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第四.五章 クリスマス編
第一話 目的不明
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──12月21日。
波乱だった二学期も、あっという間に終わりを告げた。
(約4ヶ月、色々あったなぁ……)
夏休み終わり直後に出会った黒葛原さんにより、影人さんの過去がまた一つ明かされ。10月の文化祭で兄さんが現れ、翌11月に兄さんとボクの問題が起こって。
お互いを深く知るいい機会になった……といえば聞こえはいいが、どちらかというと「心休まる暇があまり無かった」が正しいかもしれない。
そうして忙しない中で迎えた冬休み……ようやく、のんびり穏やかに過ごせる時間がやってきた、といったところだ。
(暇だなぁ)
しかしボクが長期休みに入ったとて、社会人である叔父さんと叔母さんは変わらない。平日は二人とも仕事に出ていて、日中のボクは留守番状態だ。
冬休みの宿題も少し進め、昼食の用意も済ませてしまった。家にいるならと叔母さんに頼まれた洗濯物干しも終えてしまったし、やることが何もない。
テレビをつけても面白い番組はない。ニュースは朝起きた時点でチェック済みだし、バラエティも興味をそそらない。
冷蔵庫の中はそれなりに潤っていて、急いで買い出しに出る必要もない。遊びに行こうにもしたいことはなく、行きたい場所も浮かばず──そうして結局、家から出ずじまい。ないない尽くしの休日だ。
せっかくの冬休みだというのに、宿題以外何もしていない。
時間を無駄にしてしまっている罪悪感の中、ずっと頭に浮かべているのは──
(……影人さん、今何してるんだろ……)
――たった一人の、大切な友達。
ベッド上でごろごろしている今も、スマホを開いては無意識に彼の名を探してしまう。
けれど、「黒崎 影人」の文字を眺めるだけ……その名を目にしては、指が止まる。
メッセージを送るでもなく、電話をかけるでもなく。どうしようか、そんな風に迷ってはまた閉じて。
(……迷惑、だよなぁ)
話がしたい、会いたい。学校へ行かなくなってからそんな気持ちが日毎募りつつあるけれど、声をかける勇気が出ない。
前だったら、こんな風に考えることもなかったのに。特に取り立てた用が無いのも相まって、なんて声をかけたらいいのか分からなくなってしまっている。
(……冬休みの宿題……放っておくと、影人さんやらないだろうな……)
机の上に出しっぱなしのペンとノートが目に入る。いっそのこと、宿題をきっかけに声をかければいいのだろうか。
勉強なんて面倒くさいものが嫌いな彼なら、きっと「やだ、めんどくさい」なんて嫌な顔をするだろうけれど。
(仕方ないですよね。宿題やらないで怒られて、進級できませんとかなったら嫌ですし……うん)
彼は嫌な顔をするかもしれない。でも、心を鬼にして「一緒に宿題をやろう」と声をかけてみようか。
そうして彼と会えたなら、この落ち着かなさも少しは治まるだろうか。そうだと信じたい。
思い切って通話開始ボタンをタップ――
「んっ!?」
……しようとしたところで、着信音と共にスマホが震え出す。
慌てて画面に目を向けると、そこに表示されたのは【黒葛原さん】――見慣れた五文字だった。
(珍しい……何の用だろ?)
彼女からこうして連絡が来るなんて、いつぶりだろうか。
多分、一度だけ行ったあのデート(笑)前の夜ぶりかもしれない。それ以降は学校で会って少し話す、それが精々だったのだ。
ボクや影人さんに絡んでくることはちょくちょくあれど、プライベートで関わることは一切なかった。
そんな彼女が、プライベートでボクにいきなり電話。一体全体、なんの用だろうか。
とりあえず話だけ聞いてみるかと通話開始ボタンをタップし、「もしもし?」と第一声を発した。
『もしもーし、不破君? 突然だけどさ、12月25日ってなんか予定入ってる?』
「え? ……25日……クリスマス、ですか?」
電話口から聞こえてきたのは、いつもと変わらない明るい口調。
『そ、クリスマス。家族と過ごすとか、黒崎と過ごすとか……まぁ、何でもいいんだけど』
「あー……予定、ですか……えぇと」
突然尋ねられたことに戸惑いつつ、壁のカレンダーに目を向ける。
「12月25日」……悲しいことに、「クリスマス」の文字以外は何もない銀世界だ。
つまるところ、予定ナシ。かなり暇である。
テレビでよく見るリア充であったなら、「クリパ」や「デート」といった予定でもあったことだろう。けれど、残念ながらボクは交友関係もさほど広くない非リアだ。
パーティーの予定はおろか、誰かと遊ぶ予定だって入れていない。自分で言っててなんだか虚しい。
「いえ、特にないですね。叔父さんと叔母さんも仕事だ~って言ってましたし、影人さんとも冬休みの話はしてないです」
『ふーん。なら、二人揃って暇ってこともありえるかしら』
「えぇ、まぁ……影人さんはどうだかわかりませんけど」
恐らく、影人さんもクリスマスの予定なんて真っ白……かもしれない。二学期最後の日まで、クリスマスはどうするかなんて話もしないまま冬休みに突入したのだ。
……誰だか知らない女子からの誘いさえなければ、の話だが。
『ふーん……ならさ、不破君にちょっとお願い。25日の正午、黒崎引っ張り出してどっかで待ってて欲しいのよ』
「え? 影人さんを引っ張り出してって……どうしてそんな急に?」
突然の申し出に、思わず首を傾げる。4日後、影人さんと一緒にどこかで待ってろ……とは、どういう用件なのだろう。
25日──クリスマスという一大イベントの日だ。きっと、なにか目的はあるのかもしれないけれど。
ボクが尋ねた電話口の向こう、聞こえてきたのは「あー……」と、少し歯切れの悪い調子の声だった。
『それは……まだ言えない。一応ちゃんと目的はあるけど、それ言ったら黒崎絶対出てこなそうだし。不破君も嘘つくの下手そうだから、聞かれた時にぽろっと零しちゃいそうだもん』
「えぇ、何ですかそれ……黒葛原さん、まさか変なこと企んでるんじゃないでしょうね……」
『企んでないわよ! あんたら二人を今さらどうこうしてあたしに何の得があるんだっつーの! ……とにかく、あんたには黒崎の確保だけ頼みたいのよ。用件は当日になったら分かるから』
当日になったら分かる、だなんて。なんと秘密の多いお誘いなのだろうか。
一応あんなことがあったのだ、今さら黒葛原さんがボクらに何かを悪いことを仕掛けると思ってはいない……が。
目的が分からない、けれど答えてもらいそうにない――そんな状況に、警戒心はまだ解けない。
「……あの、一つだけ聞きますけど……他に誰か来たりします?」
『あぁ、メンツ? あたしの他にはケイちゃんがいるわよ。ケイちゃんいるならあんたも安心でしょ? 前々から仲いいみたいだし』
ケイちゃん──窓雪さん。その名を聞いた途端、少しだけ肩の力が抜けていく。
黒葛原さんだけなら一波乱起こりそうな気はしたが、窓雪さんが一緒なら大丈夫かもしれない。
小野田先輩との喧嘩騒動も、黒葛原さんとのいざこざも、窓雪さんの力添えもあって解決したものなのだ。
そんな彼女が一緒なら、万一何かあったとしても助けてくれるだろう……なんて。
黒葛原さんが聞いたら怒りそうなことを考えつつ、「分かりました」と返事をした。
「とりあえず、集合場所は毎朝待ち合わせてるコンビニでもいいですか? 場所は教えますので」
『うん、それでオッケー。学校からそっちまでの地図スクショで送ってくれればイケると思う。後は黒崎のこと頼むわね』
それじゃあ、また当日。そう言い合ったのを最後に、ボクは通話終了ボタンをタップした。
電話が終わり、しん……と静まりかえった自室。しばらくぼーっとした後、ある事に気が付いたボクの心臓が急に早鐘を鳴らし始める。
かなり唐突ではあるが、影人さんに電話をするきっかけが掴めた。途端に感じた高揚感に、指が少しだけ震える。
「黒崎 影人」──開いては閉じ、開いては閉じ……を繰り返したこのページに、ようやくアクションを起こすことが出来るのだ。
(流石にもう起きてるよな……)
体を起こし、通話開始ボタンを押す。呼び出し音が鳴り続ける中、時計にちらっと目を向けた。
11:49──もうお昼ご飯の時間が近い。いくら朝起きるのが遅い影人さんでも、いい加減起きている頃だろう。
……多分、だが。
『……もしもし……』
鳴らしてから10秒ほど、気力の感じられない気怠げなイケメンボイスが鼓膜に触れる。
ずっと聞きたいと思っていた声を前に、どくんどくんと心臓が鳴り響く。少し油断したら、声がひっくり返ってしまいそうだ。
震えそうになる唇を必死に動かし、僕も応答した。
「もしもし、影人さん? すみません、急に」
『別にいいけど……何?』
「さっき、電話が来たんですよ。黒葛原さんからなんですけど」
少し緊張しながらも、用件を伝える。たった数日会ってないだけなのに、どうして電話一本でこんなにも緊張するのだろうか。
ボクはちゃんと、いつも通りの声を出せているだろうか。そんな不安を抱えながら返答を待つ耳に、「あー……」と、やる気の感じられない返事が響いた。
『何、デートの誘いでもあった?』
「違いますよ!! えぇと……12月25日の正午、影人さんを連れてどこかで待っててくれって言われたんです。一応、いつも待ち合わせしてるコンビニでって話してはみたんですけど……その日って何か予定ありますか?」
予定があるか否か──それを尋ねた途端、心臓の鼓動が更に加速する。
もしかしたら影人さんだってやりたいことがあるかもしれない。バンドのメンバーと遊んだり、金蔓の女とデート……だって、したりするかもしれない。
クリスマスといえば、男女にとって大切な時期でもある。影人さんみたいなイケメンと過ごしたい女の子だって、掃いて捨てるほどいるはずなのだ。
けれど、ボクは無意識に祈っていた。影人さんの予定が空っぽであることを。
どうか、どうか、「予定なんて無い」と言ってほしい。そしてあわよくば、この先の言葉にも「いいよ」と頷いてほしい。
理由も分からず影人さんを焦がれる心が、大暴走を始めてしまっている。
速まるばかりの鼓動を抑えつつ、影人さんの返答を待った。
『えぇ……別に無いけど、何で?』
──やった! 良かった!!
その言葉を聞いた途端、つい口からそんな言葉が漏れ出そうになる。
ただ、舞い上がるのはまだだ。OKをもらったわけではない。
寧ろ本番はここからなのだ。はやる気持ちを抑えながら、ボクは必死に「いつも通りの声」を演じた。
「さぁ……ボクもただ「連れて来て」って言われただけなんです。何か目的はあるみたいですけど、教えてくれなくて。窓雪さんも一緒らしいんで、変なことではないとは信じてるんですけど」
『ふーん……でもさぁ。何か、あいつのことだから面倒くさそうな予感しかしないんだけど』
「まぁ……それは分かります。ボクも窓雪さんが一緒って聞かなかったら頷けませんでしたしね」
なんとも拒否の色が強い声色に、ご最もですと頷きたくなる。
過去のアレコレがなくとも、彼からしたら黒葛原さんみたいな押しの強いタイプは面倒くさいだろう。
「けど……」
『けど?』
「逆に行かなかったら行かなかったで、もっと面倒かもしれませんよ? あの人結構ハッキリ言う人だから、どこかで会った時「何で来なかったの?」なんてぐいぐい迫られちゃったりして」
『あー……うん。そっちの方が面倒くさいだろうね。あいつ、しつこそうだし……』
はぁ、と電話口の向こうから聞こえるため息。
一時の面倒事に付き合ってやるか、それともその後ネチネチ色々と言われることになるか。文化祭の時と同じような選択肢を、彼はここで迫られていた。
自分の誘いを断ったからと言って彼女がその後しつこく絡むかどうかは分からないが、あのハキハキとした口調で一言くらいは言ってくるだろう。それくらいは、ボクだって容易に想像がつく。
影人さんもなんとなく想像がついているのだろうか、仕方ないと言わんばかりの諦めモードを見せていた。
『分かった、正直怠いけど行くよ……でも、変な用だったら先に帰るからね』
「あぁ、はい。黒葛原さんには連絡しておきますので、また当日に」
『うん、じゃあね』
じゃあね、の一言と共に切断された。
内心(何故か)ドキドキしながら影人さんとの通話を終えたボクはぐだりと両腕をベッドに投げ出し、倒れる。
全身から力を抜いて、少しばかりの放心。……そして、
(きっかけは黒葛原さんだけど……何はともあれ、影人さんと冬休みも会える!!)
ジェットコースターの如く、ボクの心は急上昇。
何も予定のない悲しいクリスマスが最高の日になる、そんな予感がしていた。
波乱だった二学期も、あっという間に終わりを告げた。
(約4ヶ月、色々あったなぁ……)
夏休み終わり直後に出会った黒葛原さんにより、影人さんの過去がまた一つ明かされ。10月の文化祭で兄さんが現れ、翌11月に兄さんとボクの問題が起こって。
お互いを深く知るいい機会になった……といえば聞こえはいいが、どちらかというと「心休まる暇があまり無かった」が正しいかもしれない。
そうして忙しない中で迎えた冬休み……ようやく、のんびり穏やかに過ごせる時間がやってきた、といったところだ。
(暇だなぁ)
しかしボクが長期休みに入ったとて、社会人である叔父さんと叔母さんは変わらない。平日は二人とも仕事に出ていて、日中のボクは留守番状態だ。
冬休みの宿題も少し進め、昼食の用意も済ませてしまった。家にいるならと叔母さんに頼まれた洗濯物干しも終えてしまったし、やることが何もない。
テレビをつけても面白い番組はない。ニュースは朝起きた時点でチェック済みだし、バラエティも興味をそそらない。
冷蔵庫の中はそれなりに潤っていて、急いで買い出しに出る必要もない。遊びに行こうにもしたいことはなく、行きたい場所も浮かばず──そうして結局、家から出ずじまい。ないない尽くしの休日だ。
せっかくの冬休みだというのに、宿題以外何もしていない。
時間を無駄にしてしまっている罪悪感の中、ずっと頭に浮かべているのは──
(……影人さん、今何してるんだろ……)
――たった一人の、大切な友達。
ベッド上でごろごろしている今も、スマホを開いては無意識に彼の名を探してしまう。
けれど、「黒崎 影人」の文字を眺めるだけ……その名を目にしては、指が止まる。
メッセージを送るでもなく、電話をかけるでもなく。どうしようか、そんな風に迷ってはまた閉じて。
(……迷惑、だよなぁ)
話がしたい、会いたい。学校へ行かなくなってからそんな気持ちが日毎募りつつあるけれど、声をかける勇気が出ない。
前だったら、こんな風に考えることもなかったのに。特に取り立てた用が無いのも相まって、なんて声をかけたらいいのか分からなくなってしまっている。
(……冬休みの宿題……放っておくと、影人さんやらないだろうな……)
机の上に出しっぱなしのペンとノートが目に入る。いっそのこと、宿題をきっかけに声をかければいいのだろうか。
勉強なんて面倒くさいものが嫌いな彼なら、きっと「やだ、めんどくさい」なんて嫌な顔をするだろうけれど。
(仕方ないですよね。宿題やらないで怒られて、進級できませんとかなったら嫌ですし……うん)
彼は嫌な顔をするかもしれない。でも、心を鬼にして「一緒に宿題をやろう」と声をかけてみようか。
そうして彼と会えたなら、この落ち着かなさも少しは治まるだろうか。そうだと信じたい。
思い切って通話開始ボタンをタップ――
「んっ!?」
……しようとしたところで、着信音と共にスマホが震え出す。
慌てて画面に目を向けると、そこに表示されたのは【黒葛原さん】――見慣れた五文字だった。
(珍しい……何の用だろ?)
彼女からこうして連絡が来るなんて、いつぶりだろうか。
多分、一度だけ行ったあのデート(笑)前の夜ぶりかもしれない。それ以降は学校で会って少し話す、それが精々だったのだ。
ボクや影人さんに絡んでくることはちょくちょくあれど、プライベートで関わることは一切なかった。
そんな彼女が、プライベートでボクにいきなり電話。一体全体、なんの用だろうか。
とりあえず話だけ聞いてみるかと通話開始ボタンをタップし、「もしもし?」と第一声を発した。
『もしもーし、不破君? 突然だけどさ、12月25日ってなんか予定入ってる?』
「え? ……25日……クリスマス、ですか?」
電話口から聞こえてきたのは、いつもと変わらない明るい口調。
『そ、クリスマス。家族と過ごすとか、黒崎と過ごすとか……まぁ、何でもいいんだけど』
「あー……予定、ですか……えぇと」
突然尋ねられたことに戸惑いつつ、壁のカレンダーに目を向ける。
「12月25日」……悲しいことに、「クリスマス」の文字以外は何もない銀世界だ。
つまるところ、予定ナシ。かなり暇である。
テレビでよく見るリア充であったなら、「クリパ」や「デート」といった予定でもあったことだろう。けれど、残念ながらボクは交友関係もさほど広くない非リアだ。
パーティーの予定はおろか、誰かと遊ぶ予定だって入れていない。自分で言っててなんだか虚しい。
「いえ、特にないですね。叔父さんと叔母さんも仕事だ~って言ってましたし、影人さんとも冬休みの話はしてないです」
『ふーん。なら、二人揃って暇ってこともありえるかしら』
「えぇ、まぁ……影人さんはどうだかわかりませんけど」
恐らく、影人さんもクリスマスの予定なんて真っ白……かもしれない。二学期最後の日まで、クリスマスはどうするかなんて話もしないまま冬休みに突入したのだ。
……誰だか知らない女子からの誘いさえなければ、の話だが。
『ふーん……ならさ、不破君にちょっとお願い。25日の正午、黒崎引っ張り出してどっかで待ってて欲しいのよ』
「え? 影人さんを引っ張り出してって……どうしてそんな急に?」
突然の申し出に、思わず首を傾げる。4日後、影人さんと一緒にどこかで待ってろ……とは、どういう用件なのだろう。
25日──クリスマスという一大イベントの日だ。きっと、なにか目的はあるのかもしれないけれど。
ボクが尋ねた電話口の向こう、聞こえてきたのは「あー……」と、少し歯切れの悪い調子の声だった。
『それは……まだ言えない。一応ちゃんと目的はあるけど、それ言ったら黒崎絶対出てこなそうだし。不破君も嘘つくの下手そうだから、聞かれた時にぽろっと零しちゃいそうだもん』
「えぇ、何ですかそれ……黒葛原さん、まさか変なこと企んでるんじゃないでしょうね……」
『企んでないわよ! あんたら二人を今さらどうこうしてあたしに何の得があるんだっつーの! ……とにかく、あんたには黒崎の確保だけ頼みたいのよ。用件は当日になったら分かるから』
当日になったら分かる、だなんて。なんと秘密の多いお誘いなのだろうか。
一応あんなことがあったのだ、今さら黒葛原さんがボクらに何かを悪いことを仕掛けると思ってはいない……が。
目的が分からない、けれど答えてもらいそうにない――そんな状況に、警戒心はまだ解けない。
「……あの、一つだけ聞きますけど……他に誰か来たりします?」
『あぁ、メンツ? あたしの他にはケイちゃんがいるわよ。ケイちゃんいるならあんたも安心でしょ? 前々から仲いいみたいだし』
ケイちゃん──窓雪さん。その名を聞いた途端、少しだけ肩の力が抜けていく。
黒葛原さんだけなら一波乱起こりそうな気はしたが、窓雪さんが一緒なら大丈夫かもしれない。
小野田先輩との喧嘩騒動も、黒葛原さんとのいざこざも、窓雪さんの力添えもあって解決したものなのだ。
そんな彼女が一緒なら、万一何かあったとしても助けてくれるだろう……なんて。
黒葛原さんが聞いたら怒りそうなことを考えつつ、「分かりました」と返事をした。
「とりあえず、集合場所は毎朝待ち合わせてるコンビニでもいいですか? 場所は教えますので」
『うん、それでオッケー。学校からそっちまでの地図スクショで送ってくれればイケると思う。後は黒崎のこと頼むわね』
それじゃあ、また当日。そう言い合ったのを最後に、ボクは通話終了ボタンをタップした。
電話が終わり、しん……と静まりかえった自室。しばらくぼーっとした後、ある事に気が付いたボクの心臓が急に早鐘を鳴らし始める。
かなり唐突ではあるが、影人さんに電話をするきっかけが掴めた。途端に感じた高揚感に、指が少しだけ震える。
「黒崎 影人」──開いては閉じ、開いては閉じ……を繰り返したこのページに、ようやくアクションを起こすことが出来るのだ。
(流石にもう起きてるよな……)
体を起こし、通話開始ボタンを押す。呼び出し音が鳴り続ける中、時計にちらっと目を向けた。
11:49──もうお昼ご飯の時間が近い。いくら朝起きるのが遅い影人さんでも、いい加減起きている頃だろう。
……多分、だが。
『……もしもし……』
鳴らしてから10秒ほど、気力の感じられない気怠げなイケメンボイスが鼓膜に触れる。
ずっと聞きたいと思っていた声を前に、どくんどくんと心臓が鳴り響く。少し油断したら、声がひっくり返ってしまいそうだ。
震えそうになる唇を必死に動かし、僕も応答した。
「もしもし、影人さん? すみません、急に」
『別にいいけど……何?』
「さっき、電話が来たんですよ。黒葛原さんからなんですけど」
少し緊張しながらも、用件を伝える。たった数日会ってないだけなのに、どうして電話一本でこんなにも緊張するのだろうか。
ボクはちゃんと、いつも通りの声を出せているだろうか。そんな不安を抱えながら返答を待つ耳に、「あー……」と、やる気の感じられない返事が響いた。
『何、デートの誘いでもあった?』
「違いますよ!! えぇと……12月25日の正午、影人さんを連れてどこかで待っててくれって言われたんです。一応、いつも待ち合わせしてるコンビニでって話してはみたんですけど……その日って何か予定ありますか?」
予定があるか否か──それを尋ねた途端、心臓の鼓動が更に加速する。
もしかしたら影人さんだってやりたいことがあるかもしれない。バンドのメンバーと遊んだり、金蔓の女とデート……だって、したりするかもしれない。
クリスマスといえば、男女にとって大切な時期でもある。影人さんみたいなイケメンと過ごしたい女の子だって、掃いて捨てるほどいるはずなのだ。
けれど、ボクは無意識に祈っていた。影人さんの予定が空っぽであることを。
どうか、どうか、「予定なんて無い」と言ってほしい。そしてあわよくば、この先の言葉にも「いいよ」と頷いてほしい。
理由も分からず影人さんを焦がれる心が、大暴走を始めてしまっている。
速まるばかりの鼓動を抑えつつ、影人さんの返答を待った。
『えぇ……別に無いけど、何で?』
──やった! 良かった!!
その言葉を聞いた途端、つい口からそんな言葉が漏れ出そうになる。
ただ、舞い上がるのはまだだ。OKをもらったわけではない。
寧ろ本番はここからなのだ。はやる気持ちを抑えながら、ボクは必死に「いつも通りの声」を演じた。
「さぁ……ボクもただ「連れて来て」って言われただけなんです。何か目的はあるみたいですけど、教えてくれなくて。窓雪さんも一緒らしいんで、変なことではないとは信じてるんですけど」
『ふーん……でもさぁ。何か、あいつのことだから面倒くさそうな予感しかしないんだけど』
「まぁ……それは分かります。ボクも窓雪さんが一緒って聞かなかったら頷けませんでしたしね」
なんとも拒否の色が強い声色に、ご最もですと頷きたくなる。
過去のアレコレがなくとも、彼からしたら黒葛原さんみたいな押しの強いタイプは面倒くさいだろう。
「けど……」
『けど?』
「逆に行かなかったら行かなかったで、もっと面倒かもしれませんよ? あの人結構ハッキリ言う人だから、どこかで会った時「何で来なかったの?」なんてぐいぐい迫られちゃったりして」
『あー……うん。そっちの方が面倒くさいだろうね。あいつ、しつこそうだし……』
はぁ、と電話口の向こうから聞こえるため息。
一時の面倒事に付き合ってやるか、それともその後ネチネチ色々と言われることになるか。文化祭の時と同じような選択肢を、彼はここで迫られていた。
自分の誘いを断ったからと言って彼女がその後しつこく絡むかどうかは分からないが、あのハキハキとした口調で一言くらいは言ってくるだろう。それくらいは、ボクだって容易に想像がつく。
影人さんもなんとなく想像がついているのだろうか、仕方ないと言わんばかりの諦めモードを見せていた。
『分かった、正直怠いけど行くよ……でも、変な用だったら先に帰るからね』
「あぁ、はい。黒葛原さんには連絡しておきますので、また当日に」
『うん、じゃあね』
じゃあね、の一言と共に切断された。
内心(何故か)ドキドキしながら影人さんとの通話を終えたボクはぐだりと両腕をベッドに投げ出し、倒れる。
全身から力を抜いて、少しばかりの放心。……そして、
(きっかけは黒葛原さんだけど……何はともあれ、影人さんと冬休みも会える!!)
ジェットコースターの如く、ボクの心は急上昇。
何も予定のない悲しいクリスマスが最高の日になる、そんな予感がしていた。
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