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第三.五章 文化祭編
第十四話 晴れ舞台
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──17:00 黄昏時の体育館。
放送委員のアナウンスにより、始まった後夜祭。持ち場の片づけを終えた生徒たちが体育館に集っていた。
ここからクラス単位ではなく、各部活動によるステージライブが主となる。
野球部によるお笑いライブ、女子テニス部による創作ダンス、演劇部によるミュージカル──それぞれが披露する個性的な出し物に、会場は大盛況だ。
出し物が一つ終わるたびに、拍手喝采大喝采といった状況で。ボクの眼下はすっかり「パリピたちによるパリピたちのためのライブ会場」と化していた。
(……バレてない……よな。みんなあれだけステージに夢中だし……)
ボクはというと、こっそり体育館のギャラリーに忍び込み──未だメイド服を着たまま、じっと佇んでいる。
体育倉庫の横にある階段を上がった先の、観覧用スペース。普段は運動部の大会時に観覧席として使われるくらいで、こういった行事で使われることはない。
幸い、今も生徒の姿は一人もなく──ボクだけの特等席と化している。
とはいえ、あまりステージ側に寄ると誰かの目にも留まりかねない──少しだけ後ろに引っ込みつつ、ステージを見ているのだけれど。
(……帰り、どうしようかな……)
椅子もクッションもない、固い床の上にそっと座りこむ。
クラスのみんなは、きっと怒っているだろうな。途中で抜け出したこと、謝らなきゃいけない。
そう、頭の中では分かっているけれど──戻る勇気が出ない。どんな顔を合わせたらいいのか分からなくて、こうして着替えもせず逃げたままだ。
……そもそも、荷物は全部教室だ。戻れない時点で着替えなんてできないのだが。
「……よし、ここからなら大丈夫だろ」
「本当にいいのかよ、もう一般客誰もいねえじゃねーか」
「先生とかにバレなきゃ大丈夫でしょー」
ステージから聞こえる音楽や生徒たちの歓声で賑わう中──突如耳に入ってきた、複数の男性の声。
誰のものかまだ脳が理解をしていないうちから、ボクの肩がびくりと震えた。
今のボクは、ここにいるのを知られること自体が怖いのだ。特に、同じ生徒に見られたら──そう思いながら、振り返ると。
「……ま、……マジデスの皆さん……?」
「あ? あん時のメイドじゃねーか、何でこんなとこいんだよ」
「いやそれはこっちのセリフなんですが……」
制服姿でもなければ、高校生でもない。そこにいたのは──影人さんのバンドのメンバーだった。
本来ならもう一般客は帰っている時間なのだが、何かあってこっそり残っているのだろう。心なしか、話す声が少し小さめだ。
ボクより大きな背丈の人達がこちらへ歩みより、ボクを挟むように腰掛ける。
ボクの右隣に我孫子さんと蛇澤さん、左隣には日向さんと幸村さん。
顔面偏差値の高い四人の成人男性に囲まれたボクは、美しい白鳥に囲まれた醜い容姿の雛鳥といったところだろうか……。
これはこれで、別の意味で緊張して体が強ばってしまう。彼らが怖い人でないのは、分かっているのだが……。
「いやぁ、後夜祭で影人がベース弾くって聞いたからさ。どうせなら、影人の晴れ舞台見て帰ろうと思ってさ!」
「こっからならこっそり見られますよって教えてくれた親切な女の子がいてねー。お言葉に甘えてこっそり来ちゃったー」
「そ、そうなんですか……」
気さくに話しかけてくるマジデスのメンバーに対し、自分でもわかるくらいぎこちないボク。
ボクからしたら彼らは「友達の友達」だ。話は聞いていても、実際に話したのはほんの数分だ。
中途半端に情報を知っている相手ゆえか、見ず知らずの他人と話すよりも微妙に緊張感がある。
「そういやお前、もう大丈夫なのか? なんか調子悪そうだったけど」
心配そうにボクの顔を覗き込む日向さん。悪意はないはずの言葉に、一瞬だけ呼吸が止まる。
なんて返せばいいのか、言葉が出てこない。体調が悪かったわけではない、けれど下手なことを言えば不審がられるだけだろう。
「あ、……だ、大丈夫、です。すみません……」
「あー、いや、いいんだ。体がどうってことないならそれでいいし、何かあっても詮索はしねえから安心しろよ」
「そーそー。それに、俺も影人のお友達と話してみたかったしねー。影人、学校のこととか本当なーんにも教えてくれないからさー」
声を震わせつつ答えるボクに対し、頭を撫でるように優しく叩く日向さん。見ているこっちまでほんわかするような、和やかな笑みを浮かべる蛇澤さん。
穏やかな空気に緊張が解れたのか、強ばっていたボクの体からも少し力が抜けていた。
これが、影人さんの居場所。ボクも知らない、居心地のいい空間。
地獄のような毎日を過ごす中、唯一自分らしく生きていられた場所がある。ボクと出会う前の影人さんにとって、ここは救いともいえる場所なのだろう。
こうして少し傍にいるだけでも、なんとなくわかる。
(……ボクも、こういう場所がほしかったな)
教室にいる時は、彼らと影人さんのやりとりに何故かもやもやしていたのに。今は、ほんの少しだけ居心地が良く感じている。
そんなボクの奥底に芽生えたのは──出会う前からここにいた、影人さんへの小さな羨望だった。
「そういえばー……あー、蛍だっけ? 影人の出番いつだか分かるか?」
「え? あぁ、えーと……確か、女子柔道部の次、だったかなと……」
「そうか……じゃ、それまでテキトーに俺らと楽しもうな!」
歯を見せた無邪気な笑顔で、ボクと肩を組んだ我孫子さん。唐突な引力によろけ、我孫子さんと密着してしまう。
影人さんとはこういうノリが全然無いからだろう、慣れないノリにボクは戸惑うばかりで。
「は、はい、よろしくお願いします」
「なんか硬いな~お前! もっと気楽にしてくれよ、な?」
「え、えぇ……分かりました」
ただ──こういうひとときも、悪くはなかった。
◇ ◇ ◇
『──以上、女子柔道部によるフォークダンスメドレーでした。次は、軽音部によるライブコンサートです』
剣道部、バレーボール部、バスケットボール部、女子柔道部──次々と他の部活メンバーがパフォーマンスを終える中、とうとうやってきた軽音部。
司会の女子が次の演目を告げると同時に開演ブザーが鳴り、緞帳がゆっくりと開かれる。
(影人さんの番だ……)
拍手の嵐の中姿を現した、軽音部のメンバー。黒いTシャツに白のジーンズといったシンプルな装いで、ひし形を描くようにフォーメーションを組んでいる。
その中でもひと際目立つ、最前線の男──ボーカルと思わしき男子がスタンドマイクに手をかけ、スゥ……と息を吸い込んだ。
「みんなぁぁああ!!! ノッてるかぁぁぁぁーー!!」
「「「「「わあぁぁぁあぁぁあ!!!!」」」」」
反響音とともに響くボーカルのコール、観客の声。
「今年も俺達のライブがやってきたぜぇぇぇーーーー!!!」
「「「「「やったぜぇぇぇーーーー!!!!」」」」」
ボーカルの後ろに控えているギター・ドラム・キーボードも彼の声に合わせ音を奏でている。
「楽しみにしていたかぁぁぁーー!!!!」
「「「「「おぉぉぉおおお!!!!!」」」」」
……もはや、ここは体育館じゃない。完全にライブハウスか何かに変わっているかのようだ。
あのボーカルの男性が誰かはよく知らないが、この様子を見る限り──あのボーカルはこの学校で相当の人望があるのだろう。
なにせ、全校生徒のほぼ全員が彼のコールに声を合わせて答えてくれているのだ。(影人さんほどではないが)顔もそこそこ良いしノリも良い、パリピには人気なのかもしれない。
「みんな楽しそうだねー」
「だな! こっから見る限りでも、会場全体の勢いが良い。俺もここの生徒だったらノリノリだったろうな」
「まぁ、あいつだけは違うみたいだけどな」
楽しそうだと感想を述べる蛇澤さんと我孫子さんに対し、ある一点を指さす幸村さん。
彼の長い指が指し示しているのは──ステージ上でベースを携える影人さんだった。
(影人さん……!)
影人さんの姿を見つけたボクは、思わず身を乗り出してステージ上を見つめた。
スポットライトに照らされた銀髪赤目の超弩級イケメン……それはそれは、ボーカルなんて目じゃないほどの輝きを放つはず、なのだが。
「……死んでるな」
「死んでるねー」
「覇気がねぇ」
「つーか生きてんのか?」
たった一人──影人さんだけ、異様な雰囲気を醸し出してぼーっと立っている。
他の四人はキラキラ輝いてとても活き活きとしているのに、一人だけウジ虫やキノコが生えそうなくらい真っ暗なオーラを放っているのがよく分かる。
彼が軽音部にいることすら知らなかったボクとしては、何故あんなにもじめじめとした姿を見せているのかは分からない……が。多分このノリについていけないというのも、一つの理由かもしれない。
「今年のライブも、さっそく新曲のお披露目行くぜーっ!!!」
「「「「「待ってましたぁぁぁ!!!!」」」」」
「サイリウムの準備はいいかぁー!?」
「「「「「いいとも~~!!!!」」」」」
ボーカルのコールと共に、なぜか一斉に取り出された色とりどりのサイリウム……という名らしい、色付きペンライト。いつの間にみんな用意していたのか、と驚かざるを得ない。
何度もライブをしているであろうマジデスのメンバーも、口々に「本格的だなー」と感心しながら会場を眺めていた。
「じゃあ始めるぞー!! タイトルは……"僕の全てを君に捧ぐ ~My Love is yours~"!!」
── だせぇし長ぇ!!
思わず声に出して突っ込みそうになったのを抑えつつ、演奏に耳を傾けた。
多分同じことを思ったのだろう、マジデスのメンバーもドン引いているような苦笑しているような……とりあえず、あまりいい反応はしていない。
曲調はテレビでよく流れているようなJ-POP系ロック。
愛してるだとか、世界が敵に回っても君を守るだとか、君を愛し抜くと誓うだとか──ちょっと臭いセリフの羅列のような、青臭い恋愛ソングが体育館中に響いている。
影人さん以外のメンバーもそれなりに実力があるのか、聞いている限り音の乱れや聞き苦しさはない。寧ろ、誰一人として手を抜いていない……というのは、なんとなく分かるのだけれど。
「これはアレだねー、影人の嫌いなタイプの歌だー」
「おい、アレ見てみろ蛍」
「え? ……あ……あー……」
幸村さんが指さす先にいたのは──もう生気など微塵も感じられない、ベースを弾くだけの操り人形と化した影人さんの姿だった。
音楽性の方向が違うから行ってなかった、と言ってはいたけれど。こういうことなのだろう。
……軽音部のメンバーが作る音楽は、どう聞いてもパリピ向きだ。影人さんの肌には合わないのかもしれない。
「ご愁傷様ってやつだなぁ、影人」
「やりたくねえ曲弾かされるほど地獄はねぇよな」
「周りとのギャップがマジですげぇ」
「影人のあんな顔初めて見たかもー」
「……影人さん、生きて帰ってきてくださいよ……」
周りが盛り上がる中──僕とマジデスのメンバーだけは、影人さんの生還を祈るばかりだった。
放送委員のアナウンスにより、始まった後夜祭。持ち場の片づけを終えた生徒たちが体育館に集っていた。
ここからクラス単位ではなく、各部活動によるステージライブが主となる。
野球部によるお笑いライブ、女子テニス部による創作ダンス、演劇部によるミュージカル──それぞれが披露する個性的な出し物に、会場は大盛況だ。
出し物が一つ終わるたびに、拍手喝采大喝采といった状況で。ボクの眼下はすっかり「パリピたちによるパリピたちのためのライブ会場」と化していた。
(……バレてない……よな。みんなあれだけステージに夢中だし……)
ボクはというと、こっそり体育館のギャラリーに忍び込み──未だメイド服を着たまま、じっと佇んでいる。
体育倉庫の横にある階段を上がった先の、観覧用スペース。普段は運動部の大会時に観覧席として使われるくらいで、こういった行事で使われることはない。
幸い、今も生徒の姿は一人もなく──ボクだけの特等席と化している。
とはいえ、あまりステージ側に寄ると誰かの目にも留まりかねない──少しだけ後ろに引っ込みつつ、ステージを見ているのだけれど。
(……帰り、どうしようかな……)
椅子もクッションもない、固い床の上にそっと座りこむ。
クラスのみんなは、きっと怒っているだろうな。途中で抜け出したこと、謝らなきゃいけない。
そう、頭の中では分かっているけれど──戻る勇気が出ない。どんな顔を合わせたらいいのか分からなくて、こうして着替えもせず逃げたままだ。
……そもそも、荷物は全部教室だ。戻れない時点で着替えなんてできないのだが。
「……よし、ここからなら大丈夫だろ」
「本当にいいのかよ、もう一般客誰もいねえじゃねーか」
「先生とかにバレなきゃ大丈夫でしょー」
ステージから聞こえる音楽や生徒たちの歓声で賑わう中──突如耳に入ってきた、複数の男性の声。
誰のものかまだ脳が理解をしていないうちから、ボクの肩がびくりと震えた。
今のボクは、ここにいるのを知られること自体が怖いのだ。特に、同じ生徒に見られたら──そう思いながら、振り返ると。
「……ま、……マジデスの皆さん……?」
「あ? あん時のメイドじゃねーか、何でこんなとこいんだよ」
「いやそれはこっちのセリフなんですが……」
制服姿でもなければ、高校生でもない。そこにいたのは──影人さんのバンドのメンバーだった。
本来ならもう一般客は帰っている時間なのだが、何かあってこっそり残っているのだろう。心なしか、話す声が少し小さめだ。
ボクより大きな背丈の人達がこちらへ歩みより、ボクを挟むように腰掛ける。
ボクの右隣に我孫子さんと蛇澤さん、左隣には日向さんと幸村さん。
顔面偏差値の高い四人の成人男性に囲まれたボクは、美しい白鳥に囲まれた醜い容姿の雛鳥といったところだろうか……。
これはこれで、別の意味で緊張して体が強ばってしまう。彼らが怖い人でないのは、分かっているのだが……。
「いやぁ、後夜祭で影人がベース弾くって聞いたからさ。どうせなら、影人の晴れ舞台見て帰ろうと思ってさ!」
「こっからならこっそり見られますよって教えてくれた親切な女の子がいてねー。お言葉に甘えてこっそり来ちゃったー」
「そ、そうなんですか……」
気さくに話しかけてくるマジデスのメンバーに対し、自分でもわかるくらいぎこちないボク。
ボクからしたら彼らは「友達の友達」だ。話は聞いていても、実際に話したのはほんの数分だ。
中途半端に情報を知っている相手ゆえか、見ず知らずの他人と話すよりも微妙に緊張感がある。
「そういやお前、もう大丈夫なのか? なんか調子悪そうだったけど」
心配そうにボクの顔を覗き込む日向さん。悪意はないはずの言葉に、一瞬だけ呼吸が止まる。
なんて返せばいいのか、言葉が出てこない。体調が悪かったわけではない、けれど下手なことを言えば不審がられるだけだろう。
「あ、……だ、大丈夫、です。すみません……」
「あー、いや、いいんだ。体がどうってことないならそれでいいし、何かあっても詮索はしねえから安心しろよ」
「そーそー。それに、俺も影人のお友達と話してみたかったしねー。影人、学校のこととか本当なーんにも教えてくれないからさー」
声を震わせつつ答えるボクに対し、頭を撫でるように優しく叩く日向さん。見ているこっちまでほんわかするような、和やかな笑みを浮かべる蛇澤さん。
穏やかな空気に緊張が解れたのか、強ばっていたボクの体からも少し力が抜けていた。
これが、影人さんの居場所。ボクも知らない、居心地のいい空間。
地獄のような毎日を過ごす中、唯一自分らしく生きていられた場所がある。ボクと出会う前の影人さんにとって、ここは救いともいえる場所なのだろう。
こうして少し傍にいるだけでも、なんとなくわかる。
(……ボクも、こういう場所がほしかったな)
教室にいる時は、彼らと影人さんのやりとりに何故かもやもやしていたのに。今は、ほんの少しだけ居心地が良く感じている。
そんなボクの奥底に芽生えたのは──出会う前からここにいた、影人さんへの小さな羨望だった。
「そういえばー……あー、蛍だっけ? 影人の出番いつだか分かるか?」
「え? あぁ、えーと……確か、女子柔道部の次、だったかなと……」
「そうか……じゃ、それまでテキトーに俺らと楽しもうな!」
歯を見せた無邪気な笑顔で、ボクと肩を組んだ我孫子さん。唐突な引力によろけ、我孫子さんと密着してしまう。
影人さんとはこういうノリが全然無いからだろう、慣れないノリにボクは戸惑うばかりで。
「は、はい、よろしくお願いします」
「なんか硬いな~お前! もっと気楽にしてくれよ、な?」
「え、えぇ……分かりました」
ただ──こういうひとときも、悪くはなかった。
◇ ◇ ◇
『──以上、女子柔道部によるフォークダンスメドレーでした。次は、軽音部によるライブコンサートです』
剣道部、バレーボール部、バスケットボール部、女子柔道部──次々と他の部活メンバーがパフォーマンスを終える中、とうとうやってきた軽音部。
司会の女子が次の演目を告げると同時に開演ブザーが鳴り、緞帳がゆっくりと開かれる。
(影人さんの番だ……)
拍手の嵐の中姿を現した、軽音部のメンバー。黒いTシャツに白のジーンズといったシンプルな装いで、ひし形を描くようにフォーメーションを組んでいる。
その中でもひと際目立つ、最前線の男──ボーカルと思わしき男子がスタンドマイクに手をかけ、スゥ……と息を吸い込んだ。
「みんなぁぁああ!!! ノッてるかぁぁぁぁーー!!」
「「「「「わあぁぁぁあぁぁあ!!!!」」」」」
反響音とともに響くボーカルのコール、観客の声。
「今年も俺達のライブがやってきたぜぇぇぇーーーー!!!」
「「「「「やったぜぇぇぇーーーー!!!!」」」」」
ボーカルの後ろに控えているギター・ドラム・キーボードも彼の声に合わせ音を奏でている。
「楽しみにしていたかぁぁぁーー!!!!」
「「「「「おぉぉぉおおお!!!!!」」」」」
……もはや、ここは体育館じゃない。完全にライブハウスか何かに変わっているかのようだ。
あのボーカルの男性が誰かはよく知らないが、この様子を見る限り──あのボーカルはこの学校で相当の人望があるのだろう。
なにせ、全校生徒のほぼ全員が彼のコールに声を合わせて答えてくれているのだ。(影人さんほどではないが)顔もそこそこ良いしノリも良い、パリピには人気なのかもしれない。
「みんな楽しそうだねー」
「だな! こっから見る限りでも、会場全体の勢いが良い。俺もここの生徒だったらノリノリだったろうな」
「まぁ、あいつだけは違うみたいだけどな」
楽しそうだと感想を述べる蛇澤さんと我孫子さんに対し、ある一点を指さす幸村さん。
彼の長い指が指し示しているのは──ステージ上でベースを携える影人さんだった。
(影人さん……!)
影人さんの姿を見つけたボクは、思わず身を乗り出してステージ上を見つめた。
スポットライトに照らされた銀髪赤目の超弩級イケメン……それはそれは、ボーカルなんて目じゃないほどの輝きを放つはず、なのだが。
「……死んでるな」
「死んでるねー」
「覇気がねぇ」
「つーか生きてんのか?」
たった一人──影人さんだけ、異様な雰囲気を醸し出してぼーっと立っている。
他の四人はキラキラ輝いてとても活き活きとしているのに、一人だけウジ虫やキノコが生えそうなくらい真っ暗なオーラを放っているのがよく分かる。
彼が軽音部にいることすら知らなかったボクとしては、何故あんなにもじめじめとした姿を見せているのかは分からない……が。多分このノリについていけないというのも、一つの理由かもしれない。
「今年のライブも、さっそく新曲のお披露目行くぜーっ!!!」
「「「「「待ってましたぁぁぁ!!!!」」」」」
「サイリウムの準備はいいかぁー!?」
「「「「「いいとも~~!!!!」」」」」
ボーカルのコールと共に、なぜか一斉に取り出された色とりどりのサイリウム……という名らしい、色付きペンライト。いつの間にみんな用意していたのか、と驚かざるを得ない。
何度もライブをしているであろうマジデスのメンバーも、口々に「本格的だなー」と感心しながら会場を眺めていた。
「じゃあ始めるぞー!! タイトルは……"僕の全てを君に捧ぐ ~My Love is yours~"!!」
── だせぇし長ぇ!!
思わず声に出して突っ込みそうになったのを抑えつつ、演奏に耳を傾けた。
多分同じことを思ったのだろう、マジデスのメンバーもドン引いているような苦笑しているような……とりあえず、あまりいい反応はしていない。
曲調はテレビでよく流れているようなJ-POP系ロック。
愛してるだとか、世界が敵に回っても君を守るだとか、君を愛し抜くと誓うだとか──ちょっと臭いセリフの羅列のような、青臭い恋愛ソングが体育館中に響いている。
影人さん以外のメンバーもそれなりに実力があるのか、聞いている限り音の乱れや聞き苦しさはない。寧ろ、誰一人として手を抜いていない……というのは、なんとなく分かるのだけれど。
「これはアレだねー、影人の嫌いなタイプの歌だー」
「おい、アレ見てみろ蛍」
「え? ……あ……あー……」
幸村さんが指さす先にいたのは──もう生気など微塵も感じられない、ベースを弾くだけの操り人形と化した影人さんの姿だった。
音楽性の方向が違うから行ってなかった、と言ってはいたけれど。こういうことなのだろう。
……軽音部のメンバーが作る音楽は、どう聞いてもパリピ向きだ。影人さんの肌には合わないのかもしれない。
「ご愁傷様ってやつだなぁ、影人」
「やりたくねえ曲弾かされるほど地獄はねぇよな」
「周りとのギャップがマジですげぇ」
「影人のあんな顔初めて見たかもー」
「……影人さん、生きて帰ってきてくださいよ……」
周りが盛り上がる中──僕とマジデスのメンバーだけは、影人さんの生還を祈るばかりだった。
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