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第四章
第八話 重なる温もり、大きな背中
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──影人さんと共同生活を始めて、五日後。
周囲を警戒しながら登下校をし、帰ったら帰ったで影人さんの一挙一動に感情が揺れ動く。
毎日心の中が忙しいが、"あの人"への恐怖感に脅え続けていた時よりは心が安定しているかもしれない。
……影人さんがちょくちょくボクにちょっかい出したり、AV見せようとしてきたりした時はさすがに困ったものだが。
「影人さん」
「何」
「え、っと……ボク、明日辺り家に帰ろうかな……って」
狭いシングルベッドの中、影人さんの腕に抱かれながら呟く。
服越しに伝わる温もりに心臓が絶え間なく跳ねているけれど、それでも必要なことだからと必死に言葉を紡いでいた。
影人さんに背を向けた形で寝ているから、どんな顔をしているかは見えないが。「ふーん」と答える淡々とした声色から、多分表情筋は動いてないだろう。
「大丈夫なの?」
「……不安がない、といえば嘘になりますけど。ただ、これ以上長居するのも悪いな……って、思って」
「……そう」
声色変わらず、淡々と。いつものように影人さんは言葉を返した。
いつ、どこに"あの人"がいて、ボクを見つけるかは分からない。手紙の文面や叔母さんたちから聞いた感じでは、ただ無視をし続けるだけで諦めるとは思えない。
どこかでボクを見かけたら、きっと真っ先に声をかけてくるかもしれない。そんな不安は、いつだって心のどこかに残っている。
けれど、だからといってこのまま影人さんちにお邪魔し続けるのも……やっぱり、悪いような気がして。
お世話になる以上はと思ってご飯作りや掃除といった家事をさせてもらっていたが、あくまで、ここは影人さんの家。家主は影人さんだ。
静かに暮らしていたいであろう影人さんには、一人の時間も必要だ。ボクがいつまでも傍にいたら、その時間もなくて息を詰まらせてしまうんじゃないだろうか。
何にせよ、いつまでもここにいるわけにはいかない。影人さんのことを、そろそろ自由にしてあげなければ。
「……短い間でしたけど……ちょっとだけ、楽しかったです。……楽しかったっていうか……不安でいっぱいだった気持ちが、ちょっと違う方向を向く暇ができて、少し気楽だったというか……」
「……うん」
「……。……安全地帯にしばらく置いてくれたこと、感謝しています」
何の音もない静かな部屋に、ボクの声だけが響く。
紡いだ言葉とは裏腹に、心の中には寂しさに似た感情が静かに芽を出していた。
まだ、ここにいたいような。
この家から出て行くことを、惜しんでいるような。
── 影人さんと離れることを、心のどこかで拒んでいるような。
(でも、これ以上は──)
ボクの中に、二人の自分がいるような、そんな感じで。
ここにまだいたい自分と、もう離れなきゃと思う自分。こうして話している今もせめぎ合いをしているけれど──後者の自分が勝たなければいけない。
「……。ねぇ、影人さん」
「何?」
「影人さんは、…………」
そのまま続きを紡ごうとした口に、自らストップをかけた。……必要のない問いを、彼にするところだったのだ。
どうしてそう思ったのかは分からないけれど、ただ一つ言えるのは──「自分で自分を殺したくなるほど烏滸がましいこと」を、言おうとしていたことだ。
影人さんが聞いたら、きっと……呆れてしまうんじゃないか、と。
そう思ったが最後、とても聞く気にはなれなかった。
「……何?」
「いえ……何でもありません。……おやすみなさい」
逃げるように目を閉じて、ゆっくりと息をする。それ以上は、影人さんも追いかけては来なかった。
──「ボクがここから出て行ったら寂しくないですか」なんて、言えるわけがない。
◇ ◇ ◇
──その翌日。
学校が丁度休みの日だったこともあり、準備自体は午前中のうちに済ませることができた。
影人さんの腕の中に閉じこもりたい気持ちを抑えて抜け出して、荷物をまとめて、朝ご飯を作っておいて……と、少しだけ忙しかったけれど。
「蛍、これ見て」
「はい? ……ふふっ、何ですかこれ。面白い人達ですね」
「でしょ、最近この五人の動画にハマッてるんだよね」
朝が弱い影人さんと少し遅めの朝ご飯を食べて、二人で動画を見たり音楽を聴いたりしてのんびり過ごして。
不安が紛れるほどに楽しい時間、気が付けば時計の針は15時を差していて──キャリーケースを手に、黒崎家を後にすることとなった。
「……すみません、影人さん。ついてきてもらっちゃって」
「いいよ、別に。……一人でいる時に捕まったら、面倒でしょ」
キャリーケースを転がす音が響く、我が家の近所の住宅街。隣には、パーカーを羽織ってゆったりと歩く影人さんがいる。
逃げ場を提供してくれた彼に、帰り道までお世話になるなんて……と、遠慮もあるにはあったけれど。かといって、たった一人で帰り道を歩く勇気も無い。
普段だったらきっと面倒くさそうに「えぇ……」と言うところだったかもしれないが、彼自身も誰かに追われたことがあったからだろう。今回の同行には、特に嫌な顔はしなかった。
どこかに"あの人"がいるかもしれない。今日は休日だ、その可能性は大いにあり得る。
相変わらず心の中に恐怖はあるけれど、今は少し和らいでいる。……多分、隣に影人さんがいるから、だろう。
(……影人さん)
"怖い"という暗い感情を抱えつつも、春の陽光のような暖かさ。そして──秋の涼風のような、寂しさ。
影人さんが隣にいる、ただそれだけの状況でボクの心の中にはたくさんの感情が同居していた。
「あと少しだね」
「えぇ。……あっという間でしたね。元々距離はさほどないですけれど……本当に」
「うん」
見慣れた住宅地。歩き慣れた道路。本当に帰って来たんだ、と少しだけ安堵した。
……心のどこかには、影人さんとの生活が終わることをまだ惜しんでいる自分もいる。けれど、そんな自分はさっさと殺しておかなければいけない。
影人さんがボクを置いてくれたのは、あくまで彼が「逃げ道」を用意してくれただけ。それ以上は、何もない。
ボク個人の感情だけで、これ以上彼にわがままを言って良いわけがないのだ。
「このお礼は、後日改めて」
「うん……今度何か奢ってよ」
「ははっ、いいですよ。あんまり高いのは無理ですけどね」
あと数歩。あと少しで、ボクの家に着く。
影人さんとの別れも近い。学校でまた会えるし、家にだってまた遊びに行けばいい。
今生の別れじゃないんだ、そこまで悲しんだり寂しがったりする必要なんてない。
頭では分かっている。理解はしているのだ。
あぁ、それなのに。ボクの心はいつまでもうじうじと──
「──お願いだから、帰ってちょうだい。蛍は今お友達の家にいて居ないし、貴方に会う気もさらさらないのよ?」
あと少しでボクの家──近くに来て聞こえたのは、叔母さんの声。
誰かと揉めてるのか、困ったような声色で誰かと話している。隣には、同じく困ったような表情の叔父さんがいた。
そして、その二人の目の前には──
「……たった一回でいい。叔父さんと叔母さんからも、何とか言ってくれないか! どうしても、蛍と直接話がしたいんだ!!」
耳障りのいい、爽やかな男の声。左目を覆う白い眼帯に、赤紫の髪。
ボクが着たなら「ダサい」と言われかねないシンプルな服装もさらっと着こなしてしまうほど、そこはかとなく漂うイケメンオーラ。
普通なら傷の象徴として扱われる眼帯も全く気にならない、端正な顔立ち。
ボクから見て、何もかも完璧で──見ただけで心がかき乱されてしまう"あの人"だ。
「……あ、…………」
その姿を視覚で捉えて、その声を聴覚で捉えて。時間と心臓が一瞬だけ止まったかのような感覚が、ボクの体を襲った。
状況を察したのか、何もできず動けないでいるボクの前に影人さんが立つ。自分が壁になって、"あの人"にボクの姿を捉えられないように。
「……あの子がどうして私達のところに駆け込んだのか、分かってるの? 貴方や義姉さん……お母さんと一緒に暮らしたくない、関わりたくないからなのよ?」
「それは……分かってる。でも、俺はどうしても蛍に会いたい。電話とか手紙じゃ伝えきれないこともあるし、聞きたいこともある。だから……」
「もういい加減に諦めてくれ、白夜君!! 蛍もこっちに来て、やっと友達ができて……楽しく学校生活を送れてるところなんだ!! あの子の傷口に塩を塗るようなマネをしてどうするんだ!?」
叔母さんが悲痛な叫びを上げる。それに気圧されたのか、"あの人"──白夜は一瞬だけ口を閉ざす。
けれどまだ懲りないのか、また何かを話し始めたようだった。
(……ボクは、どうしたらいいんだろう)
白夜とは、もう二度と関わりたくない。
忘れていたかった、奥底に閉じこめていたかった何もかもが溢れて──ボクはボク自身をきっと永久に忌み嫌うことになるだろう。
けれどこうして逃げ続けていれば、影人さんや叔母さん達に迷惑をかけてしまう。
影人さんも叔父さんも叔母さんも、ボクを守ろうとしてくれている。……守ろうとしてくれているが故に、こうして面倒なことになって──……。
「……影人さん」
終わったかと思いきや、未だ攻防戦を続ける白夜と叔母さん達。その声を聞きながら、影人さんの袖をぐっと握りしめた。
ボクを背に隠してくれている影人さんは、どんな顔をしているんだろう。
「ごめんなさい」
ぽつり、小さな声で話す。何て言えばいいのか、どうしたらいいのか、わからなくて。
思考も心も乱れてままならないボクの手に、そっと温もりが重なる。ボクと同じ大きさの手が、震える手を握りしめてくれた。
「蛍」
視線の向きは変えず、影人さんがボクを呼ぶ。
「荷物、持ち上げて」
「え、……こう、ですか」
「うん」
言われた通りに、キャリーケースを持ち上げる。
一人分とはいえ、着回しする服や必要な荷物をいくつか詰め込んだキャリーケースは少し重たい。
ボクがキャリーケースを持ち上げたのを確認した影人さんは、ボクの手を握る力を強め、
「走るよ」
──たった一言と共に、強く手を引いた。
いつもは歩くことすら嫌う影人さんが、ボクの手を引いてまっすぐ町を駆け抜けている。
ボクと同じくらいの背丈のはずなのに、彼の背がいつもより大きく見えてしまう。
少し重たいキャリーケースの重力も気にならないほどに、ただその背を見つめ──ひたすらに、走り続けた。
(……影人さん)
頼もしく見える背、ボクの心に湧き出たのは──感謝の意と、大きな罪悪感だった。
「……、蛍……?」
──そんなボクらの背を、もう一人の人間が捉えたことなど……知る由もなく。
周囲を警戒しながら登下校をし、帰ったら帰ったで影人さんの一挙一動に感情が揺れ動く。
毎日心の中が忙しいが、"あの人"への恐怖感に脅え続けていた時よりは心が安定しているかもしれない。
……影人さんがちょくちょくボクにちょっかい出したり、AV見せようとしてきたりした時はさすがに困ったものだが。
「影人さん」
「何」
「え、っと……ボク、明日辺り家に帰ろうかな……って」
狭いシングルベッドの中、影人さんの腕に抱かれながら呟く。
服越しに伝わる温もりに心臓が絶え間なく跳ねているけれど、それでも必要なことだからと必死に言葉を紡いでいた。
影人さんに背を向けた形で寝ているから、どんな顔をしているかは見えないが。「ふーん」と答える淡々とした声色から、多分表情筋は動いてないだろう。
「大丈夫なの?」
「……不安がない、といえば嘘になりますけど。ただ、これ以上長居するのも悪いな……って、思って」
「……そう」
声色変わらず、淡々と。いつものように影人さんは言葉を返した。
いつ、どこに"あの人"がいて、ボクを見つけるかは分からない。手紙の文面や叔母さんたちから聞いた感じでは、ただ無視をし続けるだけで諦めるとは思えない。
どこかでボクを見かけたら、きっと真っ先に声をかけてくるかもしれない。そんな不安は、いつだって心のどこかに残っている。
けれど、だからといってこのまま影人さんちにお邪魔し続けるのも……やっぱり、悪いような気がして。
お世話になる以上はと思ってご飯作りや掃除といった家事をさせてもらっていたが、あくまで、ここは影人さんの家。家主は影人さんだ。
静かに暮らしていたいであろう影人さんには、一人の時間も必要だ。ボクがいつまでも傍にいたら、その時間もなくて息を詰まらせてしまうんじゃないだろうか。
何にせよ、いつまでもここにいるわけにはいかない。影人さんのことを、そろそろ自由にしてあげなければ。
「……短い間でしたけど……ちょっとだけ、楽しかったです。……楽しかったっていうか……不安でいっぱいだった気持ちが、ちょっと違う方向を向く暇ができて、少し気楽だったというか……」
「……うん」
「……。……安全地帯にしばらく置いてくれたこと、感謝しています」
何の音もない静かな部屋に、ボクの声だけが響く。
紡いだ言葉とは裏腹に、心の中には寂しさに似た感情が静かに芽を出していた。
まだ、ここにいたいような。
この家から出て行くことを、惜しんでいるような。
── 影人さんと離れることを、心のどこかで拒んでいるような。
(でも、これ以上は──)
ボクの中に、二人の自分がいるような、そんな感じで。
ここにまだいたい自分と、もう離れなきゃと思う自分。こうして話している今もせめぎ合いをしているけれど──後者の自分が勝たなければいけない。
「……。ねぇ、影人さん」
「何?」
「影人さんは、…………」
そのまま続きを紡ごうとした口に、自らストップをかけた。……必要のない問いを、彼にするところだったのだ。
どうしてそう思ったのかは分からないけれど、ただ一つ言えるのは──「自分で自分を殺したくなるほど烏滸がましいこと」を、言おうとしていたことだ。
影人さんが聞いたら、きっと……呆れてしまうんじゃないか、と。
そう思ったが最後、とても聞く気にはなれなかった。
「……何?」
「いえ……何でもありません。……おやすみなさい」
逃げるように目を閉じて、ゆっくりと息をする。それ以上は、影人さんも追いかけては来なかった。
──「ボクがここから出て行ったら寂しくないですか」なんて、言えるわけがない。
◇ ◇ ◇
──その翌日。
学校が丁度休みの日だったこともあり、準備自体は午前中のうちに済ませることができた。
影人さんの腕の中に閉じこもりたい気持ちを抑えて抜け出して、荷物をまとめて、朝ご飯を作っておいて……と、少しだけ忙しかったけれど。
「蛍、これ見て」
「はい? ……ふふっ、何ですかこれ。面白い人達ですね」
「でしょ、最近この五人の動画にハマッてるんだよね」
朝が弱い影人さんと少し遅めの朝ご飯を食べて、二人で動画を見たり音楽を聴いたりしてのんびり過ごして。
不安が紛れるほどに楽しい時間、気が付けば時計の針は15時を差していて──キャリーケースを手に、黒崎家を後にすることとなった。
「……すみません、影人さん。ついてきてもらっちゃって」
「いいよ、別に。……一人でいる時に捕まったら、面倒でしょ」
キャリーケースを転がす音が響く、我が家の近所の住宅街。隣には、パーカーを羽織ってゆったりと歩く影人さんがいる。
逃げ場を提供してくれた彼に、帰り道までお世話になるなんて……と、遠慮もあるにはあったけれど。かといって、たった一人で帰り道を歩く勇気も無い。
普段だったらきっと面倒くさそうに「えぇ……」と言うところだったかもしれないが、彼自身も誰かに追われたことがあったからだろう。今回の同行には、特に嫌な顔はしなかった。
どこかに"あの人"がいるかもしれない。今日は休日だ、その可能性は大いにあり得る。
相変わらず心の中に恐怖はあるけれど、今は少し和らいでいる。……多分、隣に影人さんがいるから、だろう。
(……影人さん)
"怖い"という暗い感情を抱えつつも、春の陽光のような暖かさ。そして──秋の涼風のような、寂しさ。
影人さんが隣にいる、ただそれだけの状況でボクの心の中にはたくさんの感情が同居していた。
「あと少しだね」
「えぇ。……あっという間でしたね。元々距離はさほどないですけれど……本当に」
「うん」
見慣れた住宅地。歩き慣れた道路。本当に帰って来たんだ、と少しだけ安堵した。
……心のどこかには、影人さんとの生活が終わることをまだ惜しんでいる自分もいる。けれど、そんな自分はさっさと殺しておかなければいけない。
影人さんがボクを置いてくれたのは、あくまで彼が「逃げ道」を用意してくれただけ。それ以上は、何もない。
ボク個人の感情だけで、これ以上彼にわがままを言って良いわけがないのだ。
「このお礼は、後日改めて」
「うん……今度何か奢ってよ」
「ははっ、いいですよ。あんまり高いのは無理ですけどね」
あと数歩。あと少しで、ボクの家に着く。
影人さんとの別れも近い。学校でまた会えるし、家にだってまた遊びに行けばいい。
今生の別れじゃないんだ、そこまで悲しんだり寂しがったりする必要なんてない。
頭では分かっている。理解はしているのだ。
あぁ、それなのに。ボクの心はいつまでもうじうじと──
「──お願いだから、帰ってちょうだい。蛍は今お友達の家にいて居ないし、貴方に会う気もさらさらないのよ?」
あと少しでボクの家──近くに来て聞こえたのは、叔母さんの声。
誰かと揉めてるのか、困ったような声色で誰かと話している。隣には、同じく困ったような表情の叔父さんがいた。
そして、その二人の目の前には──
「……たった一回でいい。叔父さんと叔母さんからも、何とか言ってくれないか! どうしても、蛍と直接話がしたいんだ!!」
耳障りのいい、爽やかな男の声。左目を覆う白い眼帯に、赤紫の髪。
ボクが着たなら「ダサい」と言われかねないシンプルな服装もさらっと着こなしてしまうほど、そこはかとなく漂うイケメンオーラ。
普通なら傷の象徴として扱われる眼帯も全く気にならない、端正な顔立ち。
ボクから見て、何もかも完璧で──見ただけで心がかき乱されてしまう"あの人"だ。
「……あ、…………」
その姿を視覚で捉えて、その声を聴覚で捉えて。時間と心臓が一瞬だけ止まったかのような感覚が、ボクの体を襲った。
状況を察したのか、何もできず動けないでいるボクの前に影人さんが立つ。自分が壁になって、"あの人"にボクの姿を捉えられないように。
「……あの子がどうして私達のところに駆け込んだのか、分かってるの? 貴方や義姉さん……お母さんと一緒に暮らしたくない、関わりたくないからなのよ?」
「それは……分かってる。でも、俺はどうしても蛍に会いたい。電話とか手紙じゃ伝えきれないこともあるし、聞きたいこともある。だから……」
「もういい加減に諦めてくれ、白夜君!! 蛍もこっちに来て、やっと友達ができて……楽しく学校生活を送れてるところなんだ!! あの子の傷口に塩を塗るようなマネをしてどうするんだ!?」
叔母さんが悲痛な叫びを上げる。それに気圧されたのか、"あの人"──白夜は一瞬だけ口を閉ざす。
けれどまだ懲りないのか、また何かを話し始めたようだった。
(……ボクは、どうしたらいいんだろう)
白夜とは、もう二度と関わりたくない。
忘れていたかった、奥底に閉じこめていたかった何もかもが溢れて──ボクはボク自身をきっと永久に忌み嫌うことになるだろう。
けれどこうして逃げ続けていれば、影人さんや叔母さん達に迷惑をかけてしまう。
影人さんも叔父さんも叔母さんも、ボクを守ろうとしてくれている。……守ろうとしてくれているが故に、こうして面倒なことになって──……。
「……影人さん」
終わったかと思いきや、未だ攻防戦を続ける白夜と叔母さん達。その声を聞きながら、影人さんの袖をぐっと握りしめた。
ボクを背に隠してくれている影人さんは、どんな顔をしているんだろう。
「ごめんなさい」
ぽつり、小さな声で話す。何て言えばいいのか、どうしたらいいのか、わからなくて。
思考も心も乱れてままならないボクの手に、そっと温もりが重なる。ボクと同じ大きさの手が、震える手を握りしめてくれた。
「蛍」
視線の向きは変えず、影人さんがボクを呼ぶ。
「荷物、持ち上げて」
「え、……こう、ですか」
「うん」
言われた通りに、キャリーケースを持ち上げる。
一人分とはいえ、着回しする服や必要な荷物をいくつか詰め込んだキャリーケースは少し重たい。
ボクがキャリーケースを持ち上げたのを確認した影人さんは、ボクの手を握る力を強め、
「走るよ」
──たった一言と共に、強く手を引いた。
いつもは歩くことすら嫌う影人さんが、ボクの手を引いてまっすぐ町を駆け抜けている。
ボクと同じくらいの背丈のはずなのに、彼の背がいつもより大きく見えてしまう。
少し重たいキャリーケースの重力も気にならないほどに、ただその背を見つめ──ひたすらに、走り続けた。
(……影人さん)
頼もしく見える背、ボクの心に湧き出たのは──感謝の意と、大きな罪悪感だった。
「……、蛍……?」
──そんなボクらの背を、もう一人の人間が捉えたことなど……知る由もなく。
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