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第五章
第五話 「彼を助けて」
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「叔父さん、叔母さん。この場をお借りして、ちょっとお話ししたいことがあるんです」
影人さんを送った後の夕飯時。ある程度ご飯を食べたところで、ボクは二人に切り出した。
リビングを賑やかしていた芸能人の笑い声もボタン一つで静かになり、叔父さんと叔母さんがボクと向き合う。
「どうしたんだ、蛍」
「その、影人さんのことなんですけど……しばらくうちに泊めてあげることは出来ませんか?」
「まあ、影人くんを? 急にどうしたの?」
「実は今日、こんなことがあって……」
首を傾げる叔父さんと叔母さんに、今日あったことを説明した。
訳あって離れて暮らしていた影人さんの母親が、突然影人さんの家を訪ねていたこと。
その母親が親というにはかなり異常で、影人さんにも長年虐待をしていたこと(流石に詳しくは伏せたけれど)。
──そして、住所を特定されて戻れない彼の助けになりたいこと。
「今のままだと、ずっとネットカフェに居続けることになってしまいます。あのお母様は危険だとは思いますけれど、影人さんが心配で……」
だから、お願いします。そう頭を下げると、叔母さんは「私はいいわよ!」とすぐ返事をしてくれた。
叔母さんの快諾に少し安堵しかけたけれど、安心するのはまだ早い。あとは叔父さんだけだ。
しかし、その叔父さんはというと……腕を組みながら少し悩む様子を見せている。
「……影人君は、他に身内はいないのか? 親戚とか」
「いるにはいます……けど、彼は両親と関わりのある身内を嫌ってて、その人とは関わりたくなさそうなんです。伯父さんからの援助を拒むくらいですから。そんなところに避難しろって言うのも、ボクとしては酷な気がして……」
叔父さんの意見もご最もだ。本来なら他人のボクではなく、他の身内を頼るべきなのもわかる。
けれど、影人さんはそれに応じたりしないだろう。そう答えると、叔父さんは「うーん……」と、目を伏せる。
「貴方、助けてあげられない?」
「まぁ……蛍の気持ちも分かるんだがな」
流石にあのお母様のことが気にかかるのだろうか。叔父さんは叔母さんのように即決とはいかず、頭を抱えるばかりだ。
いくらなんでも、無理な相談だっただろうか。
今回はただの宿泊とか違い、「何をするか分からない危険な存在から守る」という任を担うことになるのだ。
少し経った後、叔父さんが真剣な表情を浮かべ、ボクを見る。
「……蛍、叔父さんと叔母さんは明日は仕事が休みなんだ。明日、影人君をここに呼べないか?」
「え? あぁ……声かけてみますよ。いつ頃ですか?」
「影人君の都合のいい時でいい、そう連絡しておいてくれ」
叔父さんに言われるまま、ボクはスマホを取り出す。食事中にスマホなんて、と普通なら言われるところだが今は緊急事態だ。
『突然すみません。明日、もし良ければうちに来れませんか? 叔父さんが、影人さんとお話したいそうなんです』
『時間は影人さんの都合のいい時で大丈夫だそうなので、いつでもいいです』
二言メッセージを送って、スマホを伏せる。
影人さんは何度か家に来たことはあるけれど、彼と叔父さんは特別仲がいい訳では無い。
叔父さんは好意的であるけれど、影人さんからはどうだろう。ボクを介してしか話したことのなかった相手と、いきなり話ができるだろうか。
そんな不安を覚えつつご飯に手をつけ始めると、すぐバイブレーションが鳴る。
ホーム画面を開いてみると、
『分かった』
『多分、昼過ぎになると思うけど』
……と、短い返事が二つ。
安堵したボクは『わかりました』と返し、食事の手を進めた。
◇ ◇ ◇
翌日13:00。駅前まで影人さんを迎えに行き、家路を辿る。
ぽつりぽつり、たまに会話をする程度の沈黙の中、隣合って歩く。昨日の緊張が解けないのか、影人さんにはまだ少しだけぎこちなさが残っていた。
「叔父さん、ただいま帰りました」
影人さんのお母様がどこかに潜んでいないか、なんて警戒しながら辿り着いた我が家。影人さんを連れてリビングに入れば、にこにこしながら駆け寄ってくるおばさんと、ビールを片手に微笑む叔父さんがいた。
「まぁ、影人君! 久しぶりねぇ、元気にしてた?」
「あ、……はい、まぁ……」
「影人君、急に呼び出してすまないな」
「いや……別に、大丈夫っす……」
叔父さんと叔母さんを前に、ぎこちない敬語で返す影人さん。そんな影人さんに、「まあ座ったらどうだ」と叔父さんが苦笑する。
ボクが椅子を引くとすぐそこに座り、緊張した様子で背筋を正す。どんな話をするのか、ボクでさえも内容を知らないこの状況にきっと固くなっているのかもしれない。
「やっぱり影人君はいつ見てもかっこいいわねぇ、叔母さん惚れ惚れしちゃうわ」
「あ、……ええと……あ、ありがとう……?」
「本当、お前は影人君が好きだよなあ」
「ふふっ、だってヴィエラに似てるんだもの! この間のフィギュアスケートもすごく綺麗でドキドキしちゃったわぁ」
叔母さんが鼻歌を歌いながら、ボクと影人さんのジュースを運ぶ。大好きなフィギュアスケートの選手……にそっくりな影人さんに、有頂天のようだ。
ボクも影人さんの隣に座り、四人で他愛のない話を始める。
冬休み前の学校のことや、先日みんなでやったクリスマスパーティーのこと……影人さんを交えて花が咲く思い出話に、叔父さんと叔母さんは顔を綻ばせていた。
そうして話が盛り上がったところで、叔父さんが缶ビールを肩手で持ち上げる。振っても音が出ない、空き缶を振りながら「あぁ……」と苦笑する。
「……そういえば、ビールがもうこれで終わりなんだ。二人とも、悪いけど買ってきてくれないか?」
「あら……まぁ、本当だわ。冷蔵庫の中も空っぽ。蛍、ちょっとスーパー行きましょ」
「ボクもですか?」
「えぇ。ついでに影人くんとつまむお菓子でも買えばいいわ、残りのおせんべいだけじゃ味気ないでしょ?」
叔母さんに言われ、いつもお菓子を入れている戸棚を見てみる。中にあるのは叔父さんが好んで食べているせんべいが何枚か残っているだけで、影人さん相手に出すには少々不適当だ。
しかし、影人さんを一人にするのは少々心配だ。そう思いながら彼に目を向けると、
「……行ってくれば?」
……と、すぐ察したかのように答えを返した。
「わかりました。何か欲しいものがあったらメッセージくださいね」
「……うん」
とりあえず「行ってくれば」と返答してくれたのだから、きっと大丈夫なのだろう。叔父さんと影人さんがどんな話をするかは分からないけれど、ひとまずは影人さんの好きそうなお菓子でも買ってこようか。
二人に「行ってきます」と告げ、ボクと叔母さんはスーパーへと向かった。
影人さんを送った後の夕飯時。ある程度ご飯を食べたところで、ボクは二人に切り出した。
リビングを賑やかしていた芸能人の笑い声もボタン一つで静かになり、叔父さんと叔母さんがボクと向き合う。
「どうしたんだ、蛍」
「その、影人さんのことなんですけど……しばらくうちに泊めてあげることは出来ませんか?」
「まあ、影人くんを? 急にどうしたの?」
「実は今日、こんなことがあって……」
首を傾げる叔父さんと叔母さんに、今日あったことを説明した。
訳あって離れて暮らしていた影人さんの母親が、突然影人さんの家を訪ねていたこと。
その母親が親というにはかなり異常で、影人さんにも長年虐待をしていたこと(流石に詳しくは伏せたけれど)。
──そして、住所を特定されて戻れない彼の助けになりたいこと。
「今のままだと、ずっとネットカフェに居続けることになってしまいます。あのお母様は危険だとは思いますけれど、影人さんが心配で……」
だから、お願いします。そう頭を下げると、叔母さんは「私はいいわよ!」とすぐ返事をしてくれた。
叔母さんの快諾に少し安堵しかけたけれど、安心するのはまだ早い。あとは叔父さんだけだ。
しかし、その叔父さんはというと……腕を組みながら少し悩む様子を見せている。
「……影人君は、他に身内はいないのか? 親戚とか」
「いるにはいます……けど、彼は両親と関わりのある身内を嫌ってて、その人とは関わりたくなさそうなんです。伯父さんからの援助を拒むくらいですから。そんなところに避難しろって言うのも、ボクとしては酷な気がして……」
叔父さんの意見もご最もだ。本来なら他人のボクではなく、他の身内を頼るべきなのもわかる。
けれど、影人さんはそれに応じたりしないだろう。そう答えると、叔父さんは「うーん……」と、目を伏せる。
「貴方、助けてあげられない?」
「まぁ……蛍の気持ちも分かるんだがな」
流石にあのお母様のことが気にかかるのだろうか。叔父さんは叔母さんのように即決とはいかず、頭を抱えるばかりだ。
いくらなんでも、無理な相談だっただろうか。
今回はただの宿泊とか違い、「何をするか分からない危険な存在から守る」という任を担うことになるのだ。
少し経った後、叔父さんが真剣な表情を浮かべ、ボクを見る。
「……蛍、叔父さんと叔母さんは明日は仕事が休みなんだ。明日、影人君をここに呼べないか?」
「え? あぁ……声かけてみますよ。いつ頃ですか?」
「影人君の都合のいい時でいい、そう連絡しておいてくれ」
叔父さんに言われるまま、ボクはスマホを取り出す。食事中にスマホなんて、と普通なら言われるところだが今は緊急事態だ。
『突然すみません。明日、もし良ければうちに来れませんか? 叔父さんが、影人さんとお話したいそうなんです』
『時間は影人さんの都合のいい時で大丈夫だそうなので、いつでもいいです』
二言メッセージを送って、スマホを伏せる。
影人さんは何度か家に来たことはあるけれど、彼と叔父さんは特別仲がいい訳では無い。
叔父さんは好意的であるけれど、影人さんからはどうだろう。ボクを介してしか話したことのなかった相手と、いきなり話ができるだろうか。
そんな不安を覚えつつご飯に手をつけ始めると、すぐバイブレーションが鳴る。
ホーム画面を開いてみると、
『分かった』
『多分、昼過ぎになると思うけど』
……と、短い返事が二つ。
安堵したボクは『わかりました』と返し、食事の手を進めた。
◇ ◇ ◇
翌日13:00。駅前まで影人さんを迎えに行き、家路を辿る。
ぽつりぽつり、たまに会話をする程度の沈黙の中、隣合って歩く。昨日の緊張が解けないのか、影人さんにはまだ少しだけぎこちなさが残っていた。
「叔父さん、ただいま帰りました」
影人さんのお母様がどこかに潜んでいないか、なんて警戒しながら辿り着いた我が家。影人さんを連れてリビングに入れば、にこにこしながら駆け寄ってくるおばさんと、ビールを片手に微笑む叔父さんがいた。
「まぁ、影人君! 久しぶりねぇ、元気にしてた?」
「あ、……はい、まぁ……」
「影人君、急に呼び出してすまないな」
「いや……別に、大丈夫っす……」
叔父さんと叔母さんを前に、ぎこちない敬語で返す影人さん。そんな影人さんに、「まあ座ったらどうだ」と叔父さんが苦笑する。
ボクが椅子を引くとすぐそこに座り、緊張した様子で背筋を正す。どんな話をするのか、ボクでさえも内容を知らないこの状況にきっと固くなっているのかもしれない。
「やっぱり影人君はいつ見てもかっこいいわねぇ、叔母さん惚れ惚れしちゃうわ」
「あ、……ええと……あ、ありがとう……?」
「本当、お前は影人君が好きだよなあ」
「ふふっ、だってヴィエラに似てるんだもの! この間のフィギュアスケートもすごく綺麗でドキドキしちゃったわぁ」
叔母さんが鼻歌を歌いながら、ボクと影人さんのジュースを運ぶ。大好きなフィギュアスケートの選手……にそっくりな影人さんに、有頂天のようだ。
ボクも影人さんの隣に座り、四人で他愛のない話を始める。
冬休み前の学校のことや、先日みんなでやったクリスマスパーティーのこと……影人さんを交えて花が咲く思い出話に、叔父さんと叔母さんは顔を綻ばせていた。
そうして話が盛り上がったところで、叔父さんが缶ビールを肩手で持ち上げる。振っても音が出ない、空き缶を振りながら「あぁ……」と苦笑する。
「……そういえば、ビールがもうこれで終わりなんだ。二人とも、悪いけど買ってきてくれないか?」
「あら……まぁ、本当だわ。冷蔵庫の中も空っぽ。蛍、ちょっとスーパー行きましょ」
「ボクもですか?」
「えぇ。ついでに影人くんとつまむお菓子でも買えばいいわ、残りのおせんべいだけじゃ味気ないでしょ?」
叔母さんに言われ、いつもお菓子を入れている戸棚を見てみる。中にあるのは叔父さんが好んで食べているせんべいが何枚か残っているだけで、影人さん相手に出すには少々不適当だ。
しかし、影人さんを一人にするのは少々心配だ。そう思いながら彼に目を向けると、
「……行ってくれば?」
……と、すぐ察したかのように答えを返した。
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「……うん」
とりあえず「行ってくれば」と返答してくれたのだから、きっと大丈夫なのだろう。叔父さんと影人さんがどんな話をするかは分からないけれど、ひとまずは影人さんの好きそうなお菓子でも買ってこようか。
二人に「行ってきます」と告げ、ボクと叔母さんはスーパーへと向かった。
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