだけがなぜか悪者にされてるかのような、そんな不快な空気の中玄関へ入ると――
「「……えっ……」」
――ボクと影人さんの声が重なる。
目の前に広がる光景に、ボクらはただ愕然としていた。
壁中に張られた影人さん――と、見知らぬ女の写真。眠る彼の隣で女が幸せそうに微笑んでいる、そんな写真ばかりだ。
その隣には、写真の異常性を強調するように「DVヤローの子ども」「夜のお相手募集中」「美少女から熟女まで幅広く対応します」……と、心ない言葉が飾られている。
――なんだ、これは。
驚愕、嫉妬、嫌悪、殺意……色んな感情が渦巻いて、息が苦しい。
許せない――抑えきれない激情が、ボクをひたすら突き動かす。
目に入った屑をひたすら引きちぎり、周りにいる人間全員に目を向けた。
「……誰ですか」
ざわついていたあの空気が一変して、この場に沈黙が訪れる。
「こんなことしたのは誰ですか? そこで見てるアナタですか?」
「ち、違う! 俺はやってない……」
「じゃあ! そこのアナタですか!? それともお前か!?」
「ち、違、違います! 私じゃないです!」
目に入った人間に人差し指を向け、尋ねる。けれど、どいつもこいつも決まって答えは「違う」「やってない」ばかりだ。
……普通に考えてみれば、ここで犯人が正直に「俺がやりました」なんて名乗り出るわけもないだろう。けれど、今のボクにそこまで考える余裕はなかった。
「蛍……いいよ、そこまでしなくても。俺は別に気にしてな」
「どうしてですか! こんなの、立派な名誉毀損ですよ!」
――ただひたすら、犯人が憎い。
影人さんに対してこんな不名誉な言葉を書き連ねて、不愉快な写真を載せて。
それも、不特定多数の人が見る中で。
こんなにひどいことをされてるのに「気にしてない」だなんて、そんなことあるはずがない。影人さんだって人間だ。
穏やかな学校生活を送りたい彼が、学校中から後ろ指さされるような真似をされて本当に平気なわけがないだろう。
「ボクは、影人さんにこんなことする人を絶対に許しません。だから……なんか知ってる人がもしこの中にいるなら、今すぐに吐いてください」
――ここにいる全員が、真っ黒。
そう思い始めている自分の心をどうにか抑えつつ、周りを見渡す。
今も変わらず、周りは恐怖におののくような表情でボクを見ている。
……けれど、誰かが何かを言おうとする気配はない。
本当に知らないのか、知っていても黙っているだけなのか。
真意は本人たちにしか分からないけれど、この名誉毀損極まりない嫌がらせの真実を今は得られそうにない。
「――あのさぁ、今にも人殺しそうな目すんのやめてくんない?」
代わりに得たのは、冷めた声色の黒葛原さんからのローキックだった……。
◇ ◇ ◇
「……なんか、すごいことになっちゃったね」
「そうね。つか、何なのあの写真。あたし別にあんたと女の絡みなんて見たくないんだけど」
「俺だって見せたいわけじゃないよ……」
――昼休みの空き教室。
ボクと影人さん、窓雪さんと黒葛原さん。
いつもなら賑やかで楽しいこのメンバーも、今日ばかりは楽しくお昼ご飯を食べられる気分にはなれなかった。
不名誉なビラと写真の噂はクラス中にも既に広まっており、それらを相手にしてないのはもうこの二人の女子だけだ。
あとの人たちはもう、授業中も休み時間も影人さんをチラチラ見ながら内緒話をするばかり。
あんな低俗なビラを鵜呑みにして、影人さんを傷つけるつもりか。今にも暴れ出しそうになったボクを、黒葛原さんは何度抑えてくれたことだろう……。
「というか黒崎君、あの女の子たちは……元カノさん?」
「……。……昔、適当に遊んでやった女だと思う。いちいち覚えてないけど」
「うっわ、最低。女の敵だわー……というかケイちゃん、今の話はちょっと」
「あ、そっか」
不破君ごめんね、と言いながら窓雪さんがボクに両手を合わせる。
何がごめんねなんだろう?と思いつつ、頭を切り替える。
そんなことより、今はあの不愉快なビラの方が大事だ。
「昨日まではなかったわよね、アレ」
「うん。もしかしたら昨日の夜か、今日の朝早くにでも貼ったのかな」
「どっちにしろ、随分暇人だなとは思うけどね……」
「あんたは当事者なんだからもうちょっと警戒しなさいよ、そのうち後ろから刺されるわよ」
黒葛原さんが影人さんの背に、人差し指をドスッと突く。
当事者の割にあまり気に留めてなさそう……に見える影人さんには、少しだけ不安を覚える。
「それに……このまま放っておくと、不破君も人ひとりブッ殺しかねないし。あたしらもちょっと探り入れてみましょ、ケイちゃん」
「うん、そうだね。このままじゃ、黒崎君も不破君も大変だもん」
「俺のせいで蛍が殺人者になったらシャレにならないよ……」
「いやだからあんた自身もちょっとは警戒しろってんのよ」
再び影人さんの背を突く黒葛原さん。いや、そもそもなんでボクが人殺しする体で話を進めているんだと突っ込みたくなる。
……まぁ、確かに犯人のことは殺したいほど憎い。それは否定できないけれど。
「何か情報得られたら、あんたらに教えるわよ。……ってことで、黒崎。スマホ出しな」
「え、なんで? 別にやましいものは入ってないけど」
「あんたあたしと漫才したいの? 連絡先交換しろって言ってんのよ!」
「えー……」
「えーじゃない! ほら、ケイちゃんも!」
黒葛原さんが強めの口調で押すと、影人さんが渋々スマホを取り出す。窓雪さんもそれに続き、三人でQRコードの読み取り作業をし始める。
……そういえば、影人さんは二人と連絡先を交換していなかったのか。
他人に興味のない彼らしいと思えば、違和感はないのだけれど。
「……これでよし。不破君もスマホ出して」
「あ、はい」
黒葛原さんに言われるままスマホを取り出すと、メッセージアプリの通知音とバイブレーションが鳴る。
アプリを開くと、黒葛原さんからトークルームの招待が届いていた。
「影人」「ケイ」「美影」、そしてボク――今いるメンバーのみで構成されたグループトーク。
なんだかんだよく集うことのあるこのメンバーだ、こういう連絡の場があればなにかと便利だろう。
……なにより、とても心強い。
ボク以外にも影人さんの味方がいる、それをより確かに感じられるものだから。
「あとは……黒崎君、本当気をつけてね。
生徒のみんなもそうだけど……先生たちも、どう出てくるかわからないから」
「……うん。まぁ、覚悟はしとくよ」
影人さんが重々しく頷く。
その横で、ボクは窓雪さんの言葉にただひたすら不安ばかりを感じていた――。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
聖也と千尋の深い事情
フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。
取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる