夜影の蛍火

黒野ユウマ

文字の大きさ
上 下
129 / 190
第五章 番外編 影を産んだ女の話

第十一話 元通り

しおりを挟む

 ……そこから先は、もう殆ど覚えていない。
影人が他の女に盗られたこと――ただそれがすごく悲しくて、子どものようにたくさん泣き叫んで……。
気がついたら兄さんが来ていて、そのまま家まで送り返されていた。


「……本当は、もっと主とおしゃべりがしたかったがの」


 影人と再会して三日も経たないうちに、また元通り。
私の隣には影人じゃなく兄さんがいて、退院当日と同じようにハンドルを握っている。
心地よい揺れと車内に流れる洋楽に身を委ねながら、私はじっと窓の外を眺めていた。

(…………)

 見慣れた風景も、これで見納めだ。
せっかく戻ってきた実家の部屋も、ようやく出会えた影人の顔も……もう、見ることはできない。
彰人あきひとさんなんて、遠目から顔を見ることすら叶わないまま。

 何も得ることのないまま、病室あのへやに戻されてしまう。泣いても怒っても、私に拒否権はない。
何せ医者との約束を破ったのだ、今後は外出すら許されないかもしれない。

「……面会には変わらず来る、主をひとりぼっちにさせるつもりはないから安心しておくれ」
「うん、ありがとう……」

 信号待ちで止まった瞬間、兄さんの左手が私の頭を撫でる。ほんの一瞬だけ向けられた顔は、昔と変わらない優しい笑顔だ。

 この数十年、一切変わることのない兄さんの優しさ。兄さんだけは、ずっと変わらず私を愛してくれている。

 たった一つでも変わらないものがあること――私はそれで満足するべきかもしれない。



 ……それなのに。




影都けいとちゃんのこと、大好きだよ』

影都けいとちゃんと、もっと一緒にいたいんだ』


影都けいと



 ……この体は、この心は、
今もなお、彰人あきひとさんを求めている。


 諦められない。


 彰人あきひとさんと愛し合った幸せ。
影人が産まれて彰人あきひとさんと家族になれた幸せ。
影人と彰人あきひとさんのためにたくさん頑張った日々の記憶。
影人と二人で過ごした幸せな日々……。


 走馬灯のように脳裏を過ぎる思い出たちが、私の心臓をぎゅっと掴んでいく。



彰人あきひとさん、影人)

(私、また三人で暮らしたいよ)


 私は病院にいて、影人は一人で暮らしていて、……彰人あきひとさんは、行方知れず。
いつまでこんな日々が続くんだろう。私が思い描いていた幸せは、一体どこ?


 ぼーっと窓の外を眺める私の頬に、冷たいものが伝う。


「……すまぬな、影都けいと
「…………」

 ぽんぽん、と軽く撫でるように叩いた後、兄さんの手がハンドルに戻る。信号の色が変わったようだ。

 兄さんの手だって、彰人あきひとさんに負けず大きくて温かい。撫でてもらえると、本当に心が穏やかになる。

 こんなにも優しい体温が、ずっと変わらず私を想い続けている。
……幼い頃から、私の支えになっていたはずなのに。

彰人あきひとさん……)

 心が紡ぐのは、いつだってあの人だ。
私は……わがままな女なのかもしれない。


「……本当なら、あの男のことなど忘れた方が――」


 寂しそうな顔を浮かべる兄さんに、私は聞こえないフリをする。
一眠りしようと目を閉じる中、窓の外に彰人あきひとさんに似た若い男の子が少しだけ見えた気がした――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

聖也と千尋の深い事情

フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。 取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...