夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第三.五章 文化祭編

第八話 魔の手

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 影人さんとボクのメイド姿もお披露目してから四十分後。放送委員による文化祭開幕の放送が流れ、閉じられていた校門が開かれる。

 門前で待っていたであろう人々が、なだれこむように開門直後に足を踏み入れる。
ボクらの教室は二階、そこそこ高い場所から見下ろす形になるためお客さんの特長は細かくは見えない──が、若い男性の集まりであろうことは何となくわかる。
ベランダ付近からちらっと見る程度であるが、おそらく年齢は……二十代ちょっとくらいだろうか。

 その集団に続くかのように、老若男女問わず人が続々と門の中へと入っていく。学校近くに車も何台か通ってくるようになり、本格的に文化祭が始まったのだと実感せざるを得ない。

「とうとう来ちゃいましたね、お客さん……」
「帰っていい?」
「120円×29人分出す羽目になりますよ、影人さん」

 門をくぐっていくお客さんたちの姿を見た影人さんが低い声でぼやく。マスクを取り全貌が明らかになった目鼻立ちの良い顔は「面倒くさい」の
色しか見えない。
まぁ、気持ちはわかる。女装なんて余程好きでなければ恥ずかしい姿でしかないうえ、顔のいい影人さんからしたら──

「黒崎のメイド姿マジやべーよな……」
「寧ろ俺が客になりてぇよ、今のあいつになら踏まれてもいいわ」
「うわ、キモッ! ここそういう出し物じゃねえし! ……まぁわかるけどさ」

 ──クラスメイトからもこの有様だ。外からきた客もきっと、彼のメイド姿を見たら夢中になることだろう。
きっと、いわゆる「パリピ」というやつも来るはずなのだ。

(ボクが変な人から影人さん守らなきゃ……)

 下心ありきで寄ってくる変な奴らに、影人さんを近づけさせてはいけない。
怖いことをするのは正直苦手な方だが、目に余る行為がもし見えたなら実力行使も厭わない──その気でいこう、と堅く心に誓った。



◇ ◇ ◇



 開門から数十分、ボクらの女装男装喫茶にも少しずつお客さんが入ってきた。
やはり女装男装という点で興味を引くものがあるのだろうか……クラスメイトの友人や親族といった、クラスメイトの関係者が多々足を踏み入れている。

「すみません、そこのメイドさん! いちごパフェとコーヒーお願い!」
「はい、少々お待ちください!」

 続々と入ってくる注文を受けては配膳し、そしてまた他の客から注文が入り……と、そこそこ目まぐるしくなってきた女装男装喫茶。
とはいっても、忙しくしているのは一部のメイドとウェイターだけだ。

「あのウェイターさん、男装なんでしょ? なのに背高いし、スラッとしててかっこいいよね~!」
「あそこの銀髪のメイドさんも良くない? 男とは思えないぐらい美人すぎ!」
「あたしはあっちのピン留めツインテールのメイドさんがいい! なんか萌え系って感じでめちゃくちゃ可愛いし!」
「あのふわふわした雰囲気のウェイターさんもいいよねぇ……すみませーん! そこのウェイターさーん!」

(ここは指名制じゃないんだけどな……)

 やはり見目のいいメイドやウェイターとお近づきになりたいのだろう。ウェイターは黒葛原つづらはらさんと窓雪さん、メイドは影人さんとボクがお客さんによく声がかかる。
まぁ、ボクにもよく声がかかるのは100%影人さんのメイクのおかげであるため、自分の手柄のように胸を張ることはできないのだが。
 特に一番人気が高いのは影人さんだ。男女問わず、その美しさに見惚れて注文を忘れてしまうお客さんもちょくちょく出てきている。

「ねぇそこのメイドさん、俺らと一緒に写真撮ってくんね?」
「えぇ……やだ」
「いいじゃん~! 一枚だけでいいからさぁ、ね?」
「やだって言ってんじゃん……しつこい」

 ──と、こんな客まで出てくる始末。影人さんに言い寄っているのは、大学生か社会人になりたてと思わしき年上の若い男二人だ。
外部の人も来る高校の一大イベント、やはり下心丸出しでくる客というのもそれなりにいるのだろう。
ウェイター姿の黒葛原つづらはらさんにきゃーきゃー黄色い声を上げる女性客はまだ可愛いものであるが、影人さんに対してはこうした迷惑な客も現れてきているのだ。

 可愛い、美人なら男でもいいのか。
そもそも、今回の女装男装喫茶は一応「写真撮影はご遠慮ください」と看板やチラシには表記してあるのだが、それを見た上でああして低俗なことを言ってきているのだろうか。

 いや、それよりも──影人さんに対しての低俗かつ軽率な態度が、ボクとしては許せないもので。
大事な友達に変な手出しをされるのは、何より不愉快だ。どうにかしようと、ボクは影人さんとそのお客さんの元へ歩み寄った。

「申し訳ありませんがここは写真撮影は禁止になっておりますので、それくらいにしていただけませんか?」
「は? 何だお前……って、あ~。なんだ、ここにも可愛いメイドさんいるじゃーん」
「ケチケチしないで一枚くらい許してよ、メルクシィとか上げたりしないからさ~」
「そういう問題じゃありませんよ! うちのルールですから守っていただかないと困ります! ボクも彼も」
「はは、怒った顔も可愛いね。そそるわ~そういう顔。ねぇ、文化祭終わったら二人とも俺らと遊ぼうよ」

 間に入って止めるつもりが、エスカレートさせてしまった。迷惑客は止まるどころかボクの腕を掴み、へらへらと気持ち悪い笑みを浮かべている。
ボクがもう少し強面だったら、もう少し男らしい体つきでもしてれば、止まってくれてたのだろうか。
あぁ、なんと情けない。助けに入るどころか、余計に場の状況を拗らせしまっている。

 影人さんも打つ手が無いのか面倒臭いのか分からないが、ただこの状況をぼーっと見ているだけ。ボクと彼だけでは手に負えない、至極面倒な状況になってしまった。
誰か、誰でもいいからこの場をどうにかしてください――目の前の男を睨みながら、心の中で祈る。




「嫌がられてんだからとっととやめてやれよ、いい大人が高校生相手に恥ずかしくねーのか?」

 突如差した、希望の光。
ボクの腕を掴んでいた男の腕を思いきり振り払ったのは――見たことのない赤い髪の青年と、その連れらしき三人の青年たちだった。
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