夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第四.五章 クリスマス編

第六話 始まりの音

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「すみません影人さん、遅くなりました!」
「何、うんこでもしてたの?」
「ぶっ!! 違いますよ、なんか知らないけどすごい混んでたんです!!」

 白夜が去って数秒後。後もう少し早ければ白夜と顔を合わせてしまっていた、というところで蛍は戻ってきた。
蛍とそんな漫才をして、いつもの調子に戻った影人。白夜に与えられた波紋も、じわじわと元に戻っていく。
ほんの僅かの間住み着いていた違和感も、きっと気のせい。無気力に生きる影人にとって、些細な違和感などいつまでも気にしている暇はなかった。


「すみません、こちらでパーティー用のナゲットを予約していた者なんですけれど……」
「ハイ、ナゲット1キロ予約ノ「ミクリヤ」サマ、デスネー。少々、オ待チクダサーイ」

 小さなレジでそう尋ねれば、外国人であろう片言の店員がバックヤードから紙箱に入ったナゲットを持ってくる。
蓋を開ければ、揚げたてのナゲットの匂いが二人の嗅覚を柔らかく刺激する。ほぼ揚げたてのようで、箱を持ってみればじんわりとした熱が蛍の手に伝わってきていた。

「とりあえず、これを持っていけばパーティーもできますね」
「1キロとか誰が食うの? この量」
「さぁ……窓雪さんじゃないですかね? 彼女、よく食べるじゃないですか」

 支払いを済ませ、少し大きめの紙箱を抱えて歩き出す。
二人の脳裏には、大量のナゲットに目を輝かせる同級生女子の顔がふわふわと浮かんでいた。





◇ ◇ ◇





 ナゲットを受け取って約5分、どうにかボクらは三栗谷先生のお宅に辿り着くことが出来た。

「なーん!」

 影人さんの気配を察知したのだろうか。玄関に入るとチェーニが元気よく影人さんに駆け寄り、彼の足にすりすりと頭を擦り付けている。
本当にチェーニは影人さんが大好きなようで、彼の足の周りをぐるぐる歩き回る。自分の匂いをつけようとするかのように。

「やっと帰ってきたのね、ちょっと遅かったんじゃない?」
「俺のせいじゃないよ……蛍が途中でうんこしてたから遅くなっただけ」
「だから違うって言ってんでしょーが!! この顔面宝物庫!!」
「あんたって顔以外は本ッ当最低ね……」

 小学生が好きそうな三文字を平気で口にする影人さんに、すかさずツッコミを入れるボクと黒葛原つづらはらさん。デリカシーのないイケメンとは残念以外の何が似合おうものか。
黒葛原つづらはらさんに至ってはもはや罵り言葉であるが、影人さんが気にする素振りは皆無だ。チェーニが足にくっついたままソファに座り、出かける前と同じようにぐだっと手足を伸ばしている。
そのチェーニはというと、「うなーん」と可愛らしい鳴き声をあげながら足下で丸まっている。きっと、この家にいる間は影人さんの傍から離れるつもりはないのだろう。



「不破君、ナゲットありがとね。ちょっとそれ貸してくれる?」
「はい、どうぞ」

 窓雪さんに声をかけられ、紙袋を渡した。食に目の無い窓雪さんの目が、心なしか輝いて見える……気がするのは、気のせいじゃないかもしれない。
トングで一つ一つ、丁寧に皿の上へと積み上げていく窓雪さん。我が家でもナゲットを食べることはたまにはあるが、精々一人2~3個だ。山になるほどのものは見たことがない。
さすがはパーティー用の1キロナゲット……一人ではまず食べきれないであろうボリュームに圧倒されてしまう。


「さて、これで全部揃ったかの?」
「ケーキでしょ、ナゲットでしょ、オードブルでしょ、それからピザにスープにサラダ! うん、完璧よ!」

 テーブルの上にずらりと並べられた、カラフルなごちそう。大皿に盛られたナゲット、深皿にたっぷり注がれたコンソメスープ、緑黄色野菜豊富な色とりどりのサラダ。そして二段重ねのショートケーキに、寿司やハンバーグ等たくさんのおかずが乗ったオードブル。
さすがパーティーといったところだろうか、普段はお目にかかることのない品数の多さに目が眩みそうだ。

「食べ物は十分じゃな。あぁ、飲み物もちゃんと用意してあるぞ」

 そう言って三栗谷先生が出してきたのは、人数分のグラスと2リットルのペットボトル4本。コーラ、緑茶、オレンジジュース、ミルクティー……ボクら若者がよく飲んでいるようなラインナップだ。
若者の好みはよく分からんがと苦笑しているが、十分だ。色とりどりのジュースと食べ物で彩られたテーブルの上は、まるで数多くの宝石が入った宝石箱のよう。

「ほら黒崎、揃ったんだから乾杯するわよ。飲み物何がいい?」
「……コーラ」
「はいはい、ならさっさとこっち来なさい。コーラ入れといてやるから……不破君が」
「え、ボク?」

 ボクが尋ねると、さも当たり前のように「そうだけど」としれっと返す黒葛原つづらはらさん。自分から「何がいい?」なんて彼に聞いておいて何だとは思ったが、今の彼女はソファから影人さんを引き剥がすのに忙しいらしい。
両手で思いきりソファ上の影人さんを引っ張る黒葛原つづらはらさんを見つつ、ボクはグラスにコーラを注いでおいた。

(中学の頃から知り合ってるってのもあるからかな……何だかんだ仲良さそうだよなぁ)





「よし、それじゃあ始めよっか!」

 窓雪さんはオレンジジュース、黒葛原つづらはらさんはミルクティー、ボクと三栗谷先生は緑茶、影人さんはコーラ。
ごちそうで鮮やかに彩られたテーブルを前に、ボクらはグラスを掲げる。……やる気の無い影人さんの腕は、ボクが強制的に上げさせて。

「先生、号令お願いしていいですか?」
「うむ。……皆の衆、この一年よく頑張った。今年も残り僅かだが、冬休みを大いに楽しんでおくれ」

 今年一年を振り返り、懐かしむように微笑む――そんな風に見えた三栗谷先生の目に、ボクも改めて今年を振り返る。

 窓雪さんからの手紙をきっかけに、影人さんのことを色々知ることが出来た……今年は、本当に濃い一年だった。
その流れで影人さん以外の人とも仲良くなり、今では学校外でこうして一緒にテーブルを囲んでいる。保健室の先生ともこんなに距離が近くなるなんて、入学したてのボクは想像だにしなかっただろう。

 今のこの状況を、影人さんはどう思っているんだろう。
ボクとしかつるんでいなかった影人さんも、今はこうして他の人も交えてテーブルを囲んでいる。その中には、中学時代の同級生までいて。
何だかんだあったけれど、今では一緒の空間でパーティーをするような間柄だ。こんな風に彼も想像し得なかったのではないだろう。
……気怠そうに天を仰ぐ横顔に、今はそんなことを尋ねられはしないけれど。


「それでは、……乾杯」
「「「かんぱーい!!」」」

 三栗谷先生のかけ声に続き、影人さん以外の三人が声を合わせる。
グラスが軽くぶつかり合う音が響き、それを合図にパーティーが始まりを告げた。
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