夜影の蛍火

黒野ユウマ

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新たな発見?

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 真っ暗な冬空にオリオン座が輝く、ある土曜日。
一日の疲れから船を漕いでいたボクを起こすように、着信音が鳴り響く。

(うるさいなぁ……)

 切れては鳴り、切れては鳴りを繰り返し──幾度となく鳴らされるバイブレーションと着信音。
こんな時間に誰だよ、なんて心の中で毒を吐きつつスマホを起動する。
眠い目をこすりながらホーム画面に目を向けると、


「……え……」


 【不在着信:黒崎 影人】の文字。それも、一つだけではなかった。
来た通知を全て開いてみれば、一分も満たない感覚で合計5回ほど連続で鳴らされていたようで。
時計を見れば21:00……こんな遅い時間に、これだけかけてくるのも珍しい。



(……まさか)

 影人さんは一人暮らしだ。何かあっても、すぐ傍で助けてくれる人は誰もいない。
もしかしたら、身の危険が迫っているのか……それとも、急に体調を崩したのか。
どちらにせよ、緊急事態である可能性は高いかもしれない。焦燥感に駆られたボクは急いで通話アプリを起動し、影人さんに電話をかけようとするが──


(ん? ……また通知?)

 スマホ画面上部に、通知バナーが一件。見てみると、メッセージアプリに何かが届いたようだった。
ホーム画面に戻り、通知内容をしっかりと確認してみると……



【黒崎 影人:ほたる~~~~~】



 ……影人さんからメッセージを受信したという報せ。しかし、何かがおかしい。
いやまさかな、と思いながら影人さんとのトーク画面を見てみれば、「ほたる~~~~~」というふざけた文字。

 目を擦って見ても、「ほたる~~~~~」だし、もう一度画面を閉じて再度開いてみても「ほたる~~~~~」……


 幻覚ではないようだ。



(いや、だとしても何だコレ)

 いつもは「そう」や「今暇?」と、短文かつ淡々としたメッセージを送ってくるのだが、今日の影人さんは一体どうしたのだろう。まるで子どもが悪ふざけで送ったかのような幼稚な文章だ。

『きのうとあえかまはきてるはままゆうなにいほ~』

 ……そして、暗号のような怪文書。普段の影人さんからは微塵も想像し得ない、おかしなメッセージだ。
もしや、アカウントを乗っ取られたのだろうか。少し前に、メッセージアプリのアカウント乗っ取りが流行っていたことを思い出したボクは頭をひねる。


(……いやでも、ニュースでやってたのはこんな内容じゃなかった気がする)

 当時流行っていたアカウント乗っ取りは、「電子マネーの番号を送ってください」という内容だったはずだ。今回のは、明らかに違う。
そもそも日本語として成立しなさすぎるのだ。ひらがなの羅列でしかないし、これならたまに送られてくるトンチンカンな日本語訳メールの方がまだ内容を認識できる。

 なんというか……仮に本人だとして、あまりにも人が違いすぎる。
知り合ってから一年は経っているけれど、こんなことは初めてだ。

 とりあえず『誰?』と返信をし、反応を待つ。もしアカウント乗っ取り犯であれば、おかしな日本語でまた返してくるはずだ……多分。
すると、数分と経たず「既読」がつく。ボクの返信にはすぐ気づいたようだ。

 さて、どう返ってくるだろう──そう待ち構えていると。



「うおっ!?」

 唐突に音と共に震え出したスマホ。画面には【黒崎 影人】の文字が表示されていた。
この着信の主は影人さん本人か、それとも乗っ取り犯人か──恐る恐る通話開始ボタンを押し、「もしもし」と耳を傾けてみる。


『あぁ~~蛍だぁ~~』
「は?」

 開始一秒、甘ったれたような声色が鼓膜を直撃。

『今起きてる~? それとも寝てる~~?? お前の影人さんだぞぉ~~????』
「どちら様ですか?」

 間伸びした、緩やか……いや、緩やかを通り越してゆるすぎるテンション。声色こそ影人さん本人とそっくりではあるが、明らかにテンションが違いすぎる。
彼はこんなへらへら笑うようなキャラではなかったはず、なのだが。

(もしかして、影人さんの双子の兄弟か?)

 普段とのギャップの酷さに、いるはずのない兄弟の可能性まで想像してしまう。
一応電話口の向こうでは確かに「影人」と名乗ってはいるし、声も影人さんそのもの……っぽい感じはあるのだが。

 電話口の向こうは何やら賑やかで、なんだか聞き覚えのある声や箸と皿がぶつかり合う音が聞こえてきている。

(もしかして、外……どっかでご飯でも食べてるのかな?)

 音だけでは細かなことは分からないが、自宅にいるわけではないのは確実だろう。うるさいのが嫌いであろう彼が、わざわざ自宅を賑やかにする理由はない。
ともすれば、どこかの飲食店でご飯を食べている……と推測はできるが、滅多に外食などしない彼がそんな場所にいることも珍しい。

(……でも、どうしてそんなところに?)

 ふにゃふにゃとした口調でひたすら喋りかけてくる影人さんの声をBGMに考えてみるも、まったく検討がつかない。
混乱するボクの耳に、電話口の向こうから「貸せ、影人!」という声が聞こえた。


『あ~……もしもし、急にごめんな。マジデスの日向ひむかい 善也よしやだ。えっと、お前は影人の友達の……』

 影人さんとは違う、ハキハキとした男性の声。
日向ひむかい 善也よしや──文化祭で知り合った、影人さんが属するバンド「MAGIC DESTROYEЯマジックデストロイヤー」のドラマーだ。
もしや、今彼と一緒にいるのはマジデスの面々なのだろうか。

「あ、日向さん! 文化祭の時はお世話になりました、蛍です。不破 蛍……」
「あ、そうそう蛍! 今ライブの打ち上げでメシ食いに来てるんだけどよ、影人のやつ、我孫子あびこの酒飲んじまったみたいでさ……」

 呆れ調子でため息を吐く日向さんの声に、一瞬言葉を忘れてしまう。
ドラマやアニメのような編集さえあれば「ぽく、ぽく、ぽく……ちーん」なんてヘンテコな効果音が流れていたに違いない。

 ボクの聞き間違いでなければ、日向さんは「影人が酒を飲んだ」と言ったはずだ。
未成年の影人さんが。飲み会の場で。どういった経緯かは分からないが、我孫子あびこさんの酒を……。

「ど、どういうことですか! 皆さんがいながらお酒だなんて……!」

 未成年でありながら飲酒をしているという事実はとっくの昔に知っていたが、やはり聞いてて気持ちのいい情報ではない。
ましてや、大人である日向さんたちがいながら酒を飲ませてしまっただなんて。

『悪い……俺も止めはしたんだけど、トイレ行ってる間にやっちまったみたいでよ……』

 思わず責めるような口調になってしまったボクに、日向さんの声色が少し弱々しくなる。
日向さんは多分、常識人なのだろう。他の人が常識をわきまえない人というわけではないだろうが、一番重んじてるのはこの人かもしれない。

 この人に責めるようなことを言ったところで、状況が良くなるわけではない。少し深呼吸して、気を落ち着かせることにした
ひとまずは、影人さんをどうするかを考えた方がいいだろうか……。

『蛍ぅ~~お前も来いよぉ~~』

 電話口の向こうから小さく聞こえてくる声に、ため息すら出てこない。自分でもわかるくらい目を細めてしまい、油断すれば「あぁ~はいはい楽しそうですね~」なんて言いたくなってしまう。

『……悪いんだけど、影人の迎え頼んでいいか? 他の奴らも浮かれてるせいか悪酔いしちまって、そいつらで手いっぱいなんだ……』

 すまん! と、何度も言いながら頼んでくる日向さん。電話口の向こうに耳をすませば、他のメンバーらしき賑やかな声も聞こえてくる。
奇声を上げているであろう我孫子あびこさん、ノリに乗って同じように大きな声を出す幸村さん、「うぇ~い」なんてゆるいノリはそのままな蛇澤さん……。

 おそらく、電話口の向こうでシラフなのは日向さんだけなのだろう。

「……分かりました。場所、教えてもらっていいですか?」

 悪酔いした猛獣四人、一人で片付けるのは大変だろう。
同情じみたものが沸いてしまったボクは、急いで影人さんを回収することにした。



◇ ◇ ◇



 問題となった現場は、幸いボクの家からそう遠くない飲食店……10分ほど歩いた程度で辿りついた。
テレビでもたまにCMを放映しているチェーン店、テーブル席と個室の二通りから選べる珍しいタイプだ。影人さんたちがいるのは、店の奥の方にある個室。

「夜遅くに頼んで本当に悪い……影人のこと、頼むな」
「大丈夫ですよ、日向さんも気をつけて」

 日向さん以外の顔が総じて朱色な空間に、思わずドアを閉めたくなったけれど……そうもいかない。ひとまず影人さんだけを引き取り、店を後にした。
日向さんが心配ではあるが、あとの三人は彼に任せるしかない。

(車でも持ってれば、手伝えたんだろうけどなぁ……)

 影人さんを背負いながら、公園の時計に目を向ける。
時刻は21:25──保護者同伴でも未成年が外出することは許されない、未成年限定のシンデレラタイムが迫っている。

 今から急げば22時には間に合うだろう。
影人さんを落とさないように注意を払いつつ、早足で影人さんの自宅へと向かう。


「それにしても酒くさ……未成年だというのにお酒を飲むなんて、何考えてるんですか!」
「だってうまそうだったんだもーん」
「だもーん、じゃねぇわアルコールまみれのクソイケメンコンチクショウが!!」

 アルコールが回ってすっかりキャラが変わった彼に、思わずため息をこぼす。両手が空いていれば、平手の一つ打ちたかった。
 新たな一面を見たといえば聞こえはいいが、こんな形で見たくはなかった……気がする。


(……でも、ボクも甘いのかなぁ)

 こんな状況でも、背や首に感じる体温に鼓動を鳴らしてしまう。
首に回された腕、服越しに感じる影人さんの感触──影人さんがボクにくっついている、ただそれだけで「悪くない」なんて思ってしまう。

 車がたまに通る程度の街中は、とても静かで。まるで二人きりの世界にいるようだ、なんてくさい考えまで過ぎってしまって──


(……って、それどころじゃない!)


 惚けてしまいそうな思考回路を振り解くように、ぶんぶんと頭を振る。今はとにかく影人さんを家まで送って、22時までに自分も帰るのが先だ。
友達を送ってて補導されました……なんて聞いたら、優しい叔父さんたちもさすがに怒るだろう。

 二人きりの世界……なら、また明るいうちに影人さんと作ればいい話だ。そう言い聞かせながら歩みを進めると、

「ひぁっ!」

 生温かな感触が、左耳を包み込む。時々ぬめっとした何かが耳をなぞるように這っては、体中にびりっとした感覚が駆け巡る。

「か、影人さ、何して……」
「ん~? 蛍の耳食ってる~」
「っ……ふざけんな! 落とされたいんですかバカヤロー!!」

 このままだと歩けなくなる、どころか立てなくなりそうだ。影人さんを背負ったまま、必死に体を前後に揺さぶる。
ようやく耳から生暖かい温度が離れると、「あ~」なんて呆けた声を出しながら頬をつつく。

「蛍のいけず~」
「いけずで結構! 今はそれどころじゃないんです、ボクと遊ぶならまた今度ゆっくり時間のある時にどうぞ!」

 頬をつつく指の感触はスルーしながら、再び歩みを進める。
影人さんに構いたいのはやまやまだが、日本の法律には勝てない。未成年である今、夜遅くまで出歩くのはご法度なのだ。

「へへへ~~、じゃあ~次の休みは俺の家でどっぷりセックスしよぉ~~」
「どぅぁぁああ!!! 街中で大っぴらに言うならそういうことを!!!」

 頭を思い切り振り、ごつんとぶつける。両手が塞がっている今、思い切りツッコミを入れるとすればこれしかない。



 その後も悪酔いモードの影人さんにちょっかいを出されつつ、どうにか影人さんをベッドに寝かせるまでたどりついた。

「泊まってってよぉ蛍~~寂しいじゃんか~~」
「今日は荷物も着替えもないのでダメです、日を改めてください」
「けちんぼ……」
「そんな顔したってダメですからね!」

 いつもとは180度違う影人さんに引き止められつつ、家を出る。
そこからダッシュで自宅にたどり着いた頃には、ギリギリ22時を回ってしまっていた……。
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