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ある聖戦の日
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それは、遡ること数ヶ月。ボクと影人さんが、まだ一年生の頃のことだ。
ボクらの物語が動き出す、ほんの少し前の──小さなお話。
「……今日、チョコの日でしたねぇ」
「そうだね、忘れてたけど」
時は二月十四日──聖・バレンタインデー。
女子が愛する人にチョコレートを渡し、想いを伝える日だといわれている。
女子の手元や鞄を見れば、ラッピングされた箱がちらちらと視界に入る。年頃の女子というものは、やはり一人や二人気になる男というのがいるものなのか。
小・中学は食べ物の持ち込みは厳禁とされていたが、高校に上がってからは買い食いも普通に出来るようになってしまったもので──バレンタインのチョコの持ち込みなど、もう何でもないことなのだろう。
(まぁ、ボクには無縁なイベントですけどねー……)
ただ、バレンタインの恩恵を受けられるのは──決まって"イケメン"と言われる人種のみだ。ボクのような非モテ男子からしたらあまりにも虚しく、ははは……と乾いた笑いしか出てこない。
どうせ今年もチョコはゼロなのだ、ボクには関係ない。
……関係ない。機会もない。とてつもないほど縁がない。
(虚しいわボケェ!!)
ボクはイケメンでもなんでもない、ただのフツメン(だと思う)顔だ。女子から好かれるような、キャーキャー言われる要素など一つもない。
寧ろ、女子の視線がボクの方を向くわけがないのだ。なぜなら──
「く、黒崎君!」
「何」
「あの、……これ、頑張って作ったんです! よ、よければもらってください!」
──この、ボクのすぐ隣にいるアルビノダウナーイケメン野郎が女子の視線を全てかっさらっていくせいである。
女子がボクの方を見ている、と思いきや実際見ているのは隣にいる影人さん……なんていうのは、高校に入ってから今までこの身が腐りきるほど体験した事象だ。
彼から話を聞いたことはないが、多分彼の両親も相当顔がいいのだろう。性格はなんか色々アレなところがあるけれど、顔面においては最強の遺伝子を当てられたに違いない。
「あぁ、……うん」
「そ、それじゃあ、また! た、食べてくれると嬉しいな……!」
恥ずかしそうに頬を染めながら、影人さんにチョコを渡した女子が去っていった。
手渡された影人さんはというと、手渡されたラッピングを無言で見つめている。
目元を見れば、いつもと変わらぬ無表情。なんというか……「ふーん」とでも言いたそうな、冷めた表情だ。
女子にあんな可愛らしい顔をさせておいて、なんだその面構えは。
「良かったじゃないですか、影人さん。あんな可愛い女の子からチョコもらえて」
「あー、うん……。……作ったって言ってたよね、あれ……」
「はい? まぁ、言ってましたけど。羨ましいなぁ~、手作りだなんて中々もらえませんよ影人さん!!」
ボクは市販すらもらったことありませんけど、と言いながら影人さんを肘で小突く。あまりにも虚しい、心が痛い。
玄関に出向いて下駄箱を開けてみれば、そこにも山のようにラッピングが積み重なっていて。非モテ男子から見たら、それはまさに桃源郷。
そんな桃源郷も美男子にとっては普通のことなのだろう、咄嗟に出たリアクションは顰めた眉と重いため息だった。
「……処理面倒くさいなぁ」
「処理っていうな! 乙女心を独り占めできて羨ましい限りですよ」
「…………」
ボクの言葉には返事もせず一つ一つゆっくりと手にとり、先ほどもらったラッピングの上に重ねる。持てる分だけ持ったところでくるりとボクの方を振り返り、
「あげる」
……と、あろうことかボクに差し出しやがった。
「は!? いやいや、何言ってるんですか影人さん! 女子がアナタのために作ったチョコたちでしょう!? それをボクに横流しなんてちょっと酷いんじゃ……」
「別にいいよ……こんなにもらったところで食べきらないから。…………何入ってるかわかったもんじゃないし。」
「え?」
「何でもない。まぁ、どうせ手元に置いても腐らすか捨てるかしかないからもらってよ」
もったいないの嫌いでしょ、と言いながらずいずいと押しつけてくる影人さん。そこまで言われると、流石のボクも受け取らざるを得なくなる。
本当なら断固として拒否をしたいところだが、せっかくのチョコが腐り捨てられるというのも許されざる行為。食品ロスは重大な問題だ。
「……分かりました。言っておきますけど、食品ロスを防ぐためにいただくんですからね。後でバレて女子にどやされても知りませんよ?」
「別にいいよ、興味ないし」
ボクの言葉を、あっさりと切り捨てた。今の返事を女子が聞いたら、絶対泣くか怒り狂うかに違いない……。
とりあえず女子たちに見つからないうちに……と、影人さんから受け取ったチョコたちをささっと鞄に詰めていく。あまりにも虚しい作業だ。
(これが全部ボク宛のチョコだったら嬉しかったんだけどなぁ……)
永久に叶わぬ夢物語を心の中でそっと呟き、ファスナーを閉じた。
ボクらの物語が動き出す、ほんの少し前の──小さなお話。
「……今日、チョコの日でしたねぇ」
「そうだね、忘れてたけど」
時は二月十四日──聖・バレンタインデー。
女子が愛する人にチョコレートを渡し、想いを伝える日だといわれている。
女子の手元や鞄を見れば、ラッピングされた箱がちらちらと視界に入る。年頃の女子というものは、やはり一人や二人気になる男というのがいるものなのか。
小・中学は食べ物の持ち込みは厳禁とされていたが、高校に上がってからは買い食いも普通に出来るようになってしまったもので──バレンタインのチョコの持ち込みなど、もう何でもないことなのだろう。
(まぁ、ボクには無縁なイベントですけどねー……)
ただ、バレンタインの恩恵を受けられるのは──決まって"イケメン"と言われる人種のみだ。ボクのような非モテ男子からしたらあまりにも虚しく、ははは……と乾いた笑いしか出てこない。
どうせ今年もチョコはゼロなのだ、ボクには関係ない。
……関係ない。機会もない。とてつもないほど縁がない。
(虚しいわボケェ!!)
ボクはイケメンでもなんでもない、ただのフツメン(だと思う)顔だ。女子から好かれるような、キャーキャー言われる要素など一つもない。
寧ろ、女子の視線がボクの方を向くわけがないのだ。なぜなら──
「く、黒崎君!」
「何」
「あの、……これ、頑張って作ったんです! よ、よければもらってください!」
──この、ボクのすぐ隣にいるアルビノダウナーイケメン野郎が女子の視線を全てかっさらっていくせいである。
女子がボクの方を見ている、と思いきや実際見ているのは隣にいる影人さん……なんていうのは、高校に入ってから今までこの身が腐りきるほど体験した事象だ。
彼から話を聞いたことはないが、多分彼の両親も相当顔がいいのだろう。性格はなんか色々アレなところがあるけれど、顔面においては最強の遺伝子を当てられたに違いない。
「あぁ、……うん」
「そ、それじゃあ、また! た、食べてくれると嬉しいな……!」
恥ずかしそうに頬を染めながら、影人さんにチョコを渡した女子が去っていった。
手渡された影人さんはというと、手渡されたラッピングを無言で見つめている。
目元を見れば、いつもと変わらぬ無表情。なんというか……「ふーん」とでも言いたそうな、冷めた表情だ。
女子にあんな可愛らしい顔をさせておいて、なんだその面構えは。
「良かったじゃないですか、影人さん。あんな可愛い女の子からチョコもらえて」
「あー、うん……。……作ったって言ってたよね、あれ……」
「はい? まぁ、言ってましたけど。羨ましいなぁ~、手作りだなんて中々もらえませんよ影人さん!!」
ボクは市販すらもらったことありませんけど、と言いながら影人さんを肘で小突く。あまりにも虚しい、心が痛い。
玄関に出向いて下駄箱を開けてみれば、そこにも山のようにラッピングが積み重なっていて。非モテ男子から見たら、それはまさに桃源郷。
そんな桃源郷も美男子にとっては普通のことなのだろう、咄嗟に出たリアクションは顰めた眉と重いため息だった。
「……処理面倒くさいなぁ」
「処理っていうな! 乙女心を独り占めできて羨ましい限りですよ」
「…………」
ボクの言葉には返事もせず一つ一つゆっくりと手にとり、先ほどもらったラッピングの上に重ねる。持てる分だけ持ったところでくるりとボクの方を振り返り、
「あげる」
……と、あろうことかボクに差し出しやがった。
「は!? いやいや、何言ってるんですか影人さん! 女子がアナタのために作ったチョコたちでしょう!? それをボクに横流しなんてちょっと酷いんじゃ……」
「別にいいよ……こんなにもらったところで食べきらないから。…………何入ってるかわかったもんじゃないし。」
「え?」
「何でもない。まぁ、どうせ手元に置いても腐らすか捨てるかしかないからもらってよ」
もったいないの嫌いでしょ、と言いながらずいずいと押しつけてくる影人さん。そこまで言われると、流石のボクも受け取らざるを得なくなる。
本当なら断固として拒否をしたいところだが、せっかくのチョコが腐り捨てられるというのも許されざる行為。食品ロスは重大な問題だ。
「……分かりました。言っておきますけど、食品ロスを防ぐためにいただくんですからね。後でバレて女子にどやされても知りませんよ?」
「別にいいよ、興味ないし」
ボクの言葉を、あっさりと切り捨てた。今の返事を女子が聞いたら、絶対泣くか怒り狂うかに違いない……。
とりあえず女子たちに見つからないうちに……と、影人さんから受け取ったチョコたちをささっと鞄に詰めていく。あまりにも虚しい作業だ。
(これが全部ボク宛のチョコだったら嬉しかったんだけどなぁ……)
永久に叶わぬ夢物語を心の中でそっと呟き、ファスナーを閉じた。
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