夜影の蛍火

黒野ユウマ

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短編集

ある雨の日

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※第三章 読了前提の話。
 ですが、ネタバレ(笑)が気にならない方は読んでなくても大丈夫です。









 授業を終えて、いざ家路へ。
そう思って校舎から第一歩を踏み出したところで、突然"それ"は訪れた。

 しとしと……と小さな音から始まり、次第に強まる音。
湿った空気の匂い、地面や水面を叩きつけるかのような音に、ボクらは少しだけがっくりと項垂れる。

「夕立ってやつですかね」
「最悪……俺、傘とか持ってないんだけど」

 鞄の中から小さな折りたたみ傘を出すボクの横でそっと呟いた、友人の影人さん。
鞄の中を漁る様子もない限り、折りたたみ傘すら持っていないのだろう。今朝のテレビでは雨が降るという予報もなかったから、尚更かもしれない。

 家の中ですら物が少ない彼だ、鞄の中も余計な物は入れていない……のだと思う。

「蛍、入れて」
「え? あ、はい……どうぞ、小さいですけど」
「いいよ、少しくらいなら」

 小さな傘の下に入り、そのまま歩き出すボクら。175cmの男子高校生二人が入るのに折りたたみ傘は少し小さく、お互い肩が少しだけはみ出してしまっていた。
 ボクの左肩は雨に濡れて冷たい。けれど、右肩はほんのりと暖かい。
ボクと影人さんは男同士だけれど、彼は大切な友達で。小さな空間で身を寄せ合うことに、何ら抵抗はなかった。

 雨音と時々横切る車の音だけが、ボクらの周りを彩る家路。ぽつぽつと他愛ない話をしながら帰る、ゆるやかな時間。
この穏やかな時が、いつまでも続いてくれれば──なんて思ってしまうけれど、この雨もいつかは止んでしまうのだろう。
そうしたら、この小さな傘の下で過ごす時間も終わりを告げることになる。

(止まない雨はない、かぁ)

 歌の詞や小説なんかでよく聞いたことがある文句を、ふっと思い出した。
止まない雨は無い──悲しみも苦しみも、いつかは晴れる時が来る。きっと、そういう意味合いなのだろうと思う。

 隣にいる影人さんに目を向けたボクの脳裏に浮かんだのは──影人さんが吐露してきた過去のこと。
家族のこと、学校でのこと──ここに来るまでに、彼はずっと想像しがたいほどの悲しみや苦しみと戦ってきた。これ以上傷つかないようにと蓋をするように、彼は今様々なことに対して無関心ではあるけれど。
それでも、彼の17年は濃い色をしている。きっと、抱えてきた傷はそう容易く消えることは無いだろう。

 彼の心の中は、今でも雨が降っているのだろうか。
それとも、少しは和らいで曇り空くらいになっているのだろうか。
はたまた、目に見えないだけで実は晴れた空が広がっているのだろうか。

(──なんて、そればっかりは影人さん本人しかわかりませんけど)

 誰も見たことのない本当の彼を見つけよう、大切な友達として彼が幸せになるまで支えよう──そう、心に決めたボクだけれど。

 ボクは、彼の心に寄り添えているだろうか。
彼が今まで背負ってきたものを、僅かでも包み込めているのだろうか。
雨に濡れた彼の体に、ちゃんと傘を差せていただろうか。

(──影人さんが心から笑える日は、いつ来るんだろう)

 春の空のように、穏やかに晴れ渡る日がいつか来たなら──きっと、彼も心からの笑顔をいつか見せてくれるだろう。
それが、誰の手によって見せられるものかは分からないけれど。
ボクの傍で見せてくれるのか、はたまた──いつかどこかで出会う、彼にとって「大切な人」となる誰かの傍で浮かべるものなのか。

 ……なんて、未来のことはまだ何も分からないけれど。

(その日が来るまでは、精一杯頑張らないと)

 影人さんが心の底から幸せだと思える日が来るまで──ボクはただ、こうして傍で傘を差していようと思う。
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