夜影の蛍火

黒野ユウマ

文字の大きさ
上 下
163 / 190
短編集

ある聖戦の日

しおりを挟む
 それは、遡ること数ヶ月。ボクと影人さんが、まだ一年生の頃のことだ。

 ボクらの物語が動き出す、ほんの少し前の──小さなお話。



「……今日、チョコの日でしたねぇ」
「そうだね、忘れてたけど」

 時は二月十四日──聖・バレンタインデー。
女子が愛する人にチョコレートを渡し、想いを伝える日だといわれている。

 女子の手元や鞄を見れば、ラッピングされた箱がちらちらと視界に入る。年頃の女子というものは、やはり一人や二人気になる男というのがいるものなのか。
小・中学は食べ物の持ち込みは厳禁とされていたが、高校に上がってからは買い食いも普通に出来るようになってしまったもので──バレンタインのチョコの持ち込みなど、もう何でもないことなのだろう。

(まぁ、ボクには無縁なイベントですけどねー……)

 ただ、バレンタインの恩恵を受けられるのは──決まって"イケメン"と言われる人種のみだ。ボクのような非モテ男子からしたらあまりにも虚しく、ははは……と乾いた笑いしか出てこない。
どうせ今年もチョコはゼロなのだ、ボクには関係ない。

 ……関係ない。機会もない。とてつもないほど縁がない。

(虚しいわボケェ!!)

 ボクはイケメンでもなんでもない、ただのフツメン(だと思う)顔だ。女子から好かれるような、キャーキャー言われる要素など一つもない。
寧ろ、女子の視線がボクの方を向くわけがないのだ。なぜなら──

「く、黒崎君!」
「何」
「あの、……これ、頑張って作ったんです! よ、よければもらってください!」

 ──この、ボクのすぐ隣にいるアルビノダウナーイケメン野郎が女子の視線を全てかっさらっていくせいである。
女子がボクの方を見ている、と思いきや実際見ているのは隣にいる影人さん……なんていうのは、高校に入ってから今までこの身が腐りきるほど体験した事象だ。
彼から話を聞いたことはないが、多分彼の両親も相当顔がいいのだろう。性格はなんか色々アレなところがあるけれど、顔面においては最強の遺伝子を当てられたに違いない。

「あぁ、……うん」
「そ、それじゃあ、また! た、食べてくれると嬉しいな……!」

 恥ずかしそうに頬を染めながら、影人さんにチョコを渡した女子が去っていった。
手渡された影人さんはというと、手渡されたラッピングを無言で見つめている。
目元を見れば、いつもと変わらぬ無表情。なんというか……「ふーん」とでも言いたそうな、冷めた表情だ。
女子にあんな可愛らしい顔をさせておいて、なんだその面構えは。

「良かったじゃないですか、影人さん。あんな可愛い女の子からチョコもらえて」
「あー、うん……。……作ったって言ってたよね、あれ……」
「はい? まぁ、言ってましたけど。羨ましいなぁ~、手作りだなんて中々もらえませんよ影人さん!!」

 ボクは市販すらもらったことありませんけど、と言いながら影人さんを肘で小突く。あまりにも虚しい、心が痛い。
玄関に出向いて下駄箱を開けてみれば、そこにも山のようにラッピングが積み重なっていて。非モテ男子から見たら、それはまさに桃源郷。
そんな桃源郷も美男子モテるやつにとっては普通のことなのだろう、咄嗟に出たリアクションは顰めた眉と重いため息だった。

「……処理面倒くさいなぁ」
「処理っていうな! 乙女心を独り占めできて羨ましい限りですよ」
「…………」

 ボクの言葉には返事もせず一つ一つゆっくりと手にとり、先ほどもらったラッピングの上に重ねる。持てる分だけ持ったところでくるりとボクの方を振り返り、

「あげる」

 ……と、あろうことかボクに差し出しやがった。

「は!? いやいや、何言ってるんですか影人さん! 女子がアナタのために作ったチョコたちでしょう!? それをボクに横流しなんてちょっと酷いんじゃ……」
「別にいいよ……こんなにもらったところで食べきらないから。…………何入ってるかわかったもんじゃないし。」
「え?」
「何でもない。まぁ、どうせ手元に置いても腐らすか捨てるかしかないからもらってよ」

 もったいないの嫌いでしょ、と言いながらずいずいと押しつけてくる影人さん。そこまで言われると、流石のボクも受け取らざるを得なくなる。
本当なら断固として拒否をしたいところだが、せっかくのチョコが腐り捨てられるというのも許されざる行為。食品ロスは重大な問題だ。

「……分かりました。言っておきますけど、食品ロスを防ぐためにいただくんですからね。後でバレて女子にどやされても知りませんよ?」
「別にいいよ、興味ないし」

 ボクの言葉を、あっさりと切り捨てた。今の返事を女子が聞いたら、絶対泣くか怒り狂うかに違いない……。
とりあえず女子たちに見つからないうちに……と、影人さんから受け取ったチョコたちをささっと鞄に詰めていく。あまりにも虚しい作業だ。

(これが全部ボク宛のチョコだったら嬉しかったんだけどなぁ……)

 永久に叶わぬ夢物語を心の中でそっと呟き、ファスナーを閉じた。
しおりを挟む
執筆者Twitterはこちら→ @rukurono作品に対する感想や質問等、いつでも受け付けております!
感想 1

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

処理中です...