夜影の蛍火

黒野ユウマ

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彼女の秘密

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「ねぇお願い! 不破君と黒崎君しか頼める人いないの~!!」

 そう言って必死に両手を合わせる女子の頼みを、誰が断れようものだろうか──。





 それは、時は遡ること30分前。
ボクと影人さんがぶらぶらと町中を歩いている時のことだった。

「あ、不破君! 黒崎君!」

 よく聞き慣れた高い声が、後ろからボクらを呼び止める。
もしかして──そう思い振り向けば、そこにはクラスで唯一ボクらによく関わってきている女子・窓雪さんがいた。
ただ、いつものふわふわ巻き髪ではなく──ストレートヘアーにロングスカートと、いつか見た休日スタイルだ。

「……? 誰、お前」
「誰って、窓雪さんですよ! 今日はちょっと雰囲気違いますけど、間違いなく彼女です」

 じっと、窓雪さんを見る影人さん。ボクは慌てて説明した。
本気で言っているのかと、一瞬は思ったが。よくよく思い出してみると、影人さんが見た窓雪さんは恐らくふわふわ巻き髪の窓雪さんだけなのだろう。
夏休み中に出会った祭の時ですら、あのモモとリカ?の二人と一緒だったのだ。いつもの巻き髪ももちろん健在だった。

 今日は服装も髪型もガラリと変わっているからか、いつも学校で見ている窓雪さんとは別人のような……少々大人びた印象を受ける姿をしていて。
 ボクが初めて見た時も、一瞬誰かと驚いて見たものだ。二年になりたての春が少し懐かしい。

「あはは、黒崎君にこの姿を見せるのは初めてだったかな?」
「うん……で、窓なんとかは俺らに何の用?」
「ま・ど・ゆ・き! そろそろ覚えてほしいなぁ~……まぁ、そんなことより二人にちょっとお願いがあるの!」
「お願い?」

 窓雪さんの言葉に、首を傾げる。いつもはちょっと話をするくらいで終わる彼女が、ボクらに頼みごとなんて珍しい。
えー、面倒くさい……と言い掛けた影人さんの口を秒速で塞ぐ。影人さんの口を手で覆ったまま、カバンの中をごそごそと探る窓雪さんの言葉を待っていた。

「これ……このチラシなんだけど。見て」
「はい? どれどれ……」

 窓雪さんから渡された、一枚の薄いチラシ。
それを広げたボクの手元を、ちらっと後ろから影人さんも覗き込む。

「えぇと、「洋食屋「藤堂軒」オープン記念 ジャンボチキンカツカレー完食チャレンジ開催中」……」
「……「完食できた場合、完食された方御一行様の注文全てを無料にします」……」

「……えぇぇぇえええぇええぇえl!?」

 ──町中に響くボクの絶叫。
チラシを読んだボクと影人さんの感想は、その叫びに全て込められていた。

 順を追って説明すると、まずチラシの内容がおかしい。
チラシのど真ん中には、18cmのホールケーキくらいはありそうなチキンカツカレーの写真が掲載されている。写真の時点でもお腹いっぱいなくらいなのに、これを完食しろとはどういう了見なのだろう。

 そして、これを見せてきたのが──目の前にいる、ゆるふわ小柄女子・窓雪さんだということ。
彼女の食の好みは正直知らないが、もしかしたらこういう……女子が食べそうにないものが好み、だったりするのだろうか。
それにしても、あまりにインパクトが強すぎてある意味震えが止まらないのだが。

「……あのー、窓雪さん……一応お尋ねしますが、これはどういった意図で……」
「あ、勘違いはしないで! 別に二人に食べるの手伝ってほしいとか、そういうわけじゃないの! っていうか二人に食べさせるつもりはないんだけど!」
「じゃあ何」

 無表情、無感情、無関心。抑揚のない低い声で、影人さんが答える。
普通の女子なら多分ショックを受けるであろうそんな反応にも、もう慣れたのだろうか。窓雪さんは構うことなく、話を続ける。

「私と一緒に来て!」
「どっち?」
「二人とも!!」
「ボクも!?」「俺も?」

 窓雪さんの必死な声に、ボクと影人さんは同時に答えを返した。
お互いに、まさか二人一緒に誘われるとは思わなかったのかもしれない。現に、ボクだって「まぁどうせ影人さんと一緒に行きたいだろうなぁ」と、ふんわりと考えていたのだ。
もしかしたら、影人さんも反対に考えていた……かもしれない。そもそも彼女の容姿の変化に気付かなかった彼だ、悲しいかな窓雪さんにはさほど興味を示してもいないだろうし。

 ――そもそも、女子が男子二人を誘うということすら中々に珍しいケースだとは思うのだが。

「いや、でも何故ボクら二人を……」
「うーん、それはね。ここ、前にちょっと外から覗いてみたんだけど……店員さんもお客さんも男が多くて、ちょっと一人じゃ入りづらいな~って思ったの……それで、男の子が一緒なら大丈夫かなって思って」
「だったら蛍だけ入れればいいじゃん……」

 あーめんどくせ、と言わんばかりに目を細めて不満げに零す。ため息とセットなあたり、相当面倒臭いと感じているのだろう。
まぁ、言わんとしていることは何となくわかる。男が一緒なら大丈夫、という理由ならわざわざ二人誘う必要性も無いといえば無いだろう。
ボクか影人さんのどちらかを誘えばその条件は達成される、それで十分なはずなのだが――。

「ううん!! 二人一緒がいいの!!」
「何故です?」「何で?」

 ――窓雪さんが力強く答えを返す。あくまで彼女はボクら二人の同行を希望しているようだ。
そう、謎なのはその点だ。何故、ボクらは二人セットでないとダメなのか……ボクも影人さんも、同じ事を疑問に感じていた。

「それは……。……とにかく、二人一緒に来てくれるのがいいの! ね?」
「はぁ……まぁ、よくは分かりませんがボクはいいですよ。確かに、男性だらけの中に女子一人は中々厳しいと思いますし。ねぇ、影人さん」
「……え、何。お前行くつもりなの?」
「そりゃあ行きますよ、窓雪さん困ってるみたいですし、よくわかりませんけどボクら二人が良いって言うなら行くしかないじゃないですか」

 ボクがそう言えば、影人さんは眉を顰めて「えぇ……」と漏らす。マスクで口元が隠れていても、目元だけで十分判断が出来るくらいに嫌そうな表情を浮かべている。
元々食に大した興味を示さない影人さんだ、このチラシにそそられる要素なんて一点もないだろうし――女子からの誘いというものにも、面倒臭いという感情しかないのだろう。

 これが知らん女子だったらボクも多少億劫にはなっていた、かもしれないが。今回の相手は女子の中でも唯一仲良くしてくれている窓雪さんだ。
いつも何かしら助けてくれる彼女を、こういう時くらいは助けてあげないとバチが当たるだろう。

「影人さんの注文分、ボクが奢りますから」
「……じゃあいいよ」
「やった! ありがとう二人とも~!!」

 太陽のように輝く笑顔を浮かべ、がしっとボクらの手を握る。相も変わらず女子に触れられるのに慣れないボクは「え、あぁ……」と、情けない声を出してしまった。
一方の影人さんは、これまた嫌そうな顔で窓雪さんの手を振り払う。流石に失礼だぞこの野郎、という意味を込めて肘鉄を一発くらわせておいた。
当の窓雪さんは、あまり気にしていないようだけれど。


 そんなこんなでボクらは窓雪さんに案内されながら、噂の洋食屋へと歩みを進めた。



◇ ◇ ◇



 ――洋食屋「藤堂軒」。
影人さんの家から徒歩数分のところにあるショッピングモール内にオープンしたばかりで、男性人気の高い店だそうで。
ハンバーグ、オムライス、エビフライ、カレー……定番の洋食メニューからソフトドリンク・アルコール飲料・デザートといった種類豊富なメニューに加え、ライス大盛りサービスやおかずの増量といったサービスまであるらしい。
つまるところ、ガッツリとしたものが大好きな男性からしたら非常に魅力的な店であることは間違いない。体育会系の男子なんて、大喜びで毎日通いそうなくらいだ。

「……見るだけで胸焼けする……」
「影人さんが食べられそうなものはあんまり無さそうですね」
「俺ジュースでいいや」

 ――逆に言えば、影人さんのような小食ボーイにとっては完全に地獄でしかないのだが。

「せっかくですし、ボクは何か頼んでみましょうかね。オムライスなんかふわふわしてて美味しそう……窓雪さんは」
「決まってるでしょ! ジャンボチキンカツカレー!!」
「マジで食うの……?」

 今まで見た中で一番輝かしい笑顔を浮かべながら、窓雪さんがどやっと宣言する。ボクの隣にいる影人さんは、完全にドン引きモードだ。
写真で見ただけでも凄くボリューミーなものであるのは感じ取れたあのカツカレーを、彼女は本気で食べる気なのだろうか……それも、一人で?
二人に食べさせる気はない、とは言っていたが。いや、まさか……そう思いながら、ボクは窓雪さんに視線を向ける。

「……もしかして、お一人で?」
「うん!」

 意気揚々と頷く彼女に「やっぱりなー!!」と心の中で叫ぶ。ギャグマンガのずっこけよろしく、テーブルに頭をぶつけてしまった。
色々な意味で開いた口が塞がらないというか、もう「驚」の一文字しか頭に浮かばない。影人さんに至っては、もう完全に動作停止状態だ。
 そんなボクらのことなどお構いなしに窓雪さんは店員さんを呼び、ボクらの分も注文した。


 ……その数分後、ボクらは地獄を目にすることとなった。


「お待たせしました、こちらメロンソーダとオムライスと……ジャンボチキンカツカレーになります」

 店員さんがさらっとした様子で注文品を淡々と並べていく。
グラスに入ったメロンソーダ、お茶碗2杯分くらいのご飯が入っているであろう中サイズのオムライス。

 そして――写真で見た以上に迫力がありすぎる、ホールケーキサイズのチキンカツカレー。

「わぁ! やっぱり期待通りのチキンカツカレーだぁ……匂いといい、存在感といい、たまんない~……!!」
「……再度言いますけど、これホントに一人で食べるんですか?」
「うん、もちろん! これくらいよゆーよゆー!!」

 そんじょそこらの飲食店のLサイズなんて目じゃないくらいの大きさに、目を輝かせる窓雪さん。
ボクらより小柄でふわふわとした雰囲気を漂わせる窓雪さんがこんな馬鹿でかいガッツリメニューを食べるだなんて、誰が想像できようものか。
周りのお客さんも何となくボクらの気持ちを汲み取ったのか、ちらちらと物珍しそうに窓雪さんを見ている。「お前が食うんかい!!」という叫びが、喉まで出かかっているかもしれない。

「ん~……美味しい!!」
「ソ、ソウデスカ……良カッタデスネ……」

 驚くボクとドン引きしている影人さんを目の前に、ビッグサイズのご馳走を頬張る。顔だけ見れば、「いっぱい食べる君が好き」なんて言いたくなるような、食いしん坊系美少女に見える……のだが。
ただ、残念ながら「食いしん坊系美少女」なんていう枠を、彼女は超えている。何故なら、目の前にあるモノが化け物級のグルメだからだ。

 ボクらが普通に食べているカレーと比べて、2~3倍……いや、10倍はありそうな大きさの超大盛りのライスとカレールー。白と茶色の美しいコントラストの上を綺麗に飾るのは、横幅合計30センチはありそうなチキンカツ。
大食い選手権でもなければそうそう目にすることは無いであろう超大盛りメニュー。それを、普通の女子高生がたった一人で手を止めることなく頬張っている――ボクの中にある「女子」の像が少し崩れたような、ファンタジーのような光景を見ている気分だ。

「私、こういうところのご飯食べるのがずっと夢だったんだけど……モモやリカ達と一緒だとこういうとこ入れないし、パパやママも連れてってくれないから食べられずじまいだったの。あ~、幸せ……」
「はは……幸せそうで何よりです……」
「見てるだけで気持ち悪くなってきた……」
「吐かないでくださいよ影人さん」

 影人さんの目をみれば、もうドン引きどころではなかった。彼の目は確実に、この世のモノではない「何か」を見ているような目だ。
彼が今までどういったお付き合いをしてきたかは知らないが、「百戦錬磨の黒崎君」と言われた彼の経験上でも多分彼女ほどの大食いはいなかったのだろう。
……いや、窓雪さんがレアケースすぎるのかもしれない。大体の女子は大食いとはいっても、ご飯を二杯食べるとかその程度……かもしれないし。

 そんなこんな考えている間も、窓雪さんの食べる手は止まらない。
あれだけ大容量のジャンボチキンカツカレーも、あと数口で皿の中が空っぽになる……というところまで来てしまっていた。
ボクや影人さんだったら、半分すら食べられなかったかもしれない。……大食女子とは、恐ろしい。

「……あ、二人とも! 私がこういうの食べてたってことは、他の人には内緒にしてね!?」
「え? あ、あぁ……分かりました」

 ただ、恥じらいというのはあるのだろうか――そう頼んできた窓雪さんの頬は、仄かに赤く染まっていた。



◇ ◇ ◇



 結局、ジャンボチキンカツカレーは30分も経たずに窓雪さんの胃の中へと消え――ボクらの会計は全て無料となった。
とはいっても、ボクと影人さん二人合わせて1000円ちょっとくらいだったが……それでも、バイトをしていない高校生の身としては、ありがたいものだ。(彼女も高校生だが)

「あ~、美味しかったぁ! 不破君、黒崎君、ありがとう!! 私もう明日死んでもいいくらい幸せ!!」
「いや死んじゃダメですからね!? まぁ、窓雪さんが喜んでくれたならそれでいいですよ」
「ふふっ、ありがとう。私、ぶっちゃけああいうガッツリしたものが大好きでね。あのチキンカツカレーも、ず~~っと食べたくて仕方なかったの!」

 ふへへ、と思いきり口元を緩ませる窓雪さん。知り合って数ヶ月、ボクの中では彼女は普通の女子高校生だと思っていたが……中々、レアな女子高生だったようだ。
食の好みは人それぞれだけれど、彼女に関してはあまりにギャップが大きすぎる。あの小さな体のどこにジャンボチキンカツカレーが全量入ったのだろう、と疑問に思うくらいには。

「よし、それじゃあ私はこの胃に入ったジャンボチキンカツカレーを消化する旅に出るよ! 本当にありがとう、二人とも!」
「え、えぇ……その、お気を付けて」
「うん! また今度、学校でね!」

 ばいばい、と笑顔で手を振りながら去る窓雪さん。
今まで胸に秘めていた欲望が満たされた彼女の笑顔は、太陽に負けないくらいに輝かしいものだった。
ボクも彼女に手を振り返し、その背中を見送る。

「……ところで、本当何でボクら二人を一緒に誘ったんでしょうね」
「さぁ……?」

 とにかく、で消されてしまった疑問を投げたボクに、ずっとだんまりだった影人さんが答えた。









「ジャンボチキンカツカレーは食べられたし、不破君と黒崎君のセットも間近で見れたし! あ~、今日は本当に幸せだ~!!」

 ―― ボクの視界から消えた窓雪さんがそう呟いていたことを、ボクら二人は知らない。
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