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第五章 番外編 影を産んだ女の話
第一話 理想なんてクソくらえ
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理想なんてクソくらえ。
今までの人生を一言で綴るとすれば、きっとそんな11文字。
これは、母親になれなかった哀れな女の話。
黒崎 影人をこの世に産み落とした女──「黒崎 影都」が歩んできた過去の話だ。
父親は町一番の総合病院の院長、母親は副院長。親戚一同も同じく何かしら医療の資格を持ち、個人で病院を受け持っている。
家は一般家庭のそれより大きく豪勢で、誰が見ても「お金持ち」と思わせるような立派な建物。
高嶺に咲く花のように、天から差す光のように。
誰もが羨み尊敬するようなエリート一家。「三栗谷」の肩書きを持つ人は、みんな立派なお医者さん。
兄さん──三栗谷 平司と私は、そんな立派な医者の家系に生まれた。
ある時は、『花屋さんになって、綺麗なお花でみんなを幸せにしたい』
ある時は、『アイドルになって、色んな人を元気にしたい』
ある時は、『アニメのヒロインになって、悪いやつらとやっつけて、世界を平和にしたい』
世の中のことが右も左もわからない幼な子の時代、私は色んな夢を頭の中で描いていた。
けれど、ひとたびそれを主張をすれば「非現実的だ」「いつまでも夢見がちなことを言うな」と、頭ごなしに否定される。
「お前たちには、いつか私の病院を継いでもらいたい」
「たくさん勉強して、立派なお医者さんにならないとね」
口癖のように、私たちにそう言い聞かせてきた父と母。
「三栗谷」に生まれた以上、医者の道に進む以外の選択肢は許されていなかった。
『影都、大丈夫。影都の夢は、悪い夢じゃない』
『お兄ちゃん……』
『医者なら、僕がなればいいんだから。影都は夢を見てもいいんだよ』
私も兄さんも、二人が敷いたレールの上を黙って歩かされるばかり。
だからこそ、兄さんは……兄さんだけは、私のことを家族として純粋に愛してくれていた。
『僕が立派な医者になったら、きっと影都のことも助けてあげられる。だから、頑張るよ』
兄さんのそんな言葉が、私にとって唯一の希望だった。
──たった一つの、いつ千切れるか分からないほど、ささやかな。
◇ ◇ ◇
「影都」
「……ごめんなさい……」
── 17歳の冬。
しかめっ面をする父親と母親の前に、一人正座をさせられる私。
高校三年生の一大イベントといえば、進学先を決める「受験」か、就職先を決める「就活」。
私が挑んだ──否、挑まされたのは「受験」だ。
テレビでもたびたび紹介されるほどの、有名な医療大学。両親や親戚の母校であり、必ずと言っていいほど通らなければいけない道だ。
兄さんも一昨年の春に見事合格を勝ち取り、今も好成績を収めている。
「……どうするんだ、この大事な時期に。浪人なんてしたら、世間に顔向けができないじゃないか」
「………」
「……まだ遅くないわ。私たちが信頼できる大学を探しておくから、影都は勉強を続けなさい。次は失敗しないこと、いいわね?」
「……はい」
不良品を見るかのような、冷徹な目。
言いたいことはわかる。彼らは私を「落ちこぼれ」「恥さらし」と言いたいのだ。
町一番の病院の院長・副院長の娘が、浪人生。そんなの、二人のプライドが許さないだろう。
ましてや、兄さんが彼らの思惑通りに動いてくれているのだ。だからこそ、私へのプレッシャーも余計に重くのしかかってくる。
……正直、私は勉強が得意じゃない。元からバカなんじゃないかというくらい、知識を身につけるのに人一倍の苦労をしている。
今通っている女子校だって、必死に勉強して勉強して、これでもかと知識を頭に詰め込んで──体を壊すくらい努力して、ギリギリ合格した程度だ。
高い偏差値に設定された進学校は基本的に授業のレベルも高く、追いつくだけでも精一杯。毎日、気の休まる暇がなかった。
(私だって、頑張ってるつもりなのに)
高校でさえ息が切れそうなのに、さらに上の大学を目指せと両親は言う。
頑張れだとか、もっと上を目指せだとか。言うだけなら簡単だ。
── それも、私と違って頭のいい両親なら。
(私がどれだけ音を上げながら勉強してると思ってるんだ)
家のことは家政婦に任せっきりで、自分たちは医者としての仕事ばかり。
小さい頃から傍にいてくれたことなんて、指で数えられる程度だ。
授業参観だって、二人は一度も来たことがない。たまに兄さんが来てくれてたけれど、いつだって惨めな思いをしていた。
普段私や兄さんがどうやって過ごしてるかだって、二人は全然知らない。
いつも二人が見ているのは「結果」だけ。兄さんは成績優秀、私は成績不振のバカとしか見られてないだろう。
期待ばかりを上乗せして、本当の私を見ようとしない。
私のことより世間体を気にする両親に、もはや愛なんて感じられなかった。
(私はあの人たちの「子ども」じゃない)
(家柄を綺麗に彩るために操られてる「お人形」なんだ)
ぷつりぷつりと、私の中で何かが切れていく。
必死に繋ぎ止めていた何かが、音を立てて崩れていく。
『僕が立派な医者になったら、きっと影都のことも助けてあげられる。だから、頑張るよ』
──あぁ、兄さんがそう言ったこともあったっけ。
兄さんは、今でも私を励ましてくれる。慰めてくれる。
きっと、あの言葉も嘘ではないんだろう。本当にお医者さんになったら、私を助けてくれるかもしれない。
(兄さんが、私を助けてくれる)
(……それって、いつ?)
私の目の前はもう真っ暗だ。僅かな光すら、見えないほどの闇の中。
いつ叶うかわからない約束を糧にできるほど、私はもう強くなれない。
これ以上 苦手な勉強ばかりさせられたら、
これ以上 応えられない期待ばかり積み上げられてしまったら、
私は、
わたしは、
ワ タ シ は ──── 。
今までの人生を一言で綴るとすれば、きっとそんな11文字。
これは、母親になれなかった哀れな女の話。
黒崎 影人をこの世に産み落とした女──「黒崎 影都」が歩んできた過去の話だ。
父親は町一番の総合病院の院長、母親は副院長。親戚一同も同じく何かしら医療の資格を持ち、個人で病院を受け持っている。
家は一般家庭のそれより大きく豪勢で、誰が見ても「お金持ち」と思わせるような立派な建物。
高嶺に咲く花のように、天から差す光のように。
誰もが羨み尊敬するようなエリート一家。「三栗谷」の肩書きを持つ人は、みんな立派なお医者さん。
兄さん──三栗谷 平司と私は、そんな立派な医者の家系に生まれた。
ある時は、『花屋さんになって、綺麗なお花でみんなを幸せにしたい』
ある時は、『アイドルになって、色んな人を元気にしたい』
ある時は、『アニメのヒロインになって、悪いやつらとやっつけて、世界を平和にしたい』
世の中のことが右も左もわからない幼な子の時代、私は色んな夢を頭の中で描いていた。
けれど、ひとたびそれを主張をすれば「非現実的だ」「いつまでも夢見がちなことを言うな」と、頭ごなしに否定される。
「お前たちには、いつか私の病院を継いでもらいたい」
「たくさん勉強して、立派なお医者さんにならないとね」
口癖のように、私たちにそう言い聞かせてきた父と母。
「三栗谷」に生まれた以上、医者の道に進む以外の選択肢は許されていなかった。
『影都、大丈夫。影都の夢は、悪い夢じゃない』
『お兄ちゃん……』
『医者なら、僕がなればいいんだから。影都は夢を見てもいいんだよ』
私も兄さんも、二人が敷いたレールの上を黙って歩かされるばかり。
だからこそ、兄さんは……兄さんだけは、私のことを家族として純粋に愛してくれていた。
『僕が立派な医者になったら、きっと影都のことも助けてあげられる。だから、頑張るよ』
兄さんのそんな言葉が、私にとって唯一の希望だった。
──たった一つの、いつ千切れるか分からないほど、ささやかな。
◇ ◇ ◇
「影都」
「……ごめんなさい……」
── 17歳の冬。
しかめっ面をする父親と母親の前に、一人正座をさせられる私。
高校三年生の一大イベントといえば、進学先を決める「受験」か、就職先を決める「就活」。
私が挑んだ──否、挑まされたのは「受験」だ。
テレビでもたびたび紹介されるほどの、有名な医療大学。両親や親戚の母校であり、必ずと言っていいほど通らなければいけない道だ。
兄さんも一昨年の春に見事合格を勝ち取り、今も好成績を収めている。
「……どうするんだ、この大事な時期に。浪人なんてしたら、世間に顔向けができないじゃないか」
「………」
「……まだ遅くないわ。私たちが信頼できる大学を探しておくから、影都は勉強を続けなさい。次は失敗しないこと、いいわね?」
「……はい」
不良品を見るかのような、冷徹な目。
言いたいことはわかる。彼らは私を「落ちこぼれ」「恥さらし」と言いたいのだ。
町一番の病院の院長・副院長の娘が、浪人生。そんなの、二人のプライドが許さないだろう。
ましてや、兄さんが彼らの思惑通りに動いてくれているのだ。だからこそ、私へのプレッシャーも余計に重くのしかかってくる。
……正直、私は勉強が得意じゃない。元からバカなんじゃないかというくらい、知識を身につけるのに人一倍の苦労をしている。
今通っている女子校だって、必死に勉強して勉強して、これでもかと知識を頭に詰め込んで──体を壊すくらい努力して、ギリギリ合格した程度だ。
高い偏差値に設定された進学校は基本的に授業のレベルも高く、追いつくだけでも精一杯。毎日、気の休まる暇がなかった。
(私だって、頑張ってるつもりなのに)
高校でさえ息が切れそうなのに、さらに上の大学を目指せと両親は言う。
頑張れだとか、もっと上を目指せだとか。言うだけなら簡単だ。
── それも、私と違って頭のいい両親なら。
(私がどれだけ音を上げながら勉強してると思ってるんだ)
家のことは家政婦に任せっきりで、自分たちは医者としての仕事ばかり。
小さい頃から傍にいてくれたことなんて、指で数えられる程度だ。
授業参観だって、二人は一度も来たことがない。たまに兄さんが来てくれてたけれど、いつだって惨めな思いをしていた。
普段私や兄さんがどうやって過ごしてるかだって、二人は全然知らない。
いつも二人が見ているのは「結果」だけ。兄さんは成績優秀、私は成績不振のバカとしか見られてないだろう。
期待ばかりを上乗せして、本当の私を見ようとしない。
私のことより世間体を気にする両親に、もはや愛なんて感じられなかった。
(私はあの人たちの「子ども」じゃない)
(家柄を綺麗に彩るために操られてる「お人形」なんだ)
ぷつりぷつりと、私の中で何かが切れていく。
必死に繋ぎ止めていた何かが、音を立てて崩れていく。
『僕が立派な医者になったら、きっと影都のことも助けてあげられる。だから、頑張るよ』
──あぁ、兄さんがそう言ったこともあったっけ。
兄さんは、今でも私を励ましてくれる。慰めてくれる。
きっと、あの言葉も嘘ではないんだろう。本当にお医者さんになったら、私を助けてくれるかもしれない。
(兄さんが、私を助けてくれる)
(……それって、いつ?)
私の目の前はもう真っ暗だ。僅かな光すら、見えないほどの闇の中。
いつ叶うかわからない約束を糧にできるほど、私はもう強くなれない。
これ以上 苦手な勉強ばかりさせられたら、
これ以上 応えられない期待ばかり積み上げられてしまったら、
私は、
わたしは、
ワ タ シ は ──── 。
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