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第三.五章 文化祭編
第五話 体調不良?
しおりを挟むどれだけ力強く願おうとも、人の祈りの力など高が知れている。
漫画や小説にあるような、指先一つで人を簡単に殺せるほどの強い力を持っていたとしても、どうにもならないことがある。
どれだけ強い力を持っている人でも、どれだけ地位や名誉がある偉い人でも、抗えない強大な力がこの世には存在しているのだ。
「……とうとう来ちゃいましたね、この日が……」
「うん、クソだるい」
「雰囲気は好きなんですけどねぇ……」
10月某日土曜日、心底憎たらしく思うほど晴れ渡る空の下……項垂れて歩く、男子高校生二人。
人の力では抗えない強大な力――「時間の流れ」に敗北するほかないボクらを、太陽が柔らかく照らしている。
──本日は、文化祭開催日。
ボクと影人さんが地獄を見る楽しい一日が始まろうとしていた……。
「あ、看板娘が来たぞ~!」
「おはよう不破君、黒崎君。今日の二人のメイドツーショット、めっちゃ楽しみにしてるね!」
「ははは……オハヨウゴザイマス……」
教室に着くなり、期待値100%のキラキラと輝く瞳を向けてくるクラスメイトたち。着々と準備を進めている彼らの頭の中は、多分ボクらのメイド服姿で埋まっている……の、かもしれない?
ボクのメイド姿は思ったより(というか異様に)好評だったようだが、ボクとしてはそれよりも気になるのは──
(影人さんなら元がいいから、めちゃくちゃ似合いそうだよなぁ……)
──純度100%のイケメン養分がたっぷり使われているであろう顔の良さを持ち合わせた、隣の美男子の女装姿だ。
事前披露の時はどうにかこうにか逃げられてしまったものだから、この目で見ることは叶わなかったけれども……きっと、上手いこと化粧を施せば誰もが目を見張るような美少女になるかもしれない。
「…………蛍、俺生理だから帰るよ」
「は? 何ですかそれ」
「男は生理にならねぇっつーの」
訳のわからないことを口走り始めた影人さんの後ろからそんな突っ込みを入れたのは、先日ボクを見事に化けさせた張本人──ウェイター姿の黒葛原さんだった。
その隣には、同じくウェイター姿の窓雪さん。二人の両手に抱えられた段ボールには、「ドリンク類」「ケーキ」と書かれている。
今回の女装男装喫茶は、ケーキやパフェといったデザートにドリンク数種類と、それなりに豊富なメニューを揃えている。
誰がどうやって揃えたかは知らないが、やるからには中身も本格的にやる! という姿勢らしい。
ただの学校行事だからと、クラス一同手を抜く気は無いようだ……。
「それより、不破君と黒崎君も早く着替えてきなよ。きっとみんなも楽しみに待ってるよ」
「ハイ、ワカリマシタ……」
にこ、と花が咲くような可愛らしい笑顔を向けてくる窓雪さん。その純粋な瞳が、今のボクらにはただの凶器にしか思えないのが憎い。
普段なら男として「あ、可愛い顔した」なんて思えるシロモノなのに、今のボクらには心を抉りにかかってくる悪魔の微笑みにしか見えないのだ。
……とはいえ、窓雪さんは穏やかでちょっとふわふわした雰囲気の女子だ。悪魔のような心など持っていない、と、信じてはいるのだが。
「あ、そうだ! 不破君の顔、メイクしなきゃいけないんだった」
「へ? ……あ、あぁ、化粧ですか」
「そうそう。あんた一人で出来ないでしょ? これ置いたらやってやるから待ってて」
よいしょ、と段ボールを抱えたまま歩みを進める黒葛原さんと窓雪さん。
文化祭が終われば機会もなくなるとはいえ、みんなの前でまたあの格好を晒さなければいけないと思うと……少しばかり憂鬱でしかない。
しかも、今日は文化祭本番。全校生徒どころか、叔父さんや叔母さん、近所の人……外部の人に見られまくるのだ。写真でも撮られようものなら、もう恥で切腹ものでしかない。
「そうだ、黒崎君はメイクどうする? もし何なら私が」
「自分でやるからいいよ」
「え?」
窓雪さんの申し出を、素早く遮断した影人さん。
元がいいんだから飾る必要もないんじゃ……なんて思ったのが先だったが。彼の口から出た言葉はまさかの「自分でやる」。
これには黒葛原さんも驚いたのか、一瞬だけだが目を丸くしながら影人さんに視線を向けていた。
「へ、へぇー……黒崎、あんたメイク出来るんだ?」
「まぁ……ついでに蛍のメイクも俺がやるよ、お前より上手く出来る自信あるし」
「はぁ!?」「はい!?」
影人さんの自信満々な言葉に、ボクと黒葛原さんの声が思わず重なる。
先日の黒葛原さんの化粧はクラス中でも中々好評だった(と思う)のだけれど……それより上手く出来る自信があるって、どういうことだろう。
影人さんの部屋には、そんな感じの私物は見当たらなかったのだけれど。一体全体、どこでなんのために化粧をしていたのだろうか?
「影人さん、もしかして今までボクに隠れてじょ」
「言っとくけど俺女装趣味は無いからね」
「あ、はい」
「と、とりあえず……はい。これ、不破君と黒崎君の衣装! 着替え終わったらこっちで作業手伝ってね」
ボクらのやりとりを苦笑しながら見守っていた窓雪さんから、衣装セットを一式渡された。
フリル付きの靴下、ストラップシューズにメイド服、ウィッグ……今日という日だからか、余計にズッシリとした重みを感じてしまう。
「分かりました、それじゃあ行きましょう影人さん」
「あぁそうそう、言っとくけどそのままトンズラこいたらクラス全員に缶ジュース一本ね」
「逃げませんよ失敬な!」
にやにやしながら冗談を言う黒葛原さんに、すかさずツッコミを入れたボク。
……隣から「チッ」という舌打ちが聞こえたのは、気のせいだと思いたい。
◇ ◇ ◇
「……よし、誰もいませんね」
前回黒葛原さんに化粧をしてもらった時に使った、社会科準備室。
文化祭では使う予定もなかったのだろう、文化祭の準備でドタバタと賑やかな学校内でもここだけは変わらず静かだった。
置いてある物を見てみれば、文化祭で使うような変わったシロモノもない。今なら、着替えをしていても問題はないだろう。
影人さんがカバンを置くなり、ファスナーを開けてごそごそと小さなポーチを取り出す。
そのポーチを開け、中身をテーブルの上に並べていく。……ボクなら絶対持ち歩かないどころか買いもしない「それ」に、ボクは思わず「わぁ」と声を漏らした。
「それ、マジの私物なんです?」
「うん。バンドのライブの時に使うやつだけどね」
机の上にずらっと並べられたのは――ファンデーションやらリップやら、あとは何に使うのかよく分からない化粧品一式だった。
黒葛原さんが持っていたのとは若干種類が違うように思えるけれど、細かな違いが分からないボクからしたら、どれもこれも似たようなものに見えてしまう。
「前言ったでしょ、俺が所属してるバンドのこと」
「あぁ、V系バンドでしたっけ」
「そう。ライブする時いつもしてるから、慣れてる」
端に置いてあった椅子を二つ引きずり、向かい合わせの形でボクの前に置くなり「ここ」と指をさす。
座れ、ということなのだろう。椅子に腰をかけると、影人さんもそれに合わせるようにボクの向かいに座った。
「動かないでよ」
じっ……と、切れ長の赤い瞳がボクを捉える。どことなく真剣なように見えるその目に、思わずどきりと胸が鳴った。
こうして向かい合わせでじっと見つめられたことは、滅多にないからだろうか。視線を交わすのがなんとなく恥ずかしく思えて、思わず目を逸らしてしまいそうになる。
影人さんの手が伸びてボクの顔に触れるなり、何かを塗っている……けれど。
この状況に対する緊張感と高鳴る胸にばかり意識を向けてしまっている今、何をされているのか全く頭に入ってこない。
(えぇ……何なんだろう)
影人さんと二人きりなんて状況は、今までに腐るほどあったはずなのだが。こうして向かい合わせでじっと視線を向けられているからなのか、何とも言い難い気持ちがボクの心をぐるぐると駆け巡る。
逸らすことなくこちらに向けられる、赤い瞳。試しに目を合わせてみようと思って目線を前に向けてみるけれど、何故か恥ずかしくなってすぐに戻してしまう。
「……蛍」
「は、はい?」
「さっきから目線おかしいけど、どうしたの」
「え、そ、そうですか?」
影人さんからの問いに、思わず肩が震える。今のボクはきっと、情けないくらいビビった顔をしていることだろう。
目線の動きをもきっちり捉えていた赤い双眸が、見透かすかのにじっ……と見つめてくる。その視線が直に刺さったのかというくらい、心臓の高鳴りも止まらない。
「あー……分かった」
「?」
「俺の顔が良いから恥ずかしくて目合わせられないんでしょ」
「はい!? べ、別にそういうわけじゃないですけど!!」
「顔、赤いけど」
「あ、案外暑いんですよこの部屋!! 密封密室の閉鎖空間ですから!!」
きっとマスクの下は笑っているんだろう、少し目を細めた影人さんの言葉にボクの顔が熱くなる。
全校生徒の文化祭のテンションに、実は流されているのだろうか。今日のボクは、やはり何かがおかしい。
顔がいいという点でなら、先日ボクに化粧を施した黒葛原さんも一緒だ。
彼女もクラスの中では大半の男子が認めるレベルの美少女。その顔の良さに加え、モデルにスカウトされてもおかしくないくらいのスタイルも持ち合わせている。
顔がいい人に見つめられてドキドキするなら、彼女にしてもおかしくはないはず。しかも、異性ならば尚さらだ。
(影人さんとは知り合って一年だし、顔がいいのなんて今に始まったことじゃないんだけど……何で今になってこんな? ……ええと?)
ただ、今心臓をうるさく鳴らしている相手は男――しかも、昨日今日知り合ったわけじゃない相手だ。
何だかんだあった相手とはいえ、黒葛原さんに同じ事をしてもらった時はこんなに緊張もしなかったし、ドキドキすることもなかったのに。
どうして相手が影人さんに変わっただけで、こうも反応が変わってしまうのだろうか。
夏休み中や普段の休日の時、互いの家に泊まっては一緒の布団でよく寝ていたものだけれど。
その時だって、顔は近くにあった。それなりに緊張もしてはいたけれど……今ほど、ではなかったような気がする。
(なんだろう……不整脈? ストレス溜まってるのかな?)
心臓病にかかったこともないし、何ならボクはまだ高校二年生──生活習慣もきっちり整えているつもりだ。
よほどのことがなければ、大病をすることもそうそうないと思うのだけれど……。
ボクの心臓は、どうかしてしまったのだろうか。
考えれば考えるほど深みにハマッてしまいそうな、答えの出ないもやもやがボクの心をぐるぐると駆け巡っていた。
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