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第五章
第二話 むしのしらせ
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──遡ること、数分前。
(お返し用のプレゼント、やっと用意できたぞ……)
ラッピング用品が散らかったテーブルの上を見ながら、息をつく。緑、ピンク、赤、青の包装紙で包んだのは、クリスマスパーティーの時にもらったお返しのプレゼント。
普段はお店の人に頼んでぱぱっとやってもらうところなのだが、なんとなくチャレンジ精神が沸いてしまったボク。ラッピング用品の売り場を見た瞬間、なんとなく「自分でやってみようかな」と思い、今に至る。
窓雪さんと黒葛原さんにはワンポイントの入ったハンカチ、三栗谷先生には臙脂色のネクタイ。そして、影人さんには緑色のパワーストーンで出来たブレスレット。
女子相手にプレゼントなどしたことなかったボクにとって窓雪さんと黒葛原さん宛てのプレゼントは特に難題だったが、ハンカチなら何かと使えるし消耗品だから多分大丈夫……だろう。
「こういうのは気持ちだ!」と最終的には少しだけ開き直ったのも、ちょっとした思い出。
(後は渡しに行けばいいだけだけど……)
出来上がったプレゼントを見て、ぼーっと考える。
気持ちとしては早くお返しを渡してお礼を言いたいところだが、窓雪さん達の家は知らないし、三栗谷先生の家に行く道もあまり覚えていない。
そもそも三栗谷先生に至っては仕事をしている社会人だ、学校での仕事が忙しいかもしれない。あの三人には学校で会った時にプレゼントを渡すのが一番いいだろう。
(……まずは、影人さんに渡しに行こうかな)
自分の家から一番近く、かつ一番暇そうな相手である友人。冬休み中に渡せそうなのは、彼くらいだろう。
……ちょうど、また会いたいと思っていたところだ。「ようやく会いに行くきっかけができた」と、心のどこかで浮かれている自分がいた。
そうとなればさっそく……とスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。
しかし、超絶面倒くさがり出不精の影人さんがこんな些細なきっかけで家から出てきてくれるだろうか……学校で会った時でいいじゃん、なんて思われたりしないだろうか?
不意に湧き出てきた不安で、文字を打つ指が震える。ボクからのメッセージを見た影人さんがどんな顔をするのか、それが何だか気になってしまって。
『影人さん、突然すみません。渡したいものがあるんですけど、今日時間ありますか?』
【送信】ボタンを押し、ため息をひとつ。あとは影人さんが返事をくれるのを待つだけだ。
時間によっては寝てて返事が遅れる……なんてこともあるけれど、大体昼過ぎなら割と早めに返事が来る。一年とちょっとの付き合いで掴めた彼のペースだ。
携帯の通知音が鳴ることを、ただ待ち侘びる。
適当な本を読んでみたり、気持ちを誤魔化そうとラジオ体操とかしてみちゃったり、目を閉じて瞑想してみたり。
あの手この手で自分の気を逸らそうとしてみたけど、上手く行かない。気がつけば視線はスマホを追ってしまっていた。
(もしかして、まだ寝てるのかな……)
メッセージを送ってから15分が経過したが、未だにスマホはぴくりとも震えない。アプリを開いてみても、既読すらついていない。
時刻は14:30、この時間になれば流石に彼も動いているはずだ。泊まりに来てる間も、昼過ぎであれば既に活動を始めていたのだから。
……もしかして、何かあったんじゃないだろうか。ふと、そんな不安が頭を過ぎる。
一人暮らしをしている彼のことだ、いつ何時何があってもおかしくない。
近くに頼れる人がいない状況で変なことに巻き込まれようものなら、誰かと連絡を取り合うことすら不可能だ。
なんとなくざわつき始めた胸をおさえながら、電話帳アプリで【黒崎 影人】の文字を探す。
(何も無いといいんだけど……)
そんなことを祈りながら、通話開始ボタンを押す。鳴り止まない心臓の鼓動を感じつつ、呼び出し音に耳を傾けた。
いつものように、「もしもし……」と、気怠そうな声が耳に届くのを、ただひたすら待ち続けて。
(出ない……)
しばらく鳴らせば、いつもなら出てくれるのに。二回、三回、繰り返し電話をかけても出てくれない。
どうしたんだろう、やっぱり何かあったんだろうか。不安が不安を呼び、ボクの心臓は馬鹿正直に鼓動を早めていく。
(何も無ければそれでいい──影人さん、無事でいて)
この予感が、どうか当たりませんように。
影人さんの家の合鍵をカバンに入れ、ボクは家を飛び出した。
◇ ◇ ◇
── そして影人さんの家へ急ぎ、今。
見慣れたアパートに辿り着いて目にしたものは、見知らぬ女性に腕を引っ張られている影人さんだった。
(影人さん……と、誰だ……?)
影人さんと同じ色をしたふわふわのロングヘアーに、影人さんと同じ色をした瞳。大人びた雰囲気からして、ボクらより歳上のお姉さんであることは明らかだ。
気のせいでなければ、どこか影人さんに似ている気もする……けれど、影人さんからも三栗谷先生からも、彼女のことは聞いていない。
そして、彼女に腕を引かれている影人さんの表情はどこか硬く、怯えている──ようにも見えて。
マスクで顔半分が隠れていたとしても、何となく分かる。目の前にある光景は、彼にとっては明らかに悪状況だろう。
もしかしたら、影人さんに一方的には好意を寄せるストーカーか誰かだろうか。だとしたら……このまま、放っておく訳にはいかない。
もしかしたらとんでもない女かもしれない。
でも、影人さんを助けなきゃ──意を決して、ボクは影人さんのもとへ急いだ。
「……影人さん、その人誰ですか?」
ボクがそう尋ねると、二人の動きがピタッと止まる。
目の前にいる影人さんは助けを求めるように瞳を揺らし、じっとボクを見つめている。彼女がどこの誰だかは知らないけど、影人さんにとっては相当脅威となる存在なのだろう。
女子とは何かと面倒なことになりやすい影人さんだ、その中でもかなり厄介なタイプに絡まれてしまったのかもしれない。
「……あら。その娘、誰? 影人のお友達? それとも……
……彼女?」
影人さんの腕を引っ張る女性が、ナイフの如く鋭い目付きでボクを睨む。今にも人を射殺してしまいそうな眼光に、ボクの体がびくりと震えた。
「か、彼女だなんて……あの、そもそもボクは……」
あまりの怖さに、声が震える。助けようと思ったのになんて情けないことだろう。影人さんから厄介なタイプの女子の話は聞いたことはあったけれど、実際目の当たりにしたのは初めてだ。
揉めている相手が女性である以上、下手に手荒な真似をするわけにもいかない。
こんな修羅場に出くわしたのも生まれて初めてだ。一体全体まずどうしたらいいものか分からないボクは、二人を見ながら狼狽することしかできなかった。
――それにしても、「彼女」だなんて。ボクはそんなに女の子に見えるのだろうか。
今のボクの服装は、先生からもらったマフラーに赤のロングニット、細身の黒ジーンズ。別に普通……だと思うのだけれど。
「…………」
「影人さん……」
怯える影人さんに声をかける。普段の影人さんからはまず見ることのない恐怖一色の表情に、ボクの鼓動も早まっていく。
肩を上下させながら息をしつつ、「こいつは……」と、マスクの下から声を出した。
「こいつは……俺の、母親……
――母親……だった奴」
震えた声で告げられた「母親」。
彼の腕を掴む女性は目を大きく見開き、その表情を歪ませていた。
(お返し用のプレゼント、やっと用意できたぞ……)
ラッピング用品が散らかったテーブルの上を見ながら、息をつく。緑、ピンク、赤、青の包装紙で包んだのは、クリスマスパーティーの時にもらったお返しのプレゼント。
普段はお店の人に頼んでぱぱっとやってもらうところなのだが、なんとなくチャレンジ精神が沸いてしまったボク。ラッピング用品の売り場を見た瞬間、なんとなく「自分でやってみようかな」と思い、今に至る。
窓雪さんと黒葛原さんにはワンポイントの入ったハンカチ、三栗谷先生には臙脂色のネクタイ。そして、影人さんには緑色のパワーストーンで出来たブレスレット。
女子相手にプレゼントなどしたことなかったボクにとって窓雪さんと黒葛原さん宛てのプレゼントは特に難題だったが、ハンカチなら何かと使えるし消耗品だから多分大丈夫……だろう。
「こういうのは気持ちだ!」と最終的には少しだけ開き直ったのも、ちょっとした思い出。
(後は渡しに行けばいいだけだけど……)
出来上がったプレゼントを見て、ぼーっと考える。
気持ちとしては早くお返しを渡してお礼を言いたいところだが、窓雪さん達の家は知らないし、三栗谷先生の家に行く道もあまり覚えていない。
そもそも三栗谷先生に至っては仕事をしている社会人だ、学校での仕事が忙しいかもしれない。あの三人には学校で会った時にプレゼントを渡すのが一番いいだろう。
(……まずは、影人さんに渡しに行こうかな)
自分の家から一番近く、かつ一番暇そうな相手である友人。冬休み中に渡せそうなのは、彼くらいだろう。
……ちょうど、また会いたいと思っていたところだ。「ようやく会いに行くきっかけができた」と、心のどこかで浮かれている自分がいた。
そうとなればさっそく……とスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。
しかし、超絶面倒くさがり出不精の影人さんがこんな些細なきっかけで家から出てきてくれるだろうか……学校で会った時でいいじゃん、なんて思われたりしないだろうか?
不意に湧き出てきた不安で、文字を打つ指が震える。ボクからのメッセージを見た影人さんがどんな顔をするのか、それが何だか気になってしまって。
『影人さん、突然すみません。渡したいものがあるんですけど、今日時間ありますか?』
【送信】ボタンを押し、ため息をひとつ。あとは影人さんが返事をくれるのを待つだけだ。
時間によっては寝てて返事が遅れる……なんてこともあるけれど、大体昼過ぎなら割と早めに返事が来る。一年とちょっとの付き合いで掴めた彼のペースだ。
携帯の通知音が鳴ることを、ただ待ち侘びる。
適当な本を読んでみたり、気持ちを誤魔化そうとラジオ体操とかしてみちゃったり、目を閉じて瞑想してみたり。
あの手この手で自分の気を逸らそうとしてみたけど、上手く行かない。気がつけば視線はスマホを追ってしまっていた。
(もしかして、まだ寝てるのかな……)
メッセージを送ってから15分が経過したが、未だにスマホはぴくりとも震えない。アプリを開いてみても、既読すらついていない。
時刻は14:30、この時間になれば流石に彼も動いているはずだ。泊まりに来てる間も、昼過ぎであれば既に活動を始めていたのだから。
……もしかして、何かあったんじゃないだろうか。ふと、そんな不安が頭を過ぎる。
一人暮らしをしている彼のことだ、いつ何時何があってもおかしくない。
近くに頼れる人がいない状況で変なことに巻き込まれようものなら、誰かと連絡を取り合うことすら不可能だ。
なんとなくざわつき始めた胸をおさえながら、電話帳アプリで【黒崎 影人】の文字を探す。
(何も無いといいんだけど……)
そんなことを祈りながら、通話開始ボタンを押す。鳴り止まない心臓の鼓動を感じつつ、呼び出し音に耳を傾けた。
いつものように、「もしもし……」と、気怠そうな声が耳に届くのを、ただひたすら待ち続けて。
(出ない……)
しばらく鳴らせば、いつもなら出てくれるのに。二回、三回、繰り返し電話をかけても出てくれない。
どうしたんだろう、やっぱり何かあったんだろうか。不安が不安を呼び、ボクの心臓は馬鹿正直に鼓動を早めていく。
(何も無ければそれでいい──影人さん、無事でいて)
この予感が、どうか当たりませんように。
影人さんの家の合鍵をカバンに入れ、ボクは家を飛び出した。
◇ ◇ ◇
── そして影人さんの家へ急ぎ、今。
見慣れたアパートに辿り着いて目にしたものは、見知らぬ女性に腕を引っ張られている影人さんだった。
(影人さん……と、誰だ……?)
影人さんと同じ色をしたふわふわのロングヘアーに、影人さんと同じ色をした瞳。大人びた雰囲気からして、ボクらより歳上のお姉さんであることは明らかだ。
気のせいでなければ、どこか影人さんに似ている気もする……けれど、影人さんからも三栗谷先生からも、彼女のことは聞いていない。
そして、彼女に腕を引かれている影人さんの表情はどこか硬く、怯えている──ようにも見えて。
マスクで顔半分が隠れていたとしても、何となく分かる。目の前にある光景は、彼にとっては明らかに悪状況だろう。
もしかしたら、影人さんに一方的には好意を寄せるストーカーか誰かだろうか。だとしたら……このまま、放っておく訳にはいかない。
もしかしたらとんでもない女かもしれない。
でも、影人さんを助けなきゃ──意を決して、ボクは影人さんのもとへ急いだ。
「……影人さん、その人誰ですか?」
ボクがそう尋ねると、二人の動きがピタッと止まる。
目の前にいる影人さんは助けを求めるように瞳を揺らし、じっとボクを見つめている。彼女がどこの誰だかは知らないけど、影人さんにとっては相当脅威となる存在なのだろう。
女子とは何かと面倒なことになりやすい影人さんだ、その中でもかなり厄介なタイプに絡まれてしまったのかもしれない。
「……あら。その娘、誰? 影人のお友達? それとも……
……彼女?」
影人さんの腕を引っ張る女性が、ナイフの如く鋭い目付きでボクを睨む。今にも人を射殺してしまいそうな眼光に、ボクの体がびくりと震えた。
「か、彼女だなんて……あの、そもそもボクは……」
あまりの怖さに、声が震える。助けようと思ったのになんて情けないことだろう。影人さんから厄介なタイプの女子の話は聞いたことはあったけれど、実際目の当たりにしたのは初めてだ。
揉めている相手が女性である以上、下手に手荒な真似をするわけにもいかない。
こんな修羅場に出くわしたのも生まれて初めてだ。一体全体まずどうしたらいいものか分からないボクは、二人を見ながら狼狽することしかできなかった。
――それにしても、「彼女」だなんて。ボクはそんなに女の子に見えるのだろうか。
今のボクの服装は、先生からもらったマフラーに赤のロングニット、細身の黒ジーンズ。別に普通……だと思うのだけれど。
「…………」
「影人さん……」
怯える影人さんに声をかける。普段の影人さんからはまず見ることのない恐怖一色の表情に、ボクの鼓動も早まっていく。
肩を上下させながら息をしつつ、「こいつは……」と、マスクの下から声を出した。
「こいつは……俺の、母親……
――母親……だった奴」
震えた声で告げられた「母親」。
彼の腕を掴む女性は目を大きく見開き、その表情を歪ませていた。
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