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第三章
第十話 「逃がさない、許さない」
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──新学期が始まってから数週間。暑かった8月が過ぎ、新しい月が肌寒さを連れてくる。
あれから黒葛原さんとボクは完全に離れ離れになり、ボクは影人さんと、黒葛原さんはたくさんのクラスメイトとの中で落ち着き。朝、角で会っても挨拶程度で終わり、以前のようにべったりくっついてくることは無くなった。
男女の隔てなく笑顔で明るく接する朗らかさと元々の見た目の良さが相まって、黒葛原さんはすっかりクラスの人気者になっていた。
ボクと違って、ああやって大勢の中でキラキラ輝いているのが彼女には合っているのだ。きっと。
そう考えながら影人さんと二人で歩く通学路には、平穏な風が吹いていた。
「……あ、そうだ影人さん。今日提出期限になってる数学の課題なんですけど」
「あー……なんだっけそれ」
「なんだっけそれ、じゃないですよ! まさかやってないとかそんなわけじゃないですよね」
「忘れた」
「教室ついたら速攻で片付けましょう影人さん」
そんな他愛のない話をしながら、学校内の廊下を二人で歩く。
……きっと、今日も穏やかに一日が終わることだろう。そう思いながら、教室のドアを開けた。
「……。…………え?」
── しん、と静まり返った空気。
唐突に浴びる大多数の視線。
何か怖いものを見るかのようなクラスメイトの表情。
何だろう、この異様な気配は。
昨日までは何もなかった……というより、ボクらなんて蚊帳の外ってくらい他は盛り上がっていたのに。
何故ボクらが注目を浴びているのだろう。目立ったことはしていないはずだ。目立つとしても、影人さんの見た目がガチめに良いことくらいしかない。
……ただ、それは今に始まったことではないのだが。
気まずいながらも、ボクと影人さんは自分の席に向かう。
「……不破君、黒崎君」
「窓雪さん? 一体どうしたんですか、この雰囲気」
どこか気まずそうに近づいてきたのは、黒葛原さん以外に唯一話したことのある女子──窓雪さん。
丁度いい、こんな雰囲気の中にいるのも気色が悪いものだ。ボクは思い切って「何があったんですか?」と、尋ねてみる。
「うん……、黒崎君のこと気になってるって言ってた子に、美影ちゃん……黒葛原さんがね」
「ケイ、やめときなって……」
「ごめんリカ、今は黙ってて。……彼女が、その子に言ったの。
“やめた方がいいよ、あいつは人を殺しかけたことがあるから“って」
── この人は何を言っているんだ?
一瞬、頭の中が真っ白になる。
影人さんもいきなり自分の話をされて驚いたのか、肩を一瞬だけ震わせていた。
あまりの衝撃的な発言に思考回路が停止しかけたが、少し深呼吸をして平静を取り戻す。
『―― 黒崎君にも気を付けなよ、いつ殺されるかわかんないからさ』
最後に一緒に遊んだ日の、あの言葉──まさか、それが関係しているのだろうか?
「……そんなことないよね! 黒崎君、確かに分からないこと多いしミステリアスな人だけど……そんな怖いことするような人じゃないよね。ね、不破君」
「えぇ。……ボクも信じてますよ、影人さん」
「…………。」
窓雪さんが、笑顔を浮かべながら言う。
彼女は、黒葛原さんの言葉を鵜呑みにしないでいてくれてるのだろうか。それは、少しだけありがたい。
しかし、話題の中心となっている影人さんはというと──何も言わず、微動だにせず。肯定もなければ否定もない。
「──まさか、とぼけるつもりじゃないよね? 黒崎クン」
どこか威圧感を感じるような早い歩調で、影人さんに歩み寄る。── クラスの人気者になった黒葛原さんだ。
普段から優しい話し方をする窓雪さんの口から、珍しく物騒な言葉が出てきたのだ。この雰囲気を作ったのは、恐らく彼女だろう。
「……あの時のこと、忘れたなんて言わせない。覚えてるでしょ? 中学の頃」
いつものキラキラした笑顔はどこへ行ったのか……意地の悪そうな、冷ややかな笑みを影人さんに向けている。
「あんたが給食のカレーに毒盛ったせいで、あたしもみんなも苦しんだ。……あれからあんたが憎くて憎くて仕方なかったよ、いつか地獄にたたき落としてやろうと思ってはいたけど、まさかこんなとこで会えるなんてね」
段々と表情が歪み、冷笑から憎しみの色へと変わる。
対する影人さんは、ずっとだんまりを決め込んでいて──黒葛原さんの一方的なドッジボールになっている。
周りも少しざわざわし始め、「毒? ヤバくね?」「マジでやったの?」「えっ、怖……」と、影人さんに対し恐怖と疑いの目を向けていた。
──いたたまれなくなったのかもしれない。ふいに、影人さんがこの場から立ち去ろうとドアへ向かって歩き出す。
……が。
「待ちなよ」
それを逃すつもりは無いのだろう。黒葛原さんはすぐに影人さんの手を掴み、自身の元へ引き寄せた。
「……あれだけ人を苦しめておいて、自分は黙ってトンズラ? 新天地で仲良しのお友達を作って、何事も無かったかのようにしれっと普通の暮らしをするつもり? ……ふざけんな!!」
普段の彼女からは想像できない、修羅のような怒り顔。彼女にとって影人さんは恐らく高校入学前からの知り合いで──よほど憎い人物である、というのはなんとなく理解した。
「……っ!」
「影人さん!?」
影人さんは何も言葉を返すことなく、掴まれた腕を思い切り振り払い──その場から走り去る。
……逃げたくもなるだろう。彼女を中心に、クラス中から疑惑の目を向けられて、平常心でいられるわけがない。
「……逃げたってことはさ、あいつマジでやったの?」
「怖~……つか、それってぶっちゃけ殺人未遂じゃん。黒葛原、大変だったんだな」
ただ、それと同時に――クラスメイト中も、より一層騒がしくなってしまった。
影人さん本人からは何も聞いていない以上、この場で有力なのは黒葛原さんの発言のみだ。
そして今、ここにいるクラスメイトは大体が黒葛原に好意的である。対して影人さんは、ボク以外とは特に友好的ではない。
感情のバイアスも相まって、完全に影人さんが犯人扱いだ。
「なぁ不破、お前もうあいつと付き合うのでやめた方がいいんじゃね? なんか、噂じゃ女関係もだらしねぇって前から聞いてたしさ……そのうち変なことに巻き込まれるぞお前」
……ボクと殆ど話したことの無いクラスメイトからもこんなことを言われる始末だ。
この状況、このままにはしておけない。
……このままでは、教室に影人さんの居場所が無くなってしまう。
ボクはボクで、友達としてやるべきことがある。
ボクvsクラスほぼ全員、といったような状況で緊張も少しはあるけれど──負けるわけにはいかない。
唯一ボクらとよく関わっていた窓雪さんはというと、おろおろしながらボクと黒葛原さんを見ている。
彼女は多分、ボクらに少し寄ってくれているのかもしれない。……けど、彼女にも立場というものがあるのだ、ボク側には巻き込めない。
「……黒葛原さん。今の話、全部聞かせていただいてよろしいですか?」
「……いいよ。蛍君も、これを機にいい加減黒崎から離れた方がいいし、ね」
「それは……ボクが決めまることですから」
ボクがそう答えると、一瞬不満そうな表情を浮かべる。
もう、ボクの前ではあの笑顔を浮かべるつもりはないのだろう、随分と分かりやすくなったものだ。
「あれは……そうだね、あたしと黒崎が中学卒業目前の頃かなぁ」
天井をちらっと見ながら、黒葛原さんが語り始めた。
どこか懐かしみつつ――たっぷりの憎悪を込めた、ピリピリとした雰囲気を纏いながら。
あれから黒葛原さんとボクは完全に離れ離れになり、ボクは影人さんと、黒葛原さんはたくさんのクラスメイトとの中で落ち着き。朝、角で会っても挨拶程度で終わり、以前のようにべったりくっついてくることは無くなった。
男女の隔てなく笑顔で明るく接する朗らかさと元々の見た目の良さが相まって、黒葛原さんはすっかりクラスの人気者になっていた。
ボクと違って、ああやって大勢の中でキラキラ輝いているのが彼女には合っているのだ。きっと。
そう考えながら影人さんと二人で歩く通学路には、平穏な風が吹いていた。
「……あ、そうだ影人さん。今日提出期限になってる数学の課題なんですけど」
「あー……なんだっけそれ」
「なんだっけそれ、じゃないですよ! まさかやってないとかそんなわけじゃないですよね」
「忘れた」
「教室ついたら速攻で片付けましょう影人さん」
そんな他愛のない話をしながら、学校内の廊下を二人で歩く。
……きっと、今日も穏やかに一日が終わることだろう。そう思いながら、教室のドアを開けた。
「……。…………え?」
── しん、と静まり返った空気。
唐突に浴びる大多数の視線。
何か怖いものを見るかのようなクラスメイトの表情。
何だろう、この異様な気配は。
昨日までは何もなかった……というより、ボクらなんて蚊帳の外ってくらい他は盛り上がっていたのに。
何故ボクらが注目を浴びているのだろう。目立ったことはしていないはずだ。目立つとしても、影人さんの見た目がガチめに良いことくらいしかない。
……ただ、それは今に始まったことではないのだが。
気まずいながらも、ボクと影人さんは自分の席に向かう。
「……不破君、黒崎君」
「窓雪さん? 一体どうしたんですか、この雰囲気」
どこか気まずそうに近づいてきたのは、黒葛原さん以外に唯一話したことのある女子──窓雪さん。
丁度いい、こんな雰囲気の中にいるのも気色が悪いものだ。ボクは思い切って「何があったんですか?」と、尋ねてみる。
「うん……、黒崎君のこと気になってるって言ってた子に、美影ちゃん……黒葛原さんがね」
「ケイ、やめときなって……」
「ごめんリカ、今は黙ってて。……彼女が、その子に言ったの。
“やめた方がいいよ、あいつは人を殺しかけたことがあるから“って」
── この人は何を言っているんだ?
一瞬、頭の中が真っ白になる。
影人さんもいきなり自分の話をされて驚いたのか、肩を一瞬だけ震わせていた。
あまりの衝撃的な発言に思考回路が停止しかけたが、少し深呼吸をして平静を取り戻す。
『―― 黒崎君にも気を付けなよ、いつ殺されるかわかんないからさ』
最後に一緒に遊んだ日の、あの言葉──まさか、それが関係しているのだろうか?
「……そんなことないよね! 黒崎君、確かに分からないこと多いしミステリアスな人だけど……そんな怖いことするような人じゃないよね。ね、不破君」
「えぇ。……ボクも信じてますよ、影人さん」
「…………。」
窓雪さんが、笑顔を浮かべながら言う。
彼女は、黒葛原さんの言葉を鵜呑みにしないでいてくれてるのだろうか。それは、少しだけありがたい。
しかし、話題の中心となっている影人さんはというと──何も言わず、微動だにせず。肯定もなければ否定もない。
「──まさか、とぼけるつもりじゃないよね? 黒崎クン」
どこか威圧感を感じるような早い歩調で、影人さんに歩み寄る。── クラスの人気者になった黒葛原さんだ。
普段から優しい話し方をする窓雪さんの口から、珍しく物騒な言葉が出てきたのだ。この雰囲気を作ったのは、恐らく彼女だろう。
「……あの時のこと、忘れたなんて言わせない。覚えてるでしょ? 中学の頃」
いつものキラキラした笑顔はどこへ行ったのか……意地の悪そうな、冷ややかな笑みを影人さんに向けている。
「あんたが給食のカレーに毒盛ったせいで、あたしもみんなも苦しんだ。……あれからあんたが憎くて憎くて仕方なかったよ、いつか地獄にたたき落としてやろうと思ってはいたけど、まさかこんなとこで会えるなんてね」
段々と表情が歪み、冷笑から憎しみの色へと変わる。
対する影人さんは、ずっとだんまりを決め込んでいて──黒葛原さんの一方的なドッジボールになっている。
周りも少しざわざわし始め、「毒? ヤバくね?」「マジでやったの?」「えっ、怖……」と、影人さんに対し恐怖と疑いの目を向けていた。
──いたたまれなくなったのかもしれない。ふいに、影人さんがこの場から立ち去ろうとドアへ向かって歩き出す。
……が。
「待ちなよ」
それを逃すつもりは無いのだろう。黒葛原さんはすぐに影人さんの手を掴み、自身の元へ引き寄せた。
「……あれだけ人を苦しめておいて、自分は黙ってトンズラ? 新天地で仲良しのお友達を作って、何事も無かったかのようにしれっと普通の暮らしをするつもり? ……ふざけんな!!」
普段の彼女からは想像できない、修羅のような怒り顔。彼女にとって影人さんは恐らく高校入学前からの知り合いで──よほど憎い人物である、というのはなんとなく理解した。
「……っ!」
「影人さん!?」
影人さんは何も言葉を返すことなく、掴まれた腕を思い切り振り払い──その場から走り去る。
……逃げたくもなるだろう。彼女を中心に、クラス中から疑惑の目を向けられて、平常心でいられるわけがない。
「……逃げたってことはさ、あいつマジでやったの?」
「怖~……つか、それってぶっちゃけ殺人未遂じゃん。黒葛原、大変だったんだな」
ただ、それと同時に――クラスメイト中も、より一層騒がしくなってしまった。
影人さん本人からは何も聞いていない以上、この場で有力なのは黒葛原さんの発言のみだ。
そして今、ここにいるクラスメイトは大体が黒葛原に好意的である。対して影人さんは、ボク以外とは特に友好的ではない。
感情のバイアスも相まって、完全に影人さんが犯人扱いだ。
「なぁ不破、お前もうあいつと付き合うのでやめた方がいいんじゃね? なんか、噂じゃ女関係もだらしねぇって前から聞いてたしさ……そのうち変なことに巻き込まれるぞお前」
……ボクと殆ど話したことの無いクラスメイトからもこんなことを言われる始末だ。
この状況、このままにはしておけない。
……このままでは、教室に影人さんの居場所が無くなってしまう。
ボクはボクで、友達としてやるべきことがある。
ボクvsクラスほぼ全員、といったような状況で緊張も少しはあるけれど──負けるわけにはいかない。
唯一ボクらとよく関わっていた窓雪さんはというと、おろおろしながらボクと黒葛原さんを見ている。
彼女は多分、ボクらに少し寄ってくれているのかもしれない。……けど、彼女にも立場というものがあるのだ、ボク側には巻き込めない。
「……黒葛原さん。今の話、全部聞かせていただいてよろしいですか?」
「……いいよ。蛍君も、これを機にいい加減黒崎から離れた方がいいし、ね」
「それは……ボクが決めまることですから」
ボクがそう答えると、一瞬不満そうな表情を浮かべる。
もう、ボクの前ではあの笑顔を浮かべるつもりはないのだろう、随分と分かりやすくなったものだ。
「あれは……そうだね、あたしと黒崎が中学卒業目前の頃かなぁ」
天井をちらっと見ながら、黒葛原さんが語り始めた。
どこか懐かしみつつ――たっぷりの憎悪を込めた、ピリピリとした雰囲気を纏いながら。
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