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第四.五章 クリスマス編
第十話 艶麗なる影
しおりを挟む12月26日の昼下がり。
影人にアパートの更新手続きの書類を書いてもらった三栗谷は、ある場所へ向かっていた。
「年明けが来る前に、顔でも見ていくかの……」
影人の家から車を走らせること30分──三栗谷が車を停めたのは、「月見里病院」と書かれた看板の先。
広い敷地内の中には精神科と内科で別れた病棟の他、体育館やテニスコート、遊具で遊ぶスペースなどが併設されている。
三栗谷が向かったのは、精神科の病棟だった。
窓口で面会手続きを済ませ、看護師とともに病室へ向かう。
「最近はどうだ?」「以前より表情も明るくなってきましたよ」と雑談を交えつつ、歩みを進めていた。
「最近は、旦那さんや息子さんも関係ないただの雑談をよくしてくれるようになったんです。入院当時より、だいぶ気持ちも安定してきたのかもしれませんね」
「そうか……それは良かった。元気でいてくれれば、それで良いからのう」
看護師から直近の様子を聞き、安堵したように笑む。
これから顔を合わせる人物の婉然と笑う顔を浮かべ、会うその瞬間を待ちわびているようだった。
病室にたどり着くと、「終わったらまたお声かけください」と告げて看護師が立ち去る。
その背に手を振り、三栗谷は病室の扉に手をかけた。
中心に、一人がけ用の小さなソファと真円のテーブルが一つ。壁際には少し大きめのシングルベッド、その傍に16インチほどの小型テレビが置いてある。
内装も緑や茶色を基調とした落ち着いた配色で彩られていて、ビジネスホテルに近い雰囲気の部屋だ。通常の病室と違い、殺伐とした雰囲気もない。
三栗谷が歩み寄るその先にいるのは──
「あら、兄さん。今月はもう来ないかと思ったのに、来てくれたのね」
「すまぬの、影都。今月は色々と忙しかったものでな、ギリギリになってしもうた」
絵に描かれた美女がそのまま出てきたかのような、美々しい顔立ちを持つ女性だった。
窓からの陽光に照らされて輝く銀髪、紅玉のように美しい紅い瞳。しっとりと滑らかな白肌に、花も霞むほどの鮮やかで艶のある唇。
「羞花閉月」の美女とは彼女のことだろう。並大抵の男性が相手であれば、きっと目も思考も瞬時に奪われてしまうかもしれない。
少々意地悪を含めつつも嬉しそうに笑む女性に、三栗谷は苦笑で応える。
「別にいいわよ。兄さん、保健の先生として生徒に凄く人気なんだって?」
「さぁ、それはどうじゃろうなぁ……時々遊びに来る生徒もおるから、嫌われてるわけではなかろうが」
「ならいいじゃない。学校の嫌われ者だったら、妹としては悲しい限りだもの。先生なら、生徒に慕われてこそじゃなくて?」
三栗谷を「兄さん」と呼ぶ銀髪の女性──影都(ケイト)が、「ね?」と目を細める。
次々と言葉を紡ぎ出す影都に、三栗谷はただただ笑うしか無かった。
「そういえば、先ほど看護師が言っていたぞ。最近、自分から色んな話をするようになったそうじゃな」
「あら、そんな事話してたの? そうよ、ここのところ結構気分良くてね。毎朝散歩にも出られるようになったの」
「そうか……そこまで回復したのなら良かったぞ。一時はどうなることかと思うたがな」
「そんなに心配かけちゃった? ごめんなさいね、兄さん」
仲睦まじい和やかな雰囲気の中、お互いの近況を語り合う。
幼い頃から仲の良い兄妹だったのだろう、時々冗談や揶揄を交えては子供のような笑みを浮かべている。
「兄さん、そういえば”あの子”は最近どうなの? 何か聞いてない?」
「さぁ……あれからわしは全く関わっておらんからの。今も何も知らぬままじゃ」
「そう……残念ね。元気にしてると良いのだけれど。もう一年近く会ってないし、寂しいわぁ……」
しゅん、と影都が項垂れる。
三栗谷はそんな影都の頭を優しく撫で「すまぬな」と悲しそうに微笑んで見せた。
項垂れる影都の顔に浮かべられているのは、恋する乙女のような、愛する男性を待ち焦がれるような……そんな、切なそうな表情で。
「主は本当に”あの子”が好きだのう。兄の顔だけでは不満か?」
「別に兄さんに不満があるわけじゃないけど、やっぱり恋しくなるじゃない。兄さんは本気で恋をしたことがないから分からないのよ」
少し頬を膨らませて不満を漏らす妹に、やれやれ……と三栗谷は頭を撫で続けていた。
「……。ねぇ、兄さん。お願いがあるの」
少しがっかりした様子を見せたあと、影都がふと思いついたように切り出す。
「ん、何じゃ影都」
「私、ちょっと喉乾いちゃった。悪いんだけど、飲み物買ってきてくれない? 朝一杯お茶をもらったきりで喉カラカラなの」
「ははは、そうか。仕方ないのう、少し待ってておくれ」
影都からのお願いに、笑みを浮かべながら快諾した三栗谷。少し待ってろという言葉と共に席を立ち、病室を出た。
バタン、とドアが閉まる音ともに静寂が訪れた病室。
にこやかに見送りながら兄が遠く離れたのを見計らい、傍に残されたバッグへと手を伸ばした。
三栗谷が置いていったのは、ファスナーのないトートバッグ。他のバッグと違い、中身が見えやすい無防備なアイテムだ。
最初から狙いを定めていたかのように、”ある物”を素早く取り出す。
「……兄さんの嘘つき。」
熟れたリンゴのような赤い唇が、妖しく弧を描く。
その手に持っているのは、「黒崎 影人」と宛名に書かれた1枚の封筒だった──。
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