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第五章 番外編 影を産んだ女の話
第二話 運命の人
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「影都さぁ、最近元気ないじゃん」
「気分転換にパーッと遊びに行こうよ! ウチら最近すっげー楽しいとこ見っけたんだよ!」
大学受験に落ちてから数日。受験と両親からのプレッシャーに押しつぶされそうになった私に、友人たちが手をさしのべてくれた。
私を「医者の家系の娘」でなく、ただの「三栗谷 影都」として見てくれる……私より一足先に成人を迎えた、少し年上のお姉さんたちだ。
大体が高校時代の兄さんとクラスだった人で、私と同じく「落ちこぼれ」と言われた人。
同じような境遇、同じような不満を持つ者同士──こうして意気投合しては、お互いに励ましあっている。
「…こんなとこ、初めて来た」
「あっはは、でしょ? 影都のママも平司君も、こんなド派手なところ絶対許すわけねーし?」
いつもより少し派手目のメイク、肌を露出させた大人っぽい服装。年をごまかすように仕立て上げられた私が招かれたのは、眩しいくらいライトアップされている看板のお店だった。
──ホストクラブ「グランツ」
「私、ここに来て大丈夫なの? お酒飲めないよ?」
「大丈夫大丈夫! 今の影都、めっちゃ大人っぽいし言わなきゃバレないって!」
「そうそう、しかもあたしらここの常連だから歓迎されるってー!」
行こ行こ、と乗り気な友人たちに背を押される。羽目を外したい気持ちはあっても、私の心はまだ両親に植え付けられた「真面目さ」が残っている。
確かに今の私は、自分でも目を疑うほど大人びた容貌ではあるけれど。大人の人たちの目を、本当にごまかせるのだろうか。
そして、もしも両親や兄さんにバレたら──そんな恐怖心も、この時はまだ残っていた。
◇ ◇ ◇
友人たちに流されるまま入店した、初めてのホストクラブ。
行き慣れたスーパーやお店ではまず見られない、シャンデリアだらけの店内。そして、ずらりと並ぶ整った顔立ちの男性たち……。
内装も、店の人も、お客さんも、全てが煌びやかに映える場所。こんな場所とは無縁だった私の目には、何もかもが新しい。
「新鮮」なんて言葉一つでは、この気持ちは片づけきれない。
「ここね、この写真の中から好きなイケメン指名できるんだよ! 人気の奴だとすぐ来てくれない時あるけど」
「影都はどれがいい? 一人指名していいよ!」
友人たちと共に席に着くと、ホストの写真一覧を見せられる。私の身近には全くいなかった、キラキラしたタイプのイケメンばかりだ。
(誰がいいかな……)
自己紹介文のようなものは写真の横に添えてあるけれど、正直何がどう違うのかはよくわからない。
こうなったら、直感で決めるしかないだろうか。期待するように私を見る友人たちを後目に、私は紙面のイケメンたちとにらめっこを続ける。
(……この人、ちょっといいかも)
よりどりみどり、選び放題の中から私の目に留まったのは……切り揃えられたサラサラの黒髪、気怠げな笑みを浮かべる男性。たくさんのピアスで飾られた耳と、同じくピアスで飾られた唇の印象強い。
数多くのイケメンたちから私の目を奪った彼の写真の横には「アキラ」と書いてあった。
私がアキラさんを指さすと、友人二人の目がいっそうキラキラと輝きを放つ。
「アキラ!? へぇ、影都ってば目のつけどころいいじゃん!」
「この人、このホスト内でツートップ張ってる人だし!」
女子同士ではしゃいでる時と同様のテンションで盛り上がる友人たち。私が勘で指した人は、とりあえずこのお店の中ではなかなか人気な人のようだ。
スタッフさんと友人がやりとりをして数分──友人と私の三人で指名した男性二人がこちらへ歩み寄ってくる。
「リッちゃん、エミちゃん、やっほー! また指名してくれてありがとうね!」
一人はウルフカットの金髪の男性。少年のような屈託のない笑顔で、友人たちの間に座り込む。
まるで友達のような近い距離感で、仲良さそうに話をしている。きっと、私の知らない間にたくさん通っていたのだろう。
そして、もう一人は──
「初めまして、アキラです」
──サラサラの黒い髪、気怠げな微笑み。写真と変わらない、端正な顔立ち。
写真だけでも目を引いていたというのに、今は実物が目の前にいる。それだけでも、緊張で体が強ばる。
「今日初めて来たんだって? 指名してくれてありがとうね」
「あ、いえ……こ、こちらこそ。あ、私、影都っていいます」
「うん、影都ちゃんね。よろしく」
兄さん以外の男の人が立ち入ることのなかった距離感に、こんなにもかっこいい人がいる。
初めて入る店、初めてのホストとのおしゃべり──初めて尽くしの今この時が、なんだか夢見心地だ。
「もしかして緊張してる?」
「は、はい……その、こういうキラキラしたところって来たことがなくて。男の人とも、家族以外ではろくに関わったこともなかったので……」
すぐ隣にいる友達は自分たちが指名したホストとの会話に夢中で、実質私は二人きりのようなもの。
唯一共学だった小・中学校も、私が通っていたのは私立だ。いわゆる「お受験」を突破した子だけが通える校則の厳しい学校に、ピアスを開けるような派手な子はいない。
──再三語っているけれど、アキラさんたちのような男性は身近にいない。慣れないタイプ相手に、どうにも緊張が解けない。
「あはは、そうなんだ。大丈夫、すぐ慣れるよ。俺としても、影都ちゃんと仲良くなりたいしね」
けれど、アキラさんはそんな私に変な顔せず微笑んでくれる。写真で見たよりも、ずっと優しい顔で。
兄さん以外の男性に免疫のない私は、その顔を見るだけでもドキドキしてしまっていた。
◇ ◇ ◇
アキラさんと話し始めてから数分……。
緊張してばかりで上手く話せずにいた私に、アキラさんは嫌な顔せず明るく話をしてくれた。
アキラさんは、とても話し上手なのだろう。固く結ばれた紐をゆっくりほどくように、この数分で私もだいぶ緊張が解けてきた。
「……アキラさん」
「ん? なに、影都ちゃん」
「私、実は今……すごく悩んでて」
そんな優しい男の人に、私は甘えたくなったのだろうか。
言うつもりなんてなかった言葉が、次第に口から勝手に出始めていた。
「私の家、代々続く医者の家系で……とにかく経歴から何まで優秀な人ばかりなんです。私の家族も医者で、兄も頭が良くて……」
「へぇ、医者の家系。っていうことは影都ちゃんお嬢様なんだ?」
「お、お嬢様だなんて……家柄がいいだけです。そんな家に生まれておきながら、私は兄と違って頭が悪くて、勉強だって大の苦手。寝る間も惜しんで必死に頑張って、ようやく他の人と同じラインにギリギリ立てるくらいなんです」
アキラさんの口から出た「お嬢様」に、少しだけ胸が痛む。医者の娘=金持ち、エリートというイメージはやはり強いのだろうか。
けれど、それは表面上の話だ。実際の私はお嬢様でも、エリートでもない。
「親が敷いたレールの上を、優秀な兄は難なく渡れてます。けど、比べて私は……本当、ダメダメで。私や兄にも病院を継いでほしいと願う両親は、ダメな私にも期待とか理想をめちゃくちゃ押しつけてくるんです」
「なるほど、影都ちゃんは今まさに親の期待を背負わされてるんだ」
「はい。けど、最近ちょっと失敗しちゃって……私、両親に怒られました。「世間に顔向けできない」「次は失敗するな」と……。……それ以来、私は……」
──あれ、おかしいな。
そう気付いた時には、既に遅かった。
喉が震えて、痛くて。こんな感情、いつぶりだろう。
気付かないうちに熱くなった目頭に、自分が戸惑っている。
顔を見られるのがなんだか恥ずかしくなり、首を下に傾けた。
「……兄さんは、励ましてくれるんです……でも、それよりも……両親からの期待が、辛くて」
「うん」
「私、なんで生きてるんだろう……苦手な勉強ばかりさせられて、……レールの上から外れることもできなくて……何一つ満足に成し遂げられない私は、……存在価値なんて、ないんじゃないかって」
話せば話すほど、感情が溢れ出る。
お互いよく知りもしないうちなのに、私はアキラさんに重たいものを押しつけてしまっている……。
頭では理解していた。こんなこと話したって、アキラさんは困るだけ。
他人である彼に、私のことをどうこうすることなんてできない。
こういうところは、きっと楽しくおしゃべりして帰るはずの場所なのに……私は、なんてことを──
「辛かったね、影都ちゃん」
アキラさんが、そっと顔を覗き込んでくる。優しい笑顔を浮かべて、私の頭を撫でるようにぽんぽんと軽く叩いた。
「自分は存在価値がない、なんて言いたくなるほどしんどい思いをたくさんしてきたんだろうけど……それでも、影都ちゃんは一生懸命頑張ってきたんだよね? 両親の期待に応えようとしてさ」
「あ、……えっと……自分なり、には……ですけど……」
「それでいいんだよ。影都ちゃんは影都ちゃんの出来る限りのことを精一杯頑張った。それも、超絶しんどい思いをしてまで」
優しい声色、穏やかな微笑み。頭を撫でる暖かな手の感触。
重たかった心が、スッと軽くなっていく。
「両親の期待に全部応えるのは、誰だって難しいよ。一度満足させたと思っても、次から次へ乗せられてくる。それも、前より難しいものが……ね」
「……そう、ですね」
「俺からしたら、しんどくなるまで頑張った影都ちゃんはすげーなって思うよ。本当、よく頑張りました」
──この人は、私を褒めてくれる。
結果の良し悪ししか見ない両親と違って、「頑張ったこと」を褒めてくれた。
私の「失敗」の内容も聞かず、ただ、私の頑張りを認めてくれて。
「そんな頑張り屋さんの影都ちゃんにとって、俺との時間がご褒美になるといいんだけどな」
「そ、そんな……十分すぎるくらい、ご褒美になってますよ」
「そう? なら嬉しい。影都ちゃんのこと、俺は応援してるからさ。しんどくなったら、いつでも来てよ?」
そうじゃない時も来てくれたら嬉しいけど──なんて言いながら、アキラさんがにっこりと笑う。
……。
この気持ちは、なんだろう。
アキラさんの言葉、笑顔、手の温もりに解された心は……なんだか、すごく熱い。
頑張りを認めてもらえた嬉しさというのが大部分を占めている……と、思うのだけれど。それ以外にも、「何か」がある。
心臓の鼓動が、止まらない。
アキラさんと過ごすこの時間にいつか終わりが来ることを、無意識に拒んでいる。
離したくない。
離れたくない。
私を優しく包んでくれるアキラさんと、ずっとこのまま一緒にいられたらいいのに──。
「……絶対、また来ます。アキラさんと、もっともっと一緒にいたい」
私の中に、久しぶりに新しい夢が生まれる音がした。
「気分転換にパーッと遊びに行こうよ! ウチら最近すっげー楽しいとこ見っけたんだよ!」
大学受験に落ちてから数日。受験と両親からのプレッシャーに押しつぶされそうになった私に、友人たちが手をさしのべてくれた。
私を「医者の家系の娘」でなく、ただの「三栗谷 影都」として見てくれる……私より一足先に成人を迎えた、少し年上のお姉さんたちだ。
大体が高校時代の兄さんとクラスだった人で、私と同じく「落ちこぼれ」と言われた人。
同じような境遇、同じような不満を持つ者同士──こうして意気投合しては、お互いに励ましあっている。
「…こんなとこ、初めて来た」
「あっはは、でしょ? 影都のママも平司君も、こんなド派手なところ絶対許すわけねーし?」
いつもより少し派手目のメイク、肌を露出させた大人っぽい服装。年をごまかすように仕立て上げられた私が招かれたのは、眩しいくらいライトアップされている看板のお店だった。
──ホストクラブ「グランツ」
「私、ここに来て大丈夫なの? お酒飲めないよ?」
「大丈夫大丈夫! 今の影都、めっちゃ大人っぽいし言わなきゃバレないって!」
「そうそう、しかもあたしらここの常連だから歓迎されるってー!」
行こ行こ、と乗り気な友人たちに背を押される。羽目を外したい気持ちはあっても、私の心はまだ両親に植え付けられた「真面目さ」が残っている。
確かに今の私は、自分でも目を疑うほど大人びた容貌ではあるけれど。大人の人たちの目を、本当にごまかせるのだろうか。
そして、もしも両親や兄さんにバレたら──そんな恐怖心も、この時はまだ残っていた。
◇ ◇ ◇
友人たちに流されるまま入店した、初めてのホストクラブ。
行き慣れたスーパーやお店ではまず見られない、シャンデリアだらけの店内。そして、ずらりと並ぶ整った顔立ちの男性たち……。
内装も、店の人も、お客さんも、全てが煌びやかに映える場所。こんな場所とは無縁だった私の目には、何もかもが新しい。
「新鮮」なんて言葉一つでは、この気持ちは片づけきれない。
「ここね、この写真の中から好きなイケメン指名できるんだよ! 人気の奴だとすぐ来てくれない時あるけど」
「影都はどれがいい? 一人指名していいよ!」
友人たちと共に席に着くと、ホストの写真一覧を見せられる。私の身近には全くいなかった、キラキラしたタイプのイケメンばかりだ。
(誰がいいかな……)
自己紹介文のようなものは写真の横に添えてあるけれど、正直何がどう違うのかはよくわからない。
こうなったら、直感で決めるしかないだろうか。期待するように私を見る友人たちを後目に、私は紙面のイケメンたちとにらめっこを続ける。
(……この人、ちょっといいかも)
よりどりみどり、選び放題の中から私の目に留まったのは……切り揃えられたサラサラの黒髪、気怠げな笑みを浮かべる男性。たくさんのピアスで飾られた耳と、同じくピアスで飾られた唇の印象強い。
数多くのイケメンたちから私の目を奪った彼の写真の横には「アキラ」と書いてあった。
私がアキラさんを指さすと、友人二人の目がいっそうキラキラと輝きを放つ。
「アキラ!? へぇ、影都ってば目のつけどころいいじゃん!」
「この人、このホスト内でツートップ張ってる人だし!」
女子同士ではしゃいでる時と同様のテンションで盛り上がる友人たち。私が勘で指した人は、とりあえずこのお店の中ではなかなか人気な人のようだ。
スタッフさんと友人がやりとりをして数分──友人と私の三人で指名した男性二人がこちらへ歩み寄ってくる。
「リッちゃん、エミちゃん、やっほー! また指名してくれてありがとうね!」
一人はウルフカットの金髪の男性。少年のような屈託のない笑顔で、友人たちの間に座り込む。
まるで友達のような近い距離感で、仲良さそうに話をしている。きっと、私の知らない間にたくさん通っていたのだろう。
そして、もう一人は──
「初めまして、アキラです」
──サラサラの黒い髪、気怠げな微笑み。写真と変わらない、端正な顔立ち。
写真だけでも目を引いていたというのに、今は実物が目の前にいる。それだけでも、緊張で体が強ばる。
「今日初めて来たんだって? 指名してくれてありがとうね」
「あ、いえ……こ、こちらこそ。あ、私、影都っていいます」
「うん、影都ちゃんね。よろしく」
兄さん以外の男の人が立ち入ることのなかった距離感に、こんなにもかっこいい人がいる。
初めて入る店、初めてのホストとのおしゃべり──初めて尽くしの今この時が、なんだか夢見心地だ。
「もしかして緊張してる?」
「は、はい……その、こういうキラキラしたところって来たことがなくて。男の人とも、家族以外ではろくに関わったこともなかったので……」
すぐ隣にいる友達は自分たちが指名したホストとの会話に夢中で、実質私は二人きりのようなもの。
唯一共学だった小・中学校も、私が通っていたのは私立だ。いわゆる「お受験」を突破した子だけが通える校則の厳しい学校に、ピアスを開けるような派手な子はいない。
──再三語っているけれど、アキラさんたちのような男性は身近にいない。慣れないタイプ相手に、どうにも緊張が解けない。
「あはは、そうなんだ。大丈夫、すぐ慣れるよ。俺としても、影都ちゃんと仲良くなりたいしね」
けれど、アキラさんはそんな私に変な顔せず微笑んでくれる。写真で見たよりも、ずっと優しい顔で。
兄さん以外の男性に免疫のない私は、その顔を見るだけでもドキドキしてしまっていた。
◇ ◇ ◇
アキラさんと話し始めてから数分……。
緊張してばかりで上手く話せずにいた私に、アキラさんは嫌な顔せず明るく話をしてくれた。
アキラさんは、とても話し上手なのだろう。固く結ばれた紐をゆっくりほどくように、この数分で私もだいぶ緊張が解けてきた。
「……アキラさん」
「ん? なに、影都ちゃん」
「私、実は今……すごく悩んでて」
そんな優しい男の人に、私は甘えたくなったのだろうか。
言うつもりなんてなかった言葉が、次第に口から勝手に出始めていた。
「私の家、代々続く医者の家系で……とにかく経歴から何まで優秀な人ばかりなんです。私の家族も医者で、兄も頭が良くて……」
「へぇ、医者の家系。っていうことは影都ちゃんお嬢様なんだ?」
「お、お嬢様だなんて……家柄がいいだけです。そんな家に生まれておきながら、私は兄と違って頭が悪くて、勉強だって大の苦手。寝る間も惜しんで必死に頑張って、ようやく他の人と同じラインにギリギリ立てるくらいなんです」
アキラさんの口から出た「お嬢様」に、少しだけ胸が痛む。医者の娘=金持ち、エリートというイメージはやはり強いのだろうか。
けれど、それは表面上の話だ。実際の私はお嬢様でも、エリートでもない。
「親が敷いたレールの上を、優秀な兄は難なく渡れてます。けど、比べて私は……本当、ダメダメで。私や兄にも病院を継いでほしいと願う両親は、ダメな私にも期待とか理想をめちゃくちゃ押しつけてくるんです」
「なるほど、影都ちゃんは今まさに親の期待を背負わされてるんだ」
「はい。けど、最近ちょっと失敗しちゃって……私、両親に怒られました。「世間に顔向けできない」「次は失敗するな」と……。……それ以来、私は……」
──あれ、おかしいな。
そう気付いた時には、既に遅かった。
喉が震えて、痛くて。こんな感情、いつぶりだろう。
気付かないうちに熱くなった目頭に、自分が戸惑っている。
顔を見られるのがなんだか恥ずかしくなり、首を下に傾けた。
「……兄さんは、励ましてくれるんです……でも、それよりも……両親からの期待が、辛くて」
「うん」
「私、なんで生きてるんだろう……苦手な勉強ばかりさせられて、……レールの上から外れることもできなくて……何一つ満足に成し遂げられない私は、……存在価値なんて、ないんじゃないかって」
話せば話すほど、感情が溢れ出る。
お互いよく知りもしないうちなのに、私はアキラさんに重たいものを押しつけてしまっている……。
頭では理解していた。こんなこと話したって、アキラさんは困るだけ。
他人である彼に、私のことをどうこうすることなんてできない。
こういうところは、きっと楽しくおしゃべりして帰るはずの場所なのに……私は、なんてことを──
「辛かったね、影都ちゃん」
アキラさんが、そっと顔を覗き込んでくる。優しい笑顔を浮かべて、私の頭を撫でるようにぽんぽんと軽く叩いた。
「自分は存在価値がない、なんて言いたくなるほどしんどい思いをたくさんしてきたんだろうけど……それでも、影都ちゃんは一生懸命頑張ってきたんだよね? 両親の期待に応えようとしてさ」
「あ、……えっと……自分なり、には……ですけど……」
「それでいいんだよ。影都ちゃんは影都ちゃんの出来る限りのことを精一杯頑張った。それも、超絶しんどい思いをしてまで」
優しい声色、穏やかな微笑み。頭を撫でる暖かな手の感触。
重たかった心が、スッと軽くなっていく。
「両親の期待に全部応えるのは、誰だって難しいよ。一度満足させたと思っても、次から次へ乗せられてくる。それも、前より難しいものが……ね」
「……そう、ですね」
「俺からしたら、しんどくなるまで頑張った影都ちゃんはすげーなって思うよ。本当、よく頑張りました」
──この人は、私を褒めてくれる。
結果の良し悪ししか見ない両親と違って、「頑張ったこと」を褒めてくれた。
私の「失敗」の内容も聞かず、ただ、私の頑張りを認めてくれて。
「そんな頑張り屋さんの影都ちゃんにとって、俺との時間がご褒美になるといいんだけどな」
「そ、そんな……十分すぎるくらい、ご褒美になってますよ」
「そう? なら嬉しい。影都ちゃんのこと、俺は応援してるからさ。しんどくなったら、いつでも来てよ?」
そうじゃない時も来てくれたら嬉しいけど──なんて言いながら、アキラさんがにっこりと笑う。
……。
この気持ちは、なんだろう。
アキラさんの言葉、笑顔、手の温もりに解された心は……なんだか、すごく熱い。
頑張りを認めてもらえた嬉しさというのが大部分を占めている……と、思うのだけれど。それ以外にも、「何か」がある。
心臓の鼓動が、止まらない。
アキラさんと過ごすこの時間にいつか終わりが来ることを、無意識に拒んでいる。
離したくない。
離れたくない。
私を優しく包んでくれるアキラさんと、ずっとこのまま一緒にいられたらいいのに──。
「……絶対、また来ます。アキラさんと、もっともっと一緒にいたい」
私の中に、久しぶりに新しい夢が生まれる音がした。
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