夜影の蛍火

黒野ユウマ

文字の大きさ
上 下
105 / 190
第五章

第二話 むしのしらせ

しおりを挟む
 ──遡ること、数分前。


(お返し用のプレゼント、やっと用意できたぞ……)

 ラッピング用品が散らかったテーブルの上を見ながら、息をつく。緑、ピンク、赤、青の包装紙で包んだのは、クリスマスパーティーの時にもらったお返しのプレゼント。
普段はお店の人に頼んでぱぱっとやってもらうところなのだが、なんとなくチャレンジ精神が沸いてしまったボク。ラッピング用品の売り場を見た瞬間、なんとなく「自分でやってみようかな」と思い、今に至る。

 窓雪さんと黒葛原つづらはらさんにはワンポイントの入ったハンカチ、三栗谷先生には臙脂色のネクタイ。そして、影人さんには緑色のパワーストーンで出来たブレスレット。
 女子相手にプレゼントなどしたことなかったボクにとって窓雪さんと黒葛原つづらはらさん宛てのプレゼントは特に難題だったが、ハンカチなら何かと使えるし消耗品だから多分大丈夫……だろう。
「こういうのは気持ちだ!」と最終的には少しだけ開き直ったのも、ちょっとした思い出。

(後は渡しに行けばいいだけだけど……)

 出来上がったプレゼントを見て、ぼーっと考える。
気持ちとしては早くお返しを渡してお礼を言いたいところだが、窓雪さん達の家は知らないし、三栗谷先生の家に行く道もあまり覚えていない。
 そもそも三栗谷先生に至っては仕事をしている社会人だ、学校での仕事が忙しいかもしれない。あの三人には学校で会った時にプレゼントを渡すのが一番いいだろう。

(……まずは、影人さんに渡しに行こうかな)

 自分の家から一番近く、かつ一番暇そうな相手である友人。冬休み中に渡せそうなのは、彼くらいだろう。

 ……ちょうど、また会いたいと思っていたところだ。「ようやく会いに行くきっかけができた」と、心のどこかで浮かれている自分がいた。
そうとなればさっそく……とスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。

 しかし、超絶面倒くさがり出不精の影人さんがこんな些細なきっかけで家から出てきてくれるだろうか……学校で会った時でいいじゃん、なんて思われたりしないだろうか?
不意に湧き出てきた不安で、文字を打つ指が震える。ボクからのメッセージを見た影人さんがどんな顔をするのか、それが何だか気になってしまって。


『影人さん、突然すみません。渡したいものがあるんですけど、今日時間ありますか?』

 【送信】ボタンを押し、ため息をひとつ。あとは影人さんが返事をくれるのを待つだけだ。
時間によっては寝てて返事が遅れる……なんてこともあるけれど、大体昼過ぎなら割と早めに返事が来る。一年とちょっとの付き合いで掴めた彼のペースだ。

 携帯の通知音が鳴ることを、ただ待ち侘びる。
適当な本を読んでみたり、気持ちを誤魔化そうとラジオ体操とかしてみちゃったり、目を閉じて瞑想してみたり。
あの手この手で自分の気を逸らそうとしてみたけど、上手く行かない。気がつけば視線はスマホを追ってしまっていた。



(もしかして、まだ寝てるのかな……)

 メッセージを送ってから15分が経過したが、未だにスマホはぴくりとも震えない。アプリを開いてみても、既読すらついていない。
時刻は14:30、この時間になれば流石に彼も動いているはずだ。泊まりに来てる間も、昼過ぎであれば既に活動を始めていたのだから。

 ……もしかして、何かあったんじゃないだろうか。ふと、そんな不安が頭を過ぎる。

 一人暮らしをしている彼のことだ、いつ何時何があってもおかしくない。
近くに頼れる人がいない状況で変なことに巻き込まれようものなら、誰かと連絡を取り合うことすら不可能だ。

 なんとなくざわつき始めた胸をおさえながら、電話帳アプリで【黒崎 影人】の文字を探す。

(何も無いといいんだけど……)

 そんなことを祈りながら、通話開始ボタンを押す。鳴り止まない心臓の鼓動を感じつつ、呼び出し音に耳を傾けた。
いつものように、「もしもし……」と、気怠そうな声が耳に届くのを、ただひたすら待ち続けて。



(出ない……)

 しばらく鳴らせば、いつもなら出てくれるのに。二回、三回、繰り返し電話をかけても出てくれない。
どうしたんだろう、やっぱり何かあったんだろうか。不安が不安を呼び、ボクの心臓は馬鹿正直に鼓動を早めていく。


(何も無ければそれでいい──影人さん、無事でいて)

 この予感が、どうか当たりませんように。
影人さんの家の合鍵をカバンに入れ、ボクは家を飛び出した。




◇ ◇ ◇




 ── そして影人さんの家へ急ぎ、今。
見慣れたアパートに辿り着いて目にしたものは、見知らぬ女性に腕を引っ張られている影人さんだった。

(影人さん……と、誰だ……?)

 影人さんと同じ色をしたふわふわのロングヘアーに、影人さんと同じ色をした瞳。大人びた雰囲気からして、ボクらより歳上のお姉さんであることは明らかだ。
 気のせいでなければ、どこか影人さんに似ている気もする……けれど、影人さんからも三栗谷先生からも、彼女のことは聞いていない。

 そして、彼女に腕を引かれている影人さんの表情はどこか硬く、怯えている──ようにも見えて。
マスクで顔半分が隠れていたとしても、何となく分かる。目の前にある光景は、彼にとっては明らかに悪状況だろう。
もしかしたら、影人さんに一方的には好意を寄せるストーカーか誰かだろうか。だとしたら……このまま、放っておく訳にはいかない。

 もしかしたらとんでもない女かもしれない。
でも、影人さんを助けなきゃ──意を決して、ボクは影人さんのもとへ急いだ。





「……影人さん、その人誰ですか?」


 ボクがそう尋ねると、二人の動きがピタッと止まる。
目の前にいる影人さんは助けを求めるように瞳を揺らし、じっとボクを見つめている。彼女がどこの誰だかは知らないけど、影人さんにとっては相当脅威となる存在なのだろう。
女子とは何かと面倒なことになりやすい影人さんだ、その中でもかなり厄介なタイプに絡まれてしまったのかもしれない。

「……あら。その、誰? 影人のお友達? それとも……


 ……彼女?」

 影人さんの腕を引っ張る女性が、ナイフの如く鋭い目付きでボクを睨む。今にも人を射殺してしまいそうな眼光に、ボクの体がびくりと震えた。

「か、彼女だなんて……あの、そもそもボクは……」

 あまりの怖さに、声が震える。助けようと思ったのになんて情けないことだろう。影人さんから厄介なタイプの女子の話は聞いたことはあったけれど、実際目の当たりにしたのは初めてだ。
揉めている相手が女性である以上、下手に手荒な真似をするわけにもいかない。
こんな修羅場に出くわしたのも生まれて初めてだ。一体全体まずどうしたらいいものか分からないボクは、二人を見ながら狼狽することしかできなかった。

 ――それにしても、「彼女」だなんて。ボクはそんなに女の子に見えるのだろうか。
今のボクの服装は、先生からもらったマフラーに赤のロングニット、細身の黒ジーンズ。別に普通……だと思うのだけれど。


「…………」
「影人さん……」

 怯える影人さんに声をかける。普段の影人さんからはまず見ることのない恐怖一色の表情に、ボクの鼓動も早まっていく。
肩を上下させながら息をしつつ、「こいつは……」と、マスクの下から声を出した。


「こいつは……俺の、母親……









――母親……だった奴」


 震えた声で告げられた「母親」。
彼の腕を掴む女性は目を大きく見開き、その表情を歪ませていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モルモットの生活

麒麟
BL
ある施設でモルモットとして飼われている僕。 日々あらゆる実験が行われている僕の生活の話です。 痛い実験から気持ち良くなる実験、いろんな実験をしています。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

アダルトショップでオナホになった俺

ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。 覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。 バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。 ※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...