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第四章
第十三話 忌まわしき男
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黒葛原との対談も終えた夕方。肉に頭を悩ませた日と同じパーカーを翻し、影人は歩いていた。
ポケットにスマホと財布。荷物のにの字もないほどの身軽装備で向かうのは、いつも蛍と待ち合わせをしているコンビニだ。
隣に蛍がいないのは、万一のことを考えての防衛である。
名前こそ知らないが、影人の頭にはきちんと記憶されている。赤紫の髪、左目を隠した眼帯──何故か蛍のことを知っているあの男から、彼を守るためだった。
「明日のご飯ないからコンビニ行ってくるけど、何か要る?」
「そうですね……。パックのご飯と、冷凍食品を何個かお願いしてもいいですか? 明日のご飯作るのに材料が足りなくて……」
お願いします、とメモとお金を渡された影人。自分の用事がメインであるが、やっていることはまるで子どものお使いか夫婦の家事分担のよう。
影人なら絶対やらないであろう炊事から家の掃除、果ては洗濯物のアレコレまで。世話になっているからという理由で勝手にやっているが、その様はまるで──
(……なんか、どっかの嫁みたい)
影人の頭にぽわんと浮かんだのは、割烹着を着た蛍の姿。
典型的な"それ"はあまりにも板について──否、板につきすぎていて、影人の口角は早くも限界を迎えてしまっていた。
あいつ、もしかして生まれる性別を間違えたんじゃないか。
顔つきも「イケメン」とはほど遠いそれで、肉付きや触り心地も男というより女に近い。
ただ、本人は「かっこいい」と言われたがっている。そんな彼にこのことを伝えたら、まず顔を赤くしてぷりぷり怒ることだろう。
まぁ、それはそれで反応が面白いからいいんだけど──なんて思いながら歩いていると。
「……ごめん。ちょっといいか? そこの、銀髪に黒パーカーの子」
耳障りのいい、爽やかな男の声。声だけで「この人は見目麗しい人間である」と錯覚してしまいそうなくらいに、麗らかな声色。
振り向けば、蛍の逃亡の原因を作ったあの男――「白夜」がそこにいた。
(うわ……なんでここにいんの)
叶うなら、こっちが先に気付きたかった。そして、気付いた時点で無視をしていたかった。
しかし残念ながら先手を取られたうえに、銀髪に黒パーカーなんてはっきりと指名されてしまって。そこまでされたら無視もできない……否、無視をしたら余計に面倒なことになりそうだ。
あれだけ蛍にしつこく付き纏う男なのだ、少し無視をしたくらいで食い下がるような男には見えない。
そもそも、白夜には女装した姿しか見せたことがない……はずだった。それが何故、ピンポイントで素の姿の自分に話しかけることが出来たのだろう。
どこかで自分を知ったのか、それとも学校の誰かが勝手に――。
……思考を巡らせど、答えは出てこない。どう考えても憶測が憶測を呼ぶだけで、不毛な自問自答で全て終わってしまう。
何にせよ、反応したが最後「逃げる」コマンドは消失済みだ。この七面倒くさい状況にはもはやため息しか出てこない。
額に縦じわを寄せながら「何」と言葉を返し、白夜との戦いに火蓋を切った。
「お前……あの時のメイドさん、だよな?」
「……何のこと?」
「高校の文化祭……2年D組は男装女装喫茶やってただろ? その時、お前に会ったはずなんだ。……こいつを探してるって」
あくまで知らぬ振りを決め込む影人に見せたのは、文化祭の時に見せられた昔の蛍……らしき写真。
もちろん影人の本心としては話の内容は覚えているし、自分がその時のメイドである。
「……知らないし、話された覚えないよ。誰かと勘違いしてるんじゃない?」
感情の篭もらない声色で返す。真実を告げないのは「面倒事を回避したい」、ただその一心からだった。
叔父さんと叔母さんには接触を拒否されている、それは既に影人も確認済みだ。蛍の家の前で「帰れ」と言われていた白夜の姿を覚えている。
メイドは自分じゃないと思いこませて、このまま自分が「蛍の友達」であるとさえバレなければ、このまま逃げきれるはず──影人はそう踏んでいた。
「……そうか。今言ったのが俺の勘違いなら、それでいい。……けど、もう一つだけ」
「……何、まだあんの?」
「あぁ。……気味悪がるかもしれないけど……この間、見たんだ。お前が、蛍の手を引いてどこかへ走っていくのをさ。さっきのメイドの話が俺の勘違いだとしても、あの姿を見て確信した。……蛍はきっと、お前の元にいるんだって」
はは、と寂しそうに眉を下げて笑う。
爽やかな雰囲気をしたイケメンによる憂いを感じられる笑み、といえば聞こえはいいかもしれない。相手が普通の女性であったなら、恋でなくとも胸の高鳴り一つは覚えたものだろう。
(……めんどくさ……あの時、さっさと逃げれば良かった)
しかし、残念ながら相手は男で──しかも、蛍の友達だ。
いくら見目の良い男でも、影人から見た彼はただの「不審者」にしか見えない。
それも、いくら拒否をしたところで諦めそうにない──影人にとって大嫌いなタイプの。
「……じゃあ聞くけど。お前は蛍の何なの?」
無感情だった声に、色が付く。たとえるなら鉛や刃物のように、鈍く光る暗い色。
目の前の男に苛立ちを覚え始めた影人の顔は、この状況が不快だとあからさまに告げている。マスクで顔が半分隠れている分、威圧感も倍増だ。
彼の纏う雰囲気雰囲気に、白夜の顔が強ばる。……ただ、それでも逃げる様子はない。
僅かでも怖いと感じた心をぐっと抑え、凛とした表情で再び影人と向き合う。
「……そうだ、お前にまだ名前も教えてなかったよな。遅くなってごめん。
俺は、不破 白夜──蛍の兄だ」
蛍の兄──そう告げられた影人の心の内側に、小さな波が立つ。
友達として知り合ってから一年、一度も彼の口から出てこなかった話題の人物だ。自分が蛍の領域に踏み込まないのも相まって、ずっと知らずにいた事実。
影人が知っているのは、叔父さんと叔母さんの世話になっているということ。そして、訳あって彼が実家には住んでいないことだけだ。
彼が一人っ子だと勝手に決めつけていたわけでもないが、兄がいたとは意外だ。
それも、彼が内心脅えていたこの不審者だったとは。
「今は色々あって、あいつとは離れて暮らしてる。あいつが高校入学と同時に、だから……兄弟離ればなれで暮らして、もう一年は経ってる」
「…………」
「どうしても、蛍に伝えたいことがある。あいつに直接聞きたいことだってある。……詳しい内容はここじゃ話せないけど、あいつの心の中には、俺と色々あったことがまだ残ってるんじゃないかって」
だから、どうか会わせてほしい──物悲しげに微笑む白夜の指が、そっと眼帯に触れる。
たった一秒、その仕草ひとつ。それだけでも、影人は直感していた。
──あの眼帯の下にあるものに、蛍が何か関わっているのかもしれない。
白夜と蛍の双方から詳しい話を聞いていない今、影人の頭の中で浮かべられるのはそんな憶測だけ。
しかし、それは無意味な思考遊びだ。明確な答えを聞かされていない今、考えたところで出てくるのは答えの出ない推測や憶測だけだ。
面倒事が嫌いな影人の思考回路は、いつまでもそんな不毛なものに囚われない。
それどころか、今の彼にあるのは──
「……。だから何?」
「……え?」
「それでずっと蛍に付き纏ってるってわけ? 高校の文化祭だけじゃなくあいつの家にも押し掛けて? その周りをこうやってウロチョロして? あいつが何でお前と会わないようにしてるのか、叔父さん叔母さんがお前を追い払ってるのか、考えたことある?」
言葉数の少ない影人の口が、機関銃と化す。容赦なく連射される言葉の一つ一つには、白夜本人と現状に対する面倒臭さ、苛立ちが力強く丁寧に込められていた。
「追いかけてるお前は良いかもしれない。けど、蛍は心底怖がって家にも帰れずビクビク隠れて俺の所にいるぐらいお前のこと嫌がってるんだよ。叔父さん叔母さんに「友達の家にいる」って言われた時点で想像もしなかったの?」
赤く染まった夕日を背に、逆光浴びて影を纏う。影人の紅い瞳は、大嫌いな面倒事への苛立ちや激しい怒りで鋭い光を放っていた。
普段は木に抱きついてのんびり生きているコアラのような彼が、今はテリトリーに侵入者が入ってきた時の肉食動物のよう。
「弟のこと大事に思ってるんだったら、あいつの気持ちを第一に考えてやれよ。
──いい加減にしろ」
最後に一発、重い鉛玉を放つ。
影人の目には、未だ血のように真っ赤な光が宿っていた。
普段怒ることすら避けたがる彼のこんな表情を、今まで誰が見たことがあっただろうか。
中学時代のクラスメイトの黒葛原も、彼の両親も──誰よりも深く彼を知っている蛍でさえ、こんな顔は知らないだろう。
「…………」
最後の頼みの綱──影人のことをそう考えていたであろう白夜の表情が曇る。
陽光が差す隙すら無い、黒灰色の曇り空。希望を絶たれたと言わんばかりの表情が、そこにはある。
「……分かった……俺はこれで帰るよ、引き留めて悪かった」
「……もういい? 蛍待たせてるから、さっさとコンビニ行きたいんだけど」
「あぁ。……」
「……ごめん、最後に一つだけ頼みがある。それさえ叶えばもうこっちに来ないし、蛍の家にも行かない。約束するよ」
苛立ちを隠そうともせず横を通り過ぎようとした影人を、白夜が再び引き留める。
今度は何、とでも言いたそうに不快感を露わにしながら振り返る影人に、どこか悲しそうな笑みを見せる。
「伝えてほしいんだ、蛍に。
俺はもうあの時のことは気にしてない。
お前は何も悪くない。
……何があっても、俺はずっとお前のことを大切に想ってる、って」
二人の間にしか通じない意味深な言葉を残し、影人の視界から姿を消した。
ポケットにスマホと財布。荷物のにの字もないほどの身軽装備で向かうのは、いつも蛍と待ち合わせをしているコンビニだ。
隣に蛍がいないのは、万一のことを考えての防衛である。
名前こそ知らないが、影人の頭にはきちんと記憶されている。赤紫の髪、左目を隠した眼帯──何故か蛍のことを知っているあの男から、彼を守るためだった。
「明日のご飯ないからコンビニ行ってくるけど、何か要る?」
「そうですね……。パックのご飯と、冷凍食品を何個かお願いしてもいいですか? 明日のご飯作るのに材料が足りなくて……」
お願いします、とメモとお金を渡された影人。自分の用事がメインであるが、やっていることはまるで子どものお使いか夫婦の家事分担のよう。
影人なら絶対やらないであろう炊事から家の掃除、果ては洗濯物のアレコレまで。世話になっているからという理由で勝手にやっているが、その様はまるで──
(……なんか、どっかの嫁みたい)
影人の頭にぽわんと浮かんだのは、割烹着を着た蛍の姿。
典型的な"それ"はあまりにも板について──否、板につきすぎていて、影人の口角は早くも限界を迎えてしまっていた。
あいつ、もしかして生まれる性別を間違えたんじゃないか。
顔つきも「イケメン」とはほど遠いそれで、肉付きや触り心地も男というより女に近い。
ただ、本人は「かっこいい」と言われたがっている。そんな彼にこのことを伝えたら、まず顔を赤くしてぷりぷり怒ることだろう。
まぁ、それはそれで反応が面白いからいいんだけど──なんて思いながら歩いていると。
「……ごめん。ちょっといいか? そこの、銀髪に黒パーカーの子」
耳障りのいい、爽やかな男の声。声だけで「この人は見目麗しい人間である」と錯覚してしまいそうなくらいに、麗らかな声色。
振り向けば、蛍の逃亡の原因を作ったあの男――「白夜」がそこにいた。
(うわ……なんでここにいんの)
叶うなら、こっちが先に気付きたかった。そして、気付いた時点で無視をしていたかった。
しかし残念ながら先手を取られたうえに、銀髪に黒パーカーなんてはっきりと指名されてしまって。そこまでされたら無視もできない……否、無視をしたら余計に面倒なことになりそうだ。
あれだけ蛍にしつこく付き纏う男なのだ、少し無視をしたくらいで食い下がるような男には見えない。
そもそも、白夜には女装した姿しか見せたことがない……はずだった。それが何故、ピンポイントで素の姿の自分に話しかけることが出来たのだろう。
どこかで自分を知ったのか、それとも学校の誰かが勝手に――。
……思考を巡らせど、答えは出てこない。どう考えても憶測が憶測を呼ぶだけで、不毛な自問自答で全て終わってしまう。
何にせよ、反応したが最後「逃げる」コマンドは消失済みだ。この七面倒くさい状況にはもはやため息しか出てこない。
額に縦じわを寄せながら「何」と言葉を返し、白夜との戦いに火蓋を切った。
「お前……あの時のメイドさん、だよな?」
「……何のこと?」
「高校の文化祭……2年D組は男装女装喫茶やってただろ? その時、お前に会ったはずなんだ。……こいつを探してるって」
あくまで知らぬ振りを決め込む影人に見せたのは、文化祭の時に見せられた昔の蛍……らしき写真。
もちろん影人の本心としては話の内容は覚えているし、自分がその時のメイドである。
「……知らないし、話された覚えないよ。誰かと勘違いしてるんじゃない?」
感情の篭もらない声色で返す。真実を告げないのは「面倒事を回避したい」、ただその一心からだった。
叔父さんと叔母さんには接触を拒否されている、それは既に影人も確認済みだ。蛍の家の前で「帰れ」と言われていた白夜の姿を覚えている。
メイドは自分じゃないと思いこませて、このまま自分が「蛍の友達」であるとさえバレなければ、このまま逃げきれるはず──影人はそう踏んでいた。
「……そうか。今言ったのが俺の勘違いなら、それでいい。……けど、もう一つだけ」
「……何、まだあんの?」
「あぁ。……気味悪がるかもしれないけど……この間、見たんだ。お前が、蛍の手を引いてどこかへ走っていくのをさ。さっきのメイドの話が俺の勘違いだとしても、あの姿を見て確信した。……蛍はきっと、お前の元にいるんだって」
はは、と寂しそうに眉を下げて笑う。
爽やかな雰囲気をしたイケメンによる憂いを感じられる笑み、といえば聞こえはいいかもしれない。相手が普通の女性であったなら、恋でなくとも胸の高鳴り一つは覚えたものだろう。
(……めんどくさ……あの時、さっさと逃げれば良かった)
しかし、残念ながら相手は男で──しかも、蛍の友達だ。
いくら見目の良い男でも、影人から見た彼はただの「不審者」にしか見えない。
それも、いくら拒否をしたところで諦めそうにない──影人にとって大嫌いなタイプの。
「……じゃあ聞くけど。お前は蛍の何なの?」
無感情だった声に、色が付く。たとえるなら鉛や刃物のように、鈍く光る暗い色。
目の前の男に苛立ちを覚え始めた影人の顔は、この状況が不快だとあからさまに告げている。マスクで顔が半分隠れている分、威圧感も倍増だ。
彼の纏う雰囲気雰囲気に、白夜の顔が強ばる。……ただ、それでも逃げる様子はない。
僅かでも怖いと感じた心をぐっと抑え、凛とした表情で再び影人と向き合う。
「……そうだ、お前にまだ名前も教えてなかったよな。遅くなってごめん。
俺は、不破 白夜──蛍の兄だ」
蛍の兄──そう告げられた影人の心の内側に、小さな波が立つ。
友達として知り合ってから一年、一度も彼の口から出てこなかった話題の人物だ。自分が蛍の領域に踏み込まないのも相まって、ずっと知らずにいた事実。
影人が知っているのは、叔父さんと叔母さんの世話になっているということ。そして、訳あって彼が実家には住んでいないことだけだ。
彼が一人っ子だと勝手に決めつけていたわけでもないが、兄がいたとは意外だ。
それも、彼が内心脅えていたこの不審者だったとは。
「今は色々あって、あいつとは離れて暮らしてる。あいつが高校入学と同時に、だから……兄弟離ればなれで暮らして、もう一年は経ってる」
「…………」
「どうしても、蛍に伝えたいことがある。あいつに直接聞きたいことだってある。……詳しい内容はここじゃ話せないけど、あいつの心の中には、俺と色々あったことがまだ残ってるんじゃないかって」
だから、どうか会わせてほしい──物悲しげに微笑む白夜の指が、そっと眼帯に触れる。
たった一秒、その仕草ひとつ。それだけでも、影人は直感していた。
──あの眼帯の下にあるものに、蛍が何か関わっているのかもしれない。
白夜と蛍の双方から詳しい話を聞いていない今、影人の頭の中で浮かべられるのはそんな憶測だけ。
しかし、それは無意味な思考遊びだ。明確な答えを聞かされていない今、考えたところで出てくるのは答えの出ない推測や憶測だけだ。
面倒事が嫌いな影人の思考回路は、いつまでもそんな不毛なものに囚われない。
それどころか、今の彼にあるのは──
「……。だから何?」
「……え?」
「それでずっと蛍に付き纏ってるってわけ? 高校の文化祭だけじゃなくあいつの家にも押し掛けて? その周りをこうやってウロチョロして? あいつが何でお前と会わないようにしてるのか、叔父さん叔母さんがお前を追い払ってるのか、考えたことある?」
言葉数の少ない影人の口が、機関銃と化す。容赦なく連射される言葉の一つ一つには、白夜本人と現状に対する面倒臭さ、苛立ちが力強く丁寧に込められていた。
「追いかけてるお前は良いかもしれない。けど、蛍は心底怖がって家にも帰れずビクビク隠れて俺の所にいるぐらいお前のこと嫌がってるんだよ。叔父さん叔母さんに「友達の家にいる」って言われた時点で想像もしなかったの?」
赤く染まった夕日を背に、逆光浴びて影を纏う。影人の紅い瞳は、大嫌いな面倒事への苛立ちや激しい怒りで鋭い光を放っていた。
普段は木に抱きついてのんびり生きているコアラのような彼が、今はテリトリーに侵入者が入ってきた時の肉食動物のよう。
「弟のこと大事に思ってるんだったら、あいつの気持ちを第一に考えてやれよ。
──いい加減にしろ」
最後に一発、重い鉛玉を放つ。
影人の目には、未だ血のように真っ赤な光が宿っていた。
普段怒ることすら避けたがる彼のこんな表情を、今まで誰が見たことがあっただろうか。
中学時代のクラスメイトの黒葛原も、彼の両親も──誰よりも深く彼を知っている蛍でさえ、こんな顔は知らないだろう。
「…………」
最後の頼みの綱──影人のことをそう考えていたであろう白夜の表情が曇る。
陽光が差す隙すら無い、黒灰色の曇り空。希望を絶たれたと言わんばかりの表情が、そこにはある。
「……分かった……俺はこれで帰るよ、引き留めて悪かった」
「……もういい? 蛍待たせてるから、さっさとコンビニ行きたいんだけど」
「あぁ。……」
「……ごめん、最後に一つだけ頼みがある。それさえ叶えばもうこっちに来ないし、蛍の家にも行かない。約束するよ」
苛立ちを隠そうともせず横を通り過ぎようとした影人を、白夜が再び引き留める。
今度は何、とでも言いたそうに不快感を露わにしながら振り返る影人に、どこか悲しそうな笑みを見せる。
「伝えてほしいんだ、蛍に。
俺はもうあの時のことは気にしてない。
お前は何も悪くない。
……何があっても、俺はずっとお前のことを大切に想ってる、って」
二人の間にしか通じない意味深な言葉を残し、影人の視界から姿を消した。
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