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第三.五章 文化祭編
第九話 ボクの知らない人
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「嫌がられてんだからとっととやめてやれよ、いい大人が高校生相手に恥ずかしくねーのか?」
軟派な迷惑客に困っているボクと影人さんの元に現れたのは、四人の青年だった。
ボクの腕を掴む迷惑客を止めてくれているのは、そのうちの一人──左右非対称の赤い髪をした青年。つり上がった太めの眉と陽光に輝く金色の目が、迷惑客を鋭く睨みつけている。
「は? お前らには関係ねーだろ、俺この子らと話してんだけど」
「そっちの銀髪の子ねー、ぼくらの友達なんだよねー。変に絡むのやめてくれるー?」
「そうそう、周りも迷惑してんじゃん。ナンパしたかったらよそでやれって」
赤髪の青年に続き、二人の青年が迷惑客に詰め寄る。紺色のメッシュの入った黒髪の青年と、片目隠れの青緑髪の青年。
どこの誰かは分からないが、彼らも彼らでその辺の男よりは顔面偏差値が総じて高い集団であることだけは分かる。どこか目を引くような整った顔立ちをしていて、フツメンであるボクからしたら羨望の眼差しを向けずにはいられない。
少しだけ周りをチラ見すると──女性客やクラスメイトの女子も、ちらちらと彼らを見ている。状況が状況なのもあって、完全に注目の的だ。
「と、友達……?」
「あ"ー、めんどくせ。つか写真撮影禁止って看板に書いてあっただろ、お前らあの程度の日本語もわかんねーのか?」
最後の一人──影人さんと同じ髪色をした強面の青年が、思い切り睨みをきかせる。
……正直、めちゃくちゃ怖い。睨まれているのはボクじゃないけれど、つい「ひぃっ」と声を漏らしてしまう。
「す、すいませんでしたァァァアアアァァァア!!!」
さすがに強面の睨みは効いたのだろう──迷惑客は脱兎の勢いで教室から出ていった。
テーブルに残ったのは、ケーキとコーヒー二人分の現金。ルールを無視する迷惑な客ではあったが、急いでいた割に食い逃げをしなかったことだけは褒めてやろう。
「ありがとうございました……」と届くことのない挨拶を、教室のドアに向かって投げた。
「大丈夫か?」
「あ、はい……あの、ありがとうございました」
「いいってことよ! ああいうのがいるとガン萎えするよな~! けど、もう大丈夫だ」
片目隠れた青緑髪の青年が、ニッと歯を見せた笑みを浮かべる。黒髪の青年と赤髪の青年も「気にするな」と口角を上げ、近くの席に着いた。
いい人達に救われたなぁ、と思いながらハッとする。そういえば影人さん、お礼を言ってないのでは。そう思って振り返ると──
「……なんで来たの、お前ら……」
──感謝のかの字も感じられない、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
そういえば、黒髪の人が「ぼくらの友達」と言っているのをちらっと聞いたが……もしかして。
「影人さん、知り合い……ですか?」
「知り合いも何も、こいつらは俺の──」
ボクの問いに、影人さんが面倒くさそうな表情を浮かべながら口を開く。
こいつらは俺の──気になるところで、後ろからガシャンと皿が割れる音が響く。
一体何が……? ボクと影人さんと青年達は、音がした方を振り返る。
「……な……」
そこに立っていたのは、生まれたばかりの子鹿のように足をぷるぷると震わせる窓雪さん。目も口も開きっぱなしの彼女が見ている先は、四人の青年たち。
皿を落とすほどに震える手をカタカタと動かし、人差し指を彼らに向ける。
「どうしてマジデスのメンバーがこんなところに来てるのぉぉぉおおおぉぉぉおおお!!!???」
── 小さな体から、全校中に響きわたるほどのシャウトを繰り出した。
◇ ◇ ◇
「まさかねぇー、影人の学校にファンがいるとは思わなかったなー」
「あー、そういえばたまにライブにあの子いたかもなぁ。影人、知ってた?」
「……知らない」
周りの女子達に宥められながら興奮を抑えている窓雪さんを後目に、影人さんと青年達はのんびりと談笑していた。
もちろん、青年達は注文もちゃんとしてくれていて、それぞれの席にはコーヒーやジュース、ケーキやパフェが置いてある。特に美味そうに食べててくれているのは、黒髪の青年だ。
ボクはというと、周りのお客さんに配膳をしつつ、窓雪さんの様子を見に行きつつ……時々、影人さん達の話に加わったりと、少し大忙し。
特に今、色々な意味で大変なのは窓雪さんだ。過呼吸一歩手前というくらい呼吸が忙しなく、心臓を抑えて「おちつけ~おちつけ~目の前に推しがいるけどおちつけ~」と、必死に自分に言い聞かせている。まるで呪文かお経を唱えているかのようだ。
黒葛原さんや周りの女子も背中をさすって「大丈夫?」と声をかけている……が、若干名ドン引きしている表情の人もいなくはなかった。
「ええと、とりあえず……その人達は、影人さんのバンドのメンツ……ってことですよね?」
「そうそう! マジックデストロイヤーって名前で活動してるんだ、略してマジデスな!」
赤髪の男性が誇らしげに親指を立て、歯を見せた笑みを浮かべた。
影人さんが属するバンドの名前は「MAGIC DESTROYEЯ」──略して「マジデス」。
リーダーであるボーカル担当、片目が隠れた青緑髪の青年「我孫子 優」。バンド活動名は「AVI」
ドラム担当、アシンメトリーの赤髪の青年「日向 善也」。バンド活動名は「夢者」。
ギター担当、銀髪での強面の青年「幸村 銀華」。バンド活動名は「銀」。
同じくギター担当、黒髪に青いメッシュの青年「蛇澤 慎一郎」。バンド活動名は「へびくん。」。
そしてベース担当の影人さん。バンド活動名は「GRIMZA」。
知る人ぞ知るバンド、というくらいの知名度らしく──メディアでの活動は今のところ、全くないそうだ。
そのため、ファンの数も全国的にはそう多くはないとのことで、このクラス内でも知ってるのは窓雪さんくらいだった。
「っていうか!! 黒崎君がグリムザだったなんて知らなかったんだけど!!?」
「だって言ってないし。……それより、何でお前ら俺がここにいるって分かったの」
「制服から学校特定した!」
得意げに笑いながら、我孫子さんがスマホを取り出す。そこに映っていたのは、ボクと影人さんが通う学校の公式サイトだった。
学校の大まかな概要を記載したページには、どこの誰だか知らない男女二人の制服姿が画像として公開されている。多少着崩している影人さんとは大違いの、ボタンを一番上まで留めたような真面目な着こなしをしているが、着ているパーツはすべて一緒だ。
影人さんと一緒に帰った時、一度だって彼らの姿を見たことはなかったが──きっと、学校帰りの影人さんとも会っていたのだろう。
そうでなければ、制服で学校を特定できるわけがない。発展した情報社会と技術の恐ろしさを垣間見た気がした……。
「文化祭やるらしいから来てみたけど、まっさか女装男装喫茶とはな~!!」
「しかも影人、めっちゃガチめにやってんじゃねーか。まさか女装に目覚めたか?」
「んなわけないでしょ……」
「今度のライブでもやっちゃうー?」
「やだよ」
初めて見た、ボクの知らない影人さんの知り合い。そして、その人と影人さんの掛け合い。
ボクが出会う前に影人さんと出会い、音楽の道へと導いたお兄さん達で──影人さんがボク以外にも心を開いているであろう、恩人。
(やっぱ、仲いいんだなぁ)
はぁ? んなわけないでしょ、何言ってんの。なんて軽口を叩きつつも、影人さんはどこか楽しそうで。
他のお客さんの注文取りやテーブルの片づけをしつつ横目でそれを見るボクの心には、わずかに曇り空が広がりかけていた。
(……え? マジでなんなんだこれ)
軟派な迷惑客に困っているボクと影人さんの元に現れたのは、四人の青年だった。
ボクの腕を掴む迷惑客を止めてくれているのは、そのうちの一人──左右非対称の赤い髪をした青年。つり上がった太めの眉と陽光に輝く金色の目が、迷惑客を鋭く睨みつけている。
「は? お前らには関係ねーだろ、俺この子らと話してんだけど」
「そっちの銀髪の子ねー、ぼくらの友達なんだよねー。変に絡むのやめてくれるー?」
「そうそう、周りも迷惑してんじゃん。ナンパしたかったらよそでやれって」
赤髪の青年に続き、二人の青年が迷惑客に詰め寄る。紺色のメッシュの入った黒髪の青年と、片目隠れの青緑髪の青年。
どこの誰かは分からないが、彼らも彼らでその辺の男よりは顔面偏差値が総じて高い集団であることだけは分かる。どこか目を引くような整った顔立ちをしていて、フツメンであるボクからしたら羨望の眼差しを向けずにはいられない。
少しだけ周りをチラ見すると──女性客やクラスメイトの女子も、ちらちらと彼らを見ている。状況が状況なのもあって、完全に注目の的だ。
「と、友達……?」
「あ"ー、めんどくせ。つか写真撮影禁止って看板に書いてあっただろ、お前らあの程度の日本語もわかんねーのか?」
最後の一人──影人さんと同じ髪色をした強面の青年が、思い切り睨みをきかせる。
……正直、めちゃくちゃ怖い。睨まれているのはボクじゃないけれど、つい「ひぃっ」と声を漏らしてしまう。
「す、すいませんでしたァァァアアアァァァア!!!」
さすがに強面の睨みは効いたのだろう──迷惑客は脱兎の勢いで教室から出ていった。
テーブルに残ったのは、ケーキとコーヒー二人分の現金。ルールを無視する迷惑な客ではあったが、急いでいた割に食い逃げをしなかったことだけは褒めてやろう。
「ありがとうございました……」と届くことのない挨拶を、教室のドアに向かって投げた。
「大丈夫か?」
「あ、はい……あの、ありがとうございました」
「いいってことよ! ああいうのがいるとガン萎えするよな~! けど、もう大丈夫だ」
片目隠れた青緑髪の青年が、ニッと歯を見せた笑みを浮かべる。黒髪の青年と赤髪の青年も「気にするな」と口角を上げ、近くの席に着いた。
いい人達に救われたなぁ、と思いながらハッとする。そういえば影人さん、お礼を言ってないのでは。そう思って振り返ると──
「……なんで来たの、お前ら……」
──感謝のかの字も感じられない、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
そういえば、黒髪の人が「ぼくらの友達」と言っているのをちらっと聞いたが……もしかして。
「影人さん、知り合い……ですか?」
「知り合いも何も、こいつらは俺の──」
ボクの問いに、影人さんが面倒くさそうな表情を浮かべながら口を開く。
こいつらは俺の──気になるところで、後ろからガシャンと皿が割れる音が響く。
一体何が……? ボクと影人さんと青年達は、音がした方を振り返る。
「……な……」
そこに立っていたのは、生まれたばかりの子鹿のように足をぷるぷると震わせる窓雪さん。目も口も開きっぱなしの彼女が見ている先は、四人の青年たち。
皿を落とすほどに震える手をカタカタと動かし、人差し指を彼らに向ける。
「どうしてマジデスのメンバーがこんなところに来てるのぉぉぉおおおぉぉぉおおお!!!???」
── 小さな体から、全校中に響きわたるほどのシャウトを繰り出した。
◇ ◇ ◇
「まさかねぇー、影人の学校にファンがいるとは思わなかったなー」
「あー、そういえばたまにライブにあの子いたかもなぁ。影人、知ってた?」
「……知らない」
周りの女子達に宥められながら興奮を抑えている窓雪さんを後目に、影人さんと青年達はのんびりと談笑していた。
もちろん、青年達は注文もちゃんとしてくれていて、それぞれの席にはコーヒーやジュース、ケーキやパフェが置いてある。特に美味そうに食べててくれているのは、黒髪の青年だ。
ボクはというと、周りのお客さんに配膳をしつつ、窓雪さんの様子を見に行きつつ……時々、影人さん達の話に加わったりと、少し大忙し。
特に今、色々な意味で大変なのは窓雪さんだ。過呼吸一歩手前というくらい呼吸が忙しなく、心臓を抑えて「おちつけ~おちつけ~目の前に推しがいるけどおちつけ~」と、必死に自分に言い聞かせている。まるで呪文かお経を唱えているかのようだ。
黒葛原さんや周りの女子も背中をさすって「大丈夫?」と声をかけている……が、若干名ドン引きしている表情の人もいなくはなかった。
「ええと、とりあえず……その人達は、影人さんのバンドのメンツ……ってことですよね?」
「そうそう! マジックデストロイヤーって名前で活動してるんだ、略してマジデスな!」
赤髪の男性が誇らしげに親指を立て、歯を見せた笑みを浮かべた。
影人さんが属するバンドの名前は「MAGIC DESTROYEЯ」──略して「マジデス」。
リーダーであるボーカル担当、片目が隠れた青緑髪の青年「我孫子 優」。バンド活動名は「AVI」
ドラム担当、アシンメトリーの赤髪の青年「日向 善也」。バンド活動名は「夢者」。
ギター担当、銀髪での強面の青年「幸村 銀華」。バンド活動名は「銀」。
同じくギター担当、黒髪に青いメッシュの青年「蛇澤 慎一郎」。バンド活動名は「へびくん。」。
そしてベース担当の影人さん。バンド活動名は「GRIMZA」。
知る人ぞ知るバンド、というくらいの知名度らしく──メディアでの活動は今のところ、全くないそうだ。
そのため、ファンの数も全国的にはそう多くはないとのことで、このクラス内でも知ってるのは窓雪さんくらいだった。
「っていうか!! 黒崎君がグリムザだったなんて知らなかったんだけど!!?」
「だって言ってないし。……それより、何でお前ら俺がここにいるって分かったの」
「制服から学校特定した!」
得意げに笑いながら、我孫子さんがスマホを取り出す。そこに映っていたのは、ボクと影人さんが通う学校の公式サイトだった。
学校の大まかな概要を記載したページには、どこの誰だか知らない男女二人の制服姿が画像として公開されている。多少着崩している影人さんとは大違いの、ボタンを一番上まで留めたような真面目な着こなしをしているが、着ているパーツはすべて一緒だ。
影人さんと一緒に帰った時、一度だって彼らの姿を見たことはなかったが──きっと、学校帰りの影人さんとも会っていたのだろう。
そうでなければ、制服で学校を特定できるわけがない。発展した情報社会と技術の恐ろしさを垣間見た気がした……。
「文化祭やるらしいから来てみたけど、まっさか女装男装喫茶とはな~!!」
「しかも影人、めっちゃガチめにやってんじゃねーか。まさか女装に目覚めたか?」
「んなわけないでしょ……」
「今度のライブでもやっちゃうー?」
「やだよ」
初めて見た、ボクの知らない影人さんの知り合い。そして、その人と影人さんの掛け合い。
ボクが出会う前に影人さんと出会い、音楽の道へと導いたお兄さん達で──影人さんがボク以外にも心を開いているであろう、恩人。
(やっぱ、仲いいんだなぁ)
はぁ? んなわけないでしょ、何言ってんの。なんて軽口を叩きつつも、影人さんはどこか楽しそうで。
他のお客さんの注文取りやテーブルの片づけをしつつ横目でそれを見るボクの心には、わずかに曇り空が広がりかけていた。
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