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第五章
第十話 これからどうしよう?
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『お前のこと、好きなんだって』
『アナタが好きです、影人さん』
──お互いの想いが通じ合ってから、初めての夜が明ける。
カーテンの隙間から差す光と小鳥のさえずりから始まる一日が、いつもと違う。
「もう起きてたんですね、影人さん」
「……うん、おはよう」
珍しく先に起きていた影人さん。少し体を動かし、すぐ隣にある仄かな温もりに寄り添う。
スマホに向けていた視線をボクに向けるなり、影人さんはボクの背に腕を回す。
もう「友達」じゃない。だから、こうして傍にいることも寄り添うことも、許される。
そう思えば、どんどん心が舞い上がってしまって──
「そんなに嬉しい?」
「え、……ま、まぁ……はい」
……顔に出てしまっていたようだった。
自分でもわかる。今のボクは、口元がきっとゆるゆるなのだろう。
「分かりやすすぎ」なんて言いながら笑みを浮かべられれば、恥ずかしさですぐに顔が熱くなった。
「……そ、そういえば! 影人さん、なんか真剣にスマホ見てたみたいですけど、何見てたんですか?」
「あぁ、これ? 不動産の情報サイト。あんま条件いいの見つからないけどね」
「不動産? ……もしかして、お引っ越しでもするんですか?」
「不動産」という言葉が引っかかり、首を傾げる。
ボクの家に泊まるようになってからまだ三日も経ってないというのに、急にどうしたのだろう。
「明日あたり、あの家出ようと思って。あのクソババアに住所特定された以上、もう住めないし」
「えぇ……なら、しばらくうちにいればいいじゃないですか。叔父さんたちも許してくれてるんですから」
「……。だからって、長居するわけにはいかないよ。気遣わせたくないし」
スマホの画面を閉じ、ため息をつく影人さん。
彼は自由奔放であると同時に、なんだかんだで優しいところや最低限の礼儀をわきまえているところもある。
ボクにとっては身内でも、影人さんにとって叔父さんたちは「他人」で「大人」だ。いくら彼らが歓迎したとしても、その好意を全面的に受け取ることはできないのかもしれない。
(……でも、こんなに早く決断しちゃうなんてなぁ)
浮かれていた胸が、少しだけ沈み込む。せっかくお互いを「好き」だと言えて、こうしてしばらく一緒にいられると思ったのに。
家に居ていいと言ったのはボクらだけれど、最終的にどうするか決めるのは影人さんだ。そう、頭では分かっている。
「なら、せめて冬休みの間だけでも……」
「……」
「その、もう少しだけ……」
……それでも、まだ離れがたい。
もう少しだけ、この幸せに浸らせてほしい。
影人さんと「友達」を越えられたこと。
影人さんが「好き」だと自覚できたこと。
そして、「不破 蛍」だけをまっすぐ見つめて愛してくれる人が、目の前にいること。
……夢じゃないんだって、もっと実感したい。
気づいた時には彼の袖を強く握りしめていて、離さんとばかりにシワを作っていた。
「……分かった」
頭の上に手を出され、撫でるように軽く叩かれる。
「なら、学校が始まる手前までは一緒にいるよ」
「えっ」
「三が日過ぎたら家の荷物片付けて、引っ越しの準備する。……それでいい?」
心なしか、微笑んでる……ように見える表情を、ボクに向ける。
ボク、全部言葉にして伝えてないのに。迷いに迷った言葉の先も、きっと彼は捉えてくれたのかもしれない。
「もう少し一緒にいる」──そんな言葉に、ボクは喜んで頷いた。
「……でも、行く宛てはあるんですか?」
「これから探すとこ。必要な書類とかは多いけど……そこはどうにかすればいいし」
淡々と答える影人さんの言葉に、仄かな不安が過ぎる。
あまりに前例の少なすぎる「高校生の一人暮らし」。
前にスマホで調べたことがあったけれど、「親権者の許可が必要」「経済能力の不安定さから大家の許可を得るのは難しい」とあったことを覚えている。
影人さんがバイトをしているなら(多分)まだしも、彼は何もしていない。
それでもアパートの部屋を借りられたことが不思議ではあるが、次もそう上手く借りられるとは思えない。
(確かに、一人暮らしの方が影人さんとしてはいいかもしれないけど……)
──そんなことを考えた矢先、影人さんのスマホが震え始めた。
「こんな時に誰……」
あからさまに不機嫌な表情と声色で、影人さんがスマホを取る。
画面を見るなり眉間の皺が増えるのが見えたが、嫌々でも出なきゃいけない相手だったのだろう。
渋々……といった様子で、スマホの通話開始ボタンを押した。
「……何」
『影人、あれからどうじゃ? 今どこにいる?』
「蛍ん家だけど」
電話口の向こうから、落ち着いた低めの男性の声──三栗谷の声が聞こえてくる。
影人さんと至近距離にいるため、なんて話しているかもなんとなく分かる。
『ふむ、そうか。影都……主の母親はとりあえず実家に置いてきたから大丈夫じゃろうが、主はどうする? またあの家に戻るのか?』
「戻るわけないでしょ、住所特定されたんだから。別の家探して、さっさとそっちに引っ越すよ
『はは、まあそう言うとは思うたがな……』
影人さんの返事は想定内だったのだろう、三栗谷先生が苦笑をしながら答える。
しかし、それも束の間。「ただ……」と、続ける彼の口調に、少し真剣みが増した。
『今は年末年始、不動産はどこもやっておらん。今から探してすぐに引越しは難しかろうよ』
「…………」
『一時的でもいい、わしの家に来るとよか。あのアパートよりセキュリティは万全じゃし、影都も部屋の入り方は知らん。助けにはなると思』
「無理。それだけは嫌だ」
三栗谷先生の提案を遮り、いつもより低い声で答える影人さん。未だ不快そうな表情が崩れないのを見ると、彼と暮らすのは相当嫌なのだろう。
三栗谷先生の気持ちを思えば、少し胸がいたむ事実ではあるけれど……。
そう考えているうちに、ある一つのことを思い出す。
高校生が、親元を離れて暮らす……そのための施設が、うちの高校にもあったことを。
「そういえば、うちの学校って学生寮あるじゃないですか。それはどうなんですか?」
「……前、それも提案されたけどね。門限あるし、何かと規則うるさいし……一人の時間欲しいから、それは無理」
三秒と経たず論破され、思わず「えぇ……」と声を出す。
つまるところ、「自由がないから無理」と言いたいのだろう。ずっと傍で見てきたが故に、なんとなく理解してしまった。
影人さんの性格上、「◯時までに帰れ」だの「寮内で◯◯するな」といった規則による縛りはきっと耐え難いものだろう。
他人の目がある、というのも嫌なのかもしれない。ただでさえ我が家に居座ることすら遠慮しているのだ。
『……とはいえ、だ。あのアパートは、大家がたまたまわしの知り合いだったから円滑に話を進めることが出来たのじゃ。だが……次は難しかろうよ』
「…………」
三栗谷先生の言葉に、影人さんが口を結ぶ。
肯定も否定もしていないけれど、影人さんは分かっているのかもしれない。
あのアパートにいる時点で、高校生の身で一人暮らしまでこぎつけるまでの手順を既に踏んでいる。きっと、口では言わずとも理解しているのだろう。
影人さんも無言、電話口の三栗谷先生も無言、間にいるボクも無言。……その時間、約5分。
「……分かったよ。けど、あくまで「一時的に」ね」
ずっと居座るつもりはないから──影人さんが、諦めたようにため息をついた。
学生寮は無理、あのアパートも無理、次の新居を探すのも難しい。
ボクの家に泊まる気もなく、もちろん父親も頼れない……となると、選択肢はたった一つだ。
一方的に嫌ってくる影人さんに対し、一切害をなすことのない三栗谷先生。彼に頼るのが、賢明な判断だ。
影人さんも自分の状況が読めないほどワガママではない。渋々、その提案を飲んだに違いない。
「うむ……主の気持ちは分かっておる。あまり干渉はせぬつもりじゃ、安心すると良い」
柔らかな口調で、三栗谷先生が答える。
影人さんは少し嫌そうではあるけれど、これでしばらくはどうにかなりそうだ。その事実だけでも十分だと、ボクも安堵のため息をつく。
「引越しの手続きは、わしが代行しておこう。必要な箇所は主にも手伝ってもらうが……それまでは、ゆっくりしてると良い」
「……うん」
未だ低い声色で、影人さんがうなずく。まるで、無理やり自分を納得させているかのように。
ボクで言えば、兄さんに言われるようなものだ。正直頼りたくないという気持ちは、痛いほどわかる。
もしも、ボクが兄さんに「俺の家に来い」なんて言われれば、ボクだってすぐに「分かりました」とは言えない。
けど、その気持ちを汲むことはできても、手出しのしようはない。
ボクの家にも居られないと答えが出ている今、影人さんのことは見守ることしかできないのだ。
「そうそう、不破の家にいるというなら……保護者と代わってはくれぬか? 一言、挨拶をしておきたくてのう」
「あぁ……うん」
三栗谷先生に言われるまま、ボクらは階段を降りる。
テレビの音が賑やかしているリビングへ入ると、おじさんはちょうどのんびりとコーヒーを飲んでいた。
ドアの開閉音に気づいてか、テレビに向けられていた視線をすぐこちらに向けてくる。
「叔父さん、今電話大丈夫ですか? 影人さんの伯父さん……三栗谷先生が、叔父さんと話がしたいそうで」
「三栗谷先生? あぁ、蛍の学校の養護教諭だったな。ありがとう、貸してくれ」
影人さんからスマホを受け取り、「もしもし……」と話し始める叔父さん。
保護者と教師という関係上、始めは少し堅い感じで話していたが……お互い、同じ年頃の子の面倒を見ているという親近感からか。ボクらの話になった途端、叔父さんの雰囲気が少しずつ柔らかくなっていた。
「……分かりました。その時は私も喜んでお手伝いさせていただきますので、また連絡してください。ところで、影人君は本当にいい子ですね」
「「え?」」
影人君は本当にいい子ですね──そんな話が出た途端、ボクらは同時に素っ頓狂な声でハモる。
「何度か話したことはあるんですけど、すごい友達想いと言いますか。無口な分、きっと頭のなかで色々考えてくれてるんだなって感じたんですよ。蛍もあんなにいい友達ができてから、毎日楽しそうで……」
話を気く限り、何やらお互いの身内に関する世間話に変わったようだ。
影人さんのことをひとしきり話すと、次はボクの話になったのか、
「まぁ、蛍もすごく優しくて真面目なところがありますから。影人君のことは、いつも気にかけてますよ。彼のことを話す時の蛍は本当楽しそうで……」
……と言いながらも照れくさそうに頭を掻きつつ語り始めていた。
三栗谷先生の声がもう聞こえないため、話の詳細は分からないが……これは、確実にボクらの自慢話になっている。
「……なんか、恥ずかしいですね」
「勘弁してほしいよ……」
聞いてるこっちまで照れくさいと感じるボクに対し、影人さんはうんざりしてるかのように肩を落としていた。
『アナタが好きです、影人さん』
──お互いの想いが通じ合ってから、初めての夜が明ける。
カーテンの隙間から差す光と小鳥のさえずりから始まる一日が、いつもと違う。
「もう起きてたんですね、影人さん」
「……うん、おはよう」
珍しく先に起きていた影人さん。少し体を動かし、すぐ隣にある仄かな温もりに寄り添う。
スマホに向けていた視線をボクに向けるなり、影人さんはボクの背に腕を回す。
もう「友達」じゃない。だから、こうして傍にいることも寄り添うことも、許される。
そう思えば、どんどん心が舞い上がってしまって──
「そんなに嬉しい?」
「え、……ま、まぁ……はい」
……顔に出てしまっていたようだった。
自分でもわかる。今のボクは、口元がきっとゆるゆるなのだろう。
「分かりやすすぎ」なんて言いながら笑みを浮かべられれば、恥ずかしさですぐに顔が熱くなった。
「……そ、そういえば! 影人さん、なんか真剣にスマホ見てたみたいですけど、何見てたんですか?」
「あぁ、これ? 不動産の情報サイト。あんま条件いいの見つからないけどね」
「不動産? ……もしかして、お引っ越しでもするんですか?」
「不動産」という言葉が引っかかり、首を傾げる。
ボクの家に泊まるようになってからまだ三日も経ってないというのに、急にどうしたのだろう。
「明日あたり、あの家出ようと思って。あのクソババアに住所特定された以上、もう住めないし」
「えぇ……なら、しばらくうちにいればいいじゃないですか。叔父さんたちも許してくれてるんですから」
「……。だからって、長居するわけにはいかないよ。気遣わせたくないし」
スマホの画面を閉じ、ため息をつく影人さん。
彼は自由奔放であると同時に、なんだかんだで優しいところや最低限の礼儀をわきまえているところもある。
ボクにとっては身内でも、影人さんにとって叔父さんたちは「他人」で「大人」だ。いくら彼らが歓迎したとしても、その好意を全面的に受け取ることはできないのかもしれない。
(……でも、こんなに早く決断しちゃうなんてなぁ)
浮かれていた胸が、少しだけ沈み込む。せっかくお互いを「好き」だと言えて、こうしてしばらく一緒にいられると思ったのに。
家に居ていいと言ったのはボクらだけれど、最終的にどうするか決めるのは影人さんだ。そう、頭では分かっている。
「なら、せめて冬休みの間だけでも……」
「……」
「その、もう少しだけ……」
……それでも、まだ離れがたい。
もう少しだけ、この幸せに浸らせてほしい。
影人さんと「友達」を越えられたこと。
影人さんが「好き」だと自覚できたこと。
そして、「不破 蛍」だけをまっすぐ見つめて愛してくれる人が、目の前にいること。
……夢じゃないんだって、もっと実感したい。
気づいた時には彼の袖を強く握りしめていて、離さんとばかりにシワを作っていた。
「……分かった」
頭の上に手を出され、撫でるように軽く叩かれる。
「なら、学校が始まる手前までは一緒にいるよ」
「えっ」
「三が日過ぎたら家の荷物片付けて、引っ越しの準備する。……それでいい?」
心なしか、微笑んでる……ように見える表情を、ボクに向ける。
ボク、全部言葉にして伝えてないのに。迷いに迷った言葉の先も、きっと彼は捉えてくれたのかもしれない。
「もう少し一緒にいる」──そんな言葉に、ボクは喜んで頷いた。
「……でも、行く宛てはあるんですか?」
「これから探すとこ。必要な書類とかは多いけど……そこはどうにかすればいいし」
淡々と答える影人さんの言葉に、仄かな不安が過ぎる。
あまりに前例の少なすぎる「高校生の一人暮らし」。
前にスマホで調べたことがあったけれど、「親権者の許可が必要」「経済能力の不安定さから大家の許可を得るのは難しい」とあったことを覚えている。
影人さんがバイトをしているなら(多分)まだしも、彼は何もしていない。
それでもアパートの部屋を借りられたことが不思議ではあるが、次もそう上手く借りられるとは思えない。
(確かに、一人暮らしの方が影人さんとしてはいいかもしれないけど……)
──そんなことを考えた矢先、影人さんのスマホが震え始めた。
「こんな時に誰……」
あからさまに不機嫌な表情と声色で、影人さんがスマホを取る。
画面を見るなり眉間の皺が増えるのが見えたが、嫌々でも出なきゃいけない相手だったのだろう。
渋々……といった様子で、スマホの通話開始ボタンを押した。
「……何」
『影人、あれからどうじゃ? 今どこにいる?』
「蛍ん家だけど」
電話口の向こうから、落ち着いた低めの男性の声──三栗谷の声が聞こえてくる。
影人さんと至近距離にいるため、なんて話しているかもなんとなく分かる。
『ふむ、そうか。影都……主の母親はとりあえず実家に置いてきたから大丈夫じゃろうが、主はどうする? またあの家に戻るのか?』
「戻るわけないでしょ、住所特定されたんだから。別の家探して、さっさとそっちに引っ越すよ
『はは、まあそう言うとは思うたがな……』
影人さんの返事は想定内だったのだろう、三栗谷先生が苦笑をしながら答える。
しかし、それも束の間。「ただ……」と、続ける彼の口調に、少し真剣みが増した。
『今は年末年始、不動産はどこもやっておらん。今から探してすぐに引越しは難しかろうよ』
「…………」
『一時的でもいい、わしの家に来るとよか。あのアパートよりセキュリティは万全じゃし、影都も部屋の入り方は知らん。助けにはなると思』
「無理。それだけは嫌だ」
三栗谷先生の提案を遮り、いつもより低い声で答える影人さん。未だ不快そうな表情が崩れないのを見ると、彼と暮らすのは相当嫌なのだろう。
三栗谷先生の気持ちを思えば、少し胸がいたむ事実ではあるけれど……。
そう考えているうちに、ある一つのことを思い出す。
高校生が、親元を離れて暮らす……そのための施設が、うちの高校にもあったことを。
「そういえば、うちの学校って学生寮あるじゃないですか。それはどうなんですか?」
「……前、それも提案されたけどね。門限あるし、何かと規則うるさいし……一人の時間欲しいから、それは無理」
三秒と経たず論破され、思わず「えぇ……」と声を出す。
つまるところ、「自由がないから無理」と言いたいのだろう。ずっと傍で見てきたが故に、なんとなく理解してしまった。
影人さんの性格上、「◯時までに帰れ」だの「寮内で◯◯するな」といった規則による縛りはきっと耐え難いものだろう。
他人の目がある、というのも嫌なのかもしれない。ただでさえ我が家に居座ることすら遠慮しているのだ。
『……とはいえ、だ。あのアパートは、大家がたまたまわしの知り合いだったから円滑に話を進めることが出来たのじゃ。だが……次は難しかろうよ』
「…………」
三栗谷先生の言葉に、影人さんが口を結ぶ。
肯定も否定もしていないけれど、影人さんは分かっているのかもしれない。
あのアパートにいる時点で、高校生の身で一人暮らしまでこぎつけるまでの手順を既に踏んでいる。きっと、口では言わずとも理解しているのだろう。
影人さんも無言、電話口の三栗谷先生も無言、間にいるボクも無言。……その時間、約5分。
「……分かったよ。けど、あくまで「一時的に」ね」
ずっと居座るつもりはないから──影人さんが、諦めたようにため息をついた。
学生寮は無理、あのアパートも無理、次の新居を探すのも難しい。
ボクの家に泊まる気もなく、もちろん父親も頼れない……となると、選択肢はたった一つだ。
一方的に嫌ってくる影人さんに対し、一切害をなすことのない三栗谷先生。彼に頼るのが、賢明な判断だ。
影人さんも自分の状況が読めないほどワガママではない。渋々、その提案を飲んだに違いない。
「うむ……主の気持ちは分かっておる。あまり干渉はせぬつもりじゃ、安心すると良い」
柔らかな口調で、三栗谷先生が答える。
影人さんは少し嫌そうではあるけれど、これでしばらくはどうにかなりそうだ。その事実だけでも十分だと、ボクも安堵のため息をつく。
「引越しの手続きは、わしが代行しておこう。必要な箇所は主にも手伝ってもらうが……それまでは、ゆっくりしてると良い」
「……うん」
未だ低い声色で、影人さんがうなずく。まるで、無理やり自分を納得させているかのように。
ボクで言えば、兄さんに言われるようなものだ。正直頼りたくないという気持ちは、痛いほどわかる。
もしも、ボクが兄さんに「俺の家に来い」なんて言われれば、ボクだってすぐに「分かりました」とは言えない。
けど、その気持ちを汲むことはできても、手出しのしようはない。
ボクの家にも居られないと答えが出ている今、影人さんのことは見守ることしかできないのだ。
「そうそう、不破の家にいるというなら……保護者と代わってはくれぬか? 一言、挨拶をしておきたくてのう」
「あぁ……うん」
三栗谷先生に言われるまま、ボクらは階段を降りる。
テレビの音が賑やかしているリビングへ入ると、おじさんはちょうどのんびりとコーヒーを飲んでいた。
ドアの開閉音に気づいてか、テレビに向けられていた視線をすぐこちらに向けてくる。
「叔父さん、今電話大丈夫ですか? 影人さんの伯父さん……三栗谷先生が、叔父さんと話がしたいそうで」
「三栗谷先生? あぁ、蛍の学校の養護教諭だったな。ありがとう、貸してくれ」
影人さんからスマホを受け取り、「もしもし……」と話し始める叔父さん。
保護者と教師という関係上、始めは少し堅い感じで話していたが……お互い、同じ年頃の子の面倒を見ているという親近感からか。ボクらの話になった途端、叔父さんの雰囲気が少しずつ柔らかくなっていた。
「……分かりました。その時は私も喜んでお手伝いさせていただきますので、また連絡してください。ところで、影人君は本当にいい子ですね」
「「え?」」
影人君は本当にいい子ですね──そんな話が出た途端、ボクらは同時に素っ頓狂な声でハモる。
「何度か話したことはあるんですけど、すごい友達想いと言いますか。無口な分、きっと頭のなかで色々考えてくれてるんだなって感じたんですよ。蛍もあんなにいい友達ができてから、毎日楽しそうで……」
話を気く限り、何やらお互いの身内に関する世間話に変わったようだ。
影人さんのことをひとしきり話すと、次はボクの話になったのか、
「まぁ、蛍もすごく優しくて真面目なところがありますから。影人君のことは、いつも気にかけてますよ。彼のことを話す時の蛍は本当楽しそうで……」
……と言いながらも照れくさそうに頭を掻きつつ語り始めていた。
三栗谷先生の声がもう聞こえないため、話の詳細は分からないが……これは、確実にボクらの自慢話になっている。
「……なんか、恥ずかしいですね」
「勘弁してほしいよ……」
聞いてるこっちまで照れくさいと感じるボクに対し、影人さんはうんざりしてるかのように肩を落としていた。
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